キャッシング











47 .

























3月8日。
春になるには、まだ早い。でも、冬ほど寒いわけでもない。少しずつ春に近づく、そんな3月。
確か、3月9日はレミオロメンの曲名にもある。卒業ソングとしても定番とされている。
そんな日より1日早い3月8日が、あたしの卒業式。あっという間の3年間だった。大切な
3年間だった。かけがえのない3年間だった。忘れることのできない3年間だった。
その中で、恋をした。たった18年間のあたしの人生で、なによりも輝き、鮮やかな恋。
叶わなかった恋。切ない恋。悲しかった恋。つらかった恋。苦しかった恋。涙を流した恋。
それ以上に、楽しかった恋。かけがえのない恋。大切な恋。愛しい恋。笑顔した恋。あたし
の人生になくてはならないものとなった、恋。
先生との思い出は、あたしの宝物。この思い出があるから、これからも生きていける。そう
思うほどに、大切。叶わなくたって、大切なのは変わらないから。
先月のバレンタイン、最後のバレンタインにレイヴン先生にあたしの気持ちを置いてきた。
先生との思い出がたくさんたくさん詰まった秘密の花園に、最後の気持ちを置いてきた。悔
いがないと言ったらうそになるけど、あたしがやれることはすべてやった。がんばったよ、
あたしは。相手は手強かった。それ以上に、弱かった。臆病だった。……やさしかった。
すべてをやりきったあたしは、受験に集中した。今までの比じゃないくらい。あたしにも、
こんな集中力があったんだなあと思ってしまうくらい。やればできるんだなあ、あたし。
おかげで、あんなにも苦しんだ受験もあっさり終わった。4月からは、新しい生活が始まる。
先生と出会った春が来れば、先生がいない春を過ごすだろう。今までいた友人も、それぞれ
の場所で新しい出会いをする。あたしもそうだ。色んな人との出会いをする。良いことだ。
それはわくわくしてどきどきするようなことなのに、どうしてかな、少し寂しい気がする。
そんなはず、ないのにね。今日は、良い日になるよ。先生との最後の思い出になる。笑顔で
お別れしよう。今までお世話になりましたって、すてきな思い出をたくさんありがとうござ
いましたって、笑顔でさよならを言おう。
自分の部屋の鏡の前で、最後の制服チェック。鏡の中の自分と目が合う。にっこり笑った。
その笑顔をレイヴン先生に見せてやろう。悲しいことじゃないんだから、涙なんかいらない。
――さあ、行こう。




「行ってきます!」




清々しい気持ちで、家を出た。

































「おはよう、エステル」
「おはようございます、
「今日で卒業だよー」
「早いですねえ」
「ほんとにね。卒業しても友だちでいてね!」
「当たり前です!」
「エステルー!あいしてるー!」
「わたしもです!」




色々なことがあったなあ、ほんとにもう。
臨海学校があったり、花火に行ったり、体育祭で燃え滾ったり、学園祭があったり、クリス
マスパーティーがあったり、マラソン大会があったり、バレンタインやホワイトデー、先輩
を見送った卒業式。そんで、今日は自分たちの卒業式。思い出したらきっとキリがない。
イベントごとに色んな思い出があった。どれも楽しかった。そりゃあ、悲しいこととかもあっ
たけど、悲しみだけで終わったものなんか、きっとなかったはずだから。
色んな人に出会った。これからもかけがえのない親友、エステル。お兄ちゃんみたいで、い
つも親身になってくれたユーリ先輩、いじると楽しい、けどいつだって優しいフレン先輩。
自由奔放なえっちゃん。こんなあたしをすきになってくれたアラシくん。最初の出会いはア
レだったけど、大切な友だちのツバキとモニカ。ムカツクくそリア充の小野。不思議ちゃん
のデューク先生。うざいアレクセイ先生。女性の味方、ジュディス先生。お姉さんみたいな
キャナリ先生。よくわからんイエガー先生。……そして、だいすきなレイヴン先生。
なんだかんだ言って、高校生活と言ったら1番に思い浮かぶのはレイヴン先生の笑顔。中で
もあたしは、夕日に染まる先生の穏やかな笑顔がすきだった。ううん、今でもすき。誰より
1番すき。思い出すだけで、胸が締め付けられる。すきだ、って心が叫ぶ。大きな大きな存
在。あたしの心を覆いつくすは、先生の存在。忘れるわけない。忘れるつもりもないけどさ。




「おはよー」




ガラッと教室のドアを開けたのは、レイヴン先生。これが最後のHRだ。いつもと変わらな
い口調なのに、見た目は全然違う。普段はYシャツもネクタイも適当で、なんでか白衣を着
てるけど、今日はスーツをカチッと着こなしている。ボサボサで適当に結んでいた髪もおろ
して、雰囲気が違う。いつもより真面目に見えるし、大人っぽいし、かっこいい。そりゃあ、
何回か見てるけど、今日の先生はあたしたちのためなんだって思うとやっぱり気持ち的に違
うものだ。ああ、最後なんだって強く思った。
先生は、最後のHRだなんて思わせないテンションでいつも通り話す。




「今日が卒業とはびっくりよねえ。みんな、ここから巣立っていくわけだ」
「先生泣いてるのー?」
「泣いてないわよ!泣くのは最後にとっておいてるの」
「泣くんだ!」
「そんな余裕ぶっこいてるのも今のうちよ?きっと式が終わったら、みーんなボロボロ泣く
 んだからね」
「先生も?」
「さあねえ?ま、いいじゃないの!」
「泣くの見られたくないんだー!」




先生とクラスメイトのやり取りで、みんな笑う。こんなやり取りも、すごく愛しいなあ。
最後のHRなんだから、あたしも先生を真っ直ぐ見つめる。久しぶりな気がした。こんな、
真っ直ぐ先生を見つめたのは。そんなことを思っていると、先生がまた話し出す。その目は、
あたしをとらえていた。やっぱり、先生の目はいつだって優しい色をしてる。




「俺は、みんなの先生になれてよかった!これからは、みんなバラバラになるけど、楽しかっ
 た思い出は消えるわけじゃない。もし、これから先、辛いことや苦しいこと、悲しいこと
 があっても、かけがえのない仲間がいたってことを思い出す!それでもどうにもならない
 時は、ここに帰っておいで。ここは、ずっと変わらずみんなの帰ってくる場所なんだから」




卒業式前だというのに、教室からはすすり泣く声が聞こえた。あんなこと言われたら、たま
らないよね。でも、あたしは泣かないよ。泣くかわりに、先生を真っ直ぐ見つめ続けた。




「こらこら、まだ泣くのは早いわよ!……さ、そろそろ移動しましょ。今日の主役はみんな
 なんだからね」




そう言って、先生は笑った。
みんな教室から出ていく。思い出のつまった教室から。次にここに戻る時は、もう卒業した
後なんだ。なんだか、名残り惜しくなって、教室から出れずにいた。




?早く出ないと」
「うん、今行く」




からっぽになった教室に、『今までありがとう、さよなら』と心の中でつぶやいて外へ踏み
出した。

































講堂には、卒業生と在校生。静かな空気。卒業式は始まった。
校長先生やら理事長やらなんとか会長やら、色んな人があたしたちの卒業を祝う。在校生と
卒業生の代表がそれぞれ送辞と答辞を読む。卒業式だなあと、ぼんやり思う。
すでに、すすり泣きが聞こえる。どうしてだろうね、こういうのはなぜだか人の涙を誘う。
永遠の別れでもないのに。会おうと思えば、いつだって会うことができるというのに。それ
なのに、人は泣く。2度と来ることのない高校生活を惜しんで泣く。いくら新しい生活に胸
をときめかせても、友人と永遠の別れでもないのに、戻れない日々に泣く。不思議なもんだ。
あたしは、ただ真っ直ぐ前を見つめていた。いつもは、偉い人の話なんて眠いし、長いし、
早く終われって思ってた。こういう時だけは、なぜか聞くことができる。
式は中盤に差し掛かり、卒業生の名前を1人1人、担任の先生が呼びはじめる。呼ばれた卒
業生は、みんな凛として返事をする。こうして、先生が自分の名前を呼ぶこともなくなるん
だろうなあと、みんな思うことだろう。
そのうち、前のクラスが終わり、うちのクラスの番になる。レイヴン先生が1人1人の名前
を呼ぶ。不覚にも、泣きそうになった。泣いてどうする。泣くな。はっきりした声で答える
んだ、あたし。
エステルの名前が呼ばれる。小野の名前が呼ばれる。そして……、






「――






「はい」




あたしの名前が呼ばれた。先生の顔を見て、はっきりした声で答える。
先生は、ふっと笑ったような気がした。それを見て、あたしも少し笑った。


















卒業式が終わりに近づき、いよいよ泣く子が多くなる。
卒業生が、仰げば尊しを歌う。あたしももらい泣きしそうになる。でも、耐えた。
いやなの。涙を流すのは。悲しくなんかないんだから。戻れない日々があったとしても、
流れた月日に悔いなんか1つだってないんだから。
仰げば尊しを歌いながらも、なぜかあたしの頭の中では、レミオロメンの3月9日が流れた。
器用だな、あたし。




(瞳を閉じればあなたが
 まぶたの裏にいることで
 どれほど強くなれたでしょう
 あなたにとって私もそうでありたい)




そうだよ。いつだって瞳を閉じれば先生がいたんだ。先生の笑顔があった。そのことで、
強くもなれた。弱くもなった。でも、先生がいなきゃだめだった。先生じゃなきゃ、あたし
は、だめなんだよ。先生をずっと想っていたかったんだよ。
ねえ、先生はどうだったんだろうね。あたしがそうだったように、先生もそうだったら良い。
ずっと、そう思ってたよ。




(せんせい、あたしは――)




涙を耐えていたのに、いつの間にかたまっていた涙がこぼれた。

































卒業生が退場すると、中庭でみんなが抱き合って泣き出す。在校生から受け取った一輪の花
と胸に飾られた卒業生のリボンが光る。
その後は、みんなが思い思い最後の思い出を作る。写真を撮ったり、卒業アルバムにメッセ
ージを書いてみたり、告白したり、されたり。
あたしは、エステルやツバキ、モニカと記念写真を撮ったり、デューク先生やジュディス先
生にあいさつしたり、それなりに卒業生を堪能した。
あたしがツバキの卒業アルバムにメッセージを書いていると、誰かが後ろから声をかけてきた。





「ん?お前は!……小野?」
「お前のアルバム貸せよ」
「だが断る」
「いやいや、ここは素直に出せよ」
「だが断る」
「いーから」
「ちょっと!勝手にとらないでよ!」




アルバムを取り返そうとしても、うまい具合によけられてしまい、結局小野になにか書き込
まれてしまった。
うわーないわー、ほんと最後までないわーと嘆いていると、小野は書き終わったらしく、ア
ルバムを突き返してきた。
まさか、こいつ、実はあたしのことがすきだったとか抜かすんじゃないだろうな。と思って、
一応何が書いてあるのか確認する。




「どれどれ?……お前とのやり取りはわりと楽しかった、小野」
「まあ、そういうことだ」
「小野……って、ん?まだなんか小さく書いてある?」




目を凝らしてよく見ていると、「ウソだ、ばか」と書いてあった。あーはいはいなるほどね。




「コロス!!!!!!」
「ばかめ」
「帰ってこい小野おおおおおお!!!!ぶっ殺すすすすすすっ!!!!」




その後しばらく、小野と鬼ごっこをした。最後の最後でこういうことをするとは、さすが。
いつか地獄に送ってやんよ。
ほんとむかつくんですけどね、殺してやりたいですわ。あいつを仕留められなかったことが
唯一の心残りだよちくしょうが。ぐるるるると、うなっていたら、また後ろから誰かに声を
かけられた。




先輩!卒業おめでとうございます!」
「あらやだ、えっちゃん!ありがとう!」
「いやあ、先輩も卒業なんですねえ、うんうん」
「えっちゃんには、なかなか振り回されたよねー」
「そんなことないですって!あ、卒業しても遊んでくださいよ!」
「うん、遊ぶ遊ぶ!」
「その時はエステリーゼ先輩も連れてきてくださいね!」
「お前、それが目的だろコノヤロウ」
「そんなわけないじゃないですか!」
「いやいや、それしか考えられないから。いっそ潔いけどな!」
「あ、エステリーゼ先輩だ!それでは!」
「おいおい!あたしツッコミ損じゃねえか!ていうか、もういいんですか!?当分会わない
 よ!?もっと惜しめこらあああああああ」




え、なになに。あの子最後までそういう感じなの?ひどくね?結局あたしはエステルのおま
けっていうか利用されちゃってる感じ?年上キラーになれるよ!あの子なれるよ!そんな気
がするよ!ていうか、エステルと遊んでる時とか絶対呼ばねえから!ばかやろう!
ぐぬぬぬぬ、とうなっていたらまたまた後ろから声をかけられた。これパターン化してる?




「ご卒業おめでとうございます、先輩」
「アラシくん……ありがとう」
「大学でも、元気でやってくださいね」
「うん、アラシくんも元気でね」
「はい。でも、たまには遊んでやってください」
「もちろん!」
「もう少し、先輩と早く出会いたかった」
「アラシくん?」
「……なんてね。それじゃあ、また!」
「うん、またね……!」




もし、アラシくんがあたしと同い年だったら、わからなかったかもしれない。あたしはアラ
シくんに恋をしていたかもしれない。なんて、もしもの話をしたって意味ないよね。

































色んな人とたくさんの写真を撮って、色んな人のアルバムにメッセージを書いたり書いても
らったり、今もまだ校舎内では別れが名残り惜しいと、みんな騒いでいる。そんな中、あた
しは秘密の花園にやってきた。やっぱり、ここに足を運んでからじゃないとこの学校からは
卒業できない。あたしと先生の思い出がたくさん詰まった、この場所。ここはいつだって、
静かで優しい。そうだ、確か最後に足を運んだのは、あのバレンタインだったな。




「……ここも、もうすぐ桜でいっぱいになるんだなあ」




その時、あたしはいないんだなあ。……寂しいなあ。仕方ないことだけど、なにより寂しい
と思うのは、ここがあたしと先生の場所じゃなくなってしまうことだ。4月になれば、新し
い子がここを見つけるかもしれない。そこで先生と出会うかもしれない。3年前のあたしと
先生のように。そして、恋に落ちるかもしれない。あたしのように、先生のことがすきです
きで仕方なくなるかもしれない。あたしは、先生の心を掴まえることができなかったけど、
新しい子はできるかもしれない。あたしにはできなかったこと、すべてを。




(――さみしいよ)




もしもの話はしても仕方ないって、さっき思ったのに、先生のこととなると、あたしはすぐ
こうだ。どうしようもないんだから、ほんとに。
ほんとのことを言うと、ここから離れたくない。卒業なんかしたくなかった。叶わない恋と
わかっていても、先生に会えるなら、先生の声を聞けるなら、先生の笑顔を見れるなら、留
年してでもいたい。だけど、それじゃあ誰もしあわせになれない。あたしはずっとつらいし、
先生にも迷惑がかかる。いつだって、ほんとの願いは叶えられない。そういうのが、恋なの
かもしれない。悲しみも苦しみも、温かい思い出もうれしい気持ちもすべてが詰まっている
ものが恋。だったら、やっぱりあたしは卒業しなきゃいけないんだ。この学校から、この場
所から、なにより、先生から。
さあ、あたしもそろそろ行かなきゃ。ここから卒業しよう。
まだ、つぼみの桜を見上げて、少し泣いた。いつかまた会おうね。あたしが強くなったら、
今より成長したら、また会おう。








「さよな……」












「――ちゃん」







風が鳴いた。遠くで聞こえるみんなの声さえも消えた。風がさらっていった。その代わりに
レイヴン先生を、風は連れてきた。
この場所で先生の声を聞くのはいつぶりだろうか?あたしだけを見つめる瞳を見るのはいつ
ぶりだろうか?




「……せんせい」




先生は、目を細めてこちらに歩いてくる。
――ああ、最後なんだ。もう最後なんだ。胸が痛い。苦しいよ。来なければいいと思った日
が来てしまったんだ。それを強く実感して、どうにかなりそうだった。思わず、胸に手をあ
て、強く握りしめた。




ちゃん、卒業おめでとう」
「……はい、ありがとうございます」
「もう、ここの生徒じゃなくなっちゃうんだねえ……」
「そう、ですね」
「寂しくなる」
「……はい」




先生は隣に立つと、さっきまであたしがしていたように、まだつぼみの桜を見上げた。
その横顔からは、寂しさを感じた。先生も、あたしとの別れを寂しいと思ってくれるの?
それだけで、うれしいよ。




「そうだ、遅れたけど、大学合格おめでとう」
「ありがとうございます……」
「きっと、たのしい大学生活になるわよ」
「そうだと、いいです」
「なるわよ!ちゃんは、すぐ色んな人と仲良くなるんでしょうねえ」
「……そんなこと、ないですよ」
ちゃんといるだけで、みんな自然と笑顔になるのよ」
「……」
「先生も、そうだったからね」




どうして、今さらそんなこと言うの。最後の最後まで、そうやってあたしを困らせるんだ。
ずるいな、すごくずるいよ。なのに、うれしいって思っちゃうあたしはばかだな。




「せんせい」
「うん?」
「……今まで、ありがとうございました」
「……うん」
「せんせいと、色んな思い出を作れて、すごくうれしかった。なにより、たのしかった」
「俺も、そうだよ」
「せんせいと、たくさん話せてよかった」
「うん」
「せんせいを……」
「……」
「――せんせいをすきになれて、よかった」
ちゃん……」
「すてきな恋をありがとうございましたっ……!」




笑顔で言えた。あたしがどれだけ先生がすきで、どれだけ恋をしていたか、そのすべての想
いをありがとうに込めた。涙なんかいらない。笑顔だけで、十分。




「……それじゃあ、あたし、もう行きます」
「……」
「レイヴンせんせい、お元気で」
ちゃん」
「……はい」
「しあわせに」
「せんせいも」




最後に精一杯の笑顔で先生を見つめ、一礼する。
ゆっくりと先生の横を通り過ぎ、この場所にもさよならとたくさんのありがとうを。













「――なんて言うと思った?」












思わず、歩みを止めた。
背中に先生の視線を感じる。後ろを振り向こうか、でも、あたしは……。




「誰かとしあわせに、なんて、そんなこと言うと思った?」
「え……」




声は近づき、そっと腕を取られ、引かれた。レイヴン先生と向かい合う形になる。
見上げた先生の顔に映る表情は、読み取れない。どういう意味?どうして?わからない。




「せんせい……?」
「俺は、ちゃんが他の男としあわせになるところなんて、見たくない」
「え?」
「これから先、綺麗になるちゃんをそばで見ていたいって思ってる」
「なに、言って……」
「誰にも渡したくない」
「せんせ、い」
「……行こう」
「え?どこにっ……!?」




わけがわからないまま、先生に手を引かれ歩き出す。
なにが起こってるの?あたしになにが起こってるの?誰か、おしえてください。
心臓が騒いでる。これから起こることに、不安と期待を抱いて――。






















あたしと先生は、ひたすら、手をつないで歩く。
すでに秘密の花園を抜けた。途中、卒業生や他の生徒、先生に驚きの声をかけられながら
も、先生とあたしの足は止まらない。
あたしがわかるのは、先生の熱い手と、何かを決意した先生の背中だけ。




(……どうしてだろう、せんせいの背中を見てると、泣きたくなる)




ねえ、先生。信じてもいいの?これから起こることに、あたしは期待していいの?
そう、願いを込めて、先生の手をぎゅっと握る。それに応えるかのように、先生もぎゅっと
握り返す。それだけで、涙がこぼれそうだよ。








先生は、あたしを引っ張り続け、校門へと連れてきた。
どうして、校門なんかに?と思っていると、先生はやっと止まり、振り返る。




「せーのっ!」
「え?」
「せーのっ!」
「はい!?」
「せーのっ!」
「なにが!?」
「早く校門から出て!」
「なんで!?」




やっと口を開いたかと思ったら、先生はなんか知らないけど、せーのっ!しか言わない。
あげくの果てには早く校門から出てって、なに!?そんなにあたしを追い出したいのか!
でも、もう話を聞いてはくれなさそうだ。ついでに、周りでは何事かと人も集まってきてる。
ここは早く言う通りにした方がいいのか。




「早く!せーのっ!」
「強引だな!」
「せーのっ!」
「わかったから!」
「せーのっ!」
「ああ、もうっ……!」
「せーのっ!」
「えいっ……!」




先生のごり押しに、ついに折れて校門へと足を踏み出した。それで?これでなにが起こるわ
けですか。
少々呆れ顔で、先生に向き直る。




「これで、生徒じゃなくなったわね」
「いや、今強引だったでしょ!」
ちゃん」
「……なんですか?」




ため息と共に、聞き返す。












「俺と結婚してください」












――世界が止まった。時間も、なにもかもが止まった。
ただただ、目の前の人が何を言ったのかを必死に理解しようと、止まった頭をフル稼働させ
る。だけど、言葉を理解する前に、気持ちがうれしいと、信じられないと震えた。




「ずっとずっと、ちゃんがすきだったよ」
「うそ……」
ちゃんが、俺をすきだと想うその気持ちより、ずっとずっとすきだよ」
「だって……だってっ……!」
「逃げててごめん、臆病でごめん、弱くて……ごめんね?でも、俺は、これからの未来を
 ちゃんと一緒に歩きたい」
「せんせい、」
「だから、俺と結婚して?」
「……はいっ!」




大きく手を広げる先生の胸に飛び込んだ。それと同時に、周りから歓声が起こる。普通だっ
たら卒業したとはいえ、卒業式当日に、先生がみんなの前でプロポーズなんてありえないし、
非難されるはずだ。なのに、周りの人は優しくも温かく、あたしたちを祝福した。




「せんせい、だいすきっ……!」
「俺も、すきだよ。だいすき!」
「ずっとずっと、すきだった!」
「……うん、俺も、ずっとすきだった。遅くなって、ごめんね?」
「……いいよ、先生があたしをしあわせにしてくれるなら、それでいい」
「しあわせにする。世界で1番しあわせにする……!」
「あたしも、せんせいをしあわせにする――」




先生はあたしを抱き上げ、優しく見つめた。その瞳は、優しい海のような空のような、あた
しのだいすきな色だった。
――瞳は、わずかに潤んで見えた。でも、それは悲しいものじゃないから。
叶わない恋だと思った。終わってしまうものだと思った。だけど、先生があたしの気持ちに
応えてくれた。いつか、今まで何を思っていたのか、教えてくれたらって思う。良い思い出
だって笑って話せるように、なれるといいね。


そっと、先生はあたしにキスをくれる。……温かい。しあわせで、うれしくて、なんて言っ
たらいいかわからない気持ちでいっぱいになって、涙がこぼれた。
初めて会った、あの時から、あたしの心のにいた先生。これから、一緒にいよう。今までの
分、たくさんたくさん笑おう。思い出をもっとたくさん、作ろう。
辛いこともあるかもしれない、悲しいこともあるかもしれない。でも、もう1人じゃない。
2人なら、どんなことだって乗り越えられるよ。悲しみも笑顔に変えてしまえるよ。
そうでしょ?
……あたしのだいすきで、かけがえのない、せんせい。



























    せんせいとあたしの物語が終わり、
      また、せんせいとあたしの新しい物語がはじまる――――。