修学旅行はあっという間に終わってしまいました。色々なことがあったような気もするけど、 レイヴン先生と一緒にいたあの時のことがあまりにも印象が強くて、他の出来事がかすんだ。 あたしにとって、心に刻む思い出の最優先事項はいつだってレイヴン先生絡みのようです。 とってもわかりやすい自分に呆れながらも、そんな自分にもさすがに慣れてしまった。 振り返れば、もう先生をすきになって3年目になるのだから。長い長い片思いですわ。よく まあこんなに忍耐強く片思いをしていますよねえ。びっくりしちゃう。がんばってるね、自分。 だからこそどうにかしてほしいよ、この状況を。いい加減、あたしにもなにか素敵なフォロー をいれるべきだと思うんだよねちくしょうこのやろう。思わず愚痴っちゃった。てへへ。 とかなんとかで、この学校は生徒に大変シビアなので、修学旅行の後に中間試験と体育祭が すぐにやってくるのです。大人ってこわい。まあ、そうは言っていますが、3年生は修学旅行 があるので1、2年生とは少々遅れて中間試験があるのですね!いやあ、ありがたい!と言う ほどありがたくもないんだけどNE★ とにもかくにも、中間試験をぼんやりとやり過ごしたあたしです。燃えろ!最後の体育祭! ◆◆◆ 「最後の体育祭ですよ!エステルちゃん!」 「そうですね!がんばりましょう!」 「最後なんだから優勝しなきゃね!」 「はい!」 最後の体育祭ってなんだか切ないわね!がんばろ!うん! さて、今年の体育祭は何色だと思います?黄色ですって!ぱっとしねえ★うそだよ!ごめんね 黄色ちゃん。あたし、黄色すきだよ!どんくらいすきって?うーん、いくらとすじこだったら いくらの方がすきかな、ってくらい!意味わからないね。あたしもそう思う。そしてびっくり した。心の底から。それに、いくらとすじこって同じだし。ぷひゃー! まあそんないくらすじこ談義なんてどうでもいいんですよ。とにもかくにも、最後なので優勝 しようぜって話。でも、個人的には今年こそ!最後の今年こそ!借り物競争でレイヴン先生を 借りっぱなしにしたいって話です。もうこれね、今年あたらなかったらあたしちょっと死んで くる。嘘だけど。とりあえず留年を考えるかな…(´ー`)なんつって。 あたしが言うとほんとっぽくてこわいね、とか自分で言っちゃうとこもまた悲しいぜ。 最近色んなことありすぎて頭パーン!とかもう大変じゃん?そういう時にこそスポーツだよ! スポーツの秋だよ!さわやかな汗をかいて複雑な現実を吹っ飛ばしてやろうぜ!カッコイイ! さわやか!あたしってば超体育会系!修造!さあ、がんばるぞい! ◆◆◆ 「エステルちゃんはあれだっけ、二人三脚出るんだっけ?」 「はい」 「だれとペア?ペアって女子だっけ?」 「俺だけど」 「ってお前かーい★小野ってさ、なんなの?すきなの?あたしのこと!」 「は?お前ばかなの?死ぬの?」 「貴様が地獄に落ちろ!」 「そこまで言ってねえよ!」 「うるさいわ!エステルに触るな!変なことしたらコロス!」 「と一緒にするなよ」 「あたしをなんだと思ってるんですかちくしょうコロス!殺す!ころす!」 「バグるなキモイ」 「むぎいいいいいいいいいい!!!」 「もう!2人共やめてください!いい加減大人になってください!」 「ごめんエステル…でもこいつが」 「お前だろ」 「うがあ!なんだt…」 「…?」 「ハイ!応援席で大人しく応援してマス!」 白くまもびっくりの冷たい目で見られたです!エステルのブリザード攻撃も年々威力を 増しているようでなんだかこわいです!いつかなにかに目覚めてしまうのではないかと危惧し ております、はい。と、まあこれ以上むきー!ってやってたらあたし、死ぬかもしれない…と 本能が警告を出してきたので、びしっと敬礼をきめて、すごすごと応援席に戻るのでした。 この根性なし!と言ってくれても構わない!あたしは自分がかわいいのさ。生きたいの! どうでもいい茶番でした。てへ! 入場ゲートで出番を待つエステルを見守る。かわいいなあ!っておっさんかあたしは。あは。 でもなあ、横にいる男がなあ、すごくムカツクんですよねえ。ものすごく。ぷんぷん!なんで よりにもよって小野とペアを組んでしまったんだよエステルちゃあん!というか、そもそも、 なんで男女ペアなんですか。青春目的か?学校が青春目的で男女ペアにしていいんですか? もしものことがあったらどうしてくれるのヨ!二人三脚だなんて不埒な!不潔よ!いやらしい わ!若い男女の足と足が密着だなんて!むしろ体も密着気味じゃない!もういや!信じられ ないったらありゃしないわよ! もうだめだ。考えてることがただのおばちゃん。あたしだってまだまだ若い!たぶん。 「ああ、去年はとなりになぜかえっちゃんがいたなあ…懐かしい過去よ」 「エステリーゼ先輩は相変わらずかわいいですね!」 「そうだよねえ、だからおばちゃん心配なのよ…は?」 「そうですよね!男女ペアとか!うらやましすぎます!」 「いやいやいやいやいや!ちょ、おま、え?自然すぎてこわい!えっちゃんこわい!なんで いるのコワイコワイコワイ!」 「あ、どうもお久しぶりです!エステリーゼ先輩の応援に来ました!」 「来るなよ!帰れ!自分の席に帰れ!」 「2人で応援した方がいいですって!」 「いやいや!帰れ!ていうかあんた!彼女いるじゃん!」 「それとこれとは話が違いますからね!それに、つい最近別れたんで」 「お前ってやつはあああああああ!!というか最近の若者おおおおおお!!」 「ほらほら!エステリーゼ先輩出てきましたよ!」 「あ、ほんとだってお前話をずらすなちくしょうううううう!」 ほんとは久しぶりの登場である、えっちゃんにツッコミを入れたいところだけど、それよりも エステルの応援の方が100億倍重要なのでそこは致し方なくスルーすることにします! 「むぎー!小野のやつ…!エステルに触りやがってえええええ!やっぱりあいつ殺す!」 「うわあ、うらやましいですねえ…」 「うらやましいですねえ…じゃねえよ!言っておくけど、もしエステルに触りたいな★きゃっ! とか思ってんなら、殺すからね。煩悩と共にお前自身も消してくれるわ!」 「あ、見てくださいよ!エステリーゼ先輩たちダントツ1位ですよ!」 「え!まじ?お!ほんとだ!そのまま走れー!ってこrrrrrrrrrっら!話聞け!」 えっちゃんは話スルーが異常にうまいよねえって感心してる場合か!スルーしないで話を聞け っつんだよ!どいつもこいつも!あたしの話をそんなにスルーしたいかね。もう、ぷんぷん! まあ、なにはともあれ、エステルがケガをしないで1位ゲッツしたのでよしとしましょう! あ、帰ってきた! 「おかえりエステルー!おめでとー!小野はそのまま自分の星へカエレー」 「ありがとうございます!最後の体育祭で1位になれてよかったです!」 「あははー!そうだねー!よかったねー!」 「キモ」 「なにがじゃこらあああああ!なにがキモイのか10文字以内で言ってごらんよ!さあ!」 「おまえのかおがきもい」 「ほんとに10文字できめやがった…!UZEEEEEEEEEE★」 エステルカムバックからの小野との口論で気づかなかったけど、えっちゃんはやっぱり消えて いた。あたしが消したとかじゃないからね!さっさと自分の席に帰って行ったってことです! えっちゃんって、エステルに憧れてるのに接触をしようとはしないよね。まあ、接触しようだ なんて不埒なことを考えてたらぶっ殺してますけどね。 ◆◆◆ 借り物競争の出番までもう少しあったので、のんびりエステルと応援席で他の種目を見ていま した。騎馬戦です。そしてあたしは見つけてしまいました。巷で噂のアラシくんです。 なんだかよくわからないけどすごく気まずい気持ちになりました。とっても複雑な気持ちです。 こうしてみると、あたしはやっぱり逃げているのかしら?なんて考えてしまいました。意地で もアラシくんを捕まえて、あたしはレイヴン先生がすきだから気持ちには応えられません!と 言うべきなのではないかと。さすがに、レイヴン先生がすきなので!とは言いませんが。 どうしようもないくらいすきなひとがいるので、あたしにはアラシくんの気持ちを受け止める ことはできないのです。という気持ちで見ていたからでしょうか、凛々しく騎馬の上にいる彼 と目が合ってしまったような気がします。ただ、なんとなく目が離せないでいました。 そして、彼はあの儚い笑顔で笑ったのでした。そのまますぐに、凛とした目で前の敵に立ち向 かっていきました。あたしはそれを見て、アラシくんをすきになれたらよかったのかもしれな いと少しだけ思いました。最初に会った時よりも、心なしか男らしく、きれいな男に成長して いるように見えたからです。きっと、これからもっともっと成長して、すてきな男性になるの だろうと思いました。それでも、あたしの心が動かないことに対して、うれしくもあり、少し 悲しくもありました。 でも、これで彼はあたしじゃなくても大丈夫なんだなって思うことができたような気がします。 「、そろそろ入場ゲートに向かった方がいいんじゃないですか?」 「……」 「?」 「うん、今行く」 「がんばってくださいね!」 「うん!いってきます!」 なにかに別れを告げるように、なにかのはじまりに走っていくように、もう一度アラシくんの 勇姿を見てからその場を後にしました。 ◆◆◆ 「よっしゃー!がんばるぞい!」 自分の出番が来るのを待つ、なう。そして一人でしゃべる、なう。切ない、なう。 今年こそは!今年こそはレイヴン先生を誰にも渡さないんだじぇ!去年は悔しかったなあ…。 あろうことか、女子に!女子にいいいいい!まあ、過去は過去じゃないですか!今年がんばれ ばいいじゃないですか!うむ。やってやんよ。 とりあえずいつものごとく、左右を確認して、自分の敵をチェックチェックです。目をキョロ キョロさせすぎると、なんか、気持ち悪くなりますね。静かに待とう。 それなりに心臓がばっくんばっくんなので、深呼吸。すーはーすーはー。よし!やっぱり心臓 はばっくんばっくんです!そんなね、すぐに緊張とれるかってんですよ。ぷんすか! とか考えてるうちに、パーン!という音がなりました。いっくぞい★ 足の速さしか取り柄のないあたしが駆け抜ける!わっしょいわっしょい!カードが見えてきま したよ!今から悩んでおこう!どーれーにーしーよーうー着いちゃった!じゃあコレ! 手汗がベッタベタのあたしは、体操服で手を拭いてから、カードを見る。口から心臓出てる! 「…先生(物理)」 キタあああああああああああああああああ!!!あたしはこの時を今か今かと待っていたのだ よ!わかる!?この気持ち!あたしがどれだけ待ったか…! とか今はそんな感傷に浸るより早くレイヴンを迎えにいかねば!あたしが王子さまみたいだね! ぐふふふふ!なにそれ!うけるー★ さあて、レイヴン先生はどこかなー?どっこかなー?どこですかー?どこ、ですか?どこ!? ちょ、おま、え!?どこ!?いなくね!?なんで!?は!?意味がわからないです! なんでこういう時に限っていないの!?ばかなの!?あのおっさん、ば か な の ! ? 他の子もカードをとって借り物を探している最中、あたしはパニックです。めたんこパニック! どうすんの!?どうすんの、俺!? レイヴン先生と走りたい!ていうか手をつなぎたい!でも、先生がいない!うける!うけない! そんで、負けたくないんです!だーあっしょい!どうしよう!このままじゃ負ける…! 「…仕方ない。ここは1位ゲットで我慢しよう」 ほんとはすっげええええええイヤだけど!でも、負けたくないんだもんんんん!だってあたし 負けず嫌いなんだもん★てへぺろ! ていうか、レイヴン先生のばかああああああ!あのヒゲ!もう知らない!とりあえず、たまた まいた物理教諭(新任)の田中(仮)でいいや!このひょろっこいダメガネっぽい田中(仮) でいいよ!ばあか!手なんかつなぎたくないけど来いやダメガネ!人はこれを八つ当たりと言う。 「すみません!田中(仮)先生!一緒に来てもらえませんか?」 「え!?ぼ、ぼくですか!?」 「あーそうですそうですオネガイシマス!」 「は、は、はい!ぼくでよければっ!」 よくはねえよ!という心の声は心の奥底に沈めておきました。走ってるうちにもし急上昇したら ごめんね!それ本音だから許して! 田中(仮)の手をつかもうとした時、横から出てきた手につかまれたって、は!?誰だ!? 顔を上げて、その手の持ち主を見ると、そこには今までめちゃくちゃ探していたレイヴン先生 が立っていた。お ま え ど こ に い た ん だ YO ! 「田中先生、すみませんがここは譲ってもらえませんかね?」 「え!?ゆず…え!?」 「今度なんかおごりますから!じゃ、ちゃん行きましょーか!」 「え!?行きましょうって、え!?あ、田中(仮)先生ごめんなさーい!」 「あ…はい…ははは」 心なしかがっかりしていたような田中(仮)を置いて、レイヴン先生に手を引っ張られて走る あたし。おいしいところばっかり持っていきすぎでしょ! 「せんせいっ!どこ行ってたんですか!探したのに!」 「ごめんごめん!借り物競争この次かと思ってて、いつもの場所にいたのよ!」 「すごい焦ったんですからね!」 「あはは!ごめんね!」 怒ったように言ってはみるけど、どうしても顔がにやけてしまう。先生の顔もいつもよりうれ しそうで、たのしそうで、今こうして手をつなげているんだからいいかなって思ってしまう。 みんなの前で堂々と、だいすきな先生と手をつないでいるんだもん。別になんだっていいよね。 今があれば、なんだっていいさ! 「あー、これちょっと厳しいわね…うん。ちゃん!」 「はい?」 「ごめん!」 「なにが…ってええええ!?」 急に謝られてたかと思ったら、レイヴン先生に腕を引っ張られ、そのままお姫様抱っこされた。 ばかか!ばかなのか!ここの先生はどうしてお姫様抱っこしたがるの!ばかなの!しぬ! レイヴン先生ってスポーツできそうに見えないのに、意外とたくましくて、あたしという重荷 を抱えているのに前を走る人をぐんぐん追い越して行った。どこにそんな力があるんだい! あたしは先生の首に腕を回し、しがみついていることしかできないのでおとなしくしていた。 恥ずかしいけど、やっぱりうれしくて、すごくたのしい!そんで、やっぱり思うことは、この まま時間がとまればいいのになってこと。もしくは、世界の時間が止まって、あたしと先生だ けが動いていればいいのに! とか思ってても時は無常。ゴールしてしまいました。それも1位で。先生がんばりすぎ。 ゴールして、名残り惜しくも先生から降ろしてもらったあたしです。先生を見上げると、珍し くも大汗をかいている先生。でも、やったねー!なんて笑う顔は少年のようで、すごく微笑ま しい。ていうか、かわいい。ばか!かわいいよ!ばか! 「えっと、先生ありがとうございます!おかげで1位獲れました!」 「いえいえー!こっちこそ久しぶりに走ってちょっとたのしかったわ!」 「あたしもたのしかったです!」 「そっか!そりゃよかった」 そう言って頭をぽんぽんする先生。なんて罪作りなんでしょうね。しかもまぶしい笑顔つき。 ちくしょう。惚れ直しちまったよ!うわっふー! さっきまでの興奮を抱えたまま、水道まで一人トコトコやってきた。顔を洗ってさっぱりして から、そこらへんの花壇に腰かける。 なんか、もったいないよね。この高揚を冷ましてしまうってのは。あー、たのしかったなあ。 今までの体育祭で1番たのしかったわ。うん。あたしの野望も叶えられたしね。 空を仰ぐと、さわやかな秋晴れ。良い天気!あたしの心もあの空のようにさわやかだぜ。思わ ずにやにやしてしまう。 すると、影が差し、レイヴン先生が視界に入ってきた。 「なあに笑ってんの?」 「わっ!びっくりした!」 「ちゃんてばにやにやしてあやしーい」 と言う先生もにやにやしながら隣に腰掛ける。どっこいしょーなんておっさんくさい。あたし も言うけどさ。ははは。 2人で良く晴れた空を眺める。会話はなく、ただ静かな沈黙。遠くには体育祭の喧噪。 「約束守ってくれてありがとね」 「…え?」 「去年さ、来年は先生を引きますから!って言ってくれたじゃない?」 「おぼえてて、くれたんですか?」 「そりゃあね!先生だってたのしみにしてたもん!それにね、なんとなくちゃんは 引いてくれるだろうなって思ってたのよ」 「なんでですか?」 「さあ?なんででしょうね?愛の力?…なんちゃってね!」 「…だったらいいんですけどね」 「え?」 「さ、あたしは行きますよ!それじゃあまた!」 「え、あ、ちゃん!」 とまどう先生を置いて立ち上がり、歩き出す。もう、ほんとばかなんだからね、この人は。 少し歩いたところで足を止め、後ろを向く。 「最後の体育祭で、先生を引けて、ほんとによかった!」 「ちゃん…」 精一杯の笑顔を向け、走ってその場を離れた。 相変わらず先生は不器用だなって思った。あたしのことを傷つけるだけにすればいいのに、 自分も一緒に傷つこうとするんだから。ほんとに、ばかだよね。 「…そろそろ、終わりにしようよ」 足を止め、ぽつりとつぶやいた言葉を置いて、再び走り出した。 戦う準備はいつだってできてる。 |