#06








さよならの朝。
だからといって特別なことはしない。いつものように目覚ましの音で起きる。洗面所で顔を洗って、
朝ご飯の支度をする。支度ができたらまだ寝ているエースを起こしに行く。起きたら2人で一緒に
朝ご飯を食べる。そんで片付けをして、ヒゾンの実を採りに行く。
準備ができたら街に売りに行く。他愛のない話をしながら2人で一緒に歩いて行く。
これが最後だと思うと、こんな小さなことでさえもすごく大切だったんだなあと気づかされる。














  ◇◇◇














「いらっしゃいまーせー」
「最後なんだからもっと大声張れよ、
「いや無理です」
「いらっしゃいませェーーーーー!!」
「エースうるさい」
「こんくらいがちょうどいいんだよ」
「近所迷惑でしょ」
「うるせェ」
「あ!ちょっと!髪ぐしゃぐしゃにしないでよ!」
「あはは」




せっかく今日いつも以上におしゃれしたのに。
髪だって念入りにお手入れして、服はエースがくれたワンピース。さよならの日だからって特別な
ことはしないって言ったけど、これくらいはいいでしょ?エースにあたしを少しでも焼きつかせる
くらい、許してください。そして髪をこれ以上ぐしゃぐしゃにするのはやめてください。




「エース!いい加減にやめ」
「君が、最近治安を荒らしている海賊かね?」
「げ」
「だれだ?お前」
「ワシはこのイサナ島を統治しているオガサだ」
「エース、このおっさんにはあんまり余計なことを言わな」
「おれは確かに海賊だ」
「ふむ」
「それから、ここを荒らしているつもりはねェ」
「本当にそうかね?こちらには海賊が治安を乱していると聞いているが?」
「そりゃァ、勘違いかなにかじゃねェか?」
「そうだとしてもだね、ここに海賊なんかがいられても困るのだよ」
「ちょうどいい。おれは今日ここから出て行く。それでいいだろ?」
「いや、それでは困るんだよ。先ほど海軍の方に連絡させてもらった。じき、ここに到着するだろう」
「ちょ!なにそれ…エースはなにもしてないです!」
、いいさ。海賊には海軍がつきものだしな」
「ワシに逆らうというのなら、君も海軍につきだそうか?」
「やめろ、は関係ない」
「だったら。大人しく彼が連行されるのを見ていればいい」
「このっ…!」
!やめろ」
「だいたい海賊なんてものは、存在そのものが悪だ」




悪?悪ってなに?悪ってなにをもって悪になるっていうの?
理不尽な階級で人々を苦しめて、自分はあたしたちから無理やりとったお金で悠々暮らして、
苦労なんて言葉を知らないくせに。その上、お金を納めなかった人は問答無用でこいつの家にぶちこまれ、
ずっとずっとずっとこき使われなる。それで何人もの人が亡くなったことも知ってるし、身内を連れて
行かれ、泣いている人もたくさん見ている。
それなのに、そんなお前が悪を語るっていうのか。あんたが悪じゃなかったら、一体なにが悪なんだ。
自分のしてきたことを振り返ってみろ。あんたこそが、悪そのものだから。
とりあえず、最高にむかついたので、今こそこいつをぶっ飛ばす。




「ぐわあっ!!」
!?お前…」
「……」
「な、なにをする!!このワシをけ、蹴りおって!!」




むかついたから蹴っ飛ばしてやった。ただそれだけのこと。
この汚いでこだか頭だかよくわからない脂ぎった部分に蹴りをいれてやった。我ながらすばらしい。
あたし、知らないうちに脚力が鍛えられていたようです。今思えば、むかついた時、ヒゾンの実が
生る木に蹴りを入れたら折れたことあったわ。あはは、どうだこのやろー。




「あんた、何様?」
「なんだと!?」
「何様って聞いてんの。だいたい、あんたエースのなにを知ってるの?情報で海賊としか聞いてない
 くせに、悪そのものとか馬鹿なんじゃないの。あ、うましかでしたねごめんなさい」
「貴様っ!!」
「そもそも、あたしは18年間生きてきて、この島に海賊が立ち寄ったところなんて見たことがない!
 あんたたちだって、見たことないんでしょ?それなのに海賊はみんな悪いものだって思うの?」
「当たり前だろう!!」
「この街の人だって、エースがヒゾンの実を売り出してから、たくさん来たよね。その後も毎日買いに
 来てくれてた。そこのお嬢さん方なんて特に見覚えがあると思いますけど」
「っ!!」
「みんな、エースが海賊だからこわくなった?嫌いになった?違うよね。エースが海賊だろうと
 なんだろうと、エースはエースだよ。みんなエースだから、毎日買いに来てくれたんでしょ?」
「……」
「それなのに、こいつが何か言ったからってそれは変わらないでしょ?だって、少なくともエースは、
 すごく優しい海賊だから!」
…」
「うるさいうるさい!!小娘!!貴様覚えていろ!!一生こき使ってやるからな!!」
「…エース、行くよ」
「行くってどこに…っておい!!引っ張るなって、どこ行くんだ!」
「いいからさっさと来る!」




言いたい事はとりあえず言った。だからもうこいつに用はない。この後あたしがどうなろうと、関係ない。
いくらだって蹴っ飛ばしてやんよ。だから大人しくそこにいろ、ばーか!
そういうわけで、エースの腕を引っ張って船を買いに行く。もう時間がないから。もちろん、荷物も
持ってきた。もう家には戻らず行くって言ってたので荷物も持ってきたのだ。ほんとよかった。
重い荷物を背負って港に向かった。船は港のとこでしか売ってない。こんな小さな島だからね。
船を買ってさっさとこんな島でてった方がいい。エースをこれ以上悪く言うのは許さない。
あーほんとむかつくよね。もっと足鍛えておこう。














  ◇◇◇














「船!船ください!」
「え?ひいっ!海賊!」
「うるさい!いいから船出せ船!」
「はははっ!の方がよっぽど海賊じゃねェか!」
「笑ってるんじゃないよ!あんたもお金出して、お金!」
「おー」
「で?早く売ってくれない?船買うお金あるんだから、さっさと売って!こっちは時間ないんだから!」
「は、はい!!ええと、あの船ならどうですか?」
「エース!あの船でだいじょぶ?なんか小さいけど」
「あァ、あれくらいで大丈夫だ」
「よし、じゃああれください!」
「は、はい!お値段はこんな感じになっておりますが…」




嘘。まじか。まじでか。まじですか。
ここまできて足りないとかある?あるの?普通はないよね?これ夢?いい加減にしてよほんとに!
あともう少しが足りない。馬鹿なんじゃないの!




「まけて」
「へ?」
「まけてって言ってんの!」
「え!?い、いや、それはさすがにちょっと…」
「なんで!」
「こちらにも生活というものがありますので…」
「は?知らないしそんなの」
「おいおい!まァ無理なら仕方ねェさ」
「よくないでしょ!あ、そうだ」




そういえばこんなこともあろうかとは思ってなかったけど、お金持ってきたんだった。
餞別とかじゃないけど、このお金をエースにあげようと思って。あたしはやりたいことも欲しいものも
もう買ったから、生活できれば問題ないし。とりあえず、これで足りる!やった!船買える!




「エース!お金あった!」
「え、ってこれお前の金だろ」
「いいの!もともとエースにあげようと思ってたから。じゃ、これでこの船ください」
「はい、お買い上げありがとうございます!」
「よし、じゃあさっさと乗り込んで!」
「…行けねェ」
「は?なんで?忘れ物した?」
「この金がなくなったら、お前どうすんだ」
「どうするって別に生きていけるよ」
「また、おれが来る前と同じ生活をするのか?」
「そりゃあ、そうだよ」
「あいつに捕まるかもしれねェ」
「平気だよ。また蹴飛ばしてやるから」
「なんで!!」
「なによ」
「…なんで、おれに頼らねェんだ!」
「これから1人で生きて行くのに、ここでエースに頼ったら意味ないでしょ?」
、」
「でももうあたしは寂しくないよ。いつかこの島を出て、エースを探すよ!だから、行って」
「……」




エースが色んなものをくれたから、寂しくなんかない。
あたしはここでお金を貯めて、体も鍛えて、それからおしゃれもちゃんとして、またエースに会いに
行くから。だからその時まで、待っててよ。目標ができたんだから、あたしはうれしいよ。
笑顔で、さよならしよう。




「あなた達!」
「え?あ、美容院のおばさん!と街の人?」
「さっき灯台守のおじちゃんが遠くに船が見えたって言ってたのよ!海軍の船がもう近くまで来て
 いるみたいよ!早く行かないと追いつかれちゃうわよ!」
「ほんとですか!?そりゃ大変だ。エース、早く乗って乗って!」




すっかり黙り込んでしまったエースを無理やり船まで押し、なんとか乗船させた。
それから重い荷物を船に乗っける。それでもエースは黙ったままだ。最後なんだから怒らないでよ。
でももう時間がないので、港と船を繋げていたロープを切った。そして静かに船は動き出す。




「…エース!元気でね!いつかまた会おうね!」
「……」
「ちょっと!なんか言いなさいよ!最後なんだから!」
!」
「お、おう、なんだよ急にびっくりした」
「やっぱり、おれと来い」
「は?なに言ってんの?だいたい船もう動いてるし」
「おれと一緒に来い!」
「だから行かないっていうか行けないって言ってんでしょうが!」
「うるせェ!おれはお前を連れて行く!」
「話を聞きなさい!って…ええ!?なにこれ炎!?エースが炎!?」




無茶苦茶なことを言いだしたエースは炎になりました。どういうこと?
船はもう離れ始めたのにエースは炎となってこっちに戻ってまいりました。なにこれどういうこと。
男の人って炎になれるんですか。海賊だから炎になれるんですか。びっくり人間じゃん!
とりあえず炎になったエースにお姫様抱っこをされてあたしもなんでか船に乗っている。意味わからん。




「なにこれ!?どういうこと!?ていうかなんであたしも船にいるの!?」
「落ち着け
「こんな状況で落ち着けるわけないでしょ!」
「おれはお前に海を見せたい。この世界は広い。だから、それをお前に見せてやりてェんだ」
「エース、だからあたしはいつかあんたを追いかけるって言って」
「今じゃなきゃだめなんだ!」
「なんでよ!」
「今、お前に見せたいからだ」
「とんだわがままじゃねえか!」
「はははっ!確かにそうだ!でも、お前を連れて行きてェんだからしょうがねェ」
「…あたし行くって言ってないのに」
「それでもいいさ!おれは海賊だからな!一緒に来ないなら攫っちまえばいい」
「…攫われたなら、仕方ないか!」
「そういうことだ!…これからはおれがお前を守る」
「いいよ、別に」
「そんで、お前もおれを守れ」
「え?」
「それならいいだろ?」
「あたしに守れるかな?」
「やれるさ!」
「…うん!」




結局あたしはエースに攫われてしまった。ので、海に出て行くことになりました。
こんな形で海に出たものの、あたしはしあわせです。
だって、こんなに優しくて強い海賊があたしを守ってくれるから。
あたしもエースをちゃんと守れるように強くなるよ。だから、一緒に海を渡ろう。
あなたとならどこまでだって、行ける気がする。













海と炎に囲まれて、あたしは今日も海を行く。












                                 to be continued…?