すきだから素直になれない。
すきだから一喜一憂する。
すきだから苦しい。
すきだからわがままになる。
すきだからしあわせ。
恋ってなんだこんなに矛盾ばっかりなんだろう。
苦しいのに、切ないのに、一つ嬉しいとすぐしあわせになる。
欲恋
U
街が茜色に染まりだした頃、ご飯でも食べに行こうかという話になり、酒場に入った。
わたしも成人しているのでお酒は飲める。というか結構強い方だと思れ。
席についてから適当にいくつか料理を選び、お酒を頼んだ。今日一日レイヴンにドキドキ
しっぱなしだったが、なんだかんだで楽しかった。思わぬプレゼントももらったことです
しね。
お酒が運ばれてきてから軽く乾杯。そして、みんなは今日なにしてたんだろうねえ、とか
ユーリはカロルとパティの相手で大変だったろうなど、他愛無い話をした。
お酒もすすみ、なんとなく気分も良くなってきた。お酒のせいか、わたしの顔は緩みっぱ
なしになっていた。そんなわたしを見てレイヴンも珍しいねえ、なんて言っている。
たまにはこういうこともあるんだよーとけらけらと笑って答えた。一日幸せすぎた。こん
なに幸せでいいのかなあ、とかぼんやり浸る。
その時、目の前に座ったレイヴンの首にしなやかな腕が巻きついた。何事かと思い瞠目す
ると、レイヴンの顔の横にとてもきれいな女の人が現れた。大きな瞳に鼻筋の通った鼻、
男の人を誘う妖艶な唇、流れるような眉にさらさらとした髪、そしてキツすぎない甘い香
水の香りを漂わせている、大人の女性。わたしとはかけ離れた人だ。
「久しぶりじゃない、レイヴン」
「んー、あー、クレアちゃん、だっけ?」
「だっけじゃなくて、クレア!忘れちゃったの?ひどいわね」
「ははは、ごめんね?おっさんだからさ」
「何言ってるの、レイヴンは素敵な男性よ、心も身体も、ね」
「え、あ、そう?うん、ありがとうね」
「あら、もしかしてこちらのお嬢さん、妹さん?」
「……」
「いや、この子は妹じゃなくて、」
「あ!まさか娘とかじゃないわよね?」
「娘って!そんなわけないでしょ!この子は、今一緒に」
「じゃあ今付き合ってる子、とか?そんなわけないわよね?レイヴンは特定の人つくる
つもりないって言ってたものね」
「え、いやだから、この子はそういうんじゃなくって、あのー」
むかつく。その一言に限る。むかつくのはこの女の人もこのおっさんも、だ。なんなん
だ。人を完全に無視して話して。だいたい、レイヴンにベタベタ触るなっつーの。
というかいつまで抱きついてんだって話ですよ。それに自分はレイヴンと寝たことあり
ますけど、何か?っていうオーラがむかつくじゃん?そんでもって人のこと妹だとかぬ
かして。むしろ娘ってなんだ娘って!アホかこの女!いくつの子どもだよおんどりゃあ!
そりゃあわたしってば色気よりも食い気だし?ジュディスより年上なのに胸とかそんな
大きくないし?ってこれ年関係ないけど。顔だって平平凡凡だし?化粧っ気だってない
し?でも誰に恋しようが勝手じゃん?21歳が35歳に恋しちゃいけないなんて決まり
あるわけ?ないですよね?というかこのおっさんもおっさんでしょ!デレデレしてんな!
殺すぞ!はっきり言えよ!せめて仲間だとはっきり言えよ!むしろ今日はこの子とデー
トしてるからごめんねくらい言えよ!おかしいだろ!このヘタれ!キング・オブ・ヘタれ!
いい加減鼻へし折るぞ。そしてひげを引っこ抜く。
こんなに不快感をあらわにしているわたしをよそこいつらはまだぐだぐだと話していた。
しつこい女もどうかと思うけどねえええええ!
「でも妹さんいるならそう言ってくれればいいのに!もしかしてレイヴンて妹思いだっ
たりするの?それはそれでとても魅力的ね」
「いや、だからね、この子は」
「仮に娘だとしても別に私は気にしないけどね?ああ、そうだ、せっかくだからこの後
飲まない?二人で」
「だーかーらー!この子は妹でも娘でもないの!ただの仲間!」
「…!」
「あら、そうなの?お仲間さんだったのね、ごめんなさいね、いろいろ勘違いして?」
「いえ、別に気にしてませんから」
「あ、え、ちゃん…あの」
ただの仲間、か。そうだよね、わたしが勝手にレイヴンのことすきで、今日一日デート
したくらいで何舞い上がってるんだか。あほらしいことこの上ないよね。でもショック、
だなあ。
レイヴンはしつこい彼女にいい加減イラついてああ言ったってことはわかる。だってレ
イヴンさっきからあたふたして、やばいって顔してる。まあね。ただの仲間呼ばわりし
ちゃあね、さすがにあれよね。別に本当のこと言ったんだから間違ってないけどさ。で
ももうここにいたら泣きそうだあい。
「わたし、宿に戻ってるね」
「え!?ちょっと待って!ちゃん!」
「レイヴン、いいじゃないの。これから私と二人で飲みなおしましょ?」
「そうですね。それがいいと思います。わたし、別に妹でも娘でもないので、これから
は二人でどうぞごゆっくりお過ごしくださいませー」
「え!?ちょっと待って!ちゃん!」
レイヴンが名前を呼んでいるのが聞こえてたけど、無視して店を飛び出した。後ろを向
いたら泣きそうだったから。店を出て走った。とりあえず走った。息が苦しくなって止
まると、目の前がぼやけた。そして視界がクリアになる。ぼやける。クリアになる。ぼ
やける。クリアになる。その繰り返しだった。
どうやら、というかやっぱり泣いているみたいだ、わたし。あほらしいのに、涙が止ま
らない。なんでこんなことで泣いてんだろうと思いながらも涙は流れ続ける。
このまま宿に帰るとややこしいことになりそうなので、しばらく歩き、涙がおさまるの
を待った。それから今日は一人飲み明かそうと思い、お店で瓶のお酒を3本買った。
こんなに飲めるかわからないが、とりあえずたくさん飲みたいと思った。どうせヘタれ
のおっさんはあの女にのせられて結局夜の帳を一緒に過ごすんだろ。古いな。でもそう
なんでしょ。というか追っかけてこいよ。空気読めよ。ばか。どうせあれだろ、わたし
みたいに子供じゃないグラマーで色気ムンムンの人と過ごすのがすきなんでしょ。
そうだよ、だって誰にも本気にならないんだから。本気は、キャナリさんでおしまいな
んだから。
重いお酒を持ちながらとぼとぼと歩き、気がつけば宿まで来ていた。だけど、もう少
し夜風に当たろうと思い、街の入り口の橋まで行った。そして欄干に背をあずけ空を
見上げる。そこにはわたしのこの悩みなんてくだらなさすぎて片腹痛いわと言ってい
るような星空だった。
自分はこの世界にとって、星にとってちっぽけな存在だと感じた。そりゃそうだけど
さ。でもきれいだ。あほらしいくらい、きれい。
なんだかなあ。本当にくだらないよね。デートに誘ってもらって、手つないで、アッ
プルパイ食べて、ネックレス買ってもらって、他愛無い話をしながら歩いて、笑い合
って、ご飯を食べて、そこまでで生きててよかったっていうくらい幸せを感じて、
そう思っていたら昔の女現る、でさ、敵視されて、結局レイヴンにばっさり切られて、
泣いて、やけ酒か。
本当ばかだなあ。ただ、ただレイヴンのことが知りたいだけなのに。レイヴンのそば
にいたいだけなのに。仲間でもいい。ただ笑い合える仲でいたいだけなのに。いつか、
過去の話を話してもいいって思える存在になりたいだけなのに。
そう思うことはいけないこと?わたしがレイヴンをすきになることは間違ってる?
「わたしは欲張りですか?求めることは間違いですか?」
誰に言うでもなく、空に向かってつぶやいた。答えがほしいわけじゃない。
でも胸の内に抱えるには今のわたしには大きすぎる気がした。この気持ちをずっと抱え
ていたくない。辛い。苦しい。悲しい。切ない。
恋が単純なものだなんて思っていない。優しいものじゃないってくらい知ってる。それ
でも、やっぱり甘くて優しい時もあるからつい、甘えてしまったのだ。わたしが弱いか
ら、求めすぎるから、こんなにも辛いのだ。
「?」
空に向けていた視線を下ろすと、ユーリが立っていた。このタイミングでこいつを呼び
寄せるとは。わたしもまだ運が残っているのかもしれない。
未だ返事をしないわたしを変に思ったのか、ユーリはもう一度わたしの名を呼び、どう
かしたのか、と聞いてきた。なんでこいつに惚れなかったんだ、わたし。ちくしょー。
「うん、いろいろあったんだ。おかげでわたしのキャパシティ軽く崩壊したよね」
「そうか、」
「ねえ、ユーリ。わたしって欲張りだと思う?」
「は?何だ、急に」
「いいから」
「…別に、普通なんじゃないのか?」
「そうかな」
「ああ」
「…そっか」
「何かあったのか、おっさんと」
「うん、まああったというかなんというか…ん?んん?んんんん?あれ?え?なんで?」
「何が」
「何がってアンタ!だから、なんでレイヴンだと思うのって話」
「昼間とおっさんが歩いてるのを見たから、以上」
「あ、へえ、そう、み、見かけたんだ。どんな感じに?」
「どんな?どんなって別に普通に歩いてるのを見ただけだ。まあちょっと遠かったから
後姿しか見てないけどな」
「ああ、そっか、そうだよね!」
「なんか変だぞ?大丈夫か?」
「平気!というかさ、ユーリこの後特に予定とかないよね?」
「ん?ああ」
「よし来た!じゃあさ、一緒にお酒飲もうよ!一人で飲もうと思ってたんだけど、やっ
ぱり寂しいじゃん?それに成人してるのユーリしかいないし」
「おっさんがいるだろ」
「あのおっさんはだめ。わたしはユーリと飲みたいの!だめなの?」
「いや、そうじゃねえけど。やっぱりなんかおっさんとなんかあったのか?」
「まあ今はそんな話いいじゃん!とりあえず部屋行こう、部屋!」
◆
宿のユーリの部屋へと移動し、お酒を開けた。ちなみにカロルはラピードと一緒に違う
部屋に移動した。
というかしてもらったのだが。まあここからは大人の時間ということで。まずは一杯軽
く乾杯からはじめた。
それにしてもユーリと二人で飲みって新鮮だなあ。彼はいつも忙しそうだし、なんかこ
ういう機会ってありそうでなかったもんなあ。うん、今日は飲むぞ。
「いやー、ユーリってお酒強いの?」
「まあ普通だな」
「そうなんだ。なんかユーリが酔っぱらったらすんごい色気出そうだよね!わたしの
100万倍出そう!」
「どんなだよ、そりゃあ。だいたい女のより色気出ても嬉しかねえよ」
「そうかな?でも羨ましいなあ。ユーリって普段から色気ムンムンじゃん。ずるい!」
「だから、どんなだっての!別に出てないだろ、普通だ、普通」
「自分じゃあ気がつかないもんなのだよ!あーあ、わたしにもユーリくらいの色気が
あったらなあ…そうだ!色気の出し方教えて!」
「は?」
「色気の出し方だよ、色気!」
「あのなあ、そういうのはジュディあたりに教えてもらえって」
「ええ、ダメだよ!彼女とは身体のつくりがあまりにも違いすぎる」
「真顔で言うな。…だいたいそう言われてこうですよ、なんて言えねえだろ」
「じゃあ、ユーリをドキドキさせたら合格ってことにしようか」
「はい、そこ勝手に決めるのだめー」
「おねがいだよ!わたしのこれからの人生がかかってんだから!」
「オーバーにも程があるだろ」
「おーねーがーいー!」
「…ああもう、好きにしろ」
「やったー!」
なんだかお酒の力を大いに借りてる感も否めないが、わたしはユーリを色気でドキド
キさせちゃおうという練習をすることにした。
それにしてもわたしは何をしたらいいのだろうか。本当に色気とは無縁に生きていた
わたしにはさっぱりだ。うーん、と唸っているわたしを見て、ユーリはやめるか?
とか言っている。その顔はなぜかにやにやしている。こいつSか?もしやSか?まあ
いいや、やめないし。
さて、そうだなあ、やっぱ脱いでみるか。ジュディスも露出過多だし、ユーリも胸見
せてるもんね。やっぱり基本は露出だよね。
さて、露出の前にわたしの格好についてご説明しよう。紺の生地にに牡丹が無数に描
かれた着物を、黒地でノースリーブのタートルネックの上に羽織り、下は黒のショー
トパンツ。まさかの生足と思われるだろうがちゃんと下には黒いタイツを履いてる。
まあ一言でいえば色気もくそもない格好をしているということだ。
というわけで、とりあえず上着を脱いでノースリーブになってみることにした。これ
であまりよろしくない二の腕があらわになった。その段階でどうですか、とユーリに
聞いてみた。特に言うことありませんという返事が返ってきたので次の段階に進むこ
とにする。
さて、どうしようか。あんまり脱げるものないんだよなあ。仕方ない。ちょっとトイ
レ借りるとユーリに声をかけトイレに入る。タイツを脱ぐことにした。さすがにきつ
いかなって思ったが、いかんせん脱ぐものがないのだから仕方あるまい。タイツを脱
ぎ、再びショートパンツを履いた。そしてトイレから出る。
どうですか、ユーリさん。やはり恥ずかしいので引っ張ったってどうしようもないが、
ショートパンツの裾を引っ張ってみた。すると、それいいなと声がした。いいって、
生足のこと?と聞くと、まあ正確にはその隠そうとしてる仕草?との返答。…意外とマ
ニアックなんだ。別にいいけど。
「え、これに色気感じる?」
「まあまあだな。さっきよりはいいんじゃないか?」
「でもまだまだ?」
「そりゃあなあ、普段ジュディで見慣れてるっていうのもあるからな」
「じゃあもうダメじゃん!ジュディスより色気出せる自信ねえよ!あれ以上の露出は無
理だよ!」
「別にそんな露出にこだわることないんじゃないか?」
「どういうこと?」
「んー、とりあえずこっち来い」
ユーリにおいでおいでされ、とりあえず彼の座っているベッドに行き、彼の目の前に座っ
てみた。それでどうするんだろうか。
彼からの指示を待っていると、はい、ここで上目遣いーと声がかかる。上目遣いとな。
言われた通りしてみた。うお、こう見るとユーリかっこいいな。男のくせにまつ毛長いし、
なんかいい匂いするし、髪さらさらだし、露出してる肌はお酒のせいでほんのり桜色で、
目も心なしか潤んでいるように思う。
ってわたしがあらためてユーリの色気を実感しただけじゃねえか!意味ないじゃん!なん
だよ!罠かよ!というかなんか言ってほしい。
ちょっと、ユーリ?と声をかけてみた。だがぼーっとこっちを見ているだけで、何の反応
もない。もしかしてこの人酔ってるのか?酒弱いじゃないか。どこが普通だよ。弱いよ、
全然弱いよ。
「もう、ユーリお酒弱いなら弱いって言ってよ!普通とか見栄張らないでよね」
「……」
「おいいいい!目を開けたまま意識飛ばすのやめて!」
「……い…い」
「は?」
「…かわいい」
「は?どした、何がだ。今あなたは何が見えてるんですか」
「…」
「うん、そうだね、わたしだね、じゃあもう寝ようか、飲み会終了、乙!」
今すぐにでも夢の世界に旅立ちそうなユーリを寝かせようと、とりあえず彼の手に握られ
ていたコップを奪い取った。そしてそれをサイドテーブルに置いた。
彼に向き合い、もう今日はお開きね、と声をかけた。するとわずかにうなずいたのを見て
ため息を吐いた。
さて、とりあえずわたしは脱いだ服をと言っても上着とタイツだけだが、それを手繰り寄
せた。そしてもう一度彼に向き合い、下から覗きこんでじゃあわたしは帰るからね、とど
うせ聞こえてないだろうけど声をかけた。が、そこでユーリの顔が迫ってきた。正確には
彼自身が倒れてきたのだが、それはやば、い「ちゅ」ガチャ
僅かだがこいつの唇がわたしの唇をかすった。
う、そ。えええ!まじです、か。なんか今当たった気がしたんだけど、いやでもかすった
だけだし、別に誰にも見られ「、ちゃん?」てなければいいじゃん?と思ったけど
ね!なんかドアの開く音聞こえたなって思ったんだよね!しかもよりによって、
「レイヴ、ン」
だとはね、本当に今日はついてない。