#01
閉鎖された島で、昨日と同じ時間が流れる。
小さな島は、支配されやすいとあたしは思う。実際、大きな海にぽつんと浮かぶこの小さな島は、
強欲でうましかな中年親父に支配されている。
馬鹿らしくて仕方がないと思っているものの、うましか中年親父に意見できるものはいない。
こういう小さな島でも階級なるものがあり、あたしは下の下なので、もはや意見とかそういう
レベルじゃない。父も母も過酷な労働でいわゆる過労死してしまい、若い力が有り余っては
いないけどある程度残っているあたしは自分が生きるためだけに必死こいて働く今日この頃。
おかげで娯楽もなにもありゃしない。年頃の娘だというのに、手は荒れに荒れ放題で、かさかさ。
髪の毛だって手入れをする暇なんか微塵もないし、ぼさぼさで長くなってしまった。
最近、いい加減鬱陶しくなってきたので、物置にあった鎌でざっくり切ってやった。
なにそれ斬新。逆に最先端。服もボロボロだし、パッチワーク的になってる。おっしゃれー。
同じ年頃の女子でも、階級が上の娘っ子はきれいな服やかわいい服を着て、髪だって手入れを
して、一人前に恋もして、同じ世界の人間とは思えません。
それでも、いつかこの広い海に出たいと思う。巷で噂の海賊。きっと彼らは自由なんだ。
あたしの仕事は、海岸のすぐ脇に自生している木の実を採り、それを街で売ること。
これくらいしかできないから、ギリギリの生活を強いられる。しかも売り上げの一部を自分が
住む村のお偉いさんに渡さなきゃいけない。とんだ金の亡者だ。こんないたいけな少女からも
しっかりお金を取るとか、信じられない。やっぱりえらいやつはみんなこうだ。
まあ、それでも生きてるならいいか、とのんきなことを考えながら生きてる。
なんて夢も希望もない娘なんでしょう。小さな夢くらいはあるけれど。
そんなわけで、いつものようにカゴいっぱいに木の実を採り、砂浜を歩いていた。
今日もどこか遠くの海で、海賊は大騒ぎしているのだろか。
そんなことを考えながら真っ白の砂浜を歩き続けると、前方に見慣れないものが落ちている。
ものっていうかこれは人か。上半身裸の男が砂浜にうつぶせになって倒れている。
見たことのない格好をしている。格好って言っても上半身裸なんだからそりゃ見たことないわ。
背中にはタトゥーが入っている。やーさん?やーさん?
ちなみにあたしがいるこの島は、ワノ国の本島より遠く離れたイサナ島という小さな島である。
本島よりもあまりに離れてしまっているわけで、うましか中年親父が好き勝手しているという。
とっても迷惑な話です。
それで、この倒れてる人どうすんの。言っておくけど、あたしは助けません。
無視を決め込んで素通りしようとしたのに、死体に見えるぶっ倒れた男に足を掴まれた。こわい。
「ちょ…!なにすんの!離して!」
「……」
「離してってば!」
「…た」
「は?」
「腹、減った」
「知るか」
「……」
「離してよ」
「……」
「あーもうわかったから離して」
「ほんとか!」
「萎えるわー」
◇◇◇
「いやー助かった」
「どんだけ食べんだよ…」
「ありがとな!喧嘩ふっかけられて思わず船飛び出したら流されててよ、そんでそこらへんの小船に
乗ってたんだが、気が付いたら食料なくなっちまって。で、お前名前はなんて言うんだ?おれはエース」
「…」
「か、よろしくな」
「いえ、よろしくしません。ご飯は食べたんだからもう帰ってください」
「だめだ。おれはに礼がしたい」
「別にだいじょぶだから、これくらい」
「とりあえずここはなんて言う島なんだ?」
「とりあえず話を聞きなさい。ここはイサナ島」
「イサナ島か、聞いたことねェな」
「小さい島だからね」
「そうか。で、おれはなにをすればいい?」
「なにもしなくておっけーです」
「いや、おれはお前に礼をするまで帰らない」
「帰れよ!」
帰らないらしいです。とっても迷惑。お礼とかいらないから早く帰ってほしい。
だいたい喧嘩ってなんだ。船ってなんだ。どこから来たんだっての。旅人?さすらいの旅人?
とりあえず、あたしは仕事があるから街まで行くことにした。この男、エースを置いて。
「あたし、ちょっと街まで出てくるから、ここで大人しくしててください」
「おう、わかった」
ほんとにわかってんだろうな。まあいいや、さっさと木の実売って帰ろう。
◇◇◇
街まで出て、いつもの場所で木の実を売る。
あたしの村とは対照的に、街は賑やかで、人々も表情が明るい。なんでこうも違うんだか。
村人はあたしみたいに服もボロボロ、髪もぼさぼさ、というか若い人が全然いない。
いわゆる街に出稼ぎに出て、おれもこれで街デビューだぜ!っていう感じなのだろう。
つまりは村を捨てて街人へと変身するのだ。不思議なコンパクトでも使いました?そうですか。
そんなわけで、街の人からしたら、あたしは汚い格好をした貧乏人の村人というわけです。
別に気にしてないけど、同じ年頃の娘っ子の視線は若干キツいものがある。
あからさまな侮蔑の視線。いたいいたい、めっちゃ刺さってるから。
そして、陰口になっていない陰口。はっきりくっきり聞こえてしまっていますよ、お嬢さん。
なにあれ汚ーい!臭ーい!髪ぼさぼさうけるー!とかそんな言葉をかけられることもすでに
日常化している。逆に気にした方がいいよ、あたし。
それでも急には変えられない。このひねくれた性格と汚い格好は。それから階級も。
だって、欲しいって思わないんだもの、しょうがない。そりゃあちゃんとした普通の服くらいは
欲しいけどね。生活に困らない程度のもので結構です。
「それもそれで、どうなんだろ」
「おい、こんなところで売るなよ」
「はい?」
「汚ねェ格好で売りやがって」
「でも、いつもここでやっています」
「そんなの知らねェよ!おれの店から見えるところでやるんじゃねェ!」
「あ、」
「へっ!さっさと、片付けな!」
まじクソ野郎だよ。このふぁっく野郎。
急に因縁つけてきたクソ野郎は、いつもの場所で売っていたあたしに文句を言い放ち、売り物の
木の実を蹴っ飛ばした。そんで割れた。中身でろーん。最低。生活費減った。いつかボコす。
ここで文句を言って顔面にグーパンチを入れてもいいけど、それはそれで大変めんどうなことが
起こるので、得意のスルースキルで存在をスルーしたいと思います。ついでに心を無にする。
何を言われたってあたしは平気だ。菩薩のような寛大な心で過ごす。さすがあたし。
黙々とだめになった木の実を片付け、次からどこで売ろうかと考える。BGMには汚いおっさんの
声が聞こえるような気もしなくはないが、いちいち構っていられまへん。
すると、片付けていたあたしの手ではない、新たな手がぬっと出てきた。なにこれホラー?
「エース、さん」
「エースでいい」
「あ、はい」
「これ、片付けんだろ?」
「はい…ってあたし一人でやれます」
「いいから。2人でやった方が早い」
「ありがとう、ございます」
「おう」
なんだ、良いやつじゃん。あたしの生活を食いつぶす気かってくらいご飯を食べた時は、いっそ
海にリリースしようかと思ったけど、優しいところもあるみたい。悪いね。
って、あれ?あたし家で大人しくしてろって言いませんでしたっけ?…まあ、いいか。
◇◇◇
「お前、いつもあそこで商売してんのか?」
「まあ、そうです。でも今日のあのおっさんのせいで、明日からは場所変えなきゃいけないですね」
「そうか。お前も大変なんだな」
「生活かかってますからねー」
「えらいな、」
「えらくないです。これがあたしにとって当たり前なんです」
「……」
「エース?」
「決めた」
「なにを?」
「明日からおれも商売手伝う」
「え、いいですよっていうかいつまで居座る気ですか」
「まだお前にちゃんと礼してない」
「さっきので十分です」
「それじゃおれの気が済まねェ」
「いやいや、あたしがいいって言ってるんですからいいんです」
「そうだ!ちょうどこの島から出るのに船が必要だから、それを買うためのお金が貯まるまでって
いうのならどうだ?」
「だから話を聞きなさいって。というか、船買うとかあんたどんだけかかると思ってんの!」
「すぐ貯まるさ」
「どんな自信やねん」
「そういうわけだから、しばらくお世話になります」
「あ、ご丁寧にどうもじゃない!なに勝手に決めちゃってんのお兄さん!」
「とりあえずメシ」
「うおい!」
やっかいな男を拾ってしまったもんだ。いや、拾ってないけどね。勝手についてきたというか、
そうせざるを得なかったというか。
そもそも船を買うお金が貯まるまでってどんだけ。もう、知らん。
とにもかくにも、こうしてエースとの生活がはじまった。あー困った困った。