#02
エースは商売上手だった。
あたしは基本愛想がないし、らっしゃいらっしゃーい、くらいしか言えない子である。
それに比べてエースは、少年のような笑顔で人々の心をぐぐぐっと掴んだ。なにそれずるい。
確かにね、エースは長身で、がたいがいいもんだから、一見やーさんかって思っちゃうけど、
顔にあるそばかすがそれをうまく緩和していて、くしゃっと笑えば年頃の女子なんかイチコロよ。
そんなわけで、悔しいけれどもエースが来てから売り上げが大幅アップした。むかつく。
なので、最近はいつもよりもたくさんの木の実を採ることになり、大変でござる。
まあエースがたくさん持ってくれるからむしろ肉体労働減ったかしらっていう話なんですけど。
とりあえずいろいろと悔しいというか複雑なあたしです。
そして今日も商売に励む。
◇◇◇
「なァ、」
「なに?」
「これ、なんて言うフルーツなんだ?」
「ちょ、知らないで売ってたんかい」
「おう」
「これは、ヒゾンの実っていうフルーツ」
「ほー」
「外は真っ黒で一見怪しいけど、中身は宝石のオパールみたいにきれいなんだよ。
味ももちろんおいしいよ。甘すぎず、さっぱりしてて」
「そうなのか」
「まさか知らずに売ってたとはね」
「あー、おれこの島ではじめて見たんだ」
「え、そうなの?」
「おう。ここも、今まで見てきた島とちょっと違うしな」
「ふうん。エースは色んな島に行ったことあるの?」
「あァ」
「そうなんだー…」
「興味あるか?」
「べっつにい」
「ははっ、素直じゃねェなァ」
そう、あたしは素直になれないんです。ほんとは色んな島に行ったことがあるというその話、
ぜひとも聞きたい。この世界はこんなちっぽけなはずがないんだから。
こんな小さな島があたしの世界だなんてそんなのつまらない。海に出て、色んなとこに行きたい。
いいなあ。あたしもいつかエースみたいに船で海を渡りたい。お金ないけど。
「さてと!じゃあ今日も売りさばきますかー」
「おう、任せろ」
「頼もしいわあ、複雑なほどにな」
◇◇◇
「エースさん!あの、これ、5個ください!」
「おー!悪いな!ありがとう!」
「い、いえ!じゃ、また買いに来ますね!」
「あァ、よろしくな」
「は、はい!」
天然か。そうなのか。なるほどね。
最近は、ほんとにもうこういうお嬢さん方がいっぱいで困るよね。たくさん買ってくれてるから
いいんですけどね。なんかこう、とても冷めた目で見ている自分がいるわけで、なんか面白くない。
あたし1人で売ってた時は、このお嬢さんも、なにあれださーいとか言ってた中の1人よ。
なのにこうも変わるもん?いやまじで。こんな世の中どうかと思うぜ。
何回も言いますけど、別に全然いいんですけどね!
でもさー、鈍感なあたしもちょいと気にしちゃうよね。お嬢さんの視線。今までとは違う痛い視線。
エースさんとなんであいつが一緒にいるのよ視線ビーム。あいたたたたた。落ち着け女子。
あーあ。あたしももう少しおしゃれとかしようかなあ。おしゃれっていうかそれ以前にまともな
服を買おうぜ自分というか。うん、ある程度貯まったら髪の毛もちゃんと切ってもらいーの、
服もちゃんとしたの買おう。そうする!あれ、なんか楽しい。
「?どうした?」
「なにが?」
「にやにやしてる」
「うるさいなー。してないよーだ」
「なんか良いことあったのか?」
「ないよ」
「ふうん?」
「いいからさっさと売る!」
「へいへい」
いつもと同じ毎日に、エースが突然やってきて、日常を変えた。
なんだか、あたし自身もエースに変えられて行くような感覚。まあ、悪くはないけど。
◇◇◇
「今日もたくさん売れたなあ。いやーたくさんあるお金を数えるのはこんなに楽しいんだね!」
「えらくご機嫌だなァ」
「これもエースのおかげだね、ありがとう」
「お、珍しくが素直」
「あたしだって素直になることあるんですう」
「覚えておこう」
「おう。あ、これエースの分のお金ね」
「さんきゅ」
このペースで貯まれば、案外早く服とカット分の余裕出るかも。ちょっと楽しみ。
これで、あたしもやっと年頃の女子に近づけるんだあ。うんうん。
「あ、ご飯のおかずがない」
「え!?どうすんだよ、メシ!」
「買いに行くか。最近は誰かさんのせいですぐなくなっちゃうからね」
「え、おれ?」
「あんた以外誰がいるんです?」
「」
「いやいやいや」
「じゃ、さっさと買いに行ってメシにしよう」
「エースも来るの?」
「荷物持ちはいた方がいいだろ?」
「まあそうだね。じゃあおねがいしまーす」
「おう」
エースって意外と常識人。そして紳士だったりする。不思議なもんだ。
見た目からしたら絶対そうは思わないよね。でも女子っていうのはギャップに弱いって相場が
昔からありますからね、うん。
まあこんながたいで少年みたいな笑顔で懐かれたらそりゃあきゅんきゅんすることもあるよ。
あたしも人間だった。というかちゃんと女子だった?そんな感じ。
そしてここだけの話、お風呂上がりのエースは色気がなんかやばい。あれはちょっと驚いた。それだけ。
◇◇◇
「買いすぎた」
「ちょうどいいんじゃねェか?」
「そりゃあんたの胃袋を考えればね」
「残ってもおれがちゃんと食うから」
「いや残る予定は一切ありません」
「そりゃ残念」
エースが来てから食料をついついたくさん買っちゃうというやっかいな癖がついたようだ。
だってこいつほんとにたくさん食べるんだもん。男っていうのはそういうものなの?
周りに男なんていなかったからなあ。死んだ父ちゃんくらい。
嫌味なおっさんはいたけど。だがしかし、おっさんの私生活なんか知らん。興味もない。
そんなことを考えながらエースと街を歩いた。エースが来てから、毎回買いに来るようになった
お嬢さん方にたまに声かけられる。あ、エースだけが。それを直視すると、お嬢さん方がこわいから
見ないようにする。それでも視線がぶっささるのがわかるのがまたこわい。
女子っていうのはこういうもの?気に入った男の人がいると、その人と仲良い女子を殺す勢いで
睨むものなんですか。こわい生き物だこと。
なるべくエース達の方を見ないようにお店に飾られている洋服を見ていた。
なんとなく見ていたけど、その中で気になるお店を見つけた。お店というかウィンドウに飾って
あった服に目がいった。かわいい。
そこに飾ってあったのは、半袖の白いワンピース。シンプルだけど、生地がいいのがわかる。
いいなあ。こういうの欲しいわあ。そんでこれに似合う靴も欲しい。あ、ショートブーツとかでも
いいかも。動きやすそうだし。なんてな。
さりげなく値段を見てみる。ちょっと予算オーバーになるけど、お金が貯まったらこれ買おう。
靴も買いたいなあ。買えるかな。もうちょっと節約すればいいか。うん、そうしよう。
「なんだ?これが欲しいのか?」
「え!」
「へェ、いいじゃねェか。に似合いそうだ」
「べ、べつに欲しいなんて言ってないし」
「欲しいんだろ?」
「エースには関係ないでしょ!ほら、さっさと帰るよ!」
「はいはい」
ツンデレ乙。
そんな自分に全力で後悔しているというか恥ずかしいというかなんとも言えない気持ち。
エースのペースに巻き込まれるな!がんばれ!あたしはただあのワンピースを買うことだけを
考えていればよいのだ。そうだそうだ。よし、明日もがんばって売るぜ!木の実を。
ひたすら木の実を売り続けるよ!あ、髪もちゃんと切らなきゃだった。まあだいじょぶだろ。
「エース?行くよー」
「…今行く」
エースが来る前の自分が今の自分を見たら驚くだろうか。
人並みにおしゃれをして、女の子になろうとしている自分を。でも、ほんとはいつもそうだったよね。
心の中では、街にいるきれいな女の子を見てうらやましいって思ってたよね。
自分には無理だからって考えないようにしてたけど、やっぱりあたしも年頃の女の子らしい。
それとも、エースのおかげなのかな。少しくらい、きれいなあたしをエースに見せたい、とかね。
その時のエースの顔、見てみたい。なんて言ってくれるんだろう。
かわいいとか言うのかな。どうかな。まあそれを想像しながら仕事をがんばるのも、良いかもね。