Nostalgia







05



(少しずつ近づいている)










「ダイガクって楽しーの?」
「可もなく不可もなく」
ちゃん、ダイガクでなにしてるの?」
「なにって、一応勉強だけど……」
「そっかあ」




そっかってなに、そっかって。
見るからに言いたげな目をしているんですけど。その上、そわそわしている様子がうかが
えます。これはツッコんだ方がいいのか。




「……」
「……」
「……なに」
「なにってなにがー?」
「その言いたげな目」
「え、わかるの? ちゃんってば、おっさんのことならなんでもわかっちゃうのね!」
「いや、あからさますぎだからね。わたしじゃなくても気づくよ」
「またまたー!」
「……それで、なに?」
「うーん?」
「言いたいことがあるのはわかってるから、早く言ってちょーだい」




早く言えって言ってんのに、なんでこんなにもじもじしてんの。良い歳したおっさんが
なんでもじもじしてんの!




「あのねあのね!」
「うん」
「あのね!」
「うんって言ってるでしょ」
「あ、あのねっ!」
「早く言えって言ってんでしょーがあっ!! 乙女か! 己は乙女かっ!?」
「……おっさんも、ダイガク行ってみたい!」
「はい?」
ちゃんが勉強してるとこ、おっさんも見てみたい!」
「……なんで?」
「なんとなく?」
「それだけ?」
「だって、ひまなんだもん!」
「まあ、それはわかるけど、大学行ったところで別におもしろいものないよ」
「いーの! ちゃんと一緒に行きたいだけだから!」
「ふうん」




確かに、わたしが大学行ってる間は、レイヴンは家で留守番してもらってるもんね。
休みの日は一緒に出かけたりしてるけど、ひまな時間の方が多いし。




「別にいいけど……」
「ほんと!」
「わたしが授業ない日にしようね」
「ジュギョウなくても、ダイガク行っていいの?」
「うん、大学って基本自由だから」
「ふうん。そういうものなのね」
「そうそう。じゃあ、次の休みの時に行こうか」
「わあい! ちゃんだいすきー!」
「簡単にすきとか言うんじゃありません!」
「すみません!」




というわけで、次の休みにレイヴンを連れて大学に行くことになりました。
まあ、大学って色んな人がいるし?別にレイヴンが紛れ込んだところで何の問題もあり
はしないって話ですわ。
一瞬、レイヴンが大学の講義を受けているのを想像して、ちょっとかわいいなって思っ
た。どうでもいいですね、ごめん。










               * * *










「ここがダイガク……」
「そんな大したもんじゃないでしょ」




いやあ、ここに来るまでもなかなか大変だった。
大学に来るのに電車を使ったのだけど、レイヴンははじめてだからか、めちゃくちゃそ
わそわしてて、わたしも一緒にそわそわしてしまった。
レイヴンとは意味が違うけど。彼は、電車に目を輝かせて少年のようでした。わたしは
いつレイヴンがそこらの少年のように窓を見て、うわあ、すごいよー!とか言うんじゃ
ないかとそわそわした。
さすがに大人だから、だいじょぶだったけどね!でもギリギリだった気がするよ。




「とりあえず、中をぐるっと回る? 別におもしろいものとかないけど」
「うんうん、回る!」
「小学生か!」
「ショウガクセイってなあに?」
「今のレイヴンのことを言うのさ……」
「どして、そんな遠くを見てるの?」
「あーもういいから! さっさと行くよ!」
「おわっ! ちゃんてば大胆! でも腕組む方向逆だからおっさん後ろ歩きだよ!」
「さっさと歩く!」
「こけちゃう!」




ぎゃーぎゃー言い合ってると、周りの視線を感じた。そりゃそうだよね。
でも、大学生なんてそんなもんなので、すぐに友人との会話に夢中になる。こわい世の
中!他人なんて興味ないんでしょ!今はそれがありがたいけどね!




















一通り校舎をぐるっと回って、カフェにインしました。
なんで校内案内してるんだかって感じだよね。疲れたでござる。
わたしがこんなに疲れているというのに、レイヴンはもの珍しそうにキョロキョロして
すごいわねえ、おもしろいわねえ、とか言ってる。
よくまあ、そんな元気だよね。わたしよりも若くないのに。ふんっ!




「元気だね……」
ちゃんてば、若いのにだらしないわねえ!」
「レイヴンに言われると、すごいむかつくね☆」
「笑顔で言わないで! 目がコワイ!」
「まあ、楽しそうでなによりですわ」
「うん、色んな人がいて楽しかったわあ。かわいい子もたくさんいたし!」
「おのれ……そっちが目的か」
「そんなわけないじゃないのー」
「とか言いながら目が女の子追ってるんですけど?」
「気のせい気のせい!」




殺してやろうか!わたしがこんなに疲れてんのに!疲れているというのに!どうして!
なんで!こいつは!女子を!観 察 し て る ん で す か !
腹立たしいことこの上ないんですけど。へらへらしやがって、実に不愉快なんですけど!
目の前のわたしが睨んでも、によによしながら女子を観察しているレイヴン。




「レイヴンはそうやっていっつも女子のお尻追いかけ回してんだからね!」
「そんなことないわよう!」
「うそつけ! 自分は博愛主義者だからとか前に言ってたじゃん! ばあか!」
「――え?」
「あれ?」
ちゃん……」
「うん……? おかしいな。博愛主義者なんて話したっけ?」
「……」
「うーむ? なんでそんなこと思ったんだろ? ごめんねレイヴン」
「……」
「レイヴン?」
「え? あ、ああ、いいのよ別に! 全然、気にしてないわよ」
「そう? いやあ、おかしなこともあるんだねえ」
「そうね……」




変なの。ほんと変なの。レイヴンにも変なやつって思われたかな?
じっと前に座るレイヴンを見つめても、またさっきのように行き交う人(主に女子)を
見つめるばかりで、特に変わった様子はない。
変に思われなくてよかった。でも、わたしが一番わたしって変だなって思ってるけどね。
あ、わかった。こういうのってデジャヴって言うんじゃない?そうだな。それだ!納得。




「なあに? そんなにおっさんを見つめないでー恥ずかしい!」
「別に見てないもん」
「あ、さては! 俺様に惚れちゃったのかな? ふふふ」
「いや、レイヴンの肩越しにいるイケメンを見てた」
「うそ! ひどい!」
「あー、目の保養になったー」
「俺というものがありながら……! ひどいわちゃあん!」
「だったら他の女子なんか見てるんじゃないわよ、ばあか」
「えっ?」
「あ、いや、これは……その、言葉のあやだよ!」




わたし、おかしい。なんかおかしい。
別にレイヴンが女の子見てたって全然問題ないもん。これっぽっちも問題ないんだから。
それなのに、どうしてこんなイライラしたりなんだりかんだり。
だああああああああ!もう知らない!めんどくさいことは考えるのやめる!




「帰るぞレイヴン!」
「急に男らしい!」
「いいからさっさと来る!」
「はい! でもなんか、ちゃん顔赤くない?」
「気のせい乙!」
「またまた照れちゃって!」
「は?」
「いえ、なんでもないです……はい」
「わかればいいんだよ、わかれば」




前を向いて、レイヴンの方を見ずに言う。
すると、後ろからは少しこぼれた笑い。なに笑ってんのよ。




「じゃあさ、おっさんからの提案!」
「突然提案するのやめてくれますか」
「手とかつないじゃわない?」
「……なんでよ」
「イヤ?」
「別に……イヤじゃないけど」
「はい!」
「はい?」
「手、つなぎましょ!」
「……うん」




突然の提案に戸惑いながらも、そっとレイヴンの手をとる。
――異世界から来た彼の手は、この世界の人と同じく温かい手だった。

























(彼の温もりは、わたしに何かを訴える)