Nostalgia







02



(溶け込む郷愁)










「はい、じゃあさっそく役割分担をしたいと思います」
「はーい」




起きたら突然、同じベッドに寝ていた男、レイヴンとの奇妙な同居生活。
と言っても、出会ってまだ2時間足らず。にも関わらず、レイヴンがいることに違和感
がないのがこわい。仕事をしなさい、違和感よ。
まあ、違和感あるよりない方がやりやすいのだが、というわけで、同居生活にあたり、
役割分担をしようということになった。
一通り部屋の説明をしたのだが、どうやら彼の世界のものとさほど大きな違いがあるわ
けではないらしい。お風呂もあるし、キッチンもあるし、トイレだってあるし等々。
違うのは、彼の世界には魔物、モンスター?的なものがいたり、魔導器というもので、
生活を便利にしたり、それを使うにはエアルというものが、うんぬんかんぬん。
普通だったら到底信じられないようなことばかりだが、まあ、人生たまにはそういうこ
ともあるんだと思う。たぶん。




「料理できるんだっけ?」
「できるわよ! まかせて!」
「ふむ、じゃあ当番制にしよう」
「あいあい」
「家事もできるって言ってたもんね」
「うんうん」
「よしゃー。じゃあ、大学は週3だから、わたしが大学行く日はレイヴン担当ってこと
 でいい?」
「いいわよー」
「じゃあ、残り4日はわたしがやろう」
「いやいや、それじゃだめよ」
「なんで?」
「だって、居候する俺が1日楽にしてるもん」
「別にいいよ、そのくらい」
「だめ!」
「お、おう」
「なので、余った1日はちゃんと俺の共同作業!」
「はじめての共同作業みたいなニュアンスで言うのやめろ」
「でもでも、良い案だと思わない?」
「そうだねー……じゃあ、それで」
「あいよ!」




なんかよくわからんが、レイヴンが嬉しそうなので良しとする。
ちなみに、一週間の概念のようなものは、彼の世界と違うらしいのでさっき説明してお
いた。似たような世界だけど、やっぱりちょこちょこ、この世界とは在り方違うんだな。
そもそも、どこまで続くかわからない宇宙ですもの、この地球のような星がいくつあっ
ても不思議な話じゃない。いやあ、宇宙ってのは浪漫があるよね。




「役割分担も決まったことだし、買い物にでも行こうか」
「おっさんも行っていいの?」
「うん、一応外がどんなところか見ておいた方がいいでしょ。それに荷物持ちもやって
 もらうから」
「あ、そっちがメインって言うあれですね……」
「文句あるの?」
「どんどん使ってやってください!」




どんどん使って★という本人の希望を300万倍増しで叶えてあげたいと思います。
それはさておき、ちょうど買いたい物ものあったし、レイヴンの服とかも揃えないと。
兄のお古があるからあれだけど、そんなに残っているわけでもないので、新しいものを
買ってあげようと思います。まるでレイヴンがヒモのようだね。
というか、ただの大学生がなんでそんな金に余裕があるんだよ、と不思議に思うでしょ
う。誰に言ってるんだって話だけど。
で、なんであるのかって言ったら、それは……秘密。諸事情だよ、諸事情。と言いたい
ところだが、正直なんでお金に余裕があるんだっけか、という肝心なことを忘れてしま
った。そんな簡単に忘れられるものなんですかね、と自分でも思うのだが、ところどこ
ろ記憶が曖昧なところがあったりするのである。
前に頭を打ったりしたっけかなあ、そんなこと兄が言っていたような?とか思ったり。
いずれにしても、どれも曖昧なものなので、気にしないことにする。わたしは今を生き
るのだ!過去なんてどうでもいいんだ。きっと。




「あ、レイヴン。外出る前にその髪どうにかしてね」
「え、これだめ?」
「ギリアウト」
「そっか……」




しょぼんとしたレイヴンを洗面所に放り込んで、身支度を整える。
玄関で待っていると、髪を下したレイヴンがとことこやってきた。




「ま、さっきよりはいいね」
「髪邪魔ー」
「切ればいいじゃない」
「えー」
「女子か!」
「だってー」
「もういいから行くよ」
「ほい」




本当は、別にレイヴンの髪型は嫌いじゃない。結んでいたって、下していたってどっち
でもレイヴンにかわりはないし。
ただ、なんとなく。なんとなく、なんだろう。










               * * *










GWだけあって、街は人であふれていた。
人ごみは嫌い。声がうるさいから。自分がどこにいるのか、わからなくなるから。
今は、レイヴンがいるからまだいいけど。
で、そのレイヴンだが――




「うわー、人多いわねえ。あ、ねえねえ、あれってなあに? たくさん走ってるけど」
「車だよ、車」
「クルマ? なにそれ」
「だから、あれだって」
「うん、どういうものなの?」
「移動するためのもの。まあ、馬と同じような役割。ただ、生き物じゃないだけ」
「へえ。なんかすごいわねえ」
「ずっとこの世界に住んでると、そうでもないよ」




と言っても、どうやらもう聞いていないようだ。
この世界にあって、レイヴンの世界にないものがたくさんあるのだろう。どれも珍しそ
うに見て、いちいち聞いてくる。まるで子どもだ。
別にいいんだけどさ、と思わず苦笑すると、また質問が飛んでくる。はいはい。




















「はい、じゃあこれ着てみて」
「えー、まだ着るのー」
「ちょうど今安くなってるから、買いだめしておくの!」
「はいはい……」




in ユニクロ。
安く済まそうと言う計画ゆえのユニクロです。今や世界のユニクロですよ。連休中は、
どこも安くてありがたいね。
色々なものがあるので、レイヴンにたくさん試着させる。で、だいじょぶそうだったら
即カゴにぽいっ!
レイヴンはもういやだと言わんばかりに駄々をこねるけど、今のうちに面倒なことは済
ませておかないとね。どうせ買うならいっぺんに!




ちゃん、着たわよ」
「じゃあ開けるよ」
「うん」
「おおー、なるほどなるほど。買いだね。じゃあ次これ」
「もうやだー! うわああああ」
「あと少しだからがんばる! ほれ!」
「うええええ」




半泣きのレイヴンを再び試着室に押し込むこと、鬼の如し。










               * * *










「いやー、疲れたね」
「……」
「どうしたのレイヴン、目が死んでるよ」
「……ちゃんの鬼」
「こんくらいでへばってんじゃないよ、男でしょ」
「女の子って大変よね……」
「悟ったような顔するのやめて」




レイヴンを散々連れ回して、荷物がいっぱいすぎてどーすんのこれ、っていう状況。
とりあえず、家に帰る前に休憩を挟むことにした。
で、案の定レイヴンはぐったり。ちょっとやりすぎったちゃあ、やりすぎたかな。




「ごめんごめん、明日はゆっくりしようね」
「うん……」
「でも、一通りここがどんなところかわかったでしょ?」
「そうね、すごく荒療治だったけど」
「やっぱり、レイヴンのところとは違う?」
「まあ、そりゃあね」




そう笑ったレイヴンの眼に、寂しさが一瞬映った。
当たり前だ。突然自分のまったく知らない世界にたった独りで来たんだから、寂しいに
決まってる。
少し気の毒に思った。自分のことを知ってる人が誰一人いない世界に行くなんて、こわ
い。わたしだったら、どうしていいかわからなくなるだろうな。




「――寂しい、よね」
「え?」
「右も左もわからない世界に一人だし、寂しいでしょ?」
「ああ……ちょっとね。でも、思ったほど寂しくないわよ」
「どうして?」
「だって、ちゃんに会えたから」
「……何言ってんの」
「ふふ」
「けど、まあ、レイヴンが寂しくないように、わたしもがんばるよ」
「……ありがとう」




レイヴンの穏やかな笑顔には、嬉しさともう一つの感情が混ざっているように見えた。
嬉しいのに、でも寂しい、そんな感情。
それは、自分の世界に戻れないことの寂しさじゃなく、違う原因があるように思えた。
憶測にすぎないのだが。
でも、レイヴンが寂しい思いをしないように努力をしようとは思う。大学生は、割と時
間の自由もきくので、彼が自分の世界に戻れるまでは、わたしが――なんだろう。
一瞬、わたしが仲間でいよう、とかわけわからない言葉が浮かんだ。仲間って、そんな
言葉は合わない。わたしとレイヴンしかいないのに。それに仲間っていのは、いや、そ
んなことを深く考えても仕方がないか。




「レイヴンってさ、ここではやっぱり外国の人って扱いになるのかな」
「ガイコク?」
「うーん、違う国の人ってこと」
「ああ、なるほどね。そうねえ、そういう感じなのかしらね」
「ほうほう。ま、そうだよね。眼の色も海みたいだし。この国の人とは違うもんね」
「……あんまりのぞきこまれると、俺様恥ずかしい!」
「あ、ごめん」
「もっと見たいならどうぞ!」
「いや、なんかやだ」
「だからそういうぼんやりした感じが一番傷つくんだってば!」
「ごめんごめんご」
「誠意を感じない!」




ぷんすか!とか、口をとんがらせてむくれているレイヴン。
いじりがいがあるおっさんだなあ、とぼんやり思いながら、これからの生活が少し楽し
みになってきた。

























(当たり前のように溶け込む彼は、一体何者なんだろう)