質屋










27











学園祭がやってきた。とりあえず指を針で刺しまくって大変だった。でも指に貼ってあった
絆創膏は2、3枚に減った。それでもあるんかーい!っていうツッコミは無しだぜ★
そんなわけであたしたちの使う教室はすっかり大正時代にあっただろうパーラーだ。すてき。
まあ大正時代にこんなパーラーがあったかとかは知らんけどな!こんなの想像と妄想とぐーぐる
先生でどうにかなるんですよ。
というわけでみんなも着替えに入った。あたしも着替えなくちゃ!女子学生に!ひゃっほい!
袴だよ!すてきだよね。女学生の格好。そうそう、もちろん靴はブーツで!これ許可出たから
すごいと思う。まじすごいよね。
あとちゃんとお化粧もするんですよ!いつもは正直ノーメイクです、はい。人はそれをすっぴん
と言う。てへ!
にしても、先生の大正浪漫大変身がたのしみすぎてヨダレが止まらねえよ!ちなみに先生は
書生さんですよ。書生さん!わからない人はぐぐってね!そしてこんな感じだと把握してね。
いやーまじでたのしみだようううふふふ。




「にやにやしてどうしたんです?
「え?いやーものすごいたのしみにしているものがあってね…ぐふぐふ」
「そうなんですか?あ、そうだ、これを」
「ん?なになにって…これなに?」
「カツラです」
「いや、わかってるよ!どういうことって意味ですよう!」
がかぶるカツラです」
「失礼ね!あたしはまだまだふさふさだよ!ぷんぷん!」
「わかってます!そうではなくて、は髪長いのが似合うんじゃないかってツバキが
 言っていたので用意したんです」
「ええー?別にこのままでいいよう」
「せっかくだからかぶってください!きっと大人っぽくなりますよ。より大正浪漫です!」
「まじでか!より大正浪漫になるのか…だったらかぶろうじゃないか!」
「はい!」




そんなわけでまんまとのせられたあたしはこの年でカツラをかぶることになりました。
この年でってこれからかぶる予定はないよ!きっとないはずだよ!でも女性でも薄毛に悩んで
いるひとが…って今はどうでもいいわ。
とりあえずかぶってみるか。カツラの髪ってぱさぱさしてそうだから嫌なんだけどなあ。
あ、でもエステルが用意したやつはすごいサラサラだ。すげえな。手触り抜群。これなんの毛?
エステルが用意したってことはなんか高いやつ?高いカツラってなに?どこらへんにお金が
かかっているんだ?こわい!なんかこわい!でもとにかくかぶらねば。よいしょ。
うん?どんな感じだこれ?あれ?ああ、こっちが前か。どうりで前に髪がくると思った。
これでおっけーかな。鏡で見てみるか。どれどれ。




「これ大人っぽくなってるのか?自分じゃ全然よくわからないんですけど!」




カツラは、胸あたりまでの長さである。さて、このままじゃあれだから髪結んでおくか。
リボンは大きめのをつけよう。よいしょ、よいしょ。
もう1回チェックだ!どれ。おおう!さっきよりさっぱりして良い感じじゃないか!ふふ。
これならちょっと印象変わったかもわからんな。
あ!早く先生の書生さん見に行かなくちゃ!これで人気出たらどうしよ!走れあたし!


















教室に戻ると、中は着替えた人がわいわいやっていた。女子は女学生の格好の子もいれば、
モダンな洋服を着た子もいる。よりどりみどりよ。男子も着物タイプと洋服タイプに分かれて
います。こっちもよりどりみどり。でも興味ないですからー!ぷぷぷ。
で、先生はどこですか先生は!?あたしはそれを見に来たんだよ!どこだどこだ!あたしは
先生のことになると必死になる傾向がありますね。きっとそんなあたしは気持ち悪い。
もう!みんな浮かれ過ぎ!邪魔なのよこのあほんだら!ぽかほんたす!




!」
「はい?あ、エステル!」
「いつもと印象違いますね!すごくかわいいです!は和服が似合いますね!」
「あらそうかしらん?うふふ!エステルもかわいい!大正時代のお嬢様やー!」
「お前か?」
「あん?なんだよ小野かよどうでもいいー」
「うるさいな。にしてもお前化粧映えすんだな。かわいく見える」
「きもー!最高にきもー!小野に言われても全然うれしくない不思議!ミステリー!」
「人がせっかくほめてやってんのに…口を開いたとたんに台無しだな」
「余計なお世話ですう!台無し言うな台無し」




こいつにほめられてもほんとにうれしくないよ!そういうことは先生に言われたい!そして
そのままいっそ抱きしめてください!なんちゃって!きゃっ!言っちゃった!
ていうかまじで先生どこだし。早く出さんかい!とんとん。あん?とんとんってなんだ、よ?




「…先生?」
「……」
「先生ですよね?」
「あ、うん。…いやー驚いて思わず口籠っちゃったわ」
「え?」
ちゃん、すごいかわいい」
「そ、そうですか?」
「うん、大人っぽくていつもより色気あるんじゃない?」
「えへ!うれしいです!」




先生にかわいいって言われた!うれしいよう!めっちゃうれしいですう!
そして先生めっちゃかっこいい…はうあ。なんか書生さんの格好似合いすぎなんですけど!
あまりの似合いぶりに、ほんとに大正時代にタイムスリップしたような気分です。
先生はこういうのが似合うんだなあ。髪もおろしててかっこいい。かっこいい!!声を大に
して言いたい。か っ こ い い で す !
大正時代の女学生が時々見かける書生さんに恋をしてる気分です。なんてこったい。
ああ、どうしよう!これ絶対先生のファンができちゃうよう!だってクラスの女子もちょっと
ざわついてるもん!先生を見てちょいと顔を赤らめているもん!
だめえええ!先生を見ないでえええ!先生はあたしのなんだから!勝手に自分の物扱い。
最後の切り札は既成事実を作るっていう荒業なんですけどそれを出すのはまだ早いな。
おねがいだからこれ以上先生を見ないでえ!先生を見ていいのはあたしだけなんだからねん!
ちくしょう!これやばい展開だよう!うわあん!












「想像以上にやばい、かも?」




少女の混乱を余所に、男も戸惑っていた。自分が騒がれているのは気づいていないが、少女
の変身ぶりにクラスの男子が噂しているのは目にしてた。
彼女の魅力に気づく輩が現れてしまうかもしれない。心の中でどこかそんなことがよぎる。
男は、そう思った自分と少女の次々と露わになる魅力に戸惑いを隠せない。





























学園祭2日目になりました。意外にも、あたしたちのクラスの大正浪漫喫茶は人気です。
古き良き日本のあれですね。袴とか着てる女子はやっぱりなかなか評判なんですよ。
あたしもせっせと働いている次第でございます。
そして腹立つことが1つ。それは先生を見に他のクラスの女子が来ていることです!!
なにそれなにそれ!先生はデフォルトでもかっこいいもん!それに気がつかなかった女子共が
急にきゃっきゃ言うのがむかつくう!あたしのが先だもん!あたしの方がだいすきだもん!
と心の中でいくら叫んだからと言って先生に届くわけもなく、もちろん女子を牽制することも
できない。先生の魅力は外見だけじゃないんだもん。ふーんだ。
ものすごく面白くない心境ですが、仕事はちゃんとしています。今もせっせとコーヒーやら
ケーキセットやら紅茶やらを運んでいる。顔には営業スマイルをはりつけて。にこー。




「おまたせしました、コーヒーです」
「どうもー…って君かわいいね!」
「それはどうもありがとうございますー。ではごゆっくりー」
「あ、ちょっと待って!なんて名前?このあと暇?」
「山田花子ですー暇じゃないですー。失礼」
「山田花子って嘘でしょー?ねえ、本当は名前なんていうの?」
「秘密です」
「えー教えてよー!そうだ、携帯番号教えてよ!」




これが人生初のナンパか!でもうざいよ!とってもとってもうざいよ!
ただでさえ今のあたしは先生に群がる女子のせいでものすごいご立腹だというのに。この男!
マシンガンのように言葉がぽんぽん出て止まらないよ。早く弾切れになりなさい。充填とか してくれるなよ。
あーもうしつこい!しつこい男はきらわれる!というかあなたすでにきらわれている!
誰か助けて!と周りを見てみたものの、みんな忙しいみたいです★こっちの状況に気づいて
いる人なんか1人もいないんじゃないかしらーあはは。そろそろ戻らないと小野くんに文句を
言われるよ。それはとってもむかつくので避けたい。だから早く解放してください!




「あの、そろそろあたし戻らないといけないので、もういいですか?」
「じゃあ名前教えてよ」
「だから山田花子ですって」
「嘘でしょそれ。じゃあ携帯でもいいから」
「いやどっちもよくないんですって。当店ではナンパ禁止になっていますのでご容赦ください。
 ではこれにて失礼」
「待ってって!」
「ちょ!離してください、営業妨害です」
「じゃ、俺の教えるからメールしてよ」
「はいはいわかりましたー!だからいい加減離してください」
「ちゃんと番号交換したら離すよ」
「紙に書けよ!交換じゃさっきと言ってること違うだろうが!あーもうしつこいいいい!」




げんこつで殺っちゃっていいですか?それとも中指をちょっと出っ張らせたぐーで殴っても
いいですか?とりあえず殴ってもおk?平手ならおk?
今ならいつより5割増しの力が出せる気がするヨ!




「ごめんねーこの子もう休憩入るから。じゃ、失礼ー」
「え?あっとっと!」
「ちょっと待てって!まだ交換してな…い」
「まだなにかあるの」
「い、いえ、ないです!どうぞ行ってください!」
「そ。じゃね」




どうやらレイヴン先生が助けてくれたらしい。先生はあたしの腕を掴んでいたしつこい男子
の腕を払い、あたしの背中を出口方面に押したので男子から見えないような形になった。
なもんで、先生がどんな顔をしていたのかわからないが声がいつもよりこわかった。
でも、そんな先生もすてき…!なんかしつこい男子の声がうわずっていたので、あたしを
助けたのが先生だったというのと単に気迫負けしたと推測します。ざまあみやがれってんでい!
というかあたし休憩入っていいの?なにそれらっきー!そしてさっきから出口に向かって
先生にぐいぐい押されております。ぐいぐーい。あらまあ。ついに廊下に出ちゃったよ。




「先生、ありがとうございました!あいつしつこいのなんのって、もうたいへ」
ちゃん」
「え、はい?」
「もうちょっと自覚しなきゃだめよ」
「自覚?なんのですか?」
「…ま、いいや」
「は?」
「とりあえず休憩の許可はもらってきたから校内でもまわりましょーか」
「うっそ、いいんですか?」
「ん、ほらほら行くわよー」
「は、はい!」




しつこい男子なんかありがとう!あんたのおかげで先生と学園祭まわれるよ!ハッピー!
こんなすてきな先生と一緒に学園祭でうはうはできるなんて。これぞ青春か。そうなのか。
あたしはこんなしあわせでいいんですか。いいですか、じゃあ思う存分弾けます!いえい!


















先生といろんなクラスをまわった。クレープ屋さんとか、タピオカ屋さんとか、たこ焼き屋
さんとか、ワッフル屋さんとか、焼き鳥屋さんとかって食べ物ばっかりー!
先生と一緒なのにあたしはなんで食べることを優先するんですか。普通恋する乙女と言ったら
恋煩い的なあれで、食べ物も喉を通らない現象が起こるはずなのに。おかしいな。どうした。
やっぱり故障してんのかな。そうなの?そうなのあたしの胃!?
でも先生はにこにこしながらいろんなものを買ってくれました。うわーい!せっかくだから
甘えてみた。そうした理由で、もぐもぐするあたしがいるのでございます。
で、廊下でたまたまユーリ先輩を発見でござる。せんぱーい!




「ユーリ先輩!」
「お?…じゃなかった誰だお前」
「いやいやですよ!あってますよ正解ですよ!」
「嘘つけ」
「うそじゃないですよ!ユーリ先輩ったら少し会わないうちにあたしの顔を忘れたっていうの
 ですか!」
「そのうざい感じはか。へえ、それヅラか?」
「うざい感じて…!そしてヅラって言うのやめてヅラって。せめてカツラって言ってください!」
「どっちも変わらないだろ」
「変わりますう!」
「にしても化粧で随分変わるもんだな。なあ、おっさん?」
「ん?なんで俺にふるのよユーリくん」
「別に?」
「……」
「なになにどしたんですか2人とも!怪しい雰囲気流れてるう!あたしも混ぜてくださーい!」
「なんでもねえよ。で、オレのクラス来るか?」
「行きます行きます!先輩たちはなにやってるんですかー?」
「来てのお楽しみ、だな」
「なんですか!もしかして、おかえりなさいませお嬢様!?」
「お帰り下さいませお嬢様だな」
「帰れってか!?」




そんなわけでユーリ先輩たちのクラスに行くことになったよ!るんるんだね。
執事喫茶ではないみたいだな。残念。先輩にお嬢様と呼ばれたい!あ、でもエステルはお家に
本物の執事さんがいて、お嬢様って呼ばれてるんだよね。なんか、うらやましい…。
でもあたしはユーリ先輩にお嬢様と呼ばれたいだけであってってまあ今は置いておこう。


















「ん?んん?んんん?これは、なんですか先輩」
「お化け屋敷だ、後輩」
「へえ、こらまたベタなことしてるねー、ユーリくん」
「オレが決めたんじゃねーよ」
「でもおもしろそうね。ね、ちゃん」
「……」
ちゃん?」
「むり」
「え?」
「無理無理無理無理無理!!あたし、帰ります!」
「まあ待てよ」
「ひいいっ!離してください先輩いいいいいいい!!」
「いいから入れよ、な?」
「そんな爽やかな顔で言わないでくださいいいい!悪意しか感じない!というか悪そのもの!」
「いいじゃない、入りましょーよ」
「殺すぞおっさんんんん!」
「こわい!ちゃん顔こわい!」
「2名入りまーす」
「入りません!キャンセル!ストップ!だめえ!」
「ほらほらさっさと入った入った」
「やめてえ!死んじゃう!無理!まじ無理!こわいよ!だめだってえ!」
「先生いるからだいじょぶよ。ほら行こー」
「先生とか関係ないから!今そういうレベルの話じゃないからほんとにいいい!」




あたしの悲痛な叫びはスルーされた。これをスルーするとはお前たち人間ではないな!
きっと悪魔なんだ!そうなんだ!こんなに嫌がっている少女を無理やりお化け屋敷に入れる
なんて!そんなの人間じゃねえ!非道徳的すぎるよ!
先生と2人でひゃっふー!ていう余裕も今回ばかりはありません!無理無理無理!
誰か助けてえええええ!!


















お化け屋敷の中は真っ暗でした。当たり前!暗いしこわいしなんなの!?
しかも普通の教室よりも広い教室を使っているらしい。まじで殺す気なの?そうなの?
中は迷路状になっていて、いちいちこわい。ぶらさがっているなにかとか、落ちているなにか
とか、どれがいつ動き出すかわからない状況です。反対にあたしの心臓は止まりそうだと
言うのに。もういや!
とりあえず先生と手をつないでいます。うれしいけどそれどころじゃない。
うれしい2割、恐怖12割。あれ、割合おかしいよ、どうなってるの。わかりませんんん!
先生はこういうの平気なのか、ずんずん前に進んでいる。頼もしい!ほれなおす!だがここに
入ることになったのは先生のせいでもあるから、好感度は相殺されました。ガッデム。
あーこわい。ひーこわい。もーこわい。早く出口こい!出口がこい!




「もーやだまじやだほんとやだ。そろそろキャパ超えするこわい無理死ぬ」
「だーいじょぶだって。先生がいるでしょ?」
「いや先生がいなかったらそもそもここに入ってないから」
「まあそれを言っちゃあおしまいよって話なんだけどね」
「出口どこ出口」
「あれ、聞いてる?」
「誰か出てきたら殺す殴る蹴る」
「ほんとに苦手なのね…」




今のところはまだ生身の人間は出てきていない。生身の人間てじゃあ他なに出てるんだよ★
っていう話なんですけどね、まあいわゆる飾りというかおもちゃというか演出みたいなもの
だけしか確認がとれていないよおk!?みたいな。無事に出られますように。生きて出られ
ますように。誰も出てきませんように。「うばあああ!!」ひいいいいいいいいいいい!!




「なんか出たなんか出たなんか出た!!!」
「よくできてるわねえ」
「ひいいいいいいいいい!!!触るな変態!!殺すぞ!!いやあああああああ!!」
「こらこらーセクハラよ、それー」
「ぎゃひ!!なんか触った変なの触った臭い!」
「お?こんにゃくってまた古典的ね」
「なあああああああ!!来るなばか!こっちくんな!見んな!帰れ!」
「あははー走れ走れー!」




もう無理かもしれない。そろそろ命の灯さんが消えそうです。全力で消化活動しちゃってる。
待って消さないで!それあたしの命!燃えろ!逆に燃えて!
ていうか出口まだ!?長いよ!もういいよ!十分恐怖体験したよ!だから解放してよう!
あたしの精神がズタズタだよ。ボロボロだよ。すべてが無理!
あれ?あれはもしや光?光ですか?出口ってことですか?待ち望んでいたものですか?
やっと解放されるんですね…!生きててよかった!
あたしは先生の手を引っ張って出口らしき光に早足で向かうことにした。




「光だ光!先生、早く行きましょ!こんなとこ一刻も早く出て」
「う…ううう…」
「先生なに唸って…」
「うぼあああああああああ!!」
「うえええええええええええええええええ!!!!」




なんでか知らないけどお化けさんの手を掴んでた!なんでなんでなんでえええええ!!
こわいよこわいよこわいよお!もうやだ!ほんとにやだ!こわいよ!先生どこ!どこ行った!?
なんでお化け掴んでるのお!意味わかんないよう!せんせええええええええ!!!




「…せんせえどこお?もうやだ…うわああん!」
ちゃん!」
「…せんせい?」
「もう、急に消えるからどこ行っちゃったのかと思っ…!」
「せんせえ…!こわかったあ!なんでいなくなるの!手離さないでよう…ぐすぐす」
「…ごめんね?よしよし、もうだいじょぶだから。ほら、もうすぐ出口よ」
「やだもう歩けないこわいい!」
「しょうがないわねえ…よいしょっと」
「ううっ」




完全に駄々っ子と化したあたしは、先生にだっこをねだった。先生も嫌がらずにだっこを
してくれた。思いっきり泣いたあたしは少しでも顔を隠すために先生にしがみつき、肩に顔を
うずめた。こりゃあきっと外から見たら、お父さんと娘だな。
でももう知らん。そんなこと知らん!あたしは知らああああああん!!!くすん。
そして周りが明るくなったのがわかった。ので、より顔をあげられなくなったんだぜ…。




、大丈夫か?」
「だいじょぶよ。ちょっとびっくりしちゃったみたい」
「いやちょっとじゃないだろ。なんか、悪かったな」
「…こんど豚まんたくさんかって」
「わかったわかった。悪かったな」
「じゃ、ここちょっと人多いから移動するわね」
「おう」




ユーリ先輩が珍しく悪かったという気持ちを全面に出していた、ような気がする。
豚まんたくさん買ってもらえるなら許す。たまにピザまんも買ってくれるとうれしい。
で、先生にしがみついたあたしはなかなか好奇の目にさらされているのですが、先生が
さっさと移動してくれたので被害は少ないとみた。
先生は、物理準備室まで連れて来てくれた。この辺りは使われていないので、すごく静かだ。
あたしを部屋の奥にあるソファーまで運ぶと、そこにおろした。
とりあえず恥ずかしいのであたしは膝をかかえてソファーで体育座りしてみた。




「ほい」
「…紅茶」
「そ。これ飲んでちょっと休憩しましょ」
「ありがと、ございます」
「いーえ」




温かい紅茶が身体にしみわたる気がした。先生は近くの机によっかかって立っていた。
ずずずっという音と遠くに聞こえる喧騒以外の音がない静かな空間だった。
なんか落ち着いてみるとすごい恥ずかしくなってきたんですけど。気づくの遅いよね。はは。
乾いた笑いしか起こらねえ。




「ごめんね」
「え?」
「あんなに苦手だと思わなくて、こわかったわよね」
「あ、はい、まあ…。でもだいじょぶです。先生、ちゃんと探してくれましたし」
「そりゃあ探すわよ」
「あはは」




やっと力が抜けて、先生を見上げながら笑った。そしたら目に残っていた涙がこぼれた。
それを見た先生は緩めていた顔を真面目な顔に変え、あたしの方へと手を伸ばす。
いつものあたしなら絶対パニックになるのに、どうしてかこの時だけは静かにそれを見ていた。
先生の男の人らしい手はこちらへと伸び、細くもなく、太くもない指先が目元の涙をさらって
いった。そして少し頬に触れながら、先生の手は離れていった。
不思議な沈黙に守られたこの時間がずっと続けばいいと思った。続かない刹那の時間だって
いうなら、少しでも長くこの時間にとどまっていたい。




「せんせい、」
「ん?」
「…つかれた」
「はは、じゃあ少し寝てもいいわよ」
「うん、」




悪あがき。これはきっと悪あがきなんだと思う。少しでもここにいたいと思った今のあたしに
できることはこれくらいしかない。そんな気がした。
そして静かな世界から静かにフェードアウト。先生の気配を近くに感じながら、あたしは
眠りについた。
そういえば、頬に温もりを感じた。でもそれが夢だったのか、現実だったのかはわからない。
しあわせだったことには変わりなかったけれど。

















やさしいビロードに包まれて夢をみる。




















大正 浪漫 飛行