テンションは最下層。そんなあたしの気持ちなんてどうでもいいかの如く、学園祭は開幕。 とかそんなことより、こないだの話をちょっとしておこうかしらね。 アラシくんにきちんと返事をした日、レイヴン先生の態度に、いい加減あたしもキレました。 あたしがすきだってわかってるのに、どうして先生はあんなこと言えるんだろうね。ほんとに どうかしてるよ。ひどいし、信じられないって思うし、確かにあたしは傷ついた。でも、結局 先生がすきって気持ちはどうにもこうにもくつがえることはない。それがまたばからしくて、 自分にもほとほと呆れる。やっぱり、あたしがいくらすきだって叫んでも、先生に伝わること なんてないのかな。そんなの、夢の夢なのかな。あたしは、まだ夢から覚めそうにないよ。 って、いつまでもそんなこと考えている場合でもない。学園祭が開幕してしまった以上、ひた すら働くしかないからね。今は、働くことに専念できるだけいいかもしれないけど。がんばれ あたし。で、学園祭で思ったんだけど、あたしは1つ疑問があるんですよ。今回の学園祭に。 というかうちのクラスの出し物に?スイーツ屋さん。通称、スイーツ(笑)屋。これって、 言ったらまあ、甘いもの食べるところでしょ?カフェ的なところでしょ? 「なんでメイド服なの」 「、よく似合ってますよ」 「そういう問題じゃないよ、エステルちゃん」 「そうなんです?」 「そうなんです」 おかしくね?最近のおしゃれなカフェってさ、上がまぶしいくらい白いシャツで、下はパンツ スタイルで、黒い腰掛けエプロンってイメージなんですけど。メイド服ってなんだよ、メイド 服って。ばかなの?これ誰の趣味?ねえねえ、誰の趣味?意味わからないんですけど。 だいたい、エステルの場合、本物のお嬢様にメイド服着させるとかどうかしてるよ!なんか あたしがこわいよ!エステルの執事さんとか卒倒するでしょ!こわい!ほんとごめん!あたし が思わず謝りたくなるよ!お嬢様に使用人の服着させちゃう?なにプレイだよ!ばかか! 「…これ、誰の趣味だよ」 「俺」 「…貴様か、小野」 「まあまあだな」 「いや、ほんとさ、どうかしてるよね」 「良い趣味だろ」 「最低ですけど。あんたの常識、相当狂ってますよ」 「どこが」 「お嬢様にメイド服着せるとことか」 「男の浪漫だろ」 「腐ってる」 「お前の頭が?」 「おめえの頭ン中がだよ!」 「おいおい、ご主人様になんて口聞いてるんだよ」 「怒りを通り越して、もはや恐怖すら感じるよね。相当キテるよ。この人の頭。腐敗がかなり 進んでるよ。早く誰か火葬してやって!腐ってるよ!」 「あーはいはい。早く準備しろよ」 「なにそれ!お前の遊びに付き合ってやったぜ、みたいな言い方しやがってちくしょおおおお!」 「本当のことだろ」 「ああん!?」 「!いちいち怒らないで!早く準備しましょう」 「…うん」 頭腐ってるのあいつの方なのに!悔しいいいいい!先日のことで、あたしのテンションは最低 だって言うのに、追い打ちをかけるように小野のこれだよ。最悪だよね。頭痛いわ。ほんとに! しかも、文句はこれだけじゃないのですよ。このメイド服、丈短くね?露出多くね?これなんて 風俗?なにプレイをご希望で?もう死んでもいいよ、小野が。死んでしまったらいいよ、小野 が。消えてなくなればいいよ、小野が。スカートはいいよ、制服のスカートだって思えばいい からね。でもさ、問題は露出だよ、露出。半袖だし、胸元すげー開いてるし、っていうか、 なんで胸元開いてるの意味わからないこわい。だってメイド服ってそういうものじゃないでしょ。 なにする気なのかわかんねえよ!こわいよ!ばかだよ!もういやだよ!チョーカーにリボンが ついてるからって、胸元開いてていいとかないからね!普通、ここ、ブラウス的なものがある はずでしょ!すーすーしてるよ!寒いよ!秋だよ!秋なんだよ!露出は季節外れなんだよ! 教師陣もなにしてんのよ!教育委員会が乗り込んでくるレベルだよ!軽く来ちゃうよ! …もう、なにもかも遅いんだけどさ。今さら文句言ってもどうにもならないんだけどさ…。 でも、一応、こいつらおかしいよっていうことだけ主張したかったのよ。それだけさ!はん! ◆◆◆ メイド服に納得がいかないまま、学園祭1日目がさくさくっと始まった。だいたいこんな露出 メイド服で人前に出るとか、絶対おかしいよ。納得いくわけがねえよ!なのに、エステルは 気に入ったらしく、いつにも増してにこにこして、接客をしている。この子すごいね。まあ、 あたしも一応営業スマイル的なものを顔にはりつけているけども!がんばってるよ、あたし。 ちなみに、レイヴン先生は、HRの時に顔を見せただけだ。さすがに甘い匂いが充満している 教室に何度も足を運ぶほど甘いものに耐性がないんだろう。いいけどね。こっちとしても、 なんかちょっと気まずいし。接客、がんばるか。 「いらっしゃいませ!」 「お前、なんちゅー格好してんだよ」 「ユーリせんぱああああああい!」 「ばか!その格好でくっつくな!」 「なんですか、照れてんすか!」 「ばかか」 「てへ★ていうか、久しぶりじゃないですかー!会いたかったですうううう!」 「あーはいはい」 「その適当さも相変わらずですね!ひゃっふー!」 「、僕もいるんだけどね…」 「あー!フレン先輩だー!おひさっす!」 「あ、うん」 「ユーリ先輩早く座ってくださいよー!」 「…相変わらず僕にはそんな感じなんだね」 ユーリ先輩たちを席に案内する。ていうか、また色気が増したんじゃないのー?やべえよ! テンションが一気に上がった!さすがユーリ先輩! 「よくその格好認められたな」 「それはあたしも疑問に思ったことです」 「だろうな」 「もしかして、エステルさんもその格好を…?」 「そうですよ。エステルー!フレン先輩が呼んでるよー」 「はーい」 「エステリーゼ様!?なんて格好を…!?」 「フレン!エステル、です!」 「すみません!あまりの動揺でうっかり…ってその格好はまずいです!」 「なんでです?」 「なんでって…エステルさんは」 「大変だね、姫と騎士って」 「ま、そういうもんだろ」 「ですね」 エステルの格好に相当焦ったフレン先輩はもう、すごいあわてぶりだった。実に、おもしろい。 その気持ちはとてもわかるけどね。お嬢様がこの格好はまずいもん。でも、本人は喜んでいる し、もういいんじゃないかって思う。誰にも止められないのよ!みたいな。 「そういえば、おっさんは?」 「…甘いものだめですし、たぶん教室近寄れないんじゃないですかね」 「あーなるほど。じゃあ、残念だったな」 「なにがですか?」 「お前のその格好見て、慌てふためくおっさんが見たかったんだけどな」 「…なに、言ってるんですかあ!そんな先生、見られるわけないじゃないですか」 「?」 「はい?」 「…なんでもない」 「そうですか?あ、おかわりいります?他にもおすすめのスイーツあるんですよ」 「じゃ、それもらうわ」 「かしこまりましたー!」 ユーリ先輩は、なんとなくわかったんだろうな。あたしと先生が何かあったって。それをあえて 聞かないのは、遠慮したのか、それとも首を突っ込むべきじゃないって思ったか。でも、そう だよね。これはあたしがどうにかしなくちゃいけない問題だもん。いつまでもユーリ先輩に 頼るわけにはいかない。がんばれ、あたし。営業スマイルも、恋も。 ◆◆◆ 2日目。今日もがんばるよ。露出メイド服でがんばるよ。小野を殴り殺したいけどがんばるよ。 そして、相変わらず先生は、教室から逃げる。もしかしたら、あたしから逃げているのかも しれない。甘い教室を口実に、あたし自身から逃げる。そうだとしても、仕方ない。あきらめ たわけじゃない。ただ、今は少しそれがありがたいと思うから。それだけ。 「今日も、いやらしい男の視線の中がんばるよ!」 「誰もお前なんか見てねえよ」 「小野コロス!」 「、早くこっち来てください」 「はい…」 通りすがりにつぶやいていった小野を殺してやりたかったです。足を引っ掛けて顔から転んで ほしかったです。でも、エステルちゃんに呼ばれたので、おとなしくがんばります。はい。 2日目は日曜日なので、一般のお客さんも来るっていうね。その中でこの格好とか!恥部を さらして東京駅構内走ってるようなもんだよ!最低だね!ヘタしたらつかまっちゃうね!そう 考える自分が1番こわいんだけどね。 「いらっしゃいませ!」 「先輩!」 「えっっっっっちゃん!」 「なんですかその反応」 「いや、なんか久しぶりだから思わず溜めちゃった」 「そうですか。というか、すごい格好ですね」 「そう言わないでよ…あたしが1番それ実感してるんだから…」 「でもかわいいと思いますよ!」 「ありがとう!えっちゃんんんん!」 「エステリーゼ先輩の方がかわいいですけど!」 「帰れ」 「だって本当のことですもん!」 「良い根性してるな、ああん?」 「イタタタタ!」 「!なにしてるんですか!」 「エステルちゃん!だってね、こいつがね」 「生エステリーゼ先輩!」 「はい?はじめまして?」 「は、はじめましてっ!」 「あたしは無視か…」 浮き足立つえっちゃん。そして、かわいく笑いお相手をするエステル。あれ、あたしはもう いいですってか?ひどいよ!みんなひどいよ!最近あたしの扱いひどいよ!気づいてたけど! もうちょっと傷心中のあたしを慰めてよ!やさしくしてよ!うわああん! 「…らっしゃーいませ」 「かわいいですね、先輩」 「え、アラシくん?」 「はい、こんにちは」 「こここんにちは!」 「あははっ!なに緊張してるんですか?」 「いや、なんか、つい」 「席、あります?」 「あ、うん、あるよ!こちらへどうぞ!」 まさかの訪問にどっきどきです、あちき。アラシくんが来てくれるなんて思わなかったっす。 しかも、あれからちょっと大人びたと思う。どっかのえっちゃんとは大違いですね!余裕すら 感じるもん、アラシくんからは。それに比べてえっちゃんは…、いや、これ以上不毛な比較は やめておこう。 「アラシくん、来てくれてありがとうね」 「いえいえ、先輩のかわいいメイド姿が見られるなら、どこへでも行きますよ?」 「やだなあ、もう!ていうか、こんなメイド姿ここ以外できないから…」 「まあ、外でやるにはちょっとあれですよね」 「ほんとほんと」 「とにかく、かわいい先輩が見られてよかったです」 「うん、あたしもアラシくんの元気な顔が見られてよかったよ」 アラシくんと普通に話せてよかった。変な感じになるのは、いやだもん。きっと、アラシくん が強いからこうして話せるんだろうな。アラシくんのおかげです。ありがとう。 「…先輩」 「うん?」 「こんなこと聞くのもあれなんですけど、先輩の好きな人に、その格好見せたんですか?」 「え?」 「絶対見せた方がいいですよ。きっと、その人も先輩のことかわいいって思うはずです。 見せないの、もったいないですよ。せっかくかわいい格好してるんですから」 「そう、かな?」 「はい」 「…うん、あとで見せに行こうかな?」 「それがいいですよ」 「ありがとう、アラシくん」 良い子すぎて涙がちょちょぎれる。ほんと、こういうことをさらっと言えるこの子はすごい。 将来、アラシくんの彼女になる子は絶対しあわせだよ。あたしは、アラシくんをしあわせに できないから、未来の彼女よ、彼を世界一しあわせにしてあげてください! で、レイヴン先生に、見せに行こう、あとで。この時こそがんばれ、あたし! ◆◆◆ どこを探してもいないパターンですか、なるほど。いつもの場所にもいないし、物理準備室にも どこにもいない。なんでやねん。あの人どこに隠れたっていうのよ。ばかちくしょい。こんな 恥ずかしい格好で学校中走り回ったあたしの身にもなれってんですよ。休憩に入るたびに走る あたしですよ。結局いないから、また教室で営業スマイル。休憩入ったら走る。戻って営業 スマイル。なにしてんだっつー話だよ。気がつけば、もうすっかり後夜祭の時間なんですけど。 疲れたっす。とりあえず、教室戻って着替えよう。 グラウンドでは、生徒の青春タイムが繰り広げられている。あたしもあそこにいるべきなんだ ろうなあ、ほんとなら。だけど、あたしはあの輪じゃないところに惹かれちゃったもんだから。 自分でつらい道を選んじゃったんだから仕方ない。ま、特別そこに行きたいわけでもないし。 静かな廊下を歩き、教室に入る。やっぱり誰もいなくて、真っ暗。だと思ったら、窓のところ に誰かいる。誰だ?よく見えなくて、教室の入り口で目を凝らしていた。すると、向こうの人 がこっちに気づく。そして、あたしに声をかけてきた。 「ちゃん?」 「…レイヴン、先生?」 どうしてここに。いや、まあこのクラスの担任なんだからここにいても当たり前なんだけど。 でも、まだここにはお菓子の甘い匂いが強く染みついている。だから、ここに戻ってこない と思っていた。昨日だって戻ってこなかったし。とりあえず、教室の中に入った。 「この部屋、すごく甘い匂いするわね」 「…スイーツ屋さんでしたから」 「そうだったわね」 先生と少し離れた場所で立ち止まる。先生は、この部屋がまだ甘いと苦笑したけど、その笑い にすらなんだか、胸が苦しくなった。 「その服」 「は、い」 「…かわいいわね。似合ってる」 「…ありがとう、ございます」 「ちょっと、露出多いみたいだけどね」 「そう、ですね」 なんでだろう。なぜだかわからないけど、すごく不安。そんな空気が流れている。 先生がおだやかに話していることが、あたしの不安を掻き立てる。どうして?なにが起こるの? 「ちゃん」 「は、い」 「ごめんね」 「…なにが、ですか?」 「いつも逃げててごめんね」 「せんせい…?」 「俺は先生で、ちゃんは俺の大切な生徒」 「…なに、言ってるんですか?」 「ちゃんの気持ちはうれしいけど、」 なに、言ってるの。どうして、どうして今、こんな、ねえ…。 スカートの裾を固く握りしめた。 「その気持ちには、応えられない」 「……」 「ちゃんには、俺なんかよりも、ユーリとかそういう人の方と一緒の方がしあわせに なれるよ」 「……」 「俺は、そもそもちゃんと年が離れてるし…、きっとちゃんも教師に憧れてた だけなのよ。学校の外に出れば、俺のことなんかすぐ忘れちゃうし、ただ憧れてたんだなって 思う時がくる」 「……」 「だから、もっと良い人を見つけて?」 自然とうつむいていた。そして、大粒の涙が甘い教室の床に落ちた瞬間、自分の感情が激しく 動くのを感じた。 「…それで、全部ですか?」 「…え?」 「言いたいことは、それで全部ですか?」 「…、ちゃん?」 意外にも自分の声がはっきりしていたことに、少し驚いた。あたしは、先生との距離を縮め、 先生に詰め寄った。 「せんせいの言葉に、ほんとのことはありましたか?」 「…どういう、意味」 「せんせいの気持ちは、ありましたか?」 「…あった、よ」 「うそ、つかないでください」 先生は、冷静な声を出しながらも泣き続けるあたしの顔を苦しそうな顔で見つめた。 「あたしは、せんせいの気持ちが知りたいんです。そんな、建前みたいな言葉、いらない」 「……」 「どうして、あたしにも、自分にも、うそをつくんですか?」 「…うそ、なんか」 「うそばっかりですっ…!あたしが、そんなこと言われて、はいそうですかってなると思った んですか?これっぽっちも傷つかないって思いましたか?」 「……」 「どうして、あたしの気持ちまで、踏みにじるんですか…?どうして、あたしの気持ちまで うそにするんですかっ!?」 「……」 「あたしがこんなに苦しいのも、悲しいのも、つらいのも…、こんなにせんせいがすきな気持ち も、全部全部うそなんですか?あこがれだけで、こんなにも、苦しくなるんですか…?」 これが恋じゃないっていうなら、なにを恋って呼べばいいの? これが恋じゃないっていうなら、あたしは、もう恋なんてしない。 「…あたしは、せんせいに恋してるんです。苦しいくらい、泣きたいくらい、恋してるんです。 あこがれなんかじゃない。卒業したら、すぐに忘れちゃうほどの恋なんかしてないっ!」 「……」 「せんせいが、もし、せんせいじゃなかったとしても、あたしは、あなたをすきになりました」 「……」 「…前にも言いましたよね?忘れちゃいましたか?」 「…忘れてなんか、ないわよ」 「あたしは、せんせいとか関係なく、ただ、せんせいがすきなんです」 「…だけど、俺は」 「あたしのしあわせはあたしが決める。誰でもない、あたし自身が」 「それでも俺は…、ちゃんの気持ちには応えられない」 「だったら、せんせいの今の気持ちを教えてください。…ほんとの、気持ちを」 「…ちゃんは、ただの、生徒だよ」 「……」 「特別でも、なんでもない」 「…せんせいの、よわむし」 「……」 「せんせいなんか、すきにならなきゃよかったっ…!ほんとの気持ちすら教えてくれないで、 ただ逃げてるせんせいなんか、すきにならなきゃ、よかったっ…!」 泣き叫んで、教室から走り出した。もう知らない!知らない知らない知らないっ…! こんなのってないよ!最後までせんせいはなにも教えてくれないなんて、ひどいよ!ずっと、 ずっとあたしはぶつかり続けたのに、せんせいは、全部全部なかったことにするんだ。そんなの そんなの、悲しいよ。 「結局、あたしがしたことって、なんだったんだろう…。無意味なこと、だったのかな」 秋にしては冷えた空気が漂う屋上で1人、止まらない涙を流しながら、星空に向かってつぶや いた。 甘い甘い毒が、甘い教室に染み渡る。 |