#03








あたしが思っていた以上に、エースはすごいやつなのかもしれない。
エースのおかげで前より売上アップしたわーとかそういうレベルじゃない。なんか、すごい勢いで
お金が貯まっていってる気がする。このままなら、ほんとに船くらい買えちゃうかも。
まあ船って言っても小船だけど。それでもすごい。ということは、小船を買ったらエースはすぐに
この島から出て行ってしまうんだろうか。そしたら、その後売上とっても減りそう。残念。
それから、ちょっとだけ寂しくなるかも。




「もうすぐお金貯まりそうだね」
「うん?」
「船のお金」
「あーそうだな。まァでもまだしばらくは世話になる」
「うん。あ、そうだエース、あたしこれからちょっと出かけるから」
「そうか、気をつけろよ」
「はいはい。じゃ、行ってくるー」




先のこと考えたって仕方がないし。それに、エースが出て行くことは最初っから決まってたことだ。
今さらあたしがどうのこうの考えたって、無駄だし。
それに、エースにはずっとこの島に留まってほしくない。いや別にエースが嫌いとかじゃあない。
すきとかでもないけど。普通だよ普通。じゃなくて、なんだっけ?
あ、そうそう。エースはこんなちっぽけな島に留まるような男じゃないってこと。
こんな海賊すら来ない島に、エースはいるべきなんかじゃない。きっとこの海を自由に渡る方が
エースには良いと思う。海がとても似合うから。
そういえば、エースって何やってる人なんだろ。すんごく今さらだけど、ここに来る前に何をしてたか
聞いたことなかったわ。まああとで聞けばいいか。
それよりも、あたしはこれから念願の髪の毛カットに行きます。そしてその帰りにあのワンピースを
買うんだ。さっぱりしてから、あのワンピースを着る。楽しみだ。
ちなみに、今日はいつものボロボロの服ではなく、まだ新しいTシャツと短パンをはいている。
さすがにあの服じゃ入店拒否されそうだし。そんでまあ、これが今のあたしの最大限おしゃれ。
街の人に比べたらしょぼいけど、まともな格好なだけ良いと思う。とりあえずさっさと行こう。














  ◇◇◇














「いらっしゃーい」
「ど、どうも」




街の美容院にやってきた。入店拒否はされないみたいなので、とりあえず安心。
そしてお店に入って出迎えてくれたのは、派手なおばさん。この人でだいじょぶなのか。
美容院なんて来たことないから、この人に任せてだいじょぶなのかとっても心配。
でも鎌で髪の毛切ったあたしよりは全然マシか。




「あの、カットをおねがいしたいんですけど…」
「はいはい!じゃあとりあえず髪を濡らすからこっち来て」
「は、はい」




これがいわゆるシャンプー台か。噂では聞いたことあるけど、はじめて見た。便利なものがあるんだね。
おばさんにうながされ、シャンプー台のイスに座った。おおう、これ上げたり下げたりできるんだ。
すごいな現代文明?いやあたしが原始的な生活してただけか。あ、でも家にはちゃんとお風呂あるよ。
で、背もたれに体を預け、顔にタオルをかぶせられた。なにこれ親切。街の人より親切。
お湯!びっくりした。あ、でもすごい気持ち良い。




「かゆいところはありませんかー?」
「あ、だいじょぶです」
「それにしてもあなた、髪ぱっさぱさね」
「すいません…」
「大丈夫よ!私が綺麗にしてあげるから」
「はあ…おねがいします」




髪ぱっさぱさって言われた。まあそれは仕方がない。でも前よりはマシになったと思うんだけど。
毛先とかは死んでるレベルだけど。枝毛というかもう枝毛レベルMAXというか。
そこらへんもどうにかしてくれるのかしら。そうしていただけるとすごくありがたいなあ。
とか言ってるうちにシャンプーが終わって、席に案内された。




「どんな髪型をご所望で?」
「ええと、とりあえず痛んでるところをどうにかして、ガタガタの髪を揃えてほしいんですけど」
「そうね、それがいいわね。あなた、どうやったらこんなにガタガタになるの?」
「鎌で…」
「鎌!?」
「かまいたちにやられました」
「あらそうなの、大変だったわねえ。まあ私に任せなさい!」
「おねがいしまーす」




なんかごまかせたんだけど。かまいたちが髪をガタガタに切っていくなんて聞いたことないけど。
深くつっこまれても困るからいいんだけどさ。
とか考えていると、おばさんが手際よくカットしはじめた。やっぱりプロですね。
躊躇なく髪を切り落としていく。鏡に映る自分が徐々にさっぱりしていくのがわかる。面白い。
長い前髪隠されていた自分の顔が露わになる。あ、久しぶりだね自分。いや嘘だけど。
鏡くらいあたしだって見ます。お風呂上がりとかオールバックだし。なにそれかっこいい。
でも乾かすと前髪が目を隠すので、前がとても見づらい。じゃあ切れよって話なんだけど、さすがに
鎌で前髪を切るのはこわいのでやめました。下手したら先端恐怖症になるぜ。
シャキシャキ髪を切る音と気持ちの良い室温になんだかとっても眠い。それでもがんばって目を
開けていたものの、ドライヤーになった時、落ちました。眠りの世界に行ってきます。














  ◇◇◇














「お嬢さん、お嬢さん!」
「ふぁい!」
「カット、終わりましたよ」
「すいません。気持ち良くて寝ちゃってました」
「こちらこそ起こしてごめんなさいね」
「いえいえ」
「で、どう?結構良い出来だと思うんだけど」
「あ、」




鏡に映った自分にびっくらたまげた。イスの背もたれに手を置いてこちらに微笑むおばさん。
そのイスに座っているのは、あたし?こりゃあすごいな。




「…すごい、ですね。びっくりしました」
「私もびっくりよ!あなた印象変わったんじゃない?とても素敵よ」
「そう、ですかね」
「そうよ!女の子はやっぱり綺麗にしなきゃね!これ彼もびっくりするんじゃない?」
「彼って誰です彼って」
「彼氏のために綺麗になろうと思ったんじゃないの?」
「いませんよ彼氏なんて!」
「あらそうなの?あなたいつもそこの広場でヒゾンの実を売ってる子よね?」
「え、知ってたんですか?」
「そりゃあねえ、あんなかっこいい男の子といるんですもの。覚えちゃうわよ!それに、あなたの
 髪カットしてあげたいって思ってたから、来てくれて嬉しいわ」
「あ、ありがとうございます」
「ふふふ、私の若い頃にそっくりよ!まあ私の方がもうちょっとかわいかったけどね!」
「そ、そうですか」




急に自分の昔話を話しはじめたおばさんをほっといて、もう一度鏡に映った自分を見ていた。
肩くらいまであった髪は顎のラインまでのボブになって、髪にも艶が戻り、明るい印象を受ける。
なにより、短い前髪によって顔がはっきり見えて、なんだか自分の気持ちも明るくなった気分。
髪を触ってみると、すごくさらさらで手触り抜群。このおばさんすごい。
徐々にテンションが上がってきて、エースにも早く見せたくなった。ので、まだ昔話を話している
おばさんに会計おねがいしますと声をかけ、お礼を言ってお店を出た。




「あ、エースの前にワンピース買わなきゃ!」




早くエースに見せたいという気持ちを抑え、目をつけていたワンピースを買いに行くことにした。
最近、いつもワンピースが売っているお店を見て、自分に喝を入れ続け、仕事をがんばってきた。
それが今日成就するとなると、思わず顔が緩んでしまう。
髪を切ったことによって、足取りも軽やかに、期待を胸にお店に向かった。














  ◇◇◇














「ない…!!」




嘘でしょ。誰か嘘だと言ってください。はい、嘘ー。やった、やっぱり嘘だってってなんでやねん。
とか意味のわからないノリツッコミが頭の中をぐるぐる回るのをかき消し、現実を見る。
毎日のように見ていたウィンドウ。見間違えるはずがない。確かに昨日まではここにあったのに。
あのワンピースがここにあったのに。なんで、今日なくなるの。
とりあえずお店の中まで入って聞いてみることにした。もしかしたらあるかもしれない。




「すいません!」
「はい?」
「あの、最近ずっとウィンドウに飾ってあった白いワンピース、まだありますか?」
「ああ、すみません。あそこにあったのが最後の一着だったんですが、つい先ほど売れてしまいまして」
「そう、なんですか」
「申し訳ありません」
「いえ、ありがとうございました…」




あまりのショックで禿げそう。神さまっていないんだね。きっと悪魔と大魔王くらいしか存在しない。
だからあたしにこんなひどいことができるんだ。ばかじゃん。悪魔だろうが大魔王だろうが殺す。
地獄で待ってろ。その首食いちぎってやるから。














  ◇◇◇














「ただいまー…」
「おう。おかえ…お!!お前ずいぶんすっきりしたなァ!かわいいぞ」
「はあ、そりゃどうも…」
「どうした?せっかくかわいくなったのにテンション低いぞ」
「別にい…」
「そうだ、ちょうどいい。、お前にこれをやる」
「なにこれ?」
「いいから開けてみろ」
「はいはい…」




今そういう気分じゃないんだけどね。全然そういう盛り上がれる気分じゃないんですけどね。
エースにほめられてもなんかこうピンとこないし、プレゼントらしき箱とか開けるのめんどくさい。
でもすごいきらきらした目でこっちを見ている人がいるから開けます。
包装紙を思いっきり破いた。セロテープを一つずつはがすとかそんなめんどくさいことしない。
豪快に破いてやった。少しすっとした。横ではエースが「いい開けっぷりだなァ。あはは!」とか
盛り上がってる。あんたのテンション分けてくれ。まじで。
引き裂いた包装紙を丸めてポイ。そして箱のふたを開けてみた。なん…だと…?




「このワンピース…」
、最近ずっとそれ見てただろ?」
「そうだけどってブーツもあるじゃん!」
「おれを助けてくれた礼だ」
「お礼って…そんなのもうたくさんもらってるよ!それに、これ買ったら船のお金減っちゃうじゃん!」
「それくらいなんともねェよ。それともいらなかったか?」
「そんなわけないよ!…ありがとう、エース」
「おう!」




船の分のお金はあともう少しで貯まるのに。それでも買ってくれた。
ねえ、エース。あんた良いやつすぎ。今までの人生で、この贈り物が一番うれしい。嘘じゃないよ。
すっごくすっごくうれしい。ほんとは泣いちゃいそうなくらいうれしい。
それから、あたしがすごく喜んだらエースもすごくうれしそうに笑うから、なんか泣くタイミング
逃しちゃったよ。ほんとにほんとにありがとう、エース。




「そうだ、これ着てみろよ」
「えーもったいない!」
「ばか、着なきゃ意味ねェだろ!」
「だって普段着にしたくないもん」
「んー…じゃあ、デートするか!」
「は?」
「デートだよデート。知らないのか?」
「ちょ、ばかにしてくれるな!それくらい知ってるわ!」
「じゃあ決まりだな!明日は仕事は休み!んで、デートだ」
「え、なに勝手に決めて」
「とりあえずメシ」
「だから話を聞きなさい!」




まあ、いっか。今日はこのワンピースに免じて許す。
しょうがないからいつもよりおかずの数増やしておこう。今日だけだけどね。
ていうかデート、ほんとにするのかな。あれ、なんか胸どきどきしてきたんですけど。おかしくない?