「じゃあ、学校行ってくるね。留守番おねがいします」 「はいよ! 気をつけてね」 「うん、行ってきまーす」 「いってらっしゃい!」 短いGWに終わりを告げ、また学校が始まる。 GW前とは少々事情が変わったのだが。なんとも不思議な形で変わるものなんですね、 人生って謎ばかりです。 寝癖がついたままのレイヴンにあいさつをして家を出る。5月のさわやかな風が頬を撫 でた。良い天気。 ――今日も夢を見た。懐かしい夢。でも、内容は覚えていない夢。ただの、夢。 わたしに何かを訴えようとしている夢の願いは、未だ届かず。だが、今日見た夢は、い つもよりも鮮明だった、気がする。と言っても、結局は覚えていないのだけれど。 この懐かしい感覚は、なにかに似ているような気がするのだけれど、それもまたわから ない。誰か、このもやもやした感覚を晴らしてくれないかね。 「まあ、いっか」 いつかわかる時がくる。その時までのんびり待てばいいのだ。たぶん。 * * * 「GW明けってさ、絶対人減るよね」 「休みが長いと学校行くの嫌になるからね」 「だよね。わたしも正直すげえ帰りたいです」 「同感です」 大学のカフェテラスでメロンソーダをすすりながら、友人のいっちゃんと行き交う人を 眺める。ヒマ人万歳。 久しぶりに会う友人と談笑する女子。かったるそうに歩くチャラ男。休みとか関係なく いちゃつくリア充。大学って色んな人がいて楽しいですネ。人間観察万歳。 「そういえばさー、いっちゃんさー、彼氏とどうなの」 「ああ、うん普通」 「普通ですか」 「うん」 どうしようもねえな、自分ら。 会話が瞬殺された。お互い続けようという意志が感じられない。なにそれ素敵。 「いっちゃんさ、夢とか見る?」 「夢? まあまあ見る」 「どんな?」 「インドの空港で、インドなうっていうつぶやきをする夢」 「シュールすぎます先輩」 「そういうこともある。で、はなんか気になる夢でも見たわけ?」 「思い出せないんだけどさ、いつも見てる気がするんだよね。でも懐かしいんだよ」 「夢っていうのは、その人の記憶で成り立ってるっていうから、その懐かしさってのも 何か今までの記憶と関係するかもしれないね」 「いっちゃん、インドに行ったことあるの?」 「まあ、ないけどね」 「……」 信憑性ゼロすぎてコワイ。やる気を微塵も感じない。 いっちゃんのやる気とかは、この際置いておこう。いっちゃんが言うと嘘っぽいけど、 実際夢はその人の見たもの、感じたもの、つまり記憶が元となっている。その記憶がご ちゃごちゃと好き勝手、組み合わさった結果、不思議な夢が出来上がるといったわけだ。 ということは、わたしがいつも見る夢は、今までの人生に何か関係しているのだろうか。 そうは言ってもねえ。懐かしい記憶とかはいくらでもあるけど、あの夢のような、泣き たくなるような懐かしい記憶なんかない。せいぜい兄との思い出くらい。 わたしの人生にそんな懐かしくて帰りたい昔なんてない。と、思う。 「、帰りにどっか寄ってく?」 「いんや、今日はまっすぐ帰る」 「なんだ、珍しい。兄がいなくなって自由だ! って叫んでいたはどこに行った」 「意外とお家だいすきっ子ちゃんです」 「ふうん」 「いっちゃんなんか彼氏の部屋に帰ってしまえばいいよ!」 「まあ帰るけど」 「そっか……」 逆に傷をえぐられた。負けた。リア充に完全なる敗北をした。悔しい。 * * * 「ただいまー」 「おかえり、ちゃん」 「うん」 「おっさん、ちゃんと留守番してたわよ! ねえねえ、えらい?」 「えらいえらーい」 「えへへ」 わんこのように玄関に飛び込んでくるレイヴン。 そんなに嬉しそうな顔をされると逆にやりにくいからやめてほしい。悪い気はしないけ ど。恥ずかしいのよ、なにかが。 「もうご飯食べる? お風呂にする? それとも俺様? きゃ!恥ずかしい」 「沈めてやろうか」 「ごめんなさい」 「とりあえず着替えてくる」 なんでか楽しそうに聞いてくるレイヴンに、イラァとしましたわたしです。 それを真顔で受け止めるわたしの身にもなってほしい。 「そういえばさ、素朴な疑問があるんだけど」 「なあに?」 ご飯を食べて、お風呂も入って、まったりタイム。 レイヴンに紅茶を淹れてもらって至れり尽くせりのわたし。うむ、苦しゅうない。 「レイヴンってどうやって帰るんだろうね」 「え?」 「いや、異世界から来たならやっぱり自分の世界に帰るんでしょ? 最終的には」 「あー……そうね」 「なに? 帰る気ないの?」 「あるある!」 「あ、そうですか」 「いやあ、ここにいるの違和感なさすぎてうっかりしてたわ」 「うっかりしすぎでしょ」 「そうよねえ、どうやって帰るんだろうねえ」 「知らないですけど」 「おっさんもわからない」 「ふうん……ってだめじゃん!」 「だってほんとにわからないもん」 「わからないなら仕方ないかーそうだよねー……バカヤロウ!」 「まあまあ、そのうち帰れるわよ」 「テキトーか! 自分のことなのにテキトーすぎるでしょ!」 「あはは、ちゃんおもしろーい!」 だめだ。この人だめだ。能天気にもほどがある。 ていうか、本当に帰る気あるんだろうか。このおっさんからは、焦りっちゅーものが微 塵も感じられないのですが。 確かに、わたしもレイヴンがいることに違和感は感じないよ。だからと言って、年頃の 娘の家に良い年頃のおっさんがずっと住むのもどうかと思うわけです。世間的に。 世間的にという言葉で思い出したけど、もしもここに兄が突然やってきたら、わたしは どうすればいいんでしょうか。あ、この人異世界から来た居候の人だよ、とか言えない よ。さすがのわたしもそんなこと言う勇気はないよ。 「レイヴン、帰るべきだよ。きみは」 「どったの、かしこまって」 「いんや、わたしもまだ若いしね、世間っていうものを気にするお年頃なわけで」 「だいじょぶよ! ちゃんと帰るから」 「でも帰る方法わからないんでしょ」 「そうだけど……おっさんは思うのよ」 「なにを」 「俺が異世界に飛んでしまった意味があるんじゃないかって」 「というと?」 「俺はここでなにかすべきことがあって、来たのよ」 「そうなの?」 「たぶん」 「自信はないんだ」 「うん……」 「ま、良い考えだとは思うよ。何事も無意味なことはないと思うから」 「そうよね! おっさんがんばる!」 やる気満々のおっさんに、何をがんばるんだろうと思ったけど、なんかめんどくさいか らツッコむのはやめた。 ――無意味なことはない、ね。それは自分にも言えることなんじゃないかなって思う。 わたしが見る夢にも、きっと意味があるんじゃないかな。とても大切な意味が。 「なにはともあれ、無事に帰れるといいね」 「……うん、ありがとう」 特に感情を込めるわけでもなく、そう言うとレイヴンは複雑な顔をした。 違うな、微笑んではいる。なのに、哀しいって。また、哀しいって感情を見せる。どう してそんな顔をするんだろう。何を悲しんでいるの。どうして悲しむ必要があるの。 それを、なんで隠そうとするの。 「ねえ、レイヴン」 「うん?」 「なんで――」 「なあに?」 「……やっぱり、なんでもない」 「なにそれー気になる!」 ぶーぶー文句を言うレイヴン。そうやってしてればいいじゃない。悲しい顔なんて、 きみには似合わないよ。幸せでいたらいいじゃない。笑っていたらいいじゃない。わた しは、笑っていてほしい。 だってさ、レイヴンの哀しい感情を見ると、泣きたくなるんだ。それって、なんだろう。 ――わたしは一体、何を思い出したら良いの?そう思うわたしもどうかしてる。 (懐かしい夢と重なる、きみの哀しい瞳) |