「これが電話です」 「デンワ?」 「こっちが携帯電話です」 「ケイタイデンワ?」 「これを使うと、遠くにいる人と話すことができます」 「どうやって?」 「まあ、そこらへんは技術的な話になるので、わたしには聞かないでください」 「ねえねえ、話すってちゃんと声で話せるの?」 「あたりまえだのクラッカーだよ」 「すごい! それすごい!」 「じゃあ、試しに電話してみるかい」 「いいの?」 「いいよ」 「やったー!」 男っちゅーもんは、こういう機械的なアレに浪漫を感じるものなのかね。それは、全世 界全宇宙共通ですってか。 満面の笑みで少年のようにはしゃぐレイヴンを見て、まあそういうのも悪くはないかな とか思ってるわたしは、最近どうかしてるかもしれない。 とりあえず、レイヴンを家電の前に立たせ、ケイタイの番号を教え、電話のやり方を教 える。それから、わたしは自分の部屋に行き、距離を取る。 さあ、来るならこい!別に戦うわけじゃないんですけどね、気持ち的に盛り上がるかな と思って。 なんて思っているうちに、ケイタイ電話が震えだす。と同時に、リビングの方からなん か鳴ってる!鳴ってるよ!って騒ぐレイヴンの声。そんなでかい声出したら電話の意味 がないんですけど。 「もしもし」 『うわっ! 誰!?』 「いやいや、今までのやり取り忘れたんかい。このタイミングでわたしじゃない誰かが 出るわけないでしょ」 『ちゃんだ! ちゃんの声が聞こえるよ! ちゃんがいないのに声が!』 「名前を連呼するのやめてください恥ずかしいから」 『でもこれってすごいわねえ』 「文明の利器ってやつですな」 『これがあれば、遠くにいる人といつでも話せるのよね』 「うん、そうだよ」 『うわあ、いーないーな!』 きゃっきゃしてるレイヴンに思わず笑いがこぼれた。かわいいやつめ。 口ぶりから、レイヴンの世界には電話がないみたいだしなあ。ないよね?実は違う名称 で電話があったりしたりしないよね?もはやどっちでもいいんだけどさ。 「あ、でもさすがに異世界の人とは話せないよ」 『わかってるわよう』 「まあ、異世界に電話があれば、もしかしたらできるかもしれないけど」 『なるほど。でも残念! あっちにはデンワってないのよね』 「そっかあ。じゃあ、レイヴンが帰る時に電話持って帰ってみたら? そしたら、話せる かもしれないよ! なんつって」 『そうねえ……』 「レイヴン?」 『向こうでも使えればいいわねえ』 レイヴンのことで少しわかったことがある。 彼は、向こうの世界の話をすると、悲しそうな声を出す。面と向き合っていたら、きっ と悲しい表情をしているんだろうなあ。自分では気づいてないのかもしれないけど、わ たしからしたら、どう見たって悲しんでいるようにしか見えない。 向こうの世界に帰りたいのに、でもレイヴンを悲しませる要素があちらにはあるってこ となのだろうか。 『ちゃん』 「え? あ、なに?」 『たまにさ、こうやってデンワ越しで話してもいい?』 「いいけど……なんでまたわざわざ」 『んー、なんかこうやると、遠距離恋愛みたいでいいじゃない?』 「なんで恋愛に持っていくんだ」 『ムードのある設定があったほうがいいじゃない! ね?』 「まあ、いいけどさ」 『やたー!』 「じゃ、とりあえず切るよ」 『えっ』 「えって、同じ家にいるんだから切ってもいいでしょ」 『そうよね……うん、わかった』 「じゃね」 プツッと音を立てて電話が切れる。 わたしはあっさりと電話を切ったものの、レイヴンは切ると言った瞬間、焦った声を出 した。まるで、もう話せなくなるんじゃないかって思ってるみたいに。 レイヴンって、寂しがり屋なのかな。もし寂しがり屋だったら泣いてるかもしれないの で、リビングにさっさと向かうことにした。 リビングに顔を出すと、レイヴンはソファーの上で体育座りをしていた。 親を待っていた小学1年生か。 「レイヴン」 「ちゃんっ!」 「いや、どこ行ってたの! みたいな顔で見なくてもいいでしょ」 「……ちゃんが、消えたかと思っちゃったわよ」 「え、さっき電話してたじゃない。というか、電話する前、一緒にいたでしょ」 「でも、不安になったんだもん」 「はいはい、ごめんね」 「うわあん!」 レイヴンの隣に座り、わざとらしい泣きまねに付き合う。 さりげなく肩にぽすんとレイヴンの頭がおかれた。無造作に結われた髪が首にあたって くすぐったい。 「わたし、レイヴンの髪すきだなあ」 「ほんと?」 「うん、意外と触り心地良いよね」 「そうかしら」 「なんか、レイヴンの匂いがして安心する」 「やーらし」 「そう考えるレイヴンがやらしい」 「んふふ」 「なあに喜んでるんだか」 まあ、悲しそうにするよりは、しあわせそうにしている方が良いけど。 だらだらしてると、急に眠気がやってきた。レイヴンの体温が伝わってきて、それが眠 気を誘っているとみた。 「んー……」 「ちゃん?」 「ねむい」 「まったりしてると、眠くなっちゃうわよねえ」 「……でも、お腹も空いた」 「じゃあ、ちょっと寝て起きたらなんか食べようか」 「うん……起きたら、ホットケーキ作る」 「ホットケーキ……」 「ああ、でも、レイヴンは甘いもの、だめだったっけ……」 「――え?」 「あまく、ないのに……しなきゃ……」 「、ちゃん?」 「……」 ああ、眠い眠い。 どうしてレイヴンの匂いはこんなにも安心するんだろうなあ。 ――安心するのに、たまに胸がきゅっと痛むんだ。それって、あの夢の懐かしさに似て いるからなのかなあ。 ねえ、レイヴンってすごく不思議な存在だね。初めて会った気が全然しないんだから。 おやすみ、レイヴン。 「――ちゃん。俺、甘いものが苦手って、言ってないよね……?」 「……」 「ねえ、どうしてわかったの?」 「んー……」 「……早く、ちゃんに会いたい」 レイヴンが何か言っているような気がしたけど、夢か現かわからない。 「……ん?」 「あ、起きた?」 「あれ? ちゃんが起きてる?」 「わたしが起きたら、今度はレイヴンが寝てたんだよ」 「なるほど。つられて寝ちゃったのね」 「そゆこと。もうすっかり夕方だよ」 「あらー」 わたしが起きたらレイヴンがぐっすりだったので、その間に風呂洗ったり、洗濯物を取 り込みーのでたたんだり、雑誌を読んだりぐーたらしていたわたしです。 「あ、そうだ」 「うん?」 「ホットケーキ焼いたんだけど、食べる?」 「え?」 「ホットケーキ!」 「……え、ああ、その、おっさん甘いものだめなのよね」 「え、そうなんだ。先に聞いておけばよかったなあ。ごめんね、なんか違うの作るね」 「あー、いーのいーの! だいじょぶだいじょぶ!」 「でも小腹空かない?」 「おっさんダイエット中だから☆」 「……」 「ゴメンナサイ」 「じゃあ、コーヒーでも淹れますかね」 「ありがと」 甘いものだめなのかあ。今度から気をつけないとなあ。 うちのおとんが甘いものすきだから、男の人って割と甘いものいけると勘違いしていた よ。やっぱり、実際じゃ苦手な人の方が多いのかもなあ。 「……夢だったのかしら、ね」 レイヴンがそうつぶやいたことは、わたしが知る由もないわけで、でもそこから確実に わたしの運命は動き始める。 (わたしはまだ、ここにいる) |