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すきなひとの気持ちを知りたい。
すきなひとが自分をどう思っているのか知りたい。
すきなひとの考えていることを知りたい。
すきなひとの見ているものを知りたい。
すきなひとのすべてを知りたい。
そう思うことはいけないことだろうか。貪欲だろうか。間違っていることだろうか。
でもわたしは知りたい。すきなひとだからこそ、誰よりも知っていたい。







     欲恋T







長い旅の中、ここらで休息をはさもうと、仲間の中で最も常識人と思われる青年ことユーリが
言いだしたのをきっかけに、わたしたちは近くの街、ダングレストで休むことになった。
ここでもいろいろなことがあった。もう随分前のように感じるが、つい最近のことだと思うと
自分もそろそろ年季が入ってきたかとぼんやり思う。と言ってもわたしはユーリと同じくまだ
まだ遊び盛りの21歳なのだが。
ま、とにかく、今は疲れた身体を休めるのが先ということだ。


「それじゃあ、ここから自由行動にするか。まあ2日後の朝には宿に集合な」


ユーリの言葉を最後に仲間はそれぞれ自分のしたいことをしにバラバラと散った。と言っても、
エステルとリタは一緒に買い物、ジュディはバウルの様子を見に、カロルとパティ、ユーリは
街を散策しに、ラピードは気がついた時にはもうどこかへ行ったようだった。そしてこの地に
最も縁があるだろうレイヴンは特になにをするでもなく、ぼけーっと立っていた。わたしもレ
イヴン同様ぼけーっと立っていたのだが、内心はあまり穏やかではなかった。
実はも何もないが、こんなどうしようもないおっさんのことがすきだったりする。本当、自分
でもなぜこんなおっさんがすきなのかわからない。ただ、気がついた時にはもうどうしようも
なくすきになっていた。自分と14歳も離れていて、いつもわたしのことを子供扱いして、な
のにわたしよりも子供みたいなことしたり、わけのわからないおっさん。
でも本当は誰よりも大人で、冷静で、優しくて、寂しい人。これまで、いくつか彼の過去に触
れる機会があったが、どれも楽しいものではなかった。きっとそれらは彼の過去の一部に過ぎ
ない。わたしは彼のほんの一部しか知らない。本当の彼のことなんて、欠片も知ることができ
ていない。だからこそ、これから少しずつでも彼を知っていきたい。誰に言うでもなくわたし
は密やかに、けれど確実に気持ちを高まらせていた。
だからといってすべてがポジティブにはいられない。彼の過去の一部に触れたことで、確かに
彼のことを少し知ることができた。彼の大切な人の話、とか。
キャナリさん、その名前が引っかかって仕方ないのだ。テムザ山で聞いた彼の話。人魔戦争で
のこと。彼の想い人。でも彼女はもう亡くなっている。死んでしまった人に嫉妬するなんてば
かばかしいと思うのだが、それでも嫉妬している自分がいる。
そりゃあレイヴンが恋愛に対して常に真面目な人だったならばこんなに悩まないだろう。彼は
自称・博愛主義者などふざけたことをぬかしているだけあって、前にこの街に来た時も多くの
女性に話しかけられていた。ばかが。
まあ普通に考えてあの女性たち以外にも多くの女性と遊んできたのだろうよ。でもそれは所詮
遊び。いくら本気の気持ちをぶつけてくる女性がいたとしても彼はきっと受け取らない。彼は
遊びの恋しかしないのだ。だからこそ、キャナリさんに本気だったのだろうことが、ネックな
のだ。
こんなに遊び人の彼が本気になった女性。どんな女性だったのだろう。綺麗な人だったのだろ
うか。真面目な人だったのだろうか。強い人だったのだろうか。いくら想像したところで答え
が見つかるはずもないが、それでもぐるぐると頭の中をループする。
わたしの知らないレイヴンを知っている。わたしの知らない過去を知っている。それが単純に
うらやましかった。わたしの知らない、




ちゃん」




急に声をかけられへっ?なんて情けない声を出してしまった。ぼけっとしていつまでも動かな
いわたしに突然声をかけたのは、今散々わたしを自分の世界に浸らせていたレイヴンだった。
百面相して何考えてたのー?なんてにやにやしながら聞いてくるおっさんに、お前のことだよ
このヘタれ!と言ってやりたかったけど、そんなことは言わない。言ったとしてもいつもの調
子でうまい具合にはぐらかされてしまうだろうから。


「べっつにー。これからどうしよっかなあって考えてただけ」
「ふーん、そっかそっか。じゃあさ、おっさんとデートしない?」
「は?」
「は?って!もっと反応してよ!寂しいでしょ!」
「いやだって、このおっさん何言ってんだと思って」
「ひどい!…まあたまにはいいじゃないの!それともおっさんじゃ嫌なの!?」
「うざ!…別にいいけどさ。どうせ暇だし」
「よし!最初のうざってのは軽く流して行きましょか!」
「どこに?」
「まま、そこは黙って俺様についてこい!ってね」
「うざ」 


冷静に返事をしているわたしだが、実際手が震えるほど嬉しかった。誰だってすきなひとから
デートに誘われたらそうなると思うけど、単純だなあ自分。
とかなんとか、幸せを噛み締めているとレイヴンが手をこちらに手を差し出した。早く早く、
とか言ってるけど何この手は。どういうこと?飴とか置けばいいのか?彼の手と顔を見比べて
いると、意外とにぶいのね、とか言いながら手を取られた。何、手汗やばい。完全に混乱した
わたしを尻目に、彼はいつもと変わらない態度で、手ちっちゃいねえとか言ってる。どういう
こと?あれか、やっぱりデート、だからかな。いつもこんなことしてるのかな。今まで彼と遊
んできた女性はみんなこの人手を知っているのだろうか。男の人らしいごつごつした手で、意
外と大きくて、すごく温かい。この手を知っているのがわたしだけならいいのにな。
でも、今はこの横顔を見れるだけでいい、かな。
















しばらくダングレストの入り組んだ路地を進んでいくと、この街には似つかわしくないたたず
まいの店がひっそりと顔を見せた。
レイヴンはその店のドアを開けた。ドアについたベルがカラン、と心地の良い音を鳴らす。
店内は落ち着いた雰囲気でダングレストの広場の喧騒とは別世界のように、静かでゆっくりと
した時間が流れていた。淡いカラメル色の照明が良い演出をし、おとぎ話にでも出てきそうな
かわいいテーブルと椅子、小物も素敵なインテリアを使っていた。どれもアンティークのよう
だ。また、広くも狭くもない店内がとても心地良い。
わたしがキョロキョロと店内を見回しているのをみて、レイヴンはこっそりと笑っていた。そ
して奥に声をかけた。すると、これまたこの街には似つかわしくない初老の紳士のような人が
出てきた。とても優しそうな顔をしている。垂れた目尻がこの人の人の良さを表しているかの
ようだ。彼はレイヴンを見るなりにっこりと笑い、わたしを見た。


「これはこれは可愛いお嬢さんですねえ」
「でしょー!今一緒に旅してるお嬢さんのちゃん」
「はじめまして、です」
「初めまして。ここのマスターをしているオルガと申します」
「ここのアップルパイおいしんだよ、というわけでアップルパイ2つね!あと紅茶も」
「かしこまりました」
「あれ?レイヴン甘いモノ苦手じゃなかった?」
「うん、でもマスターのアップルパイは食べれるんだよね。甘すぎないから不思議と俺も食べ
 るのよ」
「へえ、珍しいね」


そう言いながらわたしたちは席に着いた。お洒落なテーブルと椅子に胸をときめかせながらレ
イヴンと向かい合って座る。
しばらく他愛無い話をしてると、オルガさんがアップルパイと紅茶を運んできた。ほのかに甘
い香りと紅茶の良い香りが漂い、食欲を誘う。いただきます、と一口アップルパイを運ぶ。
…おいしい。わたしも甘いのがそんな得意じゃないのだが、この甘さはちょうど良い。甘さは
控えめだが、林檎の甘さをそのまま生かしていて、砂糖とはまた一味違う甘さが口の中いっぱ
いに広がる。
無意識に顔を綻ばせていると、おいしい?とレイヴンが同じく顔を綻ばせながら聞いてきた。
おいしい、と一言言って思わず下を向いてしまった。その顔は卑怯だろ。そんな顔見たことな
い。そんな、優しい顔見たことない。なんでそんな愛しいって目で見るの。どうせわたしのこ
と妹みたいに思ってるくせに。家族愛みたいに感じてるんでしょ。
青みがかった緑の目の奥に何が隠されてるの。自分の気持ちはいつも隠してるくせに。それで
も、嬉しいだなんて。そんな顔を見れて嬉しいなんて、わたしもどうかしてる。
おーい、ちゃん?と顔を覗き込もうとしているレイヴンの隙をついて、彼の3分の1ほ
どしか残っていないアップルパイを奪ってやった。残りのアップルパイを食べられたレイヴン
はえええええ!?とかうそでしょ!?とかなにやら叫んでいる。わたしはそんなのお構いなし
に咀嚼し、紅茶で一気に流し込んだ。ざまあみろ。
そんなわたしたちのやり取りをにこにこと見ていたオルガさんが仲良いですねえ、なんて言っ
ていた。そういえば、レイヴンとオルガさんは長い仲なのだろうか。わたしはうじうじしてい
るレイヴンをほっておき、オルガさんが立っているカウンターの席に移動した。
  

「あの、オルガさんてレイヴンと結構昔からの付き合いなんですか?」
「そうですねえ、彼がここの街にふらっとやってきた頃からですかね」
「へえ、そうなんですか」
「初めてこの店にいらっしゃった時は彼があんなに出世するとは思いませんでした。あまり人
 と関わるということが好きという印象がなかったものでねえ。ですが、街で噂になる彼は女
 性の皆さんとよく遊んだり、ドンの信頼もあるというもので少々驚きました。なので彼はい
 くつもの顔を持っているのだろうなあと思っていました。そして彼があなた方と旅をするよ
 うになった頃でしょうか、一度この店にいらっしゃったんです。その時、今旅をしていて、
 旅の仲間が、といろいろ話して下さいました。私は穏やかな顔で話している彼見て、ああ、
 きっと旅の仲間はとても素敵な方ばかりなんだろうと思いました」
「…そうなんですか」
「彼は良い仲間と出会えたんだと、そう思いました。それに、今日の彼は今まで見た中で一番
 良い顔をしていますよ」
「え?それってどういう」
「ちょっとちょっと!二人で何話しているの?おっさんも混ぜてよー寂しいよー」
「うるさい」
「ひどい!」


オルガさんの最後の言葉が引っかかったが、本人の前で聞くのはちょっとどうかと思ったので
気にしないことにした。オルガさんの話を聞いてわたしの知らないレイヴンをほんの少しだけ
知ることはできたけど、同時に彼のことを全然知らないのだと痛感した気がした。
なぜこのおっさんはあらゆる場面でわたしを悩ませるのだろう。これが惚れた弱みというもの
なのだろうか。







オルガさんに一言かけ、彼の笑顔に見送られながらわたしたちはお店を出た。お店を出るとレ
イヴンは自然とわたしの手を取った。少しドキリとしたが嬉しかったのでそのままにした。
それから少し人の多い通りまで出てのんびりと街を散策。
仲間の誰かにこんなところ見られたらどうしよう、とか、わたしたちは恋人同士に見えるのだ
ろうか、とかいろいろ考えていたけれど、結局は喜んでいる自分がいた。ただレイヴンの隣に
いて、手をつないで、ちょっとした会話をして、笑いあったりする時間が愛しかった。わたし
は幸せだ、なんてみんなに言いたくなった。すきなひとと一緒にいるだけで、こんなにも幸せ
な気持ちになれるんだっていうことを無性に誰かに言いたくなった。
幸せを胸に歩いていると、あるお店に目がとまった。小さな雑貨屋さんのようだ。わたしはレ
イヴンの手を引っ張りお店の中に入った。中にはたくさんの小物が並べられていた。その中で
気になったものがあった。ネックレスだ。小さく透き通ったガラスの球体の中にこれまた小さ
な光る石が入っていた。ガラスの球体の上部に申し訳程度に施されている装飾がシンプルでと
ても良い。
なにより、そのガラスの色がレイヴンの瞳の色に似ていると思った。青みがかった緑。碧色と
でも言うべきか。こんな色の海を見たことがあるような気がする。とても、きれい。わたしが
手にとって食い入るように見ていると店主らしき男が声をかけてきた。


「シンプルで可愛らしいネックレスでしょう?」  
「はい、とてもきれいで素敵です」
「このガラスは貴重な素材で造られたものなんですよ。ここまで綺麗な色はなかなか出せない
 んですが、その素材だからこそ出せる色なんです。中の石も珍しいもので願いを叶えるとも
 言われている石なんです」
「へえ、」
   

願いを叶える。そんなもん信じてないし、本当に手に入れたいものは自分で手に入れる、とい
うのをモットーに生きているわたしにはどうでもいい情報だ。だが、単純にこのネックレスに
魅かれていたわたしは買おうかな、と思い、これ、お願いしますと店主に渡した。レイヴンの
方を向き、買ってくるねと言いレジへと向かおうと足を向けた時、ちょい待ち、と止められた。
何?と聞き返すとおっさんが買ってあげるとわたしを追い越しレジへと向かった。
わたしは呆気にとられ彼の背中を見ていた。なんだなんだ、この展開は。なんだかありがちな、
そして本物の恋人同士のやりとりのようになっている。っとそんなこと考えてる場合じゃない
と彼の背中を追いかける。レイヴンの横に立ち、小声で悪いからいいよ、と言ってみたが見事
にスルーされた。
何回か声をかけたがどれもスルーされ、気がつけばレジを済ませ、彼と一緒に店を出ていた。
そしてはい、と紙袋に入れられたネックレスを渡された。だがわたしは悪いからとお金を渡そ
うとした。けれどそれも制された。意味のわからないわたしはなんだか腹が立ってきた。


「お金払うってば!」
「いらなーいよ」
「だって買ってもらう理由がないじゃん」
「おっさんからのプレゼントはいらない?」
「…、別にそうじゃないけどさ。なんか悪いじゃん」
「おっさんがちゃんにプレゼントしたいの!だから黙って受け取って?」
「……」
「いや?」
「…ありがとう」
「どういたしまして!」


子供みたいなレイヴンの笑顔にわたしもつられて笑ってしまった。ああ、やっぱりすきだな。
そんなことを思いながらさっそくネックレスをつけようとした。するとレイヴンの手がのび、
つけてあげるとネックレスを持ってかれた。自分でできるよ!と取ろうとしたが、すでに彼は
わたしの後ろに回っていた。まるで後ろから抱き締められているようだ。恥ずかしくて顔から
火が出そう。きっと今のわたしはゆでダコのような赤さなんだろうな。
うなじに レイヴンの手が少しあたって余計恥ずかしい。とりあえずこの状況はどうにもなら
ないので大人しくしていることにした。
できた、という声とともにレイヴンが正面に戻ってきた。うん、似合うね、かわいいとはにか
んだ。お前のがかわいいっての、なんて思ったが、自分でも気になったのでショーウィンドウ
に映った自分を見た。
シンプルなだけあってどんな格好にもしっくりくる。それでもほんのりと存在感を感じさせる、
素敵。嬉しくなって思わず口元が緩んだ。そして隣にいるレイヴンを見、あらためてありがと
うと言った。レイヴンはどういたしまして、と笑っていた。