高校3年生の学校生活がはじまった。だからと言って特別変わったことはない。 相変わらずレイヴン先生のことがすきで、うはうはする毎日だし、エステルときゃっきゃ する休み時間、放課後の先生との時間。それは今までと同じ。 でも1つ変わったことと言えば、始業式の日に出会った新入生の少年のことだろうか。 えっちゃんの時のように毎日会っているわけじゃあないけど、時々ひょこっと現れるのだ。 あたしは、なんだか弟のように感じてしまって、えっちゃんの時のように邪険に扱うことは しない。いや別にえっちゃんの時適当だったとかじゃないんですけどね! こう、あの少年の場合繊細な雰囲気があるから、ぞんざいには扱えませんというか。 ああいうお年頃は繊細ですからね。ちょっと間違った扱いしてしまうと犯罪に手を染めたり しちゃうこともありますから!ここはお姉さんのあたしが見守らねば!てな感じ。 だからまあ、良いお付き合いをさせていただいていると思います。あ、お付き合いって そういう意味じゃないんだからねっ!と、ツンデレ風に言ってみた。 だってあたしの心はいつだってレイヴン先生のものなんですから!きゃっ!言っちゃった★ そういうわけだから、あの少年については特に問題無しですね。 でもねえ、最近ちょいと気にかかることがありまして。いわゆる進路っつーものなんです けれども!はい。こんなあたしですけど、一応そういうことを人並みに考えるわけでして。 前にユーリ先輩たちともちょっと話したけど、その時よりやっぱり実感するものだね。 自分が3年生になると。エステルはあの時点で自分の進路が決まってたみたいだし、 たぶん女子大に行くんだろうなあ。あたしはどうしましょ。うーむ。 やっぱり大学は行こうと思ってるんだけどねえ。どこに行きたいとかはないんだけどさ。 はてなあ。どうしたもんやら。普通だったら2年生でなんとなく決めとかなきゃいけないのに。 あたしは恋に浮かれて進路すら決めてないぜ…。いやでも恋だって大事ですもん! でも進路も大事なんです…ずーん。あたしは、なにをしたいんだろうか。 「エステルー。あれ、なに見てんの?」 「夏期講習の資料ですよ」 「夏期講習?」 「は夏休み、行かないんです?」 「なにも考えてなかったんDEATH★」 「じゃあも一緒に行きませんか?夏期講習」 「そうだねえ…行こうかなあ。ちょっと見せてもらってもいい?」 「はい、どうぞ」 「どれどれ…ぐっ!」 一瞬でもエステルと同じところに行こうとした自分に絶望した! よく考えればわかることだろうに!あたしとエステルちゃんの学力に差があると。 しかも結構な差があるっていうなんとも厳しい現実よ。こんな東大・京大コース的な授業に あたしがついていけると思ったら大間違いよ!自分で言って虚しくなるね、これ。 そういえば、エステルちゃんが目指す女子大はかなりレベル高い、まさにお嬢様が行く大学 だったような気がする?それに比べてあたしはせいぜい中堅よ…。 「エステルちゃん…あたしにはちょいと無理かもしれん」 「え?そうなんです?でも他にもコースありますよ」 「あ、そうなの。どれどれ。ほんとだ!中堅コースがあった!」 「中堅コースなんてどこにも書いてないですよ?」 「中堅の大学を目指す人コースのことさ!あたしこれ行こうかな」 「同じ授業は受けられないですけど、時間が重なったら一緒に帰りましょうね」 「うん!あ、これ1枚もらってもいい?」 「はい、いいですよ。どうぞ」 「ありがとー!」 「どういたしまして!」 こういうのは形から入るのが大事なんだと思うんだよね。 とりあえず、夏期講習がはじまる前までには、自分が行きたい大学を決めておこう。 いわゆる志望校ってやつですね。目標とかあればやる気が出るかもしれないし。 よし!未来に向けてあたし、がんばりまっする!まっするまっする! ◆◆◆ フレン先輩の鬼コーチがない中間試験は、なんだか物足りない気がした。 そして物足りない気がすると思ったあたしに全力で動揺。あたしはドMなんかじゃない! なのにあのスパルタがないと、気持ち的に物足りないと感じてしまう…!おそるべし! あたしは知らないうちにフレン先輩に調教されていたというのか!あたしは調教されるなら ユーリ先輩の方がいい! 「と思ったわけです」 『ふざけんなよ』 「えええ!なんで!?なにを怒っていらっしゃるんですユーリ先輩!」 『お前のその平らな胸に手を当ててよーく考えろ』 「はい、この平らな胸に手をっておおおおい!!平らだなんて失礼です!あたしはまだまだ 成長期なんです!それにBくらいはあるんじゃないかって思って」 『どうでもいいが、何の用なんだ一体』 「スルーされた!!大学生になってまたスキルを磨いたわけですかそうですか!」 『はいはいそーですそーです』 「ひどいよひどいよ!ユーリ先輩ったら大学のマドンナとかに毒されちゃったんですか!」 『いや、むしろ毒されたのはお前の頭だろ。なんか拾って喰ったのか』 「いえ、ちゃんと洗って食べました」 『本当に喰ったんかい』 「3秒ルールです!」 『3秒無視して洗ってんじゃねーか』 「え、だめなんでしたっけ?洗うの」 『そうじゃなくてだな…あーもう用がないなら切るぞ』 「すとっぷすとーっぷ!ありますありますめっちゃ用ありますううう!」 『だったらさっさと話せよ』 「はい!」 ユーリ先輩ったら相変わらず飴と鞭の使い方がうまいんだから!え?鞭しか使ってない? あたしにとってユーリ先輩の鞭すら飴なのです!ってこれもはやドMやないか! それでもイイ!ドSのユーリ先輩になら調教されたい!なにそれヨダレ止まりません! あ、でもレイヴン先生のドSver.見てみたいかも。おいしいね。とってもおいしいもぐもぐ。 レイヴン先生にも調教されてもイイ!だけど、調教するのもイイ。 あたしはなにを言っているんだ。おばかなこと考えてるんじゃないよ!ほんとに。 「あのですね、ユーリ先輩って進路、いつ決めました?」 『んー、2年の終わりにはなんとく決めてたな』 「ですかー」 『進路で悩んでんのか?』 「…はい。なんかこう、ピンとこなくて」 『確かにな。オレもそうだった』 「ユーリ先輩も?」 『おう。まあ誰でも悩むことだから、そんな焦らなくてもいいんじゃねーか?』 「でも、もう3年生だし…」 『だからって焦って適当に決めるよりはいいだろ。、なんとなくここらへんって いうのはあんのか?』 「なんとなーくなら」 『なんとなくあんなら大丈夫だろ。そういうのは、ふと気が付くもんだから』 「ですか」 『ま、それでもまだ決まらなかったらまた話聞いてやるから』 「はい!おねがいしまっす!とりあえず、もう1度よく考えてみます」 『あんまり思いつめんなよ』 「了解です!ありがとうございました!」 『おう。じゃあな』 「はあい!それじゃまた!」 良い先輩や。やっぱりユーリ先輩は中身も外見も男前の先輩や!とっても感動です。 うん、焦っちゃだめだよね。あたしはあたしのペースで見つければいいんだ。おっけー。 とりあえず、中堅私大あたりを調べておこう。そんで、そこからしぼっていこう。 ◆◆◆ 「うーんうーん」 「どったの唸って」 「うー?あ、先生。いやー今大学を探してるんですけどー」 「進路?」 「そです」 「そっかそっかー。ま、悩むのもまた学生の本分よ」 「ほーん」 「やりたいこととかあるの?」 「うーん。花嫁修業?」 「えええ!」 「冗談ですってばー!でも、もの創りとかしたいかもです。編集の仕事とか!」 「へえ!いーんじゃない?本とかすきなの?」 「理系ですけど意外と文学少女なのです」 「ほむほむ。がんばんなさい!英語とか」 「はうあっ!」 「あれ、ちゃんのご両親、海外にいるんじゃなかった?」 「あたしはhelloとthank youしか言えないですよ。自慢じゃないですけど」 「あららー。まあいざとなったらフレンちゃんがいるからだいじょぶでしょ!」 「はい!でも受験期間フレン先輩の鬼コーチって発狂して虎になってしまいそうですね」 「あはは…」 最近やっとやりたいことが見えてきたもんだから、さっそく大学の方をちゃんと探しはじめた。 大学はやっぱり中堅の方を受けたいと思います。で、夏期講習もせっかくだから通ってみよう かなあと。両親は確かに海外務めだけど、娘のあたしはずっと日本にいるので英語はさっぱり。 そりゃあ、小さい頃は海外にいたーとかだったら多少はできたかもしれないけどね。 人生そううまくはいかないものなんですよ。というわけで、受験用に地味に英語も勉強して いきます。がんばるぜ!恋にうつつを抜かしてばっかじゃないんですよ、あたしも! でもたまには恋にうつつを抜かしますけどね!だって高校生ですもの!とか言ってみる。 「そういえば、先生ってなんで先生になろうと思ったんですか?」 「んー?まあ昔はそれなりにやんちゃだったからねえ。その時の担任にお世話になったもんで、 それを見てたら俺にもやれるかしらって思ったわけよ」 「ほほーう」 「きっかけなんてそんなもんよ」 「ふむふむ」 「無理せず焦らず!ちゃんのペースでやっていけばいいのよ」 「…はい」 「いやーでも卒業したらやっぱり寂しいわねえ」 「毎日枕で涙を濡らすわけですね」 「そうそう」 「そしたらたまに甘いチョコでも差し入れに行きますね」 「嫌がらせ!?」 「ふふふ」 「ここに来る生徒もいなくなっちゃうのねえ」 「また誰か見つけちゃうかもですよ?」 「そうねえ」 「……」 自分で言ってなにそれやだって思った。そりゃああたしがここに来る前には誰か通ってて、 先生とこうやって話してたかもしれない。それはそれでいやだけど。 でも、あたしがいなくなったら次がいるかもしれないっていうのはもっといやかも。 少なくともあたしにとってここは、レイヴン先生とあたしだけの特別な場所だから。 それなのに、あたしがいなくなったら今度は違う生徒と先生の特別な場所になっちゃうかも しれないなんて、そんなの寂しい。寂しすぎるよ。 あたしとの記憶は塗り替わってしまうんだろうか。色褪せていくのだろうか。 わがままってわかってるけど、あたしとの記憶を色褪せたものにしてほしくない。できる ことなら、ずっとずっと覚えててほしい。今までの記憶の中の特別なものであってほしい。 学校にいる時だけの魔法みたいになってほしくない。今のこの気持ちも、この時間も目の前 にいる先生も、嘘でも幻でも夢でもない。 だから、一時の感情で終わらせたくないし、終わらせない。卒業しようがなんだろうが、 この気持ちに嘘偽りなんか欠片もないんだから。 「あーあ!ちゃんがいなくなったら先生もここ来るのやめようかしら」 「…え?」 「だってつまんないもーん」 「あたしよりもおもしろい子なんて、たくさん、いますよ?」 「でもそれはちゃんじゃないでしょ?」 「そりゃそうですけど」 「じゃあ行かなーい」 「…なんでですか?」 「だってちゃんみたいに良い子でおもしろい子なんてそうそういないわよ! それに、ちゃん以上を探す気なんてないもーん」 「!」 「ま、あと1年あるけどね!ってうつむいてどったの?」 「恥ずかしー!」 「へ?」 「恥ずかしーよさすがのあたしも恥ずかしーよせんせいよー!」 「え?え?なにが?」 「まさかの天然かよー!たのむよ神さまー!ここにピュアすぎるおっさんがいるよー! そんなの聞いてないよ神さまー!」 「なになに?どゆこと?」 「もういいよー!恥ずかしいから帰るー!」 「ちょ、え!?ちゃーん!」 ばかー!天然ー!恥ずかしいよー!おっさんのくせにー! ちゃん以上を探す気ないとか、ちょ、おま、殺し文句か?そうなのか? だったらあたしすでに死んでます★爆死だよ!木端微塵になるくらいの威力だよ! どんだけなの!あの人どんだけなの!あたしの心臓にものすごい負担がかかったよ! 先生のおそろしい破壊力によってあたしの心臓爆発やねん!げふげふ!でもしあわせ! とか思いながら軽くジャンプしつつ走って逃げるあたしなのでした。 「先輩!」 「うふふふふふふー…ん?おお!アラシくん!」 「先輩、ごきげんですね。なにか良いことでもあったんですか?」 「そうなのよーう!もうしあわせな心の痛みだよね…」 「え?」 「いやいやなんでもないよ!アラシくんはなにしてるの?」 「これから図書館に行こうかと思って」 「図書館ねー、なるほど勉強とか?」 「いえ、本を借りようかと」 「へえ!本すきなの?どんなの読むの?」 「なんでも読みますよ。最近は詩集にはまってるんですけど」 「詩集かあ!わかるわー!あたしこないだボードレール買ったよ!」 「悪の華ですか?」 「そうそう!やっぱりボードレールはそこから入らなきゃだよね」 「わかります」 そう言って笑ったアラシくんの笑顔はすぐに消えてしまいそうなほど儚いように感じた。 まさに文学少年というかなんでしょうね、草食系とはまた違うし。文学少年に決定だな。 癒されるよね、アラシくんの周りの空気って。 思ったんだけど、アラシくんだけ時代がずれてる気がする。別に古臭いとかじゃないですよ? だからといって近代未来的!っていうわけでもない。そもそも近代未来的ってなんだ。 ただのロボじゃねーか!と、そんなことは置いといて、なんかさ、大正とか昭和らへんの 儚い少年って感じ。わかる?わかる?色白で本をよく読んでいる病弱な少年ていうか。 病弱?もしや!病気持ちだったりするのだろうか?それって聞いてもいいんだろうか? 「アラシくんって健康?」 「え?健康って?」 「いやーあのー、大きい病気とかしたことあるのかなあってこと!」 「いえ、こうみえても俺、体強いんですよ?」 「あ、そうなんだ!健康なのは良いことだよ!」 「あはは、そうですね」 恥ずかしー!先生の時とは違う恥ずかしさが今のあたしを支配しているよ! そもそも妄想で勝手に病弱とか勘違いして聞くとかあたし恥ずかしい人代表じゃんんん!! あたしって妄想の達人だね。ほんと達人すぎてそろそろ仙人でも目指そうかなっていう域。 目指してもいいんですかそうですか。妄想仙人になったらきっと先生との未来すら妄想できる と思うんだ。それによって妄想で満足とかできちゃうようになるんでしょ。なにそれこわい。 あたしは妄想で満足するような女の子じゃないんだぞ!あたしは本物の先生じゃなきゃ、 これっぽっちも満足しないんだからね!ほんとにほん「ふふふっ」と?ふふふ? 「ちょ、アラシくんなに笑ってんの!」 「あ、すいませ…あははっ!」 「笑い止まってませんけど!?」 「あははっ!だって、先輩一人でずっと…ははっ!」 「爆笑!?」 「…あー、こんなに思いっきり笑ったの久しぶりです」 「え、ああそう?ってなんで笑ってたのさー!」 「先輩、さっきからずっと百面相してて、それがすごくおもしろかったんです」 「なるほどねえって恥ずかしいじゃん!見てないで声かけてよ!」 「あはは、すいません。でも、かわいかったです」 「はい?」 「百面相している先輩も、すごくかわいかったです」 「え、ええ、そ、そうですかね?ど、どうもありがとう?」 「いえいえ、こちらこそありがとうございました」 「どういたしまして?」 「はい!あ、そろそろ図書館行きますね。それじゃあまた」 「あ、うん。またねー…」 アラシくんは爽やかに去って行った。…なんか今日みんなおかしいよ!絶対おかしいよ! めっちゃ照れましたけど!めちゃくちゃ照れましたけどなにか!?なんなの!?逆に! 先生は先生でかわいいしかっこいいしすてきすぎてだいすきだし、あれ、これただの告白やん。 じゃなくて、天然殺し文句であたしは胸爆発だし、アラシくんはアラシくんで平然とかわいい とか言っちゃって?どうしたっていうんだい!あたしお金持ってないよ!一文無しだよ! こわいわー!天然こわいわー!無意識こわいわー!でもおいしい。もぐもぐごっくん。 でも心臓持たないのでそういうのはもうだいじょぶです。間に合ってます。 青い青い自転車で感情道路を走る。 |