ねえ、きみは覚えてる? 「ほら、レイヴン見て」 「うん?」 「夕焼けだよ」 「ちゃん、ここはダングレストよ? いつも見てるでしょ、夕焼けなんて」 「ばかだなあ」 「ばかって言われた……」 「だって、この夕焼けはレイヴンが生き返ってからはじめて見る夕焼けだよ?」 「生き返って……」 「そうだよ。これからはきっと、昔よりもきれいなものに出会えるよ」 「……どうして?」 「そんなの、わたしがレイヴンの隣にいるからに決まってるでしょ!」 ――わたしは、覚えてるよ。 夕焼け色に染まる街で、わたしは落ち込んでいたレイヴンにそうやって言ってやった。 表面では笑ってるけど、まだまだ心の整理ができてないレイヴンに笑ってほしくて、そん なことを言った。 だって、そう言ってみせれば、レイヴンは泣きそうな、でもきれいな笑顔で笑うんだ。 それにね、レイヴンの隣にいたいと思っていたのは、嘘じゃないんだよ。 ねえ、きみは知ってる? 「なるほどそーですか」 「いや、これは違うのよ! 誤解なのよちゃん!」 「なにが? なに言い訳してんの? ていうか、別にレイヴンが女の子といちゃこらしてて も問題ないんだけど」 「でも顔こわいし……」 「は?」 「ごめんなさいいいい!」 「ばあか!」 「ちゃん待ってえええ!」 酒場で酔った女の子に絡まれてベタベタされてるレイヴンを見つけて、勝手にやきもち焼 いてレイヴンを困らせた。 レイヴンはわたしのものじゃないのに、なに勝手にイライラしてんだろうって思ったりし て、ばかみたいだなあって落ち込んだ。 そんなわたしを、レイヴンはだあいすきな女の子を振り払って追いかけてきてくれた。なに 期待させるようなことしてんのよって、思ったけど、ほんとはすごくうれしかった。 「ちゃんってばあ!」 「……」 「待ってって!」 「……なに?」 息を切らせて追いかけてきたレイヴンと不機嫌なわたし。 「あのね、あれはほんとに誤解だからね!」 「だから、別に誤解とかそういうのじゃないし」 「だってちゃん怒ってたし……」 「なんでわたしが怒らなきゃいけないの?」 「それは……なんででしょ?」 「知らないよ、ばか」 背を向けて俯いたわたしをレイヴンは後ろからぎゅっと抱きしめた。 思わずビクッと体を揺らすけど、レイヴンの体温に安心したのも確かだった。 「……ごめんね?」 「別に、謝られる必要ないし」 「俺が勝手に謝りたいのー」 「……ふうん?」 「今度からお酒はちゃんと飲もうかな」 「……すきにすれば?」 「うん、じゃあそうするわね?」 くすくすと笑うレイヴンの息が耳に当たって、くすぐったかったけど、さっきまでのイラ イラが吹き飛んで、しあわせな気持ちになった。 やっぱり、わたしはレイヴンがすきで仕方ないや。 ――わたしは知ってたよ。レイヴンが、いつだってわたしをしあわせにしてくれるって。 もしかして、きみは知っていたのかな。 「もし迷子になっても、レイヴンを見つけてあげるよ」 「え?」 「いや、なんか迷子みたいな顔してるから」 「迷子ねえ、確かにまあそうかもねえ……」 「だからさ、安心して迷子になりなよ」 「そうね、きっとちゃんなら見つけてくれるわね」 「当たり前でしょ。こんなおっさんいたらすぐ見つけられるよ」 「なんか違う気がする……。でも、」 「うん?」 「俺もちゃんが迷子にならないように、手をつないでいてあげるわね」 「……そりゃどーも」 「やだ、ちゃんてば照れてるのー? かわいいー!」 「殺す」 「さっきのちゃんカムバック!!」 わたしはどんなところにいても、レイヴンを見つける自信があった。それは今も変わらな いし、これからもずっと変わらない。 どんなに遠く離れても、どんな障害があろうとも、わたしはレイヴンを見つけにどこにだっ て探しに行くよ。 ――レイヴンも、わたしと同じ気持ちだった?だから、わたしを見つけてくれるの? もしかして、きみは覚えててくれたのかな。 「……ちゃんっ!」 「レ、イヴン……」 「どうして、無理したの……っ!!」 「無理なんて、してない」 「ちゃんは、女の子なんだから、俺なんか守らないでいいのよっ!!」 「わたしが、そうしたかった……だけ」 「それでこんなケガしたら意味ないっ! 俺は、俺が……!!ちゃんを守りたいのよ!」 「わたしだって、レイヴンを、守りたい……の……」 「ちゃんっ!! わかったから、もう、しゃべらないで……? 話はまたあとで聞く から!」 「……レイヴン、どこにいても……見つけて……」 「……ちゃん?」 泣かないで。一人じゃない。わたしがいる。守ってあげる。見つけてあげる。ずっと一緒。 たくさんの言葉をレイヴンにかけてあげたくて、霞んだ世界をさまよった。 すぐそばにいる?わたしはどこにいる?きみはどこにいる? わたしが、どこにいてもきみを探し出す。レイヴンは、もし、それが逆の立場になったら、 俺が必ず探しに行って抱きしめてあげるからって言っていた。 ――その言葉を、わたしとの思い出を覚えていてくれたの?ねえ、レイヴン。 「……ダングレスト」 その言葉ですべてを思い出した。 それと同時に、向こうでの最後の記憶を思い出した。 わたしは、魔物の攻撃で瀕死になって、まるで体が宙に浮くような感覚を覚えた。次の瞬 間にはもうすべての記憶が閉じ込められて、ここにいた。 「……レイヴン、わたし、なんでここにいるの?」 「本当に、全部思い出したの……?」 真剣なレイヴンの眼に応えるように、頷いた。 わたしが頷くと同時に、顔を歪ませたレイヴンに強く、強く、抱きしめられた。 「会いたかった……! ずっと、ずっと、ちゃんに、会いたかった……!」 「レイヴン……」 「このまま、もし、この世界にちゃんが溶け込んでいって、今までのちゃん が消えたらって考えると、俺は……っ!」 「ごめん……見つけてくれて、ありがとう……」 震えるレイヴンの背中に腕を回し、わたしも強く抱きしめた。 「ねえ、レイヴン、ここって……」 「――ここは、俺たちが住む世界とはまた違う軸の世界」 「え……?」 「異世界、って言ったらいいのかもしれない」 「異世界……」 「ちゃんは、精神だけこの世界に飛ばされた」 「精神だけ?」 「肉体は、俺たちの世界にある。けど、精神が飛んでる状態だから、あっちではずっと眠っ たままなのよ」 「……でも、レイヴンはどうやってここに来たの?」 「まあ、リタっちの力とエステル嬢ちゃんの四精霊の力ってやつかしらね」 「あの2人の……」 「言っても、詳しい仕組みはよくわからないんだけど。でも、結果、ちゃんとちゃ んを見つけられたから良しとするわ」 「うん、ありがとう……」 潤んだレイヴンの瞳を見て、レイヴンの温かさを感じて、やっとわたしを見つけられた気 がした。 「それで、どうやって帰るの?」 「帰る方法はきちんとあるのでご安心ください、眠り姫?」 「眠り姫って……。ていうか、わたしが帰ったらこの体ってどうなるの?」 「この体は、一応この世界のちゃんの物だから、俺たちのことはキレイさっぱり忘 れて日常に戻るだけよ」 「……これ、一応わたしなんだ」 「世界っていうのは、様々な可能性があっていくつも分岐しているものなのよ。殺された 過去や未来もあれば、生かされた過去や未来だってある」 「……うん」 「さて、じゃあ帰りましょーか! ……俺たちの世界へ」 「うん!」 レイヴンが取り出したのは、キラキラした何かが渦巻き、輝いている球体。 見ているとまるで吸い込まれそうだ。 「これで、どーすんの?」 「俺の左手つないで?」 「うん」 「で、右手の上に手を重ねて」 「はい」 浮いている謎の球体にかざしたレイヴンの右手に自分の左手を重ねる。 すると、徐々に光が増幅する球体。 「……」 「ちゃん、怖い?」 「少しだけ……」 「俺がついてるから。怖がらないで?」 「……うん」 「――俺が、守ってあげるから」 球体の光を浴びて、輝くレイヴンの微笑み。それだけで、不安なんて飛んでしまう。 わたしは、レイヴンと帰る。わたしたちの、世界に―――。 ――瞼に当たる温かい陽の光。 そっと目を開けると、右手に優しい温もり。 そこには、大切なレイヴンがベッドの縁に顔を伏せて眠っていた。 「……帰って、きたの?」 レイヴンを起こさないように、そっと上半身を起こし、窓の外を見てみれば夕焼け色に染 まる街が広がる。 ――ダングレスト。わたしの、わたしたちの住む世界。わたしたちの、街だ。 懐かしい夕焼け色の街を見て、目の奥が熱くなった。 帰ってきた。わたしは帰ってきたんだ。レイヴンに目を戻すと、目に焼き付いた夕焼け色 が重なった。 こぼれそうな涙を指で拭う。それでも次々にこぼれる涙。うれしくて、涙が止まらない。 ぼやける視界を拭っては、すぐにぼやける。涙を拭う指に、温かい手が重なった。 「……ちゃん」 「あ……」 目からこぼれ落ちた涙のおかげでクリアになった視界には、夕焼け色をバックに微笑むレ イヴンがいた。 「――おかえり、ちゃん」 「ただいま……っ!」 レイヴンの胸に飛び込み、何度もただいまとつぶやいた。 「……レイヴン、見つけてくれてありがとう」 「言ったでしょ? 俺は、ちゃんがどこにいても見つけてみせるって」 「うん……」 「ちゃんが俺を見つけてくれるように、俺だってちゃんを見つけてみせる」 「うん……!」 「でも、もうどこにも行かないように、俺のそばを離れないでね?」 「……レイヴンこそ、わたしのそばから離れないでよね!」 もう一度強く抱きしめあって、わたしは生涯この人のそばで生きようと思った。 きっと、離れることは2度とないから――。 (夕焼け色の街に、ただいまを) |