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L iving C hess












ロンドン・アイから見た夕日は、いつかの夕日のようにいつまでもあたしの心に残るだろう。
夕日を見つめる中で、あたしは先生の弱さを見た。それは同時に、大人の弱さでもある。
あたしたちは若さに任せて、ただ前を見て走ることができる。でも、大人になると、周りを気に
しながら走ってしまう。それは、いろんなことを知ってしまったからなのだと思う。大人になるって
いうことはそういうことなのだろうか。あたしも、いつかはそうなってしまうのだろうか。
先生の弱さを含めて、あたしは先生がすき。すきですきで、仕方ない。でも、その弱さのせい
で、この気持ちをなかったことにされたくないし、したくない。先生の心にある気持ちを知り
たい。先生のほんとの気持ちが知りたい。一人の男の人としての気持ちが知りたい。
ねえ、こわがらないで教えてよ。あたしにそっと、教えてよ。

































!心配したんですよ!もうっ!」
「あはは、ごめんごめーん!」
はいつも心配ばかりさせて!心臓がいくつあっても足りません!」
「エステルー!そんな怒らないでよう!あ、今日背中流してあげるからー」
「そんなことでごまかされませんよ!…でも、一緒に入ってあげてもいいです」
「ありがとーエステルー!あいしてるー!」




やっぱりエステルには怒られました。まあ心配させてしまったので、怒られるのは全然問題ない
ですけどね。むしろ想定の範囲内でございまする。いやー、これが逆だったらあたしは全力で
心配するよね。エステルがもしも迷子になったら…考えるだけでおそろしい!もう涙というか、
ヨダレというか、とりあえず垂れ流ししながら周りの人にエステルを探してくださいと懇願するよ。
とか少し汚いことを言ってしまってごめんなさあい☆てへぺろてへぺろ。





「んあ?あらやだ小野ってばいたんだ」
「ぶっ飛ばすぞ。じゃなくて」
「なあによ」
「…お前、平気か?」
「は?意味わからんです」
「顔、いつにも増してぶさいく」
「え、ケンカ売ってんの?」
「まじでさ、お前なんかあった?」
「…別になにもないよ、なにも」
「まあ、無理すんなよ」
「気持ち悪」
「お前もな」
「殺す」
「元気なら別にいーけど」
「…おうよ」




不覚にも小野に心配されてしまった。やだやだ。あたしってば、顔に出てたのかしら。小野に
わかっちゃうくらい顔に出るとか、ありえんてぃー。ほんと、ありえないってばよ。
あたしは、元気。元気でいなきゃだめなんだ。笑っているのが、あたしなんだから。

































ロンドン・アイから降りたくなかった。ずっとずっと先生と一緒にいたかった。先生と生徒になんか
戻りたくない。だって、先生に戻ったら、先生は先生としか振る舞ってくれないから。そうして、
あたしはそんな先生に振り回される。いや、勝手に振り回されている。どうして先生じゃなきゃ
いけないんだろう。先生が、先生じゃなかったらよかったのに。
ロンドン・アイから一歩でも降りてしまえば、先生は先生に戻る。それは、すぐに実感した。




「さあて、ちゃんをお嬢のもとに送るとしましょうか」
「……」
「ほらほら、行くよ?」
「…やだ」
「だーめ。きっと、お嬢、心配してるわよ。というか、ちゃんて結構お嬢に怒られてること
 多いわよね」
「……」
「暗くなる前に帰りましょ」
「せんせい、」
ちゃん」
「…はい」
「いい子だね」




だって、いい子じゃなきゃ先生は困った顔で笑うから。苦しそうにするから。胸が痛いのはこっち
なのに、どうして先生が痛いって顔するのさ。あたしの方がずっとずっと痛いよ。苦しいよ。
ずるいずるいずるい。あたしは先生の苦しそうな顔なんか見たくない。だから、いい子になる
っていう選択肢しか、残っていないのに。
さっきまでの先生は、夕日に照らされ輝いていたっていうのに、今の先生は夕日に交じって
消えてしまいそう。先生は、なにを抱えているの?あたしには教えてくれないの?それはあたし
が子どもだから?大人じゃないから?いつになったら、距離は縮まるの。
あたしは、純粋にレイヴン先生の笑顔が見たいだけなのに。苦しそうな顔で笑わないでよ。

































「はあ…」
「それ、何回目?」
「なにが」
「ため息よ、ため息。せっかくのイギリスだっていうのに、さっきからずっとため息ばっかり」
「べっつにい」
「別にって…明らかに何かありましたっていう空気出してるわよ、レイヴン」
「俺のことはどうでもいーの。それより、キャナリはイギリスデートでもしたの?」
「なっ!するわけないでしょ!遊びじゃないのよ?仕事で来てるんだから!」
「ムキになってるところが怪しいわねえ」
「ムキになんかなってないわよ!」




顔を真っ赤にしたキャナリは、文句を言いながら席を移動した。
夜は先生同士の宴会だ。海外旅行となれば、先生方もいつもよりテンションが4割増し。
ま、気持ちはわからなくもないけども。
周りが浮かれて酒を飲みかわす中、どうしても同じテンションにはなれなかった。なれるわけが
ないのだが。ちびちびと酒を飲みながら、考えることはあの子のこと。最近は、ずっとあの子が
頭から離れない。そりゃそうか。
真夏の出来事。俺はどうかしてた。暑さにやられてた。絶対、暑さのせいだ。…たぶん。
偶然だった。ただの、偶然。たまたま最寄駅の予備校にあの子が通っていて、最近仲良いと
言っていた後輩くんも近くに住んでいて、抱き合っているところを見かけただけ。それだけだ。
高校生と言ったら青春を謳歌する時期だろう。そりゃ、恋の1つや2つする。俺もそうだった。
あの子もそういう時期だっただけだ。おもしろくて、かわいくて、たまに大人の女みたいな顔を
するあの子。魅力がわからない男は、ばかだ。あの後輩くんは、あの子の魅力に気づいて
しまったんだろうなあ。俺だけしか知らなかったのになあ、なんて言う資格はない。その資格を
持てるのは、きっとあの後輩くんの方なんだろうなあ。
こんなどうしようもないことを考えている自分に、思わず苦い笑いがこぼれた。どうしようもない
ねえ、本当に。




 “先生とか、そういうの関係なくて、ただ先生が、すきなんです…!”




あの子はそう言って、少し震えた腕で俺に抱きついた。あの時の俺はどうしようもなく、ただ、
ばかみたいに動揺していた。あの子が自分に好意を持っていたのは知っていたが、その気持ち
に応えることなど、できようか。できるわけがない。
それなのに、あの子は、あんなにも真剣に、震えて、泣きそうで、俺をすきだと言った。よっぽど
抱き返して、言ってしまおうかと思った。あの子が止めなければ、きっと無意識に口からこぼれて
いたんだろう。…あぶない。
あの子くらいの年頃は、年上に憧れを持ってしまう。ただ、それだけのことだ。きっと、卒業して
しまえば、あんな先生もいたなあ程度で終わってしまう存在。俺たちはそういう役割だ。
あの子も、きっと忘れてしまう。楽しかった日々も、甘い気持ちも、苦しい時間も、良い思い出
だったと忘れてしまう。だから、気持ちに応えて良いわけがない。良いわけが、ない。
あの笑顔も、涙も、温もりも、卒業と共に俺の元を去り、知らない男が手に入れる。耐えろ。
失いたくない。失うのが、こわい。もし、気持ちに応えても、卒業と共にシンデレラの魔法のよう
に消えてしまったら。そっちの方がこわい。だったら、俺は、ただそばで見守る方を選ぶ。
今だけだ。今、だけ。
ごめんね、こんなにも弱い俺で。…ごめんね、ちゃん。




「レイヴン先生?どうしたんです?飲んでます?」
「すいませんけど今は黙っててもらえませんかアレクセイ先生」
「…はい」





































「ツバキちゅわん」
「なにそれきもい」
「ひどいよおおおおおおお!今のであたしの心臓5つのうち3つは破裂した!」
「いつからあんた人間やめたのよ」
「3時間前くらい」
「つい最近なんかい」
「うわあああああああ!」
「なんなのよ!言いたいことあるならはっきりしなさい!」
「どうやったらおっぱいそんな大きくなるのおおおおおおおおお!」
「ぶっ飛ばす」
「あだだだだだっ!!」




修学旅行と言ったらガールズトークですよね。いや、修学旅行とか関係ねえな!女子がいれば
ガールズトークは常識ですよ。そうです、常識です。
ほんとに不思議なもので、ガールズトークは終わりがないよね。いつまでも話せるんだよね。
これは一体どういった原理なんでしょう。誰か解き明かしてくれよ!ガールズトークの秘密を!
なんかかっこいい感じになってきた。うけるううう。っていうのは嘘ですう。嘘じゃないけど、今は
割とどうでもいいかしら。とにかく、どうやったらツバキのようなおっぱいに…って心の中で思って
いるはずなのにすごい睨みをきかせてきてるツバキがこわい。この子エスパー!?




「あんたがわかりやすく胸見てるからわかるのよ」
「まじでかー…って今もまた心の中読んだわね!?こわい!」
「感情を隠そうとする努力をしろ」
「だってさーエステル」
「はい!がんばります!」
「いや、お前だって。お前だよ!」
「ま じ で ?」
「意外って顔するんじゃないわよ、腹立つ」
「てへぺろ★」
「誰かーこいつをどうにかしてくれー」
「そんなこと言わないでよツバキちゅわーん!」
「ちょ!あんたどこ触ってんのよ!」
「おっぱい」
「…殺します」
「ひいいいいいいいいい!!」




こうして女子たちの夜は更けていくのであった。って、んなわけないやろ!と自分でつっこんで
みました。こんなどうでもいいことばっかりやってないからね!ちゃんとツバキとモニカの彼氏さん
との日々を語ってもらったりして、爆発すればいいのにって思ってるよ!リア充爆発ですよね。
世の中のリア充が爆発したら大変ですね。一気に人口減りますね。あれ、もしかしてうちの
おかんとおとんもリア充にカウントされるのかしら。そしたら爆発しちゃうのかしら?うーん、それは
結構大変ですねえ。でもそこらへんはあきらめてもらっていただこうかしら。嘘です。




「そういえば、今日あんた迷子になったんだって?」
「え、うん、そうだよ」
「そうだよってあんた…緊張感なさすぎでしょ」
「そうですよ!もう心臓がどうにかなるくらい心配したんですから!」
「あーごめんってばエステルー!」
「エステルも大変ねえ、こんな危なっかしい子の面倒見て」
「本当です。でも、の面倒はわたしがちゃんと見ます!」
「エステル…!あたしってばめっちゃ愛されてるやん!」
「当たり前です」
「エステルー!あたしもあいしてるううううううう!」
「はいはい」




こんなすてきなお友達を持ってあたしはしあわせでやんす。面倒を見てくれるお嬢さんがいて
くれるだけで、あたしの老後は安泰ですな☆え?いつまでお世話させる気だって?そりゃー、
あんた死ぬまでに決まってんでしょ!嘘だよ!すぐ嘘だというあたしもどうなんだろうね、てへ。
あたしはちゃんとエステルにしあわせになってほすいですわよん。結婚式ではスピーチする気
満々ですし。今から予習してやろうかコノヤロー!みたいな。




「でも、レイヴン先生がを送り届けてくれたので本当によかったです」
「え、そうなの?」
「う、うん」
「よかったねえ、!」
「うーん」
「あれ、うれしくないの?」
「なんかあったの?」
「いやー…うーん」




よかったようでよくないような気がしてならないんだもの。だって、結局先生の気持ちは少しも
わからなかった。あたしがこれからどうしていけばいいか、なにもわからないままだもん。
あたしだって思うよ。いつまでもこうしちゃいけないって。先生が甘いのもあるけど、そんな先生
に甘えきってしまっている自分もいるから。いつまでも、先生に甘えていたって、きっとほんとの
答えなんか見えやしない。隠している先生の心なんか、見えるわけがないんだ。




「先生って、一体なに考えてるんだろう」
「どうしたの、急に」
「先生は優しいんだ。でもさ、それってあたしが生徒だからじゃん。卒業したら、きっとあたしの
 ことなんか忘れちゃうんだ。あんな子もいたなあ、くらいでさ」
「あんたのことを忘れられる人なんかそうそういないわよ」
「そうだよ。のことはいつ話しても笑えるもん」
「ちょ、モニカさん、それフォローじゃねえよ!」
「大丈夫ですよ。レイヴン先生も、の気持ちに応えてくれるはずです」
「そうかなあ」
「そうですよ。だって、はこんなにも素敵でかわいい女の子なんですから」
「エステル…」
「あんたくらいおもしろい子をほっとく方がばかよ」
「うん。の魅力に気づかない男は男じゃないよね」
「ツバキ、モニカ…」
は真っ直ぐな気持ちを先生にぶつけていればいいんです」
「ああいうタイプは押せばどうにかなるわよ」
「ちゃんと気づいてくれるから大丈夫だよ」
「うわあん!みんなありがとうううううううう!すきだあああああ!みんなすきだああああああ!」




うれしくて涙がちょちょぎれたあああああ!あたしがんばる。絶対がんばる。もうここまできたら
がんばり続けるしかないっす。
卒業しても、先生に気持ちが届かなくてもあたしはしつこくアタックしてやるんだから!大勢の
中の1人になんかなってあげないんだから。
枕に顔をうずめて、「うおおおおお!せんせいがすきだあああああああ!」って叫んだら、後頭
部に枕がめっちゃ飛んできた。主にツバキがうるさいばか!ってあたしの横腹を蹴ってくる。
地味に痛い。こう、内臓にダイレクトアタックというか、うん。あたしが悪いんだね、うん。ごめん。
でも、先生への愛を叫ばずにはいられなかったんだ。だって、やっぱりどんなことがあっても先生
がすきな気持ちは変わらないってわかったから。変わるはずないって、確信があるから。
さあ、あとは自分と先生を信じ続けるだけだ。


















人間チェスのような恋は感情論。