賃貸










30











寝正月は正義。あたしはそうだと信じてる。正月くらい寝るのが良いんだよ。ぐりーんだよ!
むしろこれが正解なんだよ!と、寝正月のすばらしさを語るあたしです。
相変わらず冬休みっちゅーのは短いものですぐに3学期がはじまってしまいました。
3学期に入ると、先輩たちとの別れはすぐそこのように思えてあたしは悲しゅうございます。
制服のユーリ先輩が見れなくなるなんて、悲しすぎるよね。こうして彼も大人になって
いくんですね…。あたし誰だ。一体誰なんだ。ねー。
まあそれはさておき、あのー、あれです。マラソン大会。寒い中、生足を出しながら走る
マラソン大会です。バーロー!ま、別にいいんですけどね。いやよくないけど、体育くらい
がんばってやろうじゃねーかこのやろう!という話。寒いのはどうにかしてほしいけどね。
でもどうにもならないのです。地球と相談です。





























「そろそろマラソン大会ですね」
「そうねえ。がんばってね若人!」
「今年はゴールで待つんでしたよね?」
「え」
「去年そう言ってましたよね?」
「ええ」
「あれ、うそなんですかそうなんですか先生が生徒を騙したのですか」
「いやいやいや!うそだなんて言ってないじゃない!」
「じゃあゴール横で待っててくれるんですかそうなんですかありがとうございます!」
「え、ええ、でも、あのあの」
「はい?なにか異論が?」
「いえ、ありません!」
「そうですか!じゃあおしるこ片手に頼みますよ、せんせ!」
「おしるこ…」
「もしゴール横にいなかったら目玉をくり抜くぞ★」
「まっくろくろすけ!!」




今年こそは約束を実行していただきますよ。
ていうかあれ、なにこの普通の感じ!?と思った方。これが正解なんですよ、はい。
むしろここでお互い気まずい空気を出したら終わりだと思います。なにかが終わるような
気がしてなりませんよあたしは。
クリスマスの夜のことはあれは夢だと思って流すしかないんです。あの時だけの時間です。
あたしってば意外とお利口さんでしょ?そうなんですよ実は。
今はこれでいいんです。今、は。
そういうわけでそこらへんを空気読んでいただけるとうれしいです。もちろん、あれから
はじめて先生にあった時はあたしの心臓ばくばくでしたよ。それはそうです。
でもそれをいかにスルーしていつも通りにするかに今後がかかっていると思ったわけです。
恋する乙女っちゅーのも大変ですわ。ええ。





























マラソン大会どんどんぱふぱふ。やってきましたねーマラソン大会。
去年は風がびゅーびゅーでこれ中止だろそうなんだろそうだと言ってくれよ!!っていう
レベルだったけど、今年は風がない。
これはこれは走りやすい、まさにマラソン大会日和ですね!と言うと思ったら大間違い。
そりゃあね、気候っていうのは大事だよ。うん。だけど、もっと大事なものがあるでしょ!
それは、走る側のコンディション!これが1番大事。むしろこれが最高の状態じゃないと
だめだと思うよ、あたし。そうでしょ監督!誰だ監督!
さて、問題なのはちゃんのコンディションですよ。世界が大注目だよ。
あたしはもうはりきりすぎて鼻から牛乳出せる気持ちだったよ。たぶんほんとに出したら
プールで鼻から水がっ!ふんがっ!ってなるあの感じになっちゃうけどね。
でもそれくらいあたしははりきっていたんだよ。
今年は1位にでもなってやろうか、ぶはははは!!と前日豪語していた自分が懐かしいね。
もはや懐かしすぎて遠い昔のようだね。
昨日と今日のこの差がものすんごいよ。まじで、腹痛いから^q^
お腹っていうか腰?腰っていうかそこら一帯?もう痛みの塊が腰にひっついておる!
なんでそんな腹痛いかって?乙女の日だからさ…。乙女っていうのは大変なのよ。
女子はなんでこんな爆弾を抱えているんだろうね。どうして女子だけが抱えているんだい。
あたしにはまったくもって理解できないね!誰がそんな仕組みを作ったって言うんだい。
言ってごらん神さま!ほらほら、言ってごらん!今すぐに!さあさあ!!あ、痛い。
心の中で叫んでいるにも関わらず身体に響く。無理。あたしもう無理。いや無理じゃない。
無理じゃないさ!あたしならできるさ!さあ走れ乙女よ!ばかか!いてえよ!
痛みと1月の寒さが相まってあたしの腰とかお腹とかが悲鳴を上げる。うあああああ!!
でもね、乙女には走らなくてはいけない時だってあるのよ。
だってゴール横に先生がいるから!!これが今のあたしが全力を出す理由なのよ!ね。
















走り始めて3分。ちょうどカップラーメンができる時間ですね。ぶははは。やばい死ぬ。
いややっぱり生きる。生きます。むしろ生きたい。生きたいんです!
お腹がね、痛いのよ。わかるかい?お腹が痛いの。そして腰も痛いの。痛みのレベルが
違うのよ。想像より現実で感じる痛みは違うのよ。
朝はちょっとお腹痛いかも?程度だったのに学校に近づくにつれて痛みの振り幅あっぷ!
スタート寸前ですでに痛みが脈打ち、存在を盛大にアピール。このばか!痛みよなくなれ!
まあ、はじまったらとりあえず走るしかない。走ったら痛みとかごまかせるかもしれない
とか思ってみたけど、気のせいだった。それが気のせいだった。悔しいです!!
きっと今のあたしは顔面蒼白。いやどうだろう。意外と普通かもしれない。あ、姿勢が
無駄にいいかもしれない。乙女の日ってさ、姿勢とかって大事じゃない?これあたしだけ?
この角度はだいじょぶだーとか、この角度は無理無理!とか。
だから姿勢ピーン!で走ってます。周りからみたら、え、あいつ姿勢良すぎじゃね!?と
戸惑うレベル。あたしを見て笑えばいいさ!そして笑ったやつをいつかこの手で殺します。
今のあたしは死と隣り合わせなんだよわかるか!わからないだろうよ!男 に は な !!
















今までの人生で1番つらいマラソンであることには違いないだろう。
でもそんなつらくてつらくて仕方がないマラソンだって終わってしまえば笑い話よ。
そしてそのマラソンも終わりが近づいている。近いよ!ゴールは近い!
そしてあたしもなかなかの成績でゴールできると見た。これが体育会系の意地だ!
いやでもそんなに体育会系でもないかな。返事は押忍!とかじゃないしー。
あうあう。気が緩んだら痛みがざぶーんっ!ストップ!止まれ痛みよ!!おねがい!
もうすぐなんだからがんばれあたし。はあはあしてて色っぽいよあたし。ただ息が苦しい
だけなんだけどね…!
あれ、もしかしてゴールじゃないかあれは!待ちに待ったゴールよ!がんばれ
愛しのレイヴン先生もゴール横で震えて待っているよ!かわいい!めっちゃ着こんでて
かわいい!震えててかわいい!手におしるこ持っててかわいい!
でもあれ絶対先生が暖をとったからおしるこの熱を先生が持って行った気がする。
まあいいか。先生が待っているってだけであたしはハッピー!
もう少し!もう少しでゴール!せんせい…!




 バッターン!




ん?家具でも倒れましたか?あはは。あれ、もしかしてあたしが倒れて…ないんですけど。
誰だよ倒れたの!むしろあたしが今1番倒れたいんですけど!?空気読め!
なんとゴール目前で前を走っていた女子がぶっ倒れた。おい、ふざけんなよ。まじで。
あたし目が飛び出るくらいびっくらこいた。その空気の読めなさすぎるあなたに絶望!
ええー!?ってなってゴール横にいた先生方がこちらに来る。そんでレイヴン先生も
来ました。その流れのおんぶですか。ま じ で か !?
そしてあたしのために持っていただろうおしるこその女子行き。ま じ で か !?
ひどいよひどいよ!今日のあたしのバイブルが!もう無理だーおら無理だ―。
近くのテントに女子を座らせた。どうやら意識はあるようだ。屍となりやがれ!!
とりあえずあたしだってゴールするよ。ええ、しますとも!だってそこにゴールあるから!
無事ゴール。吐きそう。目の前がグラグラ。世界が揺れてる。落ち着け地球。
立ち止まると今までの痛みやら吐き気やらなんやらが一気に襲ってきた。やばい死ぬ。
あたし生きてる?ねえねえ生きてる?ほんとにギリギリを生きてるよ。あたし。
なんだろうね、先生のおんぶが、おしるこがというショックと寒さと痛みで倒れそう。
あのぶっ倒れた女子とかよりもぶっ倒れそう。今のあたしは少しの気力と根性で立っている。
先生と話したい。一言話したい。あたしのおしるこはどこだと!そこかっつってな!




ちゃん!おつかれさま!今年はおっさんちゃんと待ってたわよ!」
「ええ、そう、ですねえ…」
「あ、今倒れちゃった子におしるこあげちゃったから今新しいの買ってくるわね」
「いえ、いいんですいいんです」
「いやーびっくりしたわー…ってあれ、なんかちゃん顔色悪くない?」
「はい、そうで…す…ね」




バッターン★
もうさすがに無理だよ。根性しかないあたしでもさすがに無理だって。もう限界です。
とか思って先生に返事したところで、ああもう倒れます。あばよ…兄弟ってなった。
気持ちがね。気持ちがそうなったんです。先生の横を通り過ぎる感じでバッターンです。
コミカルにバッターンって倒れました。そして意識はここで完全にぶち切れました。
さよなら、世界。あたしちょっと二次元行ってくる…間違った。夢の世界行ってくる。



















ちゃんっ!!」
「……」




顔面蒼白な少女を急いで抱き起した。身体はすっかり冷え切って、唇は紫になっている。
これがあの少女か。いつも元気に笑っている少女なのか。
まるで死んでしまったかのように冷たい身体の少女に、恐ろしくなった。手が、震えた。
思わず固まった自分の体を振い起し、上着を脱いで少女にかけた。そしてやっと保健室に
連れて行かなくてはと気が付いた。さっき倒れた女子生徒とはわけが違う。
少女の体を持ち上げようとしたところで、少女を攫われた。何が起こったかわからず顔を
上げるとデュークがいた。




「保健室まで運ぶ」
「…え」




デュークは一言残し、少女を連れて行こうとする。なんで、あんたが。彼女は、俺が。
そう思った時にはデュークの腕を掴んでいた。




「…俺が連れて行きます」
「いや、大丈夫だ」
「デューク先生!…俺に行かせてください」
「……」
「……」
「わかった」




デュークから少女を受け取り、保健室に急いで向かった。





























「ジュディスちゃん!ちゃんがっ!」
「ベッドに寝かせてあげて」
「わかった!」




保健室のドアを開けて、慌てて彼女に助けを求めた。
焦っている俺とは反対に、ジュディスちゃんは至って冷静にベッドへ寝かせるよう言う。
言われた通り、少女をベッドに寝かせ、しっかり布団をかけ、その上から自分の上着をかけた。
そして、ベッドの隣にあるイスに腰掛ける。さっきよりはマシかもしれないが、まだまだ
顔色は悪い。少女の血の気の失せた顔を見ると、自分の血の気も失せたように感じた。




「ジュディスちゃん、この子だいじょぶ?」
「平気よ」
「ほんとに?こんな顔色悪いわよ?ほんとにほんとにだいじょぶなの?」
「あら、女性には月に一度大変な期間があるのよ。おじさまも大人なんだから知っている
 んじゃなくて?」
「え?あ、ああ、そそそういうことなのね!あはは」




野暮なことを聞いたと、30過ぎにもなって恥ずかしくなった。




「個人差はあるけれど、この子は重いみたいだから辛かったでしょうね。それなのに走り
 きるなんて大した子ね」
「…うん。ほんと、なんでいつも無理するかねえ」
「あら、無理しているんじゃないわ。この子は何に対しても全力なだけよ」
「そっか、」




そうだ。この少女はいつも全力だ。どんなことにもいつだって、全力でぶつかっている。
それは、自分が誰よりも知っているんじゃないのか。
少女の顔を見つめながら、いつもの天真爛漫な少女を思い出した。
天真爛漫、まさにこの子ぴったりな言葉。なのに、最近は少女と大人の間を行き来して
いるように思う。
友人といる時は少女の顔なのに、たまに大人になる。何度もその顔を見かけた。
そうやって、いつも驚かせられる。いくつも持つ少女の顔に。
一番驚いたのは、学園祭の時。あの時の少女は未来の少女を見た気がした。髪が長くて、
化粧をして。面食らった。化粧一つで人はこんなに変わるのかと。
正直、化粧をした少女よりかわいい子はたくさんいると思う。だけど、そうじゃなくて。
少女は不思議な魅力を持っている。人の心を掴む魅力、色気というか。
それが化粧で際立った。確かにかわいかったけど、かわいいから面食らったわけじゃない。
うまく表現できないが。




「あなたはこの子の全力を受け止められるのかしらね」
「どういう、意味?」
「さあ?なんでしょうね?」
「いじわるー」
「時に、私達よりもこの子達の方が強いことがあるわ」
「うん、そうね」
「私達にはそれを受け止める力が必要なの。いえ、力は持っているのに、受け止めることに
 臆病になってしまう」
「……」
「それはきっと私達がこの子達よりも長く生きているからかしら。余計な事を考えて、
 こわくなって逃げてしまう。でもこの子達は、ただそれ一つを胸に全力だから、とても強い」
「どうしたもんかねえ」
「あら、簡単じゃない」
「え?」
「私達も全力でいけばいいのよ。あなたにもそういう時があったんじゃないかしら?」
「あはは、昔すぎて忘れちゃったわよ」
「でも思い出せるわ。忘れているだけで、その術を知っているんですもの」
「…うん、そうね」
「私、ちょっと外のテント見てくるけれど」
「おっけー。俺はちゃん見てるわ」
「わかったわ」




全力、か。そりゃあ自分にもそんな時もあった。
でも、俺は弱かった。全力でいって、だめだとわかった時、そこからはもう逃げる一方だった。
本気になる前に逃げる。逃げる。逃げる。そうやって全力になることに憶病になった。
教師になってから、たまに生徒から想いを告げられることがあった。当然受け流す。
いつの間にか受け流す術の方がうまくなってしまった。生徒だからとか、そういうのは関係
なく、ただ俺自身が弱いから、受け止める自信がないから。こわかった。
俺はどうなるんだろうか。本気になったら俺は、どうなる?
ベッドで眠る少女は、俺とは違って強い。いつも強い眼をしていた。
あの時もそうだった。梅雨の季節、校舎裏でずぶ濡れになった少女が顔に傷を負ってそこに
いた。誰かと揉めただろうことはわかっていた。でも少女はそれを隠した。絶対に喋らなかった。
普通だったらそういうことがあった時、泣くかもしれない。悩むかもしれない。
少女は違った。その眼の光は強くなる一方で、俺は身震いがした。
ねえ、どうしてそんな強いのかしらね。俺にはないその強さは若さゆえ?
…違う。これは少女自身の強さ。
いつか、飲み込まれてしまいそうだ。少女の強さに。いや、もう、




「俺をどうしようっていうの、ちゃん」




そっと頬に触れた。温かい。
この瞼に隠されたその眼は俺をどうする気なのだろうか。こわいなあ。
でも、強い光に毒されるのも、悪くない。

















風に揺らめくオモイを、いつか光が掴むだろう。