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「ねえ、ゆうれいって信じる?」




そう言って、彼女は現れた。
無邪気な顔をした、女の子だった。少女のようにも見えるし、大人の女性にも見える
不思議な彼女。
でも一番不思議なことは、彼女の足が透けていたことだろうか。































空に月はない。新月だ。月明かりのない夜にも、ハルルの樹は淡く光を放っている。
それが幻想的な夜を形作っていた。
仲間は自分よりはるかに若いものばかりで、眩しい。だけど、今は彼らを護りたいと思う。
そう思わせたのは彼らの真っ直ぐな想いだった。
だからこそもう一度、仲間と一緒に世界のためにやってみるものいい、そう思えた。
最近はギルドの仕事も忙しく、今日は久々の休息日。若人はみんなすぐにダウンして
しまった。
仲間の中で年長者である自分は、せっかくだから花見酒でもするかと一人宿を出た。
静かな夜。虫の声と夜の匂いしかしない。街も人も眠っている。こんな静かな時間もたまには
いいなと思った。
ハルルの樹まで歩き、近くに腰を下ろす。そして持ってきた酒を一口。うん、うまい。
女の子に酌をしてもらうのもいいが、こうして一人花見酒もいいものだ。




「きれいな花だねえ」




見上げればハルルの樹が誇らしげに咲いていた。もう結界魔導器としての役割は持って
いないものの、一つの花として咲くハルルの樹は大きく見えた。
魔導器でなくても、この街を護っている。この街の人を。お疲れさん。




「ねえ、お酒おいしい?」
「んーおいしいよ…って、どなた?」
「あたし?あたし、。おじさんは?」
「おっさんはレイヴン」
「ふうん。一人寂しく花見酒?」
「寂しく飲んでるわけじゃなーいの!一人で飲む酒を楽しんでるの!」
「ふうん」




突然現れ、声をかけてきた女の子はと言った。
この街の子なんだろうか。ハルルの樹をずっと見上げている。つられて樹を見上げ、
あらためて立派な樹だなあと感心する。
ふと視線を下ろし、彼女を見る。ん?…足、透けてる?




「なにジロジロ見てんのよ。えっち」
「え、あ、ごめんごめん。おっさんちょっと飲みすぎちゃったみたい。お嬢ちゃんの
 足が透けて見えるわーあはは」
「だいじょぶ。酔ってないと思うよ」
「へ?」
「あたしの足透けてるから」
「どういう、こと?」




変に汗をかいた。別にこわいわけではない。ただ彼女の笑顔に胸騒ぎがしただけ。
微笑んでいる彼女に。いたずらっ子のような彼女の微笑みに。
















 















「ねえ、ゆうれいって信じる?」
「おっさん、いい歳して何言ってんだ」
「信じるの?信じないの?どっち!」
「いやだから、」
「どっちか答えてどっちか!」
「さあ、いるんじゃねえの?精霊だっているんだからな。幽霊だって同じようなもんだろ」
「やっぱりいるのかしら」
「ほんと、どうしちまったんだ?おっさん。飲みすぎか?」
「確かにレイヴンお酒臭いよね。あ、そうだ、ユーリ!」
「ん?どうしたカロル先生」
「あのね、実はギルドに依頼があって、位置的にしばらくハルルに滞在しようかと思うんだけど
 いいかな?」
「リーダーのカロル先生がそう思うんならそれでいいんじゃねーの?」
「うん!じゃあそういうことで」




昨日の出来事は夢だったのか。いや、夢じゃない。確かに話した。それから、足も透けてた。
あの後、ユーリに質問したみたいに、彼女はにっこりしながらゆうれいを信じるか聞いてきた。
そんなこと突然言われたところで信じるか信じないなんて答えられるわけがない。
というか、本物らしき人物にどストレートに聞かれても答えようがないというかなんというか。
なもんで、答えにつまった俺に彼女は、相変わらず微笑んでいるだけだった。
そして茫然としているうちに彼女はいなくなった。ということはやっぱり、ゆうれい?




「おい、おっさん」
「……」
「おっさん!」
「へ?」
「へ?じゃねえだろ。ったく、幽霊がどうのこうの言ってねえで仕事しろ仕事」
「あーはいはい。やるやる」




今夜、もう一度ハルルの樹に行ってみようか。
















 















「あ、レイヴンだ」




そうやって無邪気に声をかけてきたのは、昨晩の彼女。やっぱり夢ではないらしい。
そして今夜も彼女の足は透けていた。




ちゃんてさ、ゆうれいなの?」
「さあ、どう思う?」
「本物かも?」
「ニセモノかも?」
「いやいやどっちなの!」
「本物かニセモノか。それって大事なこと?」
「ええ、そういうわけじゃあないと思うけどー…」
「じゃあいいじゃん。あたしがゆうれいかそうじゃないかなんてさ!」
「でもゆうれいかどうか言ってきたのはちゃんじゃーん」
「まあそうだけどさあ。なんかレイヴンがびびってたから」
「べべべべつにびびってなんかないもん!」
「ふうん。まあどっちでもいいけどさあ」
「なんかひどい!」
「それよりさ、レイヴンっていろんなとこ旅してるの?」
「ん?まあそうね」
「いいなあ。どんなとこ行ったの?あ、ダングレストってさ、ほんとにずっと夕方なの?
 ノードポリカの闘技場ってどのくらい大きいの?あと、」
「1つずつ話すから、そう慌てないの!」
「うん、じゃあいろいろ教えて」
「ん」




彼女は世界を聞いてきた。ダングレスト、ノードポリカ、カプワ・トリム、マンタイク。
世界に点在する街だけでなく、海や砂漠、そういったものについてもいろいろ聞いてきた。
どれもこれも彼女には珍しいらしく、目を輝かせ、まるで子どものようだった。
そしてこのやりとりは毎晩行われることになる。毎晩会う彼女は、やっぱり足が透けていた。
















 















「明日ハルルを立つことになったのよ」
「そうなんだ。じゃあレイヴンから、もう話聞けないね」
「うん、まあそうなるわね」
「そっかあ。残念だなあ。もっといろんな話、聞きたかった」
「あのさ、ちゃん。もう1回聞くけど、ちゃんはゆうれいなの?」
「そうだよ」
「じゃあさ、一緒に来ない?おっさんたちと」
「え?」




彼女の驚く顔を初めて見た。いつも年の割には余裕がある彼女なので、その顔は彼女を幼く
見せる。まあ年は知らないんだけどね。たぶんユーリと同じくらいかな?




「一緒に旅しよう。そしたら自分の目で世界を見られるでしょ?」
「……」
「仲間のことならだいじょぶよ!最初はびっくりするかもしれないけど、良い子ばっかりだから
 ちゃんもすぐ仲良くなれるわよ」
「無理だよ」
「どうして?」
「……」
「ここから離れられない理由でもあるの?地縛霊とか?」
「そうじゃないけど、一緒には行けないよ」
「なんで一緒には行けないの?理由を教えて」
「それは、」




行けない理由はなんなのだろうか。実はハルルの樹の精とか、ハルルには離れがたい何かがある とか、誰かを待ってるとか。
それでも、俺はこの子に世界を見せてあげたい。もっと近くで世界を見てもらいたい。
一緒に世界を、見て回りたい。たとえ彼女がゆうれいだとしても。




ちゃん?」
「…ほんとは、あたし、ゆうれいなんかじゃない」
「え?」
「ちゃんと生きてる」
「なあんだ!そうなの?なら尚更一緒に行きましょうよ」
「でも、行けない」
「だからどうして?」
「……」
「足が透けてることに関係してるの?」
「…うん」
「というかそもそもどうして足透けてるの?ちゃんは生きてる人間なのよね?」
「うん、」




彼女は生きてる人間。自分と変わらない人間。確かに足が透けてるのは少し気になるが、
それでも生きてるなら、一緒に世界を見て回りたい。




「足が透けてるのは」
「うん」
「病気、なんだ」
「病気?」
「そう、病気。生まれた時はね、ちゃんとした足だったんだ。でも、成長していくにつれて
 急に足が透け始めて。医者にも見せたけどわからないって言われて」
「うん」
「両親はね、一生懸命治す方法を探してくれたんだ。だけど、遠くまで出かけた時に魔物に
 殺されちゃったんだ」
「…うん」
「それから、一人で探してたんだけど、やっぱりこの足じゃあ気味悪がられて。気にしなきゃ
 いいのにそこまであたしは強くなくて。だから、ハルルから出れなくなっちゃって」
「そうだったの、」
「うん。で、まあそれから夜にしか外、出てないんだ。たぶんこれからもここから出れない」
「そんなことないわよ。俺はちゃんに世界を見せてあげたい」
「レイヴン…。気持ちはうれしいけど、」
「さっきも言ったけど、おっさんの仲間はみんな足が透けてることくらい気にしないわよ!
 むしろ、良くしてくれる。きっとみんなもちゃんに世界を見せてあげたいって言うよ」
「……」
「もし、ちゃんの足を悪く言うやつがいたら、おっさんが懲らしめてあげる」
「でも、」
「もし、ちゃんが外出れないっていうなら、夜におんぶして外に連れ出してあげる」
「あはは」
「だから、一緒に行こう。世界を回れば、足を治す方法も見つかるかもしれない。人生長いん
 だからゆっくり世界を見て回りましょーよ」
「…レイヴン」




なぜか、必死になる自分がいた。どうしても彼女を連れて行きたい。一緒にいたい。
彼女が子どものように世界のことを聞いてきたり、無邪気に笑ったり、かと思えばふと大人の
女のような顔をしたり、それを見ているうちに彼女を知りたくなった。
なぜだか、彼女が愛おしかった。




「あたし、」
「ちょっと失礼」
「え?ちょっ…!レイヴン!」




いつまでも戸惑っている彼女にしびれを切らし、ついお姫様だっこしてしまった。
うん、触れる。やっぱり彼女はゆうれいなんかじゃない。こんなにも、温かいのだから。




「触れてるよ」
「え?」
ちゃんに、ちゃんと触れてる」
「だから、なに」
「足が透けてるからってなんだっていうのよ。ちゃんは俺と変わらない人間じゃないの。
 歩けて、走れて、触ることができる、ちゃんとした足でしょ?」
「…レイヴン、あたし、」
「うん、なあに?」
「一緒に、行きたい…!」
「うん、おいで」
「一緒に世界を見たい!自分の目で、耳で、手で、世界を感じたい!…レイヴンの、隣で」
「うん、一緒に見よう」
「ありがとう、レイヴン」
「いいのよ、俺がどーしても連れて行きたかっただけだから」
「うん、ありがとう…」




世界は広い。見たこともないものはまだまだたくさんある。
自分だってつい最近まで世界を見ようとしなかった。いや、世界を世界とさえ感じなかった。
でも今はやりたいこともある。護りたいものもある。こうした出会いだって、世界を回らなければ ないだろう。
だったら、これから見ればいい。感じればいい。知ればいい。彼女と一緒に。




――きっと、彼女と一緒にいるだけでしあわせ。なぜって?それは、



























(どこにだって行ける、前へ進む足があるのだから。そして隣にはきみが)