不動産










28











秋が過ぎて冬が来る。いろいろあった学園祭も終わってしまえば名残惜しいものである。
そういえば学園祭が終わってもとの生活に戻った時、やたらクラスの男子にじろじろ見られた。
そしてがっかりしてみんなため息をついていた。どういう意味だこら。そんなに化粧した時と
顔違うか?化粧とカツラのセットがすごいよかったのかしら。でもデフォルトだと魅力はゼロに
なります!ひゃっふー!てか。そういうこと?失礼なんですけど!誰もがみんな失礼すぎる!
あたしはこのままでも十分魅力的…なはず。きっとあたしの魅力に気づいてくれる人がいる
はずさ。それが先生だったらあたし今すぐ両穴から鼻血出せる。変態か。
で、まあ学園祭も終わって期末がありました。フレン先輩の鬼コーチもあったんですけど、
さすがに慣れてしまったんです。いやつらいのはつらいんですけどね、こう慣れた地獄というか
ちょっと刺激の強い飴と鞭(1:9)みたいな?意味わからんな。しかも鞭のが割合が多い。
ま、フレン女王さまに従う大臣みたいなもんよ。あれ、もっと意味わからん。
でもここからいろいろ妄想していただけるとありがたい。なんつって!
そんでもって、去年は知恵熱で行けなかったクリスマスパーティー!今年は行けるよ!
だってとっても元気ですもんね。元気もりもりすぎて誰かに分け与えたいね!うふふ。
そういうわけで、今日これからエステルのお家に行ってくるよ。なんか呼ばれたんです。
エステルちゃんに呼び出しされたんですううう!




















「やほーエステル」
!待ってましたよ」
「うん、どしたの呼び出しなんて?」
「クリスマスパーティーのことなんですけど」
「ああ、うん」
「去年着れなかったドレスを着ませんか?」
「え、いいの?」
「もちろんです!あのドレス、にとっても似合っていましたのでとっておいたんです」
「そうなんだ、なんか悪いね」
「いいえ、気にしないでください」
「ありがとね、エステル!」
「はい!」
「たのしみだねえ」
「ですね。じゃあ念のため1度着てみてもらってもいいですか?」
「おっけー」




いやーうれしいね。とっておいただなんて!ええ子や。
とってもたのしみになってきたよ!ユーリ先輩とかポニテで燕尾服とか着ちゃうんだろうか。
なにそれヨダレが洪水のようになっちゃう。フレン先輩はナチュラルに着こなしてそう。
想像できるんだからこわいよね。燕尾服の模範解答みたいな感じだよね。顔もさることながら、
背丈といい、中身といいできた男だよ!誰だ。あたしってば誰だ。ただのおばちゃん。
そして大本命はいつだってレイヴン先生。いつものだらけた先生とのギャップがやばいよね。
あたし倒れるかもしれない…。そしたらユーリ先輩に受け止めてもらうことにする。
ナイスキャッチ!それから床にリリース!おねがいだからリリースはやめて。ほんとやめて。
キャッチで止まって。あぶないからね。危険があぶない!
と、気づいたら話が逸れたもんだから自分でびっくりしました。はい。
とにかく先生はいつだってかっこいいんです。先生とダンスとかしちゃったりしてねん!
あ、待てよ。もしやもしやの待てよが入りました。もしかして、女子が騒いじゃうんじゃない?
きっとこないだの書生ver.レイヴン先生を見て魅力に気がついてしまった女子が、燕尾服の
先生に群がるという可能性も否定できない。むしろそんな予感がぷんぷんしてる?
くっそう!もしそんなことがあった日にゃ、あたしがどいてどいてで先生を確保するんだから!
先生と踊るのはこのあたしなんだからね!ぷんすかぷんすか!むきー!
あー、もう。どうか先生と踊れますように。





























「うわー人いぱーいだね」
「パーティーですからね」
「みたいですな。あ!ご飯!おいしそう!」
…」
「ごめんごめん、うそだよ!」




12月25日。世の中では24日のイヴの方で盛り上がるようです。でも学校のパーティーは
ちゃんと25日にあるんですよ。人もたくさんいます。
いつもよりおめかしした女子、かっこよくきめている男子。そんな雰囲気にわくわくするね!
あたしも先生はまだかまだかと探しているところです。うふふ。
ちなみに今日はこないだの学園祭みたいにカツラとかかぶってないからね!一瞬かぶせようと
した気配がしたけどあたしはすぐさま拒否よ拒否!NOという勇気!でもお化粧しているよ!
ま、あたしも女子の端くれですからね。端くれとは失礼な!と1人ツッコミ。ありがとう。
髪はこないだ切って短くなってしまった。と言っても、ボブだけどね。顎下ラインまであるよ。
でも今日は髪を内巻きにして、左耳の上には大きい芍薬の髪飾り。芍薬の花ってかわいいよ。
なんか大きくてワンポイントになるかなあと思いましてこの髪飾りをつけました。
他の子は長い髪をアップしたり、くるくる巻いたり、髪にいろいろつけてるけど、あたしは
シンプルにいくことにしたんだぜ。そして先生を釣ります。なんつって!
ていうかさっきからなんかざわざわしてるんだけどなに?一体なにがあるのというかいるの?
もうざわざわすんなよざわざわ…ユーリせんぱーい!!!
こりゃざわざわするわ!想像通りポニテで燕尾服のユーリ先輩とあれ、いつも燕尾服で学校
来てますよね?っていうくらい自然なフレン先輩。これは目立つわな。




「ユーリせんぱいいいい!」
「お前たちかっておい、急に抱きつくな」
「もうたまらんです!そんなあたしを喜ばしてどうするつもりですか!けしからん!」
「お前がけしからん。早く離れろ」
「うわあん冷たいよう!あ、そういえばフレン先輩ひさしぶりです」
「やっぱり僕はついでなんだね…」
「そんなことないですよ!フレン先輩もかっこいいですよ!でも普通すぎてなんかつまらんです」
「……」
「落ち込まないでください、フレン」
「はい…」




この人たちはなにを着てもかっこいいんですね!もうずるい!存在がずるい!
だけど、あたし的にはとってもおいしいです。もぐもぐごっくん。これで1週間はいける。




「そういえば、学園祭ではの袴姿見れなかったんだけど、すごい似合ってたんだってね」
「あらやだ、フレン先輩もついにあたしにホの字ですか?」
「いや違うんだけどね」
「あっさり否定された!!」
「確かに化粧するとすごいかわいいね」
「化粧しないとだめなんですか…」
「いやいや!そういうわけじゃなくて!いつものもかわいいよ?」
「ですよね!」
「…うん」
「フレン、完全にに振り回されてるな」
「ですね」
「いやー愉快じゃ!ぶはははは!」
「化粧して女子力アップしてそうに見えて中身がまんまこいつだからむしろマイナスだな」
「ええ!?ひどい!」
「もう少しエステルみたいにしたらどうだ?」
「エステルみたいに?エステルみたいに…」




エステルみたいってなに!?語尾をですにするとか?いやそれは違うな。エステルみたいに。
うーん、うーん。わかりま千円。あたしには難しいよう!
あ、わかった!とりあえずしゃべったら台無しなんだから黙ってにっこりしてればいいんじゃ
ないかしら!ていうか自分で台無しって言っちゃったよ…。




?別に無理しなくてもそのままでも十分ですよ!」
「エステル、こいつに甘くするとこいつのためにならないんだよ」
「なんかユーリがまともなこと言ってる」
「どういう意味だよフレン」
「あはは、冗談だよ」
「……」
?」
「どうした」
「ユーリが無理言うからだろ」
「にこー」
「!」
「!!」
「!?」




黙ってにこーってしてみた!これでおk?ついでに上目遣いでやってみた!これでおk!?
なんか、どうしたの、みんな!!エステルもユーリ先輩もフレン先輩も固まってしまって。
やっぱり黙ってにこーじゃだめか…っておわ!




「エステル?どしたの急に抱きついてきて」
「…かわいいですっ!」
「え?」
よくやった」
「なにが?」
「想像以上だよ」
「は?」
「お前これから黙ってろ」
「ええ!」
「喋ったら終わりだよ」
「終わり!?」
「お人形さんみたいです!」
「いやいやほんとに人形になってまうよ!」
「ほらほら、黙る」
「おかしいでしょ!黙れっておかしいでしょ!」
、喋ったらだめだって」
「なにがだめだこらちくしょー!」




にこーっていうのが効果大っていうことはわかったけどひどい!ひどいよみんな!
あたしにもしゃべらせてよ!あたしってば結構おしゃべり気質なんだよ!
こうみえて意外とおしゃべりなの!え?見たまんまですって!?それもそれでどうなんだい!
ちゃんちゃん。とはならないのですね、はい、わかります。




「化粧ってこわいな」
「そうだね」
「どういう意味ですかそれ」
「そのまんまの意味」
「ひどいよひどいよ!」
はそのままでもかわいいですよ!」
「…うん、いいんだ。なんかもう、いいんだ!くすん」
「ま、化粧しないでもお前を好きになるやつもいるだろうよ」
「ほんとに?」
「たぶん」
「たぶんて!そこはいるって言ってえ!」




みんな言いたい放題とはこのことだよね。あたしは化粧しないとだめなの?そういうこと?
でもあたしいつもすっぴんだしなあ。だってまだ若いんだもん。お化粧なんて早いわよう!
ま、めんどくさいっていうのが1番っていうのもあるけどね!あははー。
これでも入学したての頃はナチュラルメイクがんばってたんだけどねえ。遠い過去さ…。
と、ここでまたざわざわしてきましたよ。パーティー会場になっているこの講堂の入り口から
続々と先生たちが入ってきた。キター!!あたしはこれを待っていたー!いえー!
あらやだ、キャナリ先生をイエガー先生がエスコートしているよ!こう見るとイエガー先生も
まともに見えるね。ルー語をしゃべらなければいけめんだもんね。黙ってれば…あれ、仲間?
とりあえずイエガー先生はおいといて、レイヴン先生を探せ!どれどれ。
お?あれか!?って、ちょ、アレクセイ先生邪魔!めっちゃ邪魔!どきなさい!変態!




「ちょ、ユーリ先輩!アレクセイ先生をどかしてください!」
「無理言うなよ」
「いける!先輩ならいける!」
「いけねーよ!」
「じゃあフレン先輩GO!」
「え!?僕が行くのかい!?」
「スタンドの力を今こそ見せてやれ!」
「いやそもそもスタンドじゃないし!っていい加減スタンドがなにか教えてくれよ!」
「うあー!もう!邪魔なやつだあああ!」
「もう聞いてないし!」




てやんでい!べらぼうめ!どいてよ変態先生!あ、どいた。
もう遅いよどくの!まあいいか、これでやっとレイヴン先生が見え…っておいいいいい!
今度は女子が群がってるよ!この女子共があああああ!いい加減にしないと怒るよ!あたし
極限にぷんすかからの大爆発だよ!これだから女子はいやね!
かっこいいと思ったらすぐ群がるんだから!隣にいるアレクセイ先生のとこにも行きなさいよ!
すごいちらちら横見ててこっちがなんか切ないから!おねがい!誰か話しかけて!
あー…なんかもういやになりました。




「あたしご飯とってきます」
「おう」




ユーリ先輩とエステルが踊るみたい。これはすてきな組み合わせ。フレン先輩は知らなーい。
会場の中は絶え間なく音楽が流れて、みんなすきなひととか恋人同士とかで踊ってる。ちぇ。
そんな中あたしはご飯をとりに行くんだぜ。切ねええええ!




「別にいいもーんだ」
「あれ?先輩!」
「あん?」
「あ、すいません!間違えました!」
「間違えてないよ!えっちゃん!あたしを置いていかないで!」
「本当に先輩なんですか?うわー変わるもんですね!」
「あー飽きた飽きた。その類の台詞は聞き飽きたー」
「今の先輩なら、俺思わず告白しちゃいそうです!」
「ごめんなさい」
「断られた!告白してないのに!」
「あーどいつもこいつもむかつくぜい」
「あ、ユーリ先輩とエステリーゼ先輩お似合いですね」
「あれ、いいの?あの2人が踊ってるの」
「はい、全然おっけーですよ!そういえば言ってなかったですよね、俺彼女できたんです」
「は?」
「俺しあわせです!もちろんエステリーゼ先輩には憧れてますけどね!それじゃ、また!」
「え、ちょ、おま…ふざけんなあああ!!」




え、なになに?なにが起こったの?みんなふざけてんの?ばかなの?そうなの?
周りを見回すと、えっちゃんが彼女らしき子とダンス。遠くにはユーリ先輩とエステルが
ダンス。その近くにはフレン先輩と群がる女子が順番にダンス。その横ではキャナリ先生と
イエガー先生がダンス。そのまた近くにはレイヴン先生と女子が、以下略。ふざけんな。
もういやだいやだいやだ!ばかじゃんあほじゃん。もういやですばかめが。
なにが聖なる夜だ、なにがキリストだ、なにがクリスマスだ!そんなもんクソ喰らえだ!
あたしはみんながしあわせな中、悲しい気持ちでいっぱいです。とっても悲しいです。
あたしはあたしはあたしは。ただ、レイヴン先生と、以下略。もういいよ。ばか。




「どうした」
「は?」
「楽しくないのか」
「デューク先生…」
「……」
「なんですかこの手?」
「せっかくなので踊りませんか、お嬢さん」
「あは、なんか似合わない台詞ですね」
「ああ」
「…あたしでよければおねがいします」




こうなったらやけくそです。デューク先生と踊ってやります!あ、でもあたし踊ったことない。
どうしたらいいんですかっはー!急に現実を見た気がしましたヨ。おおおおどれない!
でももうホールの真ん中来ちゃった!!そんな時はデューク先生に相談だ★小声で。




「デューク先生!」
「どうした?」
「あたし踊れないんですけどどうしたらいいですか!?」
「適当で構わない」
「適当もできない場合は!?」
「……」
「うひょ!?」




でえい!デューク先生にぐいって腰もたれた!恥ずかしい!おら恥ずかしい!だって顔近い!
デューク先生顔が整い過ぎてあたしどきどき!いけめんこわい!
腰ぐいされてデューク先生と密着取材!ついでに右手は先生に握られてる!とここで、左手を
先生の肩に誘導された。なるほど、そんな感じなのね。




「楽にしてればいい」
「でも足とか踏んじゃうかもしれないです…」
「構わない」
「じゃあ先に謝っておきますごめんなさい」
「ああ」




デューク先生が微笑んだ!先生も笑えるんですね。人の子だと知ってあたしは安心しました。
そして1ついいですか。注目されてて胃が痛いです。吐いてもおk^q^?げろげーろ。
お前ら自分のパートナーの顔だけ見てろ!そして踊らない人は飯でも食ってろ!おねがい!
とか言ってる間に曲がはじまった。そしてさっそくデューク先生の足を踏んだ。すんません。
きっと痛いよね。これヒールあるし。あたし最初履いた時めっちゃぐらぐらしてたんだー!
女の人ってすごいなと思った瞬間だったよ。あ、また踏んだ。もうほんとごめんなさい!
でもデューク先生のリードがうまいからだんだん足を踏まなくなってきた。いえい!上達!
そしたらなんかたのしめてきた!先生の顔見たらうなずいてくれた。なんかうれしいんだぜ!
あたしも踊れてるう!ひゃっふー!
数分間の曲もあっという間に過ぎ、気がついたら終わっていた。あ、一礼みたいなのするのね。
ぺこーり。いやー助かった。




「デューク先生ありがとうございました」
「こちらこそ礼を言う」
「あ、いえいえ!足踏んですいませんでした」
「いや大丈夫だ」
「それじゃあ、失礼します」
「ああ、楽しみなさい」
「はい!」




とは言ってもねえ。さっきと状況あんまり変わってないような?
レイヴン先生は相変わらず女子に群がられてさ!なにさなにさ!いい加減解散しなさい!
ここで待っててもどうせどうにもならないだろうしなあ。あー外の空気吸ってこようっと。





















外は寒かった。当たり前!12月ですからね。講堂の中は熱気でちょっと暑かったから、
今はちょうどいい気がする。とりあえずストールは肩にかけてるけどね。なんせ肩丸出し
スタイルなもんで!ばかなのか!冬を甘く見るでねえ!
空は星がいっぱい。冬だし、空気も澄んでいるのでよく見える。月は三日月。猫の目みたい。
あーなんか虚しくなったので、秘密の花園に行ってみることにした。てくてく。




「やっぱり寒いぜバーロー」




それも当たり前なんですけどね!
講堂から流れる音楽が微かに聞こえる。みんな踊っているんだろうか。ユーリ先輩もエステルも
フレン先輩もキャナリ先生もイエガー先生もえっちゃんも。それから、レイヴン先生も。
レイヴン先生と踊りたかった。あたし踊れないけど。それでもデューク先生と踊ったような
ことをレイヴン先生としたかった。なのに女子が群がりやがって。
どっかの風紀委員がいたら咬み殺すよって言ってるレベルだよ。むしろあたしがやります。
なんだよなんだよ。急に人気出ちゃってさ。あたしが1番見てたのに、先生のこと。
なのにどうして。あたしの方が、先生のこと知ってるのに。とか、いくら考えてもしょうがない
ことなんですけどね。
微かに聞こえる音楽に合わせてダンスの練習をすることにした。来年こそはレイヴン先生と
踊る!だからそのために今のうちから練習する!
さっきデューク先生としたみたいに右手を少し広げ、相手の手を持っているイメージ。
左手は肩に。想像だけなら、レイヴン先生と踊ってもいいよね?




「最初はこっちの足で、」




思い出しながらステップを踏む。1、2、3。1、2、3。三拍子っていいよね。
あたし、結構すきかも。
三日月が照らし出すダンスホールで聞こえてくる音楽に合わせて1人ステップを踏んだ。
良い感じじゃん。慣れたらあたしもなかなかやるよね。
あーあ。やっぱり先生と踊りたかった。ここに来ればいいのに。先生、来てよ。




「せんせい、」
「その先生って、俺のこと?」




ほら、いつだって先生はあたしの声に答えてくれる。
だから、あたしは先生を見つけるとうれしくなるんだよ。




「…はい」
「そりゃよかった」




どうして来てくれるの。あたしが望むことをしてくれる先生がこわい。叶いすぎてこわいよ。
こんなに望んで、でも全部叶ってる。いいのかな、こんなにしあわせで。
寒空の下、先生は月の光を浴びてきらきらしてた。いつもより色気あるかもしれないね。
先生、かっこいいよ。先生、すてきだよ。先生、すきだよ。
誰よりもあたしはそう思ってる。他に先生のことをすきな子がいるかもしれない。
でもね、あたしは誰よりも先生のことがすきだって自信があるよ。誰にも負けないよ。




「一曲お相手願えますか?」
「はい、よろこんで!」




さっきデューク先生と踊った時と同じように体が密着する。でもさっきとはまるで違う感覚。
全身が大きな心臓になってしまったよう。全身で先生を感じて、全身が先生をすきと言ってる。
先生の顔が間近にある。いつもよりも先生は大人の顔をしている。
だから、より心臓がどきどき高鳴る。この鼓動が聞こえてますか?
あたしの心臓は先生がすきで仕方がないって言ってるんだよ。
ねえ、先生の目は海みたいだっていつも思ってるけど、今日の先生は月みたいだね。
月みたいにすごく静かで魅惑的。ずっと見ていたい。時間よ止まってしまえ。
ゆるやかな音楽に合わせて体が動く。踊っている間、ずっと先生と目があっていた。
見つめあっていたとかじゃなくて、目があっていたって感じ。うまく表現できないけど。
先生の目に映る自分の顔はなんだか自分じゃないみたい。先生の目にはあたしはどんな風に
見えているのかな。少しでも先生の目に焼きつけばいい。あたしを思い出して、先生。
いつだってあたしを思い出して。どんな些細なことにも先生を結びつけてしまうあたしのように。
















気がつけば、音楽は終盤になっていた。長いようでやっぱり短い時間だった。
こんなにも音楽が終わってしまうのがいやだと思ったのははじめてだ。ああ、いやだな。
そして静かに音楽は終わった。あたしと先生も止まった。でも、手が離せなかった。
離さなきゃいけないのに、離したくなくて。ずっと触れていたくて、でも離れなくちゃで。
腰にある先生の手に一瞬力がこもったような気がした。でも次の瞬間には離れていった。
思わず、あ、と声がこぼれた。いやだ。いやだよ、離れないで。
そう思ったら先生に抱きついてた。先生の喉がひゅっと鳴った、ような気がする。




ちゃん、」
「少しだけ」
「え?」
「少しだけでいいから、このままでいさせてくださ、い」
「…うん」




今だけでいいから。今夜だけでいいから。少しの夢を見させて。
先生の温もりと先生の匂い、先生の鼓動。
この瞬間を胸に焼きつけて、このしあわせを心に焼きつけて、また明日から先生を想うよ。
だから今だけ、先生の胸に顔をうずめて夢を見る。

















ほら、三日月しか見ていないよ。




















三日月 ダンスホウル