春。暖かい春がきた。高校生になってから3度目の春。 今年はもうユーリ先輩もフレン先輩もいない。あたしたちが最高学年。 新しい日々がやってくるんだなあとなんだかしみじみ思った。 今日は始業式。3年生になってやっと遅刻しないで済みそうだ。むしろいつもより早起き。 洗面台の鏡を見ながら制服を正す。そしてユーリ先輩からもらったネクタイをつける。 基本は女子はリボン、男子はネクタイだけど、それは別に校則ではないので、今年はこの ネクタイをつける。だってせっかくもらったんだもん。それに、新たな出発てな気持ちで いきたいのでね! 「さて、じゃあ行きますか!」 いつもより早く、学校へと向かった。 ◆◆◆ 「早すぎた」 いつもよりちょっと早く、というつもりで来たものの、自分が思ったよりも早く学校に来て いたらしい。おかげで学校には人が全然いない。もちろん掲示板にも、まだクラス替えの 張り紙も貼られていない。 あちゃー。どうしたもんか。遅刻はしないで済んだけど、こんな早く来てもすることない。 学校に早く来すぎてひまとかそれないわー。 しょうがない。秘密の花園、行ってみようかな。一人で早朝花見でもしてるか。 「こりゃあ見事なもんですなー」 秘密の花園にある、大きな桜の木は満開。こんな立派な桜の木をひとりじめできるのは ほんとラッキー。1人で見るのがちょっともったいないくらい。 カバンを東屋のテーブルに置いて、ひさしぶりにじっくり秘密の花園を散歩した。 まあ散歩するほど広くないけどね。気にしなーい。 静かな空間に穏やかな時間が流れ、暖かな朝の日射しが注ぐ。この場所の真ん中にある 小さな泉の前にしゃがみ、中をのぞいてみた。そこはやっぱり、1年生の時はじめて 見たのと同じだった。壊れた彫刻が沈んでいる。果たしてこれはなんなんでしょうね。 別に知りたいって思ったわけでもないんだけどさあ。実はこの学校の七不思議だったり? なんか、すごい思ったんだけど、これってすごくラピュタくさい。泉の中には街が! とかあったらただのラピュタ。でも、ここは学校とは思えない、なんとなく不思議な空気 が流れてるように思う。 だからかな、レイヴン先生といるとここが学校って忘れてしまう時がある。 それが良いことなのか、悪いことなのか、あたしにはわからない。わかる日が来ることも ないかもしれない。 泉から目を離すと、あたしは立ちあがり、桜の木の下に佇んだ。 「あたしがいなくなっても、先生はずっとここにいるのかな?」 きみはどう思う?桜の木を見上げて、心の中で話しかけた。 先生はいつからここに来てるのかな。あたしが来る前は1人だった?もしかしてここに あたし以外の生徒が来たこと、あるのかな。 こう考えると、あたしって先生のことなにも知らないんだなあ。なんだかそれが悲しい。 すきだっていくら思ってても、先生のことそんな知らないんだ。なんて厳しい現実だ。 春の風が吹いて、桜の花びらがはらはら舞った。きれいだなあ。 「あの、」 「…え?」 ここにいつも来る人、つまりあたしでもレイヴン先生でもない第三者の声がした。 後ろを振り返ると、見たことのない男の子が立っていた。え、まさか…幽霊?ま じ ? 「ごめんなさいごめんなさいいいいい!安らかに眠ってください後生ですからあああ!」 「え、あの!俺、生きてます…」 「は?」 「…ここの学校に通う1年生です」 「あ、新入生?」 「はい」 「あー新入生ねえ…ってええええ!なんでここにいるの!?」 「すっすみません!あの、俺、学校に早く着いてしまって、それで校内を散策してたら 迷ってしまって、気づいたらここに来てて、」 「落ち着いて少年!別に責めてるわけじゃないからさ」 「は、はい」 突然現れた少年はどうやら新入生らしい。そうか、そうなんだあ。 ていうか、これってやばくない?あたしと先生だけの場所に第三者が介入だなんて! 武力介入!駆逐する。みたいな?やめて!困るそれは困る!ので、どうにか排除いたす! 悪く思うなよ、新入生。 「えーと、少年」 「時枝アラシです」 「はい?」 「俺の、名前です」 「あーアラシくんね。あたしは。新3年生でっす!それで、ちょっと頼みたい ことあるんだけどいいかな」 「は、はい」 「この場所のこと、誰にも言わないで、できればもうここのことは忘れてくれないかな?」 「え?」 「いやーうん、ここ気に入っててさ!秘密にしておきたいんだ」 「…わかりました」 「あらやだ良い子!ほんとごめんね。ありがとう、アラシくん」 いささか強引ではないかいさん。いいえ、そんなことありません! あたしは先生との2人だけの秘密の場所を失いたくないんです。必死なんですこちとら。 だから、この少年には悪いけどそれだけは譲れない。ごめん! 「でも、お願いがあります」 「うん、いいよ?」 「この場所のことは忘れるので、これからも俺と会ってくれませんか?」 「ん?会うってどういうこと?」 「学校で、です。その、友だちになってほしいというか…あの、先輩に言うのもおかしい と思うんですけど」 「いいよ」 「え?」 「だから、それくらいなら全然おっけーだよ」 「ほんと、ですか?」 「おうよ!でも、ここのことはちゃんと忘れておくれよ?」 「はい!」 あらやだ。この少年かわいいじゃない。なんか、よく見たら美少年じゃなーい。 えっちゃんもこんな感じだったけど、えっちゃんよりもかわいい。THE★草食系? 目なんかくりくりしてかわいい。ハーフっぽい顔だね。あれか、なんとか少年合唱団 とかにいそうな感じ。 ちょっとおとなしめな性格のようでびくびくしてるとこがまさに草食系。動物の方の。 かわいいじゃないか。なんだかプロデュースしたくなるね!しないけど。 じゃ、さっさと少年を追い出すか。って鬼かあたしは! 「アラシくん、出口はここをずっと真っ直ぐ行けば校舎裏に出れるから」 「わかりました!あの、、先輩」 「うん?」 「…いえ、これからよろしくお願いします」 「はいよー!せっかくの高校ライフなんだからたのしみなよー!」 「はい!それじゃあ、失礼します」 「ん!」 かわいい少年はこうして去って行きました。 まるで弟ができた気分だね!まあえっちゃんの時もちょっと思ってたけど、えっちゃんは 若干話聞かない子だからね。それに比べてアラシくんはちゃんとおねえちゃんのお話聞いて くれそうだよね。うふふふ。なんてな。 「って、あたしもそろそろ戻った方がよくね?」 新たな出会いが示すものとは? 春に現れた“アラシ”は、あたしの未来に嵐を呼ぶ。 ◆◆◆ 「エステルー!また同じクラスだよ!」 「はい!ユーリ達みたいに3年間同じですね!」 「ねー!うわーい!仲良し2人組だー!」 「担任の先生、レイヴン先生だといいですね」 「あらやだエステルちゃんてば!そんなこと言わんといてー!恥ずかしいよう!」 「ふふっ!でも、もレイヴン先生が良いですよね?」 「あったりまえよう!…今年で最後だし」 「そうですね…」 「ま、悔いのない1年にしよう!」 「はい!」 と、ここで、ガラッとドアがオープンでし。そうなんでし。レイヴン先生来い! 「はいはい、席ついてー」 神さまわかってんなー!空気読めてるなー!もう最高だよ神さまー! 高校生活最後の担任はレイヴン先生のようです。あたしってばうれしくって溶けてしまうよ! いやー、若干不安だったからほんとによかったです。はっぴー! 「このクラスの担任のレイヴンでっす。まあ高校生活最後だからねえ、たのしくやりましょ!」 やりますやります!たのしくやります!あたしはいつでもたのしくやります!いえい! 先生が担任ってだけで、あたしは勝ち組な気がするよ。なにをしても勝てる気がするう。 あ!先生が担任ってことは、修学旅行も一緒に行けちゃうってこと!?なにそれしあわせ! 吐く!もうなんかいっそ吐く!そして飲む!いや無理ですそれは。飲めません、ごめん。 今年もいろいろたのしみだなあ。でも受験とかそういうこと考えなきゃいけないのかん? 三者面談とかする感じ?あるぇ。両親は海外だしー、おばあちゃんが来るのかな。 いやーどうなのかなあ。めんどくさいなあ。そういうのほんとめんどくさい。 とは言ってもいずれは考えなきゃいけない問題なんだろうけどなあ。あたしどうするのかな。 まあそれはもう少し後で考えるとして、今は先生が担任でハッピーラッキー天気予報!って 気分でいよう。ちなみに天気予報はなんの関係もありません。語呂がいいから言っただけ。 「あ、ちゃん」 「は?」 「今年も学級委員よろしくね!あと、物理係」 「また!?」 「いいじゃなーい。それと相方は引き続き小野ちゃん」 「わかりました」 「小野おおおおおおお!!なぜここに…!」 「同じクラスだからだろ」 「おうふっ!なにそれ悪夢★」 「その台詞、そっくりそのままホームランで返す」 「それをキャッチするー」 「お前はフェンスにぶつかって取れないだろう」 「そもそもストライクー」 「そもそもグローブはめられんのかよ」 「ばかにすんなこるぁ!!」 「まあまあ2人ともそのへんにして、」 「「先生は黙っててください!!」」 「だからなんでそういう時だけ息ぴったり!?」 まさかの小野3年目。小野との付き合いも3年目…おらショックだー。とってもショック。 しかもなんでまた一緒に学級委員やんなきゃいけないんだか。いやだーそんなのいやだー。 こいつ嫌味しか言えないんだもん!しかもリア充だし。爆発してくれないかな、明日。 ほんと残骸くらいなら集めてやるからさあ。 いやいや、落ち着けあたし。今年こそ大人になれよ。あたしが大人になればいいんだよ! あたしこそが大人の対応で小野を丸めこんだらいいんだよ!ぐりーんだよ! そうだよね、あたし大人になる!大人の階段のーぼるー!微笑んでやりすごしてみせる。 ざまあ小野!「いい加減成長しろよ」きさまああああああああああ!!! ◆◆◆ 「先生!なんでまたよりにもよって相方を小野にすんですか!」 「だって仲良いじゃなーい」 「ど こ が !」 「良いコンビだと思うけどねえ」 「うれしくない!全然うれしくない!」 「ま、最後なんだし仲良くなりましょーよ!」 「大人になるっきゃないない!みたいな?」 「そゆこと」 「ぷーん」 別にいいんだけどさ、小野のことなんて。今年も先生と一緒にいられるということが、 ネガティブを相殺だよ。さすが先生だよ。ポジティブパワー全開だよう!うふふ。 「あ、そういえば」 「ん?」 「……」 「ちゃん?」 「えーと、やっぱりなんでもないです」 「なあにそれー!気になるう」 「まあ気にしないでください」 朝、ここに1年生が来たことを言おうかなあって思ったけどやめた。 なんかあの少年はちゃんと約束を守ってくれるような気がするし。それに、いちいち先生に 報告することでもないでしょう。 「高校生活最後かあ」 「しんみりするにはちょいと早いんじゃなあい?」 「いやーでもあっという間だなあって思って」 「そう言われればそうねえ」 「ね、せんせ」 「はいよ」 「はじめて会った時のこと覚えてます?」 「ちゃんとの?」 「そです」 「覚えてるわよーそりゃあ」 「ほんとですか?」 「あたぼうよ!」 「ふうん」 電車で会ったあの時からもう2年も経っただなんて。振り返ってみれば、時が流れるのは こんなにも早いんだなあって思う。 あの日のことを昨日のように思い出せるのに、あれから2年の時が流れた。 きっとこの1年は今までよりもあっという間に過ぎちゃうんだろうなあ。そんな気がする。 「ちゃんてば、電車で先生のことめっちゃ見てたわよねえ」 「だって怪しかったんだもん」 「ストレートに言うわね!ま、そうかもしれないけどお…」 「それからセクハラって思いました」 「なんで!?」 「だって去り際頭ぽんってやった」 「えー今もやるじゃない」 「あの時は知らないただのおっさんですもん」 「はうっ!なんか今ものすごい胸に刺さった…!」 「でも、」 「もう何を言われたってめげない!」 「先生の目、すごくきれいって思いました」 「へ?」 「先生の目って、海みたいですよね。すごい、うらやましい」 「ちょ、ちゃん?」 思わず身を乗り出して先生の目をのぞきこんだ。 はじめた時と変わらない海のような眼。クリスマスの夜は月みたいだったけど、やっぱり 先生の眼は海がしっくりくる。それから、先生は橙色が似合う。夕日の、橙。 それって最強の組み合わせだと思う。海に浮かぶ夕日の橙。すごく、きれいだ。 先生の目に映るあたしは、はじめて先生の目に映った時よりも大人になってる気がする。 気のせいかもしれないけど。毎年、少しずつ大人になってるような気がするんだ。 先生から見えるあたしも、成長しているといいのになあ。 「あの、ちゃん?その、そんなに見られるとさすがにおっさんも照れちゃうんだけど…」 「え?うわあ!あだっ」 「うわあって…だいじょぶ?こりゃまた盛大にこけ…」 「あたたた…腰打った」 先生の目を見てたことをすっかり忘れて見入ってしまた。そしてそれに自分でびっくりして イスから盛大こけた★ばたーんって倒れたんだヨ。なんて恥ずかしい女子高生。腰打ったし。 「あはは、こけちゃいましたーってせんせ?」 「……」 「なんでそんな顔赤くして」 「おおおおお俺はなにも見てないからあああああっ!」 「は?なに言ってん」 「全然見てないからね!先生はちゃんのぱんつなんて見てないから!」 「ちょっ…!」 「水玉のぱんつなんて見てな」 「…っどこ見てんのよおおおおおおおお!」 「ぶへっ!…見事な右ストレート」 「次は顔面にいれますからね」 「いやいや!あれは不可抗力だわよ!それにすでに顔面殴らr」 「はい?」 「いえ、なにも…」 急いで体勢を立て直し先生の左頬に右ストレートをかましてから、スカートについた埃を はらった。ちなみに!あたしいつもはスパッツはいてますから!それから、いつも水玉じゃ ないですから!ふん! 「ちゃーん…怒らないでえ!」 「怒ってませんよ」 「怒ってるー!声が怒ってるー!」 「全然怒ってないですよ!」 「怒ってるー!」 「しつこい!」 「すみません」 「わかればよろし!2度とその話題を出すことなかれ!」 「はひ!」 「よし!じゃ、あたしは帰ります」 「お気をつけてお帰りくださいませ!」 「うむ、ではまた明日!さよならー」 「はいはいさよならー」 恥ずかしかった。いやほんと恥ずかしかった。なんであたしは今日水玉のパンツをはいて きたんだ!むしろなんでスパッツはいてないんだ!ばか! あんな子どもっぽい下着を先生に見られた…!もうだめだ。出だしからずっこけたあああ! 「女子高生の下着に動揺て…。俺は中学生か」 ここにも1人、落ち込む男あり。 時間と共に生まれ変わる春に紡がれる恋模様。 |