あなたに恋を。
あなたに愛を。
あなたに笑顔を。
あなたにわたしを。
わたしが持ち得るすべてのものを、あなたに。
欲恋
W
あてもないのに夜中にダングレストを駆け回る女子一人、わたしです。
レイヴンにどうしても自分の気持ちを伝えたくて、いてもたってもいられず外に飛び出した。
だけど、どこに行けばいいのかわからない。とりあえず目についたところを探して回って
いる、現在夜中の2時。丑三つ時だね。わあ、こわい。
がんばれ、わたしなら必ず見つけられるはずだ。たぶんきっと。
夜中だからか、家の電気は消えているところばっかりだ。ついているのは酒場くらいか。
「どこにいるんだよ、ばかレイヴン」
うろちょろしないでほしい。
だいたいこんな夜中になにほっつき歩いてるんだっていう話だ。わたしがこんなに必死で
走り回っているっていうのに。まあわたしが悪いのかもしれないけど。というかわたしが
悪いんだけどさ。
とりあえず走り続けるしかない、か。
◆
「つ か れ た !」
さっきからどれくらい時間が経ったのはわからないが、ものすごい走った気がする。
というかなんで見つからないんだ。レイヴンにとってダングレストは親しんだ街だし、わたし
より詳しいだろうけど、それにしても見つからない。
どうしよう。どうしよう。見つからなかったらどうしよう。なんだか急に不安になってきた。
見つからないわけないじゃないか。だけど、もし、もしもこの瞬間違う人といたら?
わたしのしていることって意味あるのだろうか。
「…弱気になるな。がんばれ、わたし」
どこかないか。どこか、レイヴンが行きそうな場所は。思い出せ!今までの旅で少しでも
レイヴンに関係ある何かを。
あ。そうだ、昨日じゃなくて今日?いや昨日?どっちでもいいけどお昼に行ったあのお店
は?オルガさんがいたあのお店。
こんな時間に開いているわけないだろうけど、少しでも可能性があるなら行ってみよう。
◆
お店はやっぱり閉まっていた。中も真っ暗で人の気配はない。…だめか。ですよね。こん
な夜中に開いてるわけないし、レイヴンがいるわけもないよね。
もう、どうすればいいんですかわたし。どこにいるのさ。
なんだか疲れてしまい、お店の扉に背を預け、ずるずるとへたり込む。
「なんか、情けないわー…」
ジュディスに大口叩いておきながらこの有様か。どうしてこう、うまくいかないのだろう。
どうして、レイヴンにいつも届かないの。いつも空回りばっかしている気がする。
レイヴンはいつもふらふらして、掴めない。いつだって、掴ませてくれない。
わたしはいつも、彼の背中を追いかけてる。背中ばっかり見ている。
隣に立ちたいよ。わたしもレイヴンの隣に立ちたい。笑っていたい。支えていたい。
こんな時でもわたしは求めるばっかりだ。ひとりよがりな、恋だなあ。
もう、帰ろうか。帰ってしまうか。
でもジュディスになんて言う?だめでしたって言う?見つけられなかったって言う?
わたしじゃあレイヴンを、掴むことはできないって言う?ここまで来て?
そんなの、わたしらしくないじゃん。だいたいこんなに走ってるんだからがんばれよ。
砕けるなら、本人に会ってからにしたらいいじゃないか。
「だめだなあ、一人でいるといろいろ考えちゃうわ。もう、走り続けるしかないなあ」
もうぐだぐだ考えるのはやめよう、わたし。
今は、レイヴンを探そう。この手で捕まえよう。朝になってもいいじゃない。見つけるま
で探そう。…よし、行きますか。
立ち上がり、再び走り出す。今のわたしにできることをすればいいんだ。
◆
なんかダングレストを網羅したんじゃないかっていうくらい走り回った。
さっきまであんなに不安で、何度もやめようと思って、自分を励ましてを繰り返していた
わたしだが、不思議と今はレイヴンがどこにいるのかわかるような気がする。
きっと、レイヴンは橋の上にいるんじゃないかな。きっと、いる。
足が痛い。もうパンパンだよ。乳酸もきっとたまってる。重い足を引っ張って橋に向かう。
ゆっくり歩き、橋に近づくと、見覚えのある後ろ姿が見えた。
ほら、いた。
「レイヴン」
レイヴンがゆっくりとこっちを振り向く。交わる、視線。一瞬子供みたいにきょとん
とした顔をした。
なんだかそんなレイヴンがかかわいくて、思わず口が緩んだ。
そしてなんでここにいるの、って顔になった。そりゃあ、そうだろうけどさ。
「…ちゃん、どうしたの?」
「レイヴンこそ、どうしたの?こんな夜中に」
「あ、うん。…なんか、眠れなくて」
「そっか。あのさ、レイヴン」
「…うん?」
「ごめんね、」
「え?」
「あんなひどいこと言って、ごめん」
「ちゃんは悪くないわよ。おっさんがさ、ほら、だらしないから」
「そんなことないよ。わたしさ、やきもち焼いちゃったんだ!」
「やきもち、?」
「うん、あの女の人に。だってさ、レイヴンのことなんでも知ってるって顔してさ、悔しい
じゃん」
「あはは」
「でも、それってほんとのことだよね」
知ってるつもりで知らないレイヴン。むしろわたしの知らないレイヴンの方がたくさんある
はず。
だったら、それをわたしは知りたいから。
「わたし、レイヴンのこと、あの女の人より知りたい。いっぱいいっぱい知りたい。どんな
ことでもいい。どんな些細なことでもいい。レイヴンのこと、もっと知りたい」
「ちゃん…」
「それから、レイヴンと一緒にいたい。ずっとそばにいたい。悲しいことも、むかつくこと
も、楽しいことも、うれしいことも、一緒に感じたい」
やば、涙出てきた。感極まってってやつ?いや違うな。なんかこう、感情がヒートアップと
いうかなんというか、もう、涙と一緒にお願いします。何を。
「あー、なんかめんどくさくなっちゃった。つまり、わたしはレイヴンがすきってこと!
レイヴンを独り占めしたいくらいだいすきなんです!笑顔も涙も嫉妬も怒りもなんでもか
んでも全部欲しいよ…!」
うわあ、やばい。完全に涙ぽろりなった。これって迷惑かな。
なんかもうどんな告白だって話なんですけど。これだいじょうぶかな。どうしよう。
いやでもがんばったと思う。すごいがんばった。一生分の告白を使った。自分の中の告白クオリティー
はこんなもんです。ごめんなさい。こんなことしか言えなくてごめんなさい。
とりあえず、すきですきで仕方ないんです。
ところで、目の前のレイヴンはうんともすんとも言わないんだけど、どういうことだろうか。
聞こえてなかった?もしかして聞こえてなかった?ねえ、これ動いてる?この人動いてる?
一世一代の告白をしたというのに聞こえてないの?どうなの?何も言わないとはどういうこ
となの?これってやっぱりだめってこと?だめならだめって言ってよ、なんかもう死んでし
まいそう。
そろそろこの空気耐えられないよ。
あれ、もしかして目の前にいる人は実はよくできたレイヴン人形で、本物はどっか建物の陰
でほくそ笑んでいる!とかないよね。
それか、実はこの人はユーリがレイヴンに変化したとか?どこの忍者だよ。火の国から来ま
した、とかまじ勘弁です。え、いや本当におかしくない?
ちょ、まじで早くして!わたしってばとってもいたたまれなくなってきたから!
「レイヴン、あのさ、返事とかもらえたり、する?さすがにこのまま放置ってわたしいろい
ろ厳しいものがあったりなかったり、なんだけど。あの、レ」
ぎゅう。
れれれれのれ?
ぎゅう?牛?うし?うし的な何か?いや、違うか。
ん?あれ、これってもしかして、レイヴンに抱きしめられたりする?
あらやだ、それってどういうこと。え、ちょ、あれ?なにこれ恥ずかしい。
「これ、夢じゃない、よね?」
「…うん、たぶん」
「ほんと、に?」
「うん、だって、すごくあったかい」
「ちゃんも、あったかい」
「レイヴンの匂いがする」
「…うん」
「レイヴンの音が聞こえる」
「うん」
「レイヴンの体温、ちゃんと感じてる」
「うん、…うん」
「……」
「すき」
「え?」
「俺も、ちゃんがすき」
「うん、わたしもすき」
「俺もずっと一緒にいたい」
「うん、ずっと一緒にいる」
「俺は今もこれからも、全部ちゃんのものだから。だから、俺にもちゃんの
今も、これからも、全部ちょうだい?」
「うん、あげる。ぜんぶあげる…!」
レイヴンの胸に埋めていた顔を離し、お互いをあらためてみる。
レイヴンの瞳にはわたしが映っている、当たり前だけど。彼の瞳の中のわたしは幸せそうに
微笑んでいる。彼の優しい瞳に包まれて。
これがきっと答えなんだ。なんだか恥ずかしいけど。
わたしもレイヴンも照れながら笑い合っていた。
「ね、ちゅーしていい?」
「は?」
「は?ってひどい!だってさ、ちゃんてもう俺様だけの恋人でしょ?いい?」
「ええ、」
「えええ!?嫌なの!?もしかして嫌なの!?」
「いや、違うけどさあ」
「何それ!どうなの?ちゃん!!」
「なんか急にめんどくさい!落ち着け!」
「だってさ、だってさ!……ユーリとちゅーしたくせに」
「聞こえてんだけど?ていうかそれを引っ張るな!あれは事故って言ったでしょ!」
「じゃあ、していい?」
「…いいよ」
「じゃ、じゃあ、目、瞑って?」
「乙女か。…はい、どうぞ」
目を瞑って大人しく待っていると唇に温かいものが触れた。とても、優しいキス。
レイヴンらしい、慈しむような優しい優しいキスだ。笑いそうになったけど、我慢した。
なんだか、我ながら初々しいな、と思った。恥ずかしいけど、幸せ。
あはは、無精髭、くすぐったい。
「あーあ、青年にちゃんのファーストキス奪われちゃったーあーうーあー」
「え?」
「え?ってえ?あ、もしかして本当のファーストキスはレイヴンだよ!って思ってるんでしょ!
うふふ!おっさんもそう思ってる!以心伝心!」
「いや、え?」
「えってえ?違うの?」
「うん、ていうかファーストキスとかとっくの昔に済ませましたけど」
「えええ!?うそ!?誰!?誰とキスしたの!?」
「うるさ!レイヴンの知らない人だよ、知らない人ー」
「えええ!?そそそんな!?誰!?誰なの!?」
「しつこい!ていうか言っても知らないでしょうが!むしろあんたの方がファーストキス
とか言うレベル以前に何千回してんだよ。あーあ、わたしは何万回目のファーストキスですかー」
「え、いや、ちが!そそそそんなしてないもん」
「もん、とか言うな。いい歳したおっさんが。まあいいけどねえ、べっつにー」
「ちょちょちょ!待って待って!置いてかないで!おっさんにとって本気のファーストキスは
ちゃんだからああああ」
「はいはい」
恋に、愛に、貪欲なのはいけないこと?
そんなことない。
だって、欲しがることからすべてははじまるのだから。