「レイヴンがしあわせならそれでいいと思う」
「どうして、そんなこと言うの」
「自分が言ったんじゃない」
ちゃんは、男心をわかってない!」
「それを言うなら、レイヴンは乙女心を微塵も理解していないよね」
「どうしてそんなこと言うの!」
「だから、レイヴンが一方的に報告してきたから答えただけ」
「ひどい! ちゃんてばひどい!」
「うわあ、もうめんどくさいんだけど。ユーリ、パス」
「いや、パスとかないからマジで」
「あたしじゃあもう扱えきれないです」
「お前が無理ならオレはもっと無理」
「うわああああ! ちゃんのばかああああ!」
「誰かどうにかしてめんどくさい死ぬ」




非常にめんどくさいことになっているレイヴンは、めんどくさいことを叫び
ながら、あたしの腰に巻きついた。これが噂の巻きつき攻撃。ターンごとに
ダメージをくらうという、地味ながら性質の悪い攻撃である。
めんどくさいレイヴン、つまり酔っぱらった彼が宿に帰ってきた時、女子を
連れていた。
あたしは、ユーリとレイヴンの部屋で酒を飲みながら世間話を楽しんでいた
わけです。そんなレイヴンが、酔っぱらって、どこぞのお嬢さんをお持ち帰
りしてきたもんだから、これどうする?めんどくさいね。とかそんな会話を
していたあたしたちです。
そんで、レイヴンが突然「この子と結婚することにした!」とか言い出した
ので、ああそうですかオメデトーって流したらしつこく報告してくるから、
冒頭のようなやりとりをしたらマジめんどくさい。
ちなみに、レイヴンがお持ち帰りしてきた女子は、ほっとかれて怒ったのか
一応文句を言って帰っていった。残るは酔っぱらいのおっさん。




「ちょっとレイヴン。女の子帰っちゃたよ。追いかけなくていいの?」
「まだそんなこと言うんだあああああ! ひどいわちゃん!」
「いや、お前が持って帰ってきたんだろうが。そんで結婚するって言ったの
 あなたですけど」
「俺が結婚するのはちゃんなのー!」
「どうしようマジめんどくさい」
「あー、オレ、カロルの部屋行くわ」
「待て待て待て! ここであたしを置いていくとかなに!? 鬼なの!?」
「今度なんかおごるから」
「おごらなくていいから置いて行かないで! ま じ で !」
「ごめん」
「ちょっとまてええええええええ……」




ユーリに伸ばされた腕はむなしく宙をかく。うそだと言ってくれい。
腰にはめんどくさいおっさん。扉の向こうに旅立ったユーリくん。ひどい。
あたしはどうしたらいいのですか。めんどくさくて死んでしまう。あたしが。
というか、ほんとにどうしたらいいの。このめんどくさいおっさんをあたしは
どうしたらいいの?誰か教えてくださいおねがいします。




「あのさ、正直レイヴン、そんな酔ってないでしょ」
「酔ってるもん」
「酔ってるって言ってる時点で酔ってないでしょ」
「んー?」
「今さらごまかしても無駄だぞ」
「だめ?」
「だめでっす。というか、今日はなんでからんできたわけ?」
「んふふ」
「なにその笑い」
「えへへ」
「気色悪いんだけど。そして腰に顔をぐりぐり押し付けるのやめてくれる?」
「やだやだー」




離せと言えば、さらにぐりぐり押し付けてくる。その上、腰に巻きつく腕の
力が増した。どうして今日は甘えたさんなんだろうね。別に嫌じゃないけど。
めんどくさくはあるけど。




「レイヴン、なんかあったの?」
「んー」
「言わなきゃわかんないよ」
「……」




あたしよりも年齢を重ねているレイヴンが、子どものように甘えてくる。
それがなんかおかしくて、小さな笑いをこぼしながら、頭を優しくなでてみる。




「……夢」
「夢?」
「……夢を、見たのよ」
「どんな?」
ちゃんがいなくなる夢」
「あたしが? どこにいなくなるの?」
「わかんない」
「なんだそれ」
「でも、いなくなっちゃうんだもん。ちゃんだけ、いなくなっちゃう」
「あたしだけ?」
「青年も嬢ちゃんもみんないるのに、ちゃんだけいない」
「勝手に消さないでよね」
「……ちゃんこそ、勝手に消えないでよね」




ふざけて返すけど、レイヴンが不安なんだなって言うのがわかる。
ここからだとレイヴンの顔は見えないけど、きっと泣きそうな顔してるんだ。
弱いところを見せるのに、最後までは見せないんだから。男っていうのは大変だね。
妙なプライドが邪魔するんだ。




「あたしはどこにも行かないよ。手のかかるレイヴンを置いていけないからね」
「……」
「どこにも行ってなんか、やらないから」
「……ちゃん」
「あたしがずっと一緒にいてあげるから、レイヴンはずっと笑ってればいいの!
 ――しあわせでいたらいいの」
「……俺、ね」
「うん?」
「もう、誰も失いたくないのよ」
「うん……」
ちゃんのこと、誰より一番、失くしたくないのよ……」
「うん」
「だから――」




今まで顔をふせていたレイヴンが、がばっと起き上がると同時に抱きしめられる。




「俺の奥さんになって」
「奥、さん?」
「誰のものにもならないで、俺だけのものになって、ずっとずっと一緒にいて?」
「それって、さ……プロポーズ?」
「うん」
「そ、そうか」
「もしかして、返事……だめなの?」




身体をガバッと離して真正面からみつめてくるレイヴンは、まるで捨てられた子犬。
NOって言ってないじゃん。嫌って言ってないじゃん。ネガティブ野郎なんだから。




「いいよ。一生一緒にいてあげる」
「……ほんとにほんと?」
「うん、ほんとほんと」
「なんか軽い!」
「文句言わないでよ」
「だってえ……」
「だいたいさ、酒飲んで女の子と一緒に帰ってきてそのままプロポーズってどうなの?」
「え?」
「それって、ロマンチックとかそういうものにこれっぽっちもかすってないよね」
「やだ、ちゃんてば意外と乙女?」
「意外っていうか乙女だバカヤロウ! ていうか、乙女以前の話だから。空気読めよ」
「お酒の力を借りないと言えない臆病者なのよ」
「レイヴン……ってシリアスな感じになると思ったら大間違いだよ」
「およ?」
「お酒の力を借りるのは、百歩譲ったとしても、女の子連れ帰る必要なくね?」
「いや、あのね、それは」
「それに、たまたま持って帰ってきた女の子と結婚するとか言ってたじゃん」
「あー……?」
「やっぱ、さっきのなし」
「え!?」




抱き合って見つめ合った空気はどこへやら、レイヴンを突き飛ばして扉に向かう。
ベッドから落ちたレイヴンはあわてて起き上がり、追いかけてくる。




「待ってよちゃーん!」
「やだよ。浮気性の男とは結婚できません」
「浮気なんかしないから! 絶対しないからあ!」
「誓えるの?」
「え」
「あんた、あたしに誓えるの? 命かける?」
「か、かける! 誓う!」
「ふうん?」
「もう女の子と遊ばない!」
「絶対?」
「うん!」
「あたしだけ?」
「うんうん!」
「じゃあ、いいよ」
「やったあ!」
「その代り、もし浮気したら殺すから」
「……ハイ」
「いいこだ!」




それから抱きしめてやると、乙女みたいに顔を赤くして、ふにゃっと笑うレイヴン。
ほんとに単純なんだから。別にいいんだよ。浮気したっていい。離れることになった
としても、あたしのことを忘れなければいいんだよ。
――あたしは、レイヴンがしあわせなら、なんだっていいんだよ。
でも、今のレイヴンにとって、あたしといることがしあわせだって思ってくれるなら
全力で愛してあげるから。大切にする。




あたしだけの、レイヴン。
しょうがないから、ずっと一緒にいてあげる。