ペット











45 .












ダンスホウル












期待なんてもうしない。夢は所詮ただの夢で、最初から叶うはずがなかった。淡い期待を持ち
続けたばかなあたしは、見事に散った。それも最悪の形で。これが現実なら、これが人生なら、
あたしはそういうものだって受け入れるよ。大人はずるい生き物で、子どもはそんなずるい
大人たちによくだまされるもの。人生なんて、うまくいくことがすべてじゃない。失恋だって
きっと大事なことなんだ。そう思わないと、生きていける気がしなかった。
学園祭最終日にレイヴン先生のほんとの気持ちを知らぬまま、見事粉々に砕け散ったあたし。
どうしてあんなにも頑なに拒否したのか、そんなものきっと先生自身しか知りえないことだ。
だけど、こんなにあたしの気持ちを訴えてもくつがえらなかった先生の気持ちに、悲しくて、
ショックだった。あたしなら、先生の気持ちを変えられるんじゃないのかなって、勝手にそう
思ってたから。だから、ほんとの気持ちを教えてくれなかった先生に、腹が立って、あんなこと
を言ってしまった。『すきになるんじゃなかった』だなんてさ、自分勝手にもほどがあるよね。
あたしが勝手にすきになって、勝手に玉砕したのに、すきになるんじゃなかっただなんて。
結局、先生にあたしの気持ちを押し付けて、はね返されて、無様に散っただけじゃないか。
ばかだよね。ほんと、ばかすぎて笑える。すきになるんじゃなかった、とかさ、負け犬の遠吠
えじゃん。だって、そんなこと、本気で思えないもん。やっぱり、すきだったことを後悔して
ないし。どうにもこうにも、うまくいかなくていけないね。
そういうわけで、あれから秘密の花園には行っていない。教室でも会話は必要最低限。あいさ
つとか返事だけ。無意味な会話は一切していない。実はあたしも、こうみえて受験生だし、
恋に浮かれる時期でもなくなったかなって思うし。割り切ってしまえばそれまでで、学校で
無理して笑うとか、無理して元気にやってるとか、そういうことはない。ただ、胸にぽっかり
穴が開いたような気がして、たまに少しさみしいなって思うくらい。それ以外は、普通の高校
生をやっている。なんだか、これが本来あるべき高校生活なのかな、とも思えるくらい。
これからは卒業まで、受験に専念しようと思う。もう、先生のことを考えるだけ無駄なんだか
ら。いくら考えたって、あたしにはなにもわからない。答えは全部、先生にしかわからない。




















「受験生って大変なんだねえ」
「他人事みたいに言わないでください、ってば」
「思わず他人事っぽく言っちゃうのが、きっと受験の醍醐味さ」
「そうなんです?」
「知らんけど」




エステルのお家で、受験勉強をしている、なう。もうやめてしまいたいね。勉強ばっかりって
すごくつまらないね。文字なんかもう見たくもないね。そんなもん誰が見つけたんだって気持
ちになるよね。受験ってそういう気持ちにさせるよね。言葉は誰が作ったとか、学校って誰が
作ったとか、賢いとか賢くないとか誰基準だとか、もう負のスパイラルを生むばかりだよね。
早く受験なんか終わればいいよ!受験生なんてやめたい!




「受験から解放されたら、いっぱい遊ぼうね…」
「はい。そのためにがんばりましょう!」
「そんな気合入らないよう。ぐすん」
「そういえば、
「なんだいエステルちゃん」
「良い機会なので聞きますけど、レイヴン先生となにかあったんですか?」
「あー…そうだね、うん」
「良かったら話してくれませんか?」
「んー、フラれた」
「え!?」
「先生はさ、生徒とは恋愛しないんだってさ」
「そんな…」
「しょうがないよ」
はもう、あきらめたんですか?」
「そうだね、不毛な恋をし続ける義理もないよ」




夢は夢なんだからさ。引き際が肝心なんだよ、きっと。




「本当にそれでいいんです?まだ好きなら…」
「エステル」
「…はい」
「恋ってさ、1人じゃできないんだよ」
「……」
「あたしがすきでも、先生がだめだって言ってるんだから、どうしようもないのさ。いくら
 すきでも、相手に届かないなら、意味ないよ」
「でも、」
「心配してくれて、ありがとう」
…」
「だけど、ほんとにもういいんだ。先生がこっちを少しでも向いていてくれたら、まだあきら
 めてなかったかもしれない。でも、先生自身が壁を作っちゃったからさ、どうしようもない
 んだよ」
「そう、ですか」
「うん。ま、世界には星の数ほど男はいるからさ!」
「…わたしは、がいいならいいです。わたしはいつだって、の味方ですから」
「ありがとう、エステル…」




あたしには大切な友だちがいる。大切な先輩がいる。大切な家族がいる。もうそれでいいじゃ
ない。叶わない恋だってあるよ。人生には、そういうことも、たくさんあるんだよ。無理して
こだわる必要なんて、ない。でも、これだけは言えるよ。最高の恋だったって。

































毎日受験のこと考えてて、受験生は疲れないのかね。疲れるに決まってんだろ!1番きついの
はこの12月と言っても過言ではないよ。12月となれば、推薦で決まった人も多々いるわけ
ですよ。つまり、受験終わった勝ち組なわけよ。でもあたしは一般なのです。ということは?
まだまだ受験は続くわけ。すると、推薦組が最高にむかつくんですね★わかりやすい例で言い
ますと、小野とか小野とか小野ですね。こいつ、もう決まったんだってよ。神さまって不公平
だよね。ほんとに。ほんとのほんとに!ひどいよね。どうかしてるよね。小野に天罰を与える
くらいやってくれよ!




「一般組は大変だな」
「うるさいんだけど。気が散るんだけど。邪魔なんだけど。存在がもううっとうしいんだけど」
「とんだ言いがかりだな」
「前々から気に食わなかったけど、今の時期が1番気に食わないね」
「しょーがねーじゃん」
「ああ、そうですね!わかってんなら、神経逆撫でするようなこと言わないでください!」
「そらどうもすみませんね」
「それがむかつくんだよおおおおおおお!!!」




この時期にはほんと毒だよ、こいつの存在いいいいい!そうじゃなくてもうざいのに、ほんと
無理。今は小野とかまじ無理。おねがいだから話しかけないで。後生ですから。




「そういえば、
「エステルってよく平気だよね…小野が近くにいて」
「どうしてです?」
「まあ、いいけどさ…。で、どうしたの?」
「今月のクリスマスパーティー、行きますか?」
「あー…、どうしようかなあ」




行ってもレイヴン先生とかいたら、なんかやだなあ。というか、確実にいるよね。
それをわかってて、あえて行くのもなあ。うーん、どうしようかなあ。最後のクリスマスパー
ティーっちゃあ、そうなんだけど。




「悩んでいるなら行きましょう!」
「えー」
「最後ですもの!それに、これからもっと忙しくなりますし、息抜きするならもってこいです!」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、決まりですね!」
「エステルって意外と強引だよね」
「ドレスはまた、わたしが用意しますので!」
「なんでそんなに気合入ってるんですか…」
「遊びには本気で!って、ユーリが言ってました」
「まさかのユーリ先輩だた!」




ま、最後だし、友だちとの思い出を作るってことで、参加することにしますか。先生とか、
そういうことはもう頭の片隅にぽいってしておこう。ただ、楽しむために行けばいいんだ!
そうとなれば本気で楽しもう。ユーリ先輩の言葉もありますからね!

































クリスマスパーティー当日。今日は受験生も束の間の休息の如く、久々にみなさんとてもたの
しそうな顔をしています。あたしも、エステルに借りた、深みのあるダークグリーンで、ベル
ベット生地のドレスを身につけています。今年は大人に決めてやんよ。少し高めのウエストラ
インで、足が長く見えることでしょう。どうだ、このやろう。右胸に、真っ白の大きなコサー
ジュを飾り、あたしってば素敵女子やんって思った。自分で言っちゃうところが悲しいよね。
いつの間にやら伸びた髪は、肩のラインを越していたので、ゆるく巻いて女子力うpです。
髪にもかわいらしい髪飾りをつけて、デコルテにはシンプルな首飾り。お化粧だってしていま
すのよ。やべえよ、めちゃくちゃ素敵女子。もうはや、素敵女子って言いたいだけですね。
とにもかくにも、エステルちゃんと会場入りしやした。エステルは不動の人気ですよ、ほんと。
さすがだよね。周りからかわいいわあ、さすがマドンナってささやかれている。あたしなんて
どうせこけしだ、こけし。こけしのちゃんだよ。けっ!
あーあ、ここにユーリ先輩とフレン先輩がいたならば、かわいいって言ってくれたのにな!
そしてかっこよくて色気むんむんのユーリ先輩を見て、今年もしあわせだった…!って思いた
い。いないんですけどね…。残念すぎて鼻血出る。
でも別にかわいいとか言われたいわけじゃないのよ。いつだってほめてほしいのは、1人だけ
なのさ。今では、そう望むことすらしちゃいけないんだろうなあ、とぼんやり思った。生徒の
楽しむ声が響く講堂で、あたしの心だけは、静かな波が寄せては返す。どうしてあたしの心は
こんなにも寂しいって訴えるのだろうか。自分に問うてみたものの、答えはもうわかっている。
楽しいと感じる毎日にいても、ほんとに楽しくて笑っている毎日にいたとしても、ふいに訪れ
る寂しさを運んでくるほど、この恋の存在があたしにとってどれほど大事なものだったか。
この恋は、まだ十数年しか生きていない人生の中でも、きっとこれからどれほどの恋をしても、
忘れることのない位置を占めるのだろう。
大勢の中、あたしはまるでひとりぼっちだな。とか思っていたら、ほんとにひとりぼっちに
なっていた。なんてこったい。突然人生の回想をしていたら、いつの間にやら隣にいたエステ
ルがいなくなっていた。どこに行ったって言うんだい!周りをキョロキョロを見渡してもいない。
代わりに、これもまた知らないうちに会場入りしていた教師陣。その中に、もちろん、レイヴ
ン先生の姿を見つけた。やっぱり、来るよね。あたしにとっては大事でも、先生にとっては、
取るに足らないことなんだ。くやしいな。って、そんなことよりエステルだって!
教師陣にわいわいしている生徒を無視して、エステルを探しにうろちょろする。まったくー、
どこに行ったんですかねえ。右を見ながら歩いていると、ドンッとカベにぶつかった。あいた
たた…と鼻をさすりながら、カベを見上げると、なんだか久しぶりに見るデューク先生だった。




「あ、デューク先生!ぶつかってすみませんでした。そしてどうもお久しぶりです?」
「ああ」
「あの、エステル見かけませんでしたか?」
「あれじゃないのか」
「え?あ、ほんとだ…ってえっちゃんと踊ってる!?」




うそやん!うそですやん!なんでエステルとえっちゃんが踊ってるんすか。えっちゃんてば、
学園祭で話しかけることができたからって、ついにダンスにも誘っちゃいました!てへ!とか
そういうことなんすか。ちゃっかりしてるな、このやろう!ていうか、あたしからエステルを
かっさらうとか、なにそれむかつく★えっちゃんのくせに!でも、えっちゃんもかっこいいか
ら様になってて、それがまたさらにむかつくううううう!なにさなにさ!えっちゃんのくせに!
なんだか、色んな意味で寂しいんですけど!ぐすん。




「あーあ…エステルとられちゃった」
「楽しくないのか」
「…なんかそれ、去年も言われた気がするんですけど」
「寂しそうな顔をしている」
「そうですね…、エステルとられてすんごく寂しいです」
「それだけか?」
「え?」
「寂しい顔をしている理由はそれだけか?」
「…どうでしょう。それだけじゃ、ないかもですね」




デューク先生に苦笑いをしてみせる。苦笑いのあたしとは違って、デューク先生は相変わらず
読めない表情をしていた。というか、ただ無表情なんですけどね。
あたしってば、そんな寂しそうな顔しているのかしらと、思っていると、あたしの目の前に
すっと手が出された。その手のもとをたどってみると、手の持ち主はデューク先生だった。
まあ、普通に考えてそうだろうけど。




「えっと、この手は?」
「お相手願えますか?」
「…喜んで!」




去年はただ戸惑ったけど、今はちょっと余裕がある。ダンスもまあたぶんできるでしょう!
そんなわけで、デューク先生の手を取りダンスホウルへ向かう。
リードしてくれる先生に誘われ、踊る、踊る、踊る。あたしが今どこで踊っているかなんて
考えなくていいんだ。あたしは、ただ目の前の人を見ていればいいんだ。なのに、あたしの頭
を巡るのは、去年のデューク先生の姿ではなく、2人っきりのダンスホウルでただ輝いていた
レイヴン先生だった。振り払っても振り払っても、フラッシュバックするのは、月明かりを浴
びたレイヴン先生だった。目の前にいる人が、彼だったらいいのに。そう思うなんて、デューク
先生に失礼だ。なのに、どうして消しても消して、レイヴン先生を求めるのだろうか。どうし
てそんなにすきになっちゃったんだろうか。微笑むレイヴン先生しか、思い出せないよ。













「大丈夫か」
「…え?」




気が付いたら曲は終わっていた。デューク先生が無表情の中に心配という色を浮かべ、あたし
の顔をのぞきこんでいた。無意識に踊っていたのか。ほんと、どうかしている。




「…デューク先生、ありがとうございました。ダンスの相手をしてくださって」
「ああ」
「ちょっと、外に出ますね」
「…気を付けろ」
「はい」



少し心配そうな顔をしたデューク先生にもう一度礼を言って、外へ出た。






















去年の今日は、三日月だったなあと、空に浮かぶ真ん丸の満月を見て思った。良い月だね。
あたしの心はすっかり欠けているのに、お月さまはかわいらしい丸っこさ。あたしの心も満た
してくれればいいのに。
講堂から聞こえてくるダンスの曲を聴きながら、足は勝手に秘密の花園へと向かっていた。学
園祭から一度も行っていない、秘密の花園。勝手に心が求めているのだろうか。困った子。
























秘密の花園に入る少し手前で、すでに先客がいることに気がついた。なので、思わず木に隠れ
た。そこからこっそり、向こうをのぞいてみる。そして、胸が高鳴ったのを感じた。




(レイヴンせんせい…)




満月の月明かりをその身に浴びている先生は、去年見た時と同じ輝きをしていた。やっぱり、
あたしの胸の鼓動を高鳴らすことができるのは、レイヴン先生だけなんだ。それでも、もう前
のようには戻れないことは、あたしが1番わかっていた。
レイヴン先生は、いつもの場所で、いつものイスに座っていた。ただ、それだけ。なのに、
どうしてか寂しそうに見えた。あたしの方が寂しいのに。ほんとは、今すぐこの場所を出て行っ
て先生のところに走りたい。走って先生の名前を叫びたい。あたしは寂しくて仕方ないって泣
いてしまいたい。先生は、なにを寂しいって思っているのかって教えてほしい。
だけど、できない。もうできない。今のあたしにはそんな資格ない。もともとないけど、今は
もっとない。自分勝手に、自分の感情に任せて走り出すこともできない。あたしは、ただここ
から先生を見ることしかできない。もとから立っている場所は違っていた。今は、もっと違う。
同じものを見ることなんかできない。先生の立っている場所に近づくことすらできない。今の
あたしは、なにも持ってないんだ。先生のことが変わらずすきだっていう気持ちをもてあます
ことしかできないんだ。




(…ただ、すきなだけなのに、前とは全然違うんだ)




隠れていた木に背を預け、声を押し殺して泣いた。先生に聞こえてしまわないように。静かに
泣いた。先生に声をかけることもできない。泣くことしかできない。弱い弱いあたし。どうし
ようもないあたし。それでも、少しでもそばにいたいから、その場所から動けなかった。
近くにいるのに、こんなにも遠い。遠くて、なにも見えないよ。
























近くて遠い2人を、満月はただ照らしていた。