アクセス解析










39 .












ジュリエット シンドローム












受験生に優しくないこの学校は、9月に修学旅行なるものがある。
あたしたち3年生の修学旅行inイギリスの旅はもうすぐそこにせまっている。そして、当然
ながら、夏休みは静かに幕を下ろし2学期に突入したわけだ。
夏休み明けというのは、なんでこうみんな同じ話題しか話さないんだろうね。まあそれに文句を
つけるわけでもないのですが。夏休み中に自分に起こった様々なこと、主に2つが他の思い出
を見事に払拭したもんで、とっても複雑なあたしです。そう思っているのは、きっとあたしだけ
なんでしょうね。
そうそう、その2つの事件に関してなのですが、それについて少しお話しておくことにします。
あんなにもあたしを悩ませたというのに、その後というのはなんとまあ、あっさりしたもので。
というのは、自分がある意味吹っ切れたからである。アラシくんに関して言うと、実はあれから
彼に会っていない。夏休みが入る前は、一定の確率で彼に会うことがあったというのに。探して
もすれ違うことが多いのだ。
今思えば、一定の確率を生み出していたのはアラシくん自身だったのかもしれない。だから、
今彼に会うことがないのは、彼に調整されているのかもしれないとかそんな風に思った。でも、
アラシくんはとても頭が良いので、あたしが彼を探している理由もわかっているかもしれない。
まだ、あたしから返事を聞くつもりはないということなのだろう。別にいいけどさ。
いつかは、言わなくちゃならないのだから。
そして、レイヴン先生。態度は絶対に変えないと決めていたものの、正直先生に会うのは緊張
した。そりゃあ、仮にも告白しましたから。それでも、決めたことなのだから貫こうと、態度
を変えなかった。つまり、告白をする前の状態に戻ったわけで。意図的ではありますが。
当然、先生の反応は困惑の一言につきる。え、ちょ、おま?みたいな反応。それ正解。
でもね、あなたが一筋縄でいかないように、あたしもそうなんですよ。簡単に終わらせたりは
しません。これからが、あたしの本気なのだから。
そういうわけで、先生が困惑している様子を横目に、自分がやるべきことをしようというわけだ。
確かに、先生を混乱させたのは申し訳ないと思うけれども、たまにはそういうのも必要さ。
あたしばっかり振り回されるなんて面白くないものね。
あたしはここに宣言する。ラストバトルに向け、全力を尽くすと。





























「イギリス、行ったことある?」
「そうですね、何回かはあります」
「そうなんだ。ご飯まずいんでしょ」
「え?どうなんでしょう?わたしが前に来た時はおいしかったですよ」
「エステルが味オンチなのか、それともイギリスにも奇跡的においしい食べ物が発見されたか」
…それはさすがに言い過ぎじゃ」
「甘いね。ジャムの挟まったコッペパンにさらにジャムを塗り込むくらい甘いね」
「え?」
「イギリスの定番は魚のフライとポテト、そしてこれでもかと言うくらい、くどいミックス
 ベジタブル」
「そうなんです?」
「ミートパイも忘れずに」
はイギリスに来たことがあるんですか?」
「そうね、小さい頃に1度だけ」
「そうでしたか」
「幼いあたしにもわかったよ、イギリスのご飯はまずいとな…」




飛行機なう。
ロンドンのヒースロー空港まで、約12時間も飛行機に乗らなければならないなんて。どうか
してるぜ。そもそも、鉄の塊が空を浮いている状況が、もう恐ろしくて仕方がないですわ。
空を飛んで行くのはそりゃあ便利でしょうよ。でもさ、なんか他にあるでしょ他に。例えば
タケコプターとか魔法の絨毯とか、マジンガーZとかガンダムとか。いや、でも、正直タケ
コプターってまじこわくね?完全に身体が浮くんだぜ、こわくね?やばくね?人智を超えとる。
むしろ飛行機よりもこわくね?頭につけている電池式のタケコプターに自分の命をすべて
預けるとか、猛者か。あいつら猛者だよ。のび太とかスネちゃまとか、しずかちゃんとか、
ジャイアンとか。やべえよ。ただの小学5年生じゃなかったよ。今まで軽視しててごめん。
だとしたら、魔法の絨毯も負けず劣らずじゃん。たかが絨毯に命預けられるかって話だよ。
魔法だからってね、あんたなんでもありとかそういうのないからね。ハリー・ポッターでも
杖がないと魔法使えないという制約があるからね。実際魔法ってそういうもんだからね。
あると仮定した場合ですけど。黒魔術だって、魔法陣とかないとだめだしね。あと、なんか
素材。なんかの肝とか心臓とかそういう物騒なあれ。現実なんて、こんなもん。
気づいたらどうでもいいことについて真剣に考えてた。飛行機からよくここまで発展したと
自分でも驚いているよ。つまりは、どうでもいいことを真剣に考えるほど12時間ってのは
とても長い時間だということです。よし、きれいにまとまった。




「足をこまめに動かしつつ、水分補給を大切に」
「突然どうしたんですか、
「いや、長時間飛行機に乗ってなきゃいけないから、大事なことをまとめてみた」
「そうですか。でも、確かにの言う通りですね。そうしないと、足もむくんでしまいます」
「ねー。降りる時、靴入らないとかざらだよね」
「気をつけましょう」
「うい」




さすが若者。クラスメイトは周りの迷惑にならない程度にわいわいやっておる。あたしは
騒ぐ気になれませんわい。12時間もあるのに今からそんなテンションじゃ疲れるだけだよ。
逆にそのテンションを12時間持続させたら勇者だ、勇者。というか、ランナーズハイに
なりそうだよね。こわいわー。ああ、こわい。
かく言うあたしはというと、イギリスのお勉強中。お勉強って言いましても、観光スポット
の予習をしているだけだけどね。やっぱりイギリスに行くんだったら、シェイクスピアの
生家に行かなきゃね!別にシェイクスピアに興味はないけれど。ロミオとジュリエットとか
そんなすきじゃない。有名過ぎると、最初っから最後まできっちり見たわけでなくても、
自然と内容を知ってしまうから、それが難点だと思う。もしも、何の情報も聞かずに初めて
ロミオとジュリエットを見たならば、きっと胸を打たれる思いをしたのだろう。
何て切なく哀しい愛の物語!とかさ。ほんと、欧米っつーのはああいうのすきだよねえ。
お姫さまと王子の恋とか、ありがちな舞台設定過ぎる。たまには一般女子と一般男子の恋で
満足しろっての。いけめんと美女の恋なんか飽きたっつーの。別にひがみじゃないんだからね!
女の子というのは、心の奥で自分だけの王子さまが迎えに来てくれることを望んでいるのだ
ろうか。そうなのだろうか。あたしも実は王子を求めていたりするのだろうか。
あたしの王子さまはレイヴン先生がいい。いつまでもばかなこと言ってんじゃないわよ!と
怒られるかもしれません。夢みがちな乙女だと罵られるかもしれません。それでもあたしの
王子さまは先生であると願いたいのです。というか、先生って王子って年齢じゃないよね。
いや、でも実際王子は年いっている人が多いのか?うーん、そこらへんの王子事情はちと
わかりませんな。あ、別に先生が年食ってるとかそんなこと言ってないんだからね!
あれ、このノリなに?ちょっとツンデレ風じゃん。だからどうしたコノヤロー!もうオチを
どうしたらいいかわかりません。




「にしても、12時間って長くない?とっても長くない?」
「ですねえ」
「12時間て…1日の半分ですよ。信じられない。時間の無駄!早くイギリスまで30分で
 行ける方法編み出してくれないかな」
「遠い未来ですね…」
「やだ、エステルが遠い目をしている」




その時、わたし達はどうしているんでしょうねえ、とかなぜか感傷に浸りだしたエステルを
よそに、あたしは興味の対象を別のところに移していた。いや、なんかごめんね、エステル。
あたしの興味をエステルから移したのは、やっぱりこの世で1番あたしの心に住み着いてい
る先生なのです。今のあたしのすべてを構成するものに、先生はかかせないものとなった。
そんな自分に正直呆れることもあったりするのだよ。だけど、嫌いじゃない。妙に納得する
のだ。ああ、あたしのこの気持ちは憧れなんかじゃない、れっきとした恋だって。
その事実に気づくことができるだけ、成長したのかなあ、なんて生意気なことを考える。
先生の姿は、あたしの席からは見えない。姿は見えないが、声は聞こえる。心地良い低音。
少しトーンが高い声で生徒と話している。話の内容なんか興味ない。ただ、先生の声を聞い
ていたいだけ。ほんとはね、近くで、あたしのために話してほしい。こうやって、あたしの
わがままは増えていく。





「乙女っちゅーのはわがままですなあ」
?」
「うん、なんでもない。ああ、ひまだー」
「UNOでもやりますか?」
「え、2人で?」
「斬新でいいと思います」
「猛者か」
「さ、やりますよ」
「いやいや、飽きるだろ」
「そしたら次はババ抜きです」
「せめて人数増やそうぜ」
「2人でやるから真剣勝負なんです」
「なんか違う!なにかが間違ってる!」
「配りますね」
「聞いてない★」




ある意味、地獄のカードゲームがはじまった。
おねがいだから誰か誘おうよ、ほんとに。2人ほどつまらないものはないからね!





























エステル、おそろしい子。
どのくらいの時間が流れたかは定かでないが、たった2人だけでこれほどの時間カードゲー
ムをするべきではないと断言できるくらいの時間は経過したであろう。
そんなおそろしい時間を作り出したエステルは、半ば満足気な顔をして眠っている。若干、
胸がもやもやするのは否めない。穏やかな寝息を立てている彼女とは違い、あたしはどうも
寝付けない。イギリスは日本と9時間の時差があるので、今寝ておかないと時差ボケに苦し
むことになるであろう。だが、寝れない!この原因にエステルが絡んでいるのはきっと気の
せいではないはずだ。心を痛めつけられた気分なんですけど。あたしは夢を見たいよ!
とりあえず、あんなに賑やかだった飛行機内も、今は静かな沈黙が漂っている。どうやら、
騒ぎ疲れたのか、他の生徒も眠りについたようだ。ずるい。ちくしょう。あたしも寝たい。
カードゲームがこんなにもダメージを残していくとは知らなかった。誰か安らかな眠りを!
静かな上に消灯されてしまったこの飛行機内で、ぽつんと明かりをつけて読書をするにも、
どうも気が引けるというか。あたし、なんか悪いことしましたかコノヤロー。
もしも隣の席が小野だったら、あたしは迷わず鼻フックをしてやるね。そんな気持ちだとい
うことを理解していただければ幸いです。でも、あいにく隣はエステルだ。そして、右隣は
通路さん。あたしが座っている席は、エステルとあたしの2人席になっているので、窓際に
エステルが座ったのであたしは自動的に通路側。周りを見渡せば眠っている生徒たち。
さて、どうしたものか。このまま1人起きているのもよろしくない。とは言っても、眠気が
こうもないと寝ようにも寝れませぬ。
よし、トイレに行こう。トイレに行ったら寝れるかもしれない。ほら、よく寝る前にトイレ
行っておきなさいねって子どもの頃言われるじゃん。そういことです。どういうこと?
やだ、自問自答しちゃった。さ、静かにトイレにレッツラゴー。










うちの学校の生徒だけではなく、一般のお客さんも寝ている人が多く、幸いトイレ付近は誰
もいなかった。というか、トイレに来たのあたしだけ。それはそれで、寂しいっす。
飛行機のトイレってすごいよね。ズボッ!とかすごい音鳴らして吸い込む感じがすごい。こ
れは一体どこへ行くのだろうか、とか考えてみる。いや、あんまり考えたくないですね。
トイレから出て、少し開けたスペースにぼんやり立って周りを見渡す。ここが空の上って、
不思議な気分。ほんとに空を自由に行き来しているんだなあ。びっくりな世の中。昔の人は
まさか空を浮かぶ鉄の塊が発明されようとは夢にも思わないでしょう。きっと、前世のあた
しも、のんきに畑を耕して毎日を必死に生きていたんだ。想像ですけど。ただの妄想です。
空の上だと考えると、恋に悩んでいる自分がちょっとあほらしく思えるもんだ。それでも、
今も空の下、あたしのように必死で恋をしている人もいる。いやー、不思議。




「世界ふしぎ発見」




意味わからんな。突然何を言うんだ、あたしは。
今週のミステリーハンターはです。ミステリーハンター、素敵な響きだ。うむ。




「…眠れないの?」
「ミステリーハンター」
「え?」
「え?」
「ミステリー?」
「あ、レイヴン先生。おやすみなさい」
「ちょ、さっきから会話が全然噛みあってないから!」
「先生、静かにしてください。みんな寝てるんですよ」
「…ごめんなさい」
「よし、それじゃ失礼」
「待て待て」
「なんです?」
「ちょっと、お話しましょ」
「えー」
「まあまあ」




まさかの展開で、この後告白の返事とかされたら、あたし飛行機から脱出するから。
先生に招かれ、座席の方へと戻って来た。先生の席の周りはどうやら空席らしく、生徒の席
も離れていたので、孤島の如くだ。なにそれずるい。まあこんな時期ですからね。他の学校
と修学旅行の時期のずれているのだろう。ラッキーなのか、これは。
そんなわけで、先生の隣の席にぽつんと座る、なう。この状況、実に心臓が痛いでござる。




「今寝ておかないと、向こう着いたらつらいわよ?」
「ですねー、だからもう席戻って静かに寝ます」
「まあまあ」
「いや、先生どっちなんですか。寝かせたいのか、寝かせたくないのか!」




あれ、この言い方とっても卑猥。ちなみに、周りはみんな寝ているので小声でお送りしてお
ります。小声でぼそぼそやってるものだから、先生との距離も自然と近くなって、心臓の音
が聞こえやしないか心配。




ちゃんが寝やすいように、ちょっとお話しようってことよ」
「ほほう」
「ね?ちょっとくらい付き合ってくださいな」
「そうですね」




それからは、ほんとに雑談をした。軽い雑談。もちろん告白のことなんか触れることはない。
先生は律義だから、返事はまだいいと言ったあたしの言葉を守っているのだろうと思う。
そして、こんなどうしようもないあたしのために色々してくれる先生に、ばかだなあと思い
つつ、それをどうしようもなくうれしいと思うあたしがいるのだ。
他愛ない話をしていると、夏の出来事がまるで嘘のように、以前の自分と先生な気がする。
結局、先生は甘いし、あたしも甘ったれなんだろうなあ。










「イギリス着いたら、どこ行きたいの?」
「そうですねえ、無難にシェイクスピアの生家とか、バッキンガム宮殿とか?あと、ハリー・
 ポッターの映画で使われたとことか」
「なるほどー。大英博物館は?ってそこはあれか、コースに入ってるわね」
「ですよ。さすがに大英博物館は修学旅行コースですよ。団体の方が安いですしね」
「大人の事情は知らなくていーの」
「あは、確かに」




基本自由な修学旅行だが、さすがに海外ですので、沖縄の時のようにはいかない。まあ、こ
ちらとしても海外で、さあどこにでも行って来ていいぜ、とか言われても困る。




「でも自由行動の日、行きたいとこあるかも」
「どこ?」
「ロンドン・アイ」
「大きい観覧車だっけ?」
「そうです。まあ、お金高いし、1周30分もかかるし、みんな乗りたがらないだろうなあ」
「お嬢なら賛成しそうじゃない?」
「エステルだけ味方につけてもだめなんですよ…世の中そううまくいかないもんです」
「遠い目をしないで、遠い目を」
「でも、乗れたらいいなあって思ってるだけだし、本気にしてませんよ」




1周30分の観覧車、定員25名。
そんなものに、果たして乗ってくれる優しい友人はいるのか。エステルは良いですよって言
いそうだが、問題は小野だ小野。残念なことに同じ班になってしまった小野ヤロー。あいつ
は絶対に乗ってくれない。断言しよう。いや、むしろあいつと乗りたくない。だから良いの
です。別に観覧車くらいお台場で済ませるてくれるわ!ばかめ!




「さて、じゃあそろそろ席戻んなさい」
「うい」
「意外と長く話しこんじゃったわね。眠れそう?」
「はい、良い夢見れそうです」
「そりゃよかった」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ん。おやすみ」




優しい先生の眼差し。
ほんとに良い夢が見れそうだ。さあ、起きたらイギリスだ。


















ジュリエット、あたしはあなたのようにはならないわ。