夏と言ったら花火でしょ。夏の風物詩です。花火職人が一番輝ける季節ですよ。すてき。 花火職人って響きからしてすてき。前にも言ったけど、あたし花火職人と結婚したいって 思っていたことがあるくらいなぜか憧れる。あれだなきっと、職人っていう粋なものに魅かれる 性質なんだな。そうだな、うん。 というわけで、ついに花火大会の日がやってきましたよ!たのしみー! まあレイヴン先生を結局誘いだせなかったのは残念だけどね。あたしの力不足よ。 でも、ユーリ先輩にはポジティブなこと言ってもらえたし、こんくらい気にしないぜ! 「というか、ありがとうございます」 「なにが?」 「ユーリ先輩が浴衣だなんて…!これあたしのためですよね!」 「ちげーよ」 「だと思った!でもほんと世界に感謝をしたくなるほどのクオリティーですね」 「どんなだよ」 「あ、フレン先輩もさわやかな色気が出てていつもより良い感じです」 「なんかついでって感じがするんだけど…」 「そんなことないですよ!」 「そうかな?」 「はい!いつもついでですから!」 「……」 「どんまいフレン。もほどほどにしろよ」 「すいませーん★でもフレン先輩ってこう、いじりがいあるっていうか。うん」 「それはわかる」 「でもフレン先輩もだいすきですよ!」 「そ、そうかい?」 「エステルとユーリ先輩の次に」 「あ、うん…そっか」 今回はみんな浴衣でひゃっふーです。特にユーリ先輩なんかひゃっふー度が並じゃないヨ。 これは世界平和に貢献できるひゃっふーです。もうすごいね、ここまでとは思ってなかった。 浴衣こそ、ユーリ先輩の色気を最大限に生かせるものだと思います。まさに色気キング。 その10万分の1でもいいから欲しいですね、分けてほしいです、ぜひ。というかくれ。 もうなんであたしにはないんだろうね。そしてなぜに男のユーリ先輩にこんな色気あるの? どういうこと?これどういうことなの?神さまどうしちゃったの?アダムとイヴの違い、 わかってんの?ねえねえ神さま!アダムに色気与えすぎだよ!イヴにもちょっとくれよ! たのむよちくしょう!切実な願いだよ!浴衣着ても男子に負けてるってお前…! まあいいや。今さらどうしようもないもの!ちゃんはもう完成されちゃってるもの! まだ思春期Ver.ではあるものの、ほぼベースができちゃってるもの!もう遅いよ…なにもかも。 だから今日は食べます。いつも食べてますけどね!きゃっきゃうふふ! 「さーて、なにから食べようかな」 「お前まだ胃袋修理してないのか」 「ええ、まあこれでもいいかなあと。支障ないので」 「支障出てるぞ、お前の女子力に」 「あたたたた!そこを突かれるとあたしとっても痛いですうううう」 「じゃあ食うのやめろよ」 「やめられないとまらないーかっぱえびせん!の如くです」 「あほか」 「愛すべきあほです」 「愛せねーよ」 「愛してくださいよう!愛をーくださーい!WOW WOW!愛をーくださーい!ZOO」 「末期だな」 「ひどーい★」 でも結局は食べちゃうんですよね。ついついうっかり食べちゃうんです。 だって食べたいんですもん!こう、屋台っていうのは魅力がすごいじゃないですか。 屋台ってだけでテンション3割増しというか?うん、食べなきゃ損損!だと思います。 そんなわけで、とりあえずたこ焼きはおさえておこうかと。ええ。これプロの選び方。 「あ、りんご飴も食べようかな」 「あんなでかいの食うのかよ。あんず飴で我慢しとけ」 「ええー。だいたいあんず飴といっても食べるの中身すももですもん」 「それはお前の好みの話だろ」 「じゃああんず飴もといすもも飴買ってください」 「自分で買えよ」 「買って買ってー」 「いやだ」 「買ってお兄ちゃーん!」 「いやだ」 「じゃあフレンお兄ちゃん買ってー」 「うん?いいよ」 「やたー!」 「待て待て待て!フレン、こいつに甘過ぎだろ!」 「そうかな?」 「そんなことないですよフレン先輩!」 「うまいこと使われてるぞ」 「使ってないですよ!失礼な人ですね!あたしはフレン先輩に甘えているだけです」 「ほー」 「あ、ユーリ先輩もあたしに甘えられたいんですか!そういうことですか!任せてください!」 「だが全力で断る」 「照れるな照れるな!」 「……」 「むえええええ!アイアンクローはだめえええええ!あだだだだだだ!」 こうツンデレだと困りますね!毎回毎回なにかしら痛みをいただく身にもなってほしいです。 それはあたしのせいだっていう話かもしれないですけどね!でもでも、つい危険に飛び込みたく なるんですよね。それゆえのアイアンクローですよ。まあいいじゃないか。 ユーリ先輩だって本気じゃないですよ!たまに本気でやるけどね。ミシッて鳴る時あるけどね。 骨とか骨とか骨とかそこらへんのなにかが。いいんだ。別にいいんだ!これぞ愛!たぶん。 ◆◆ 「よし!そろそろ花火も始まるので移動しましょうか、みなみなさま」 「そうだな。頼むから迷子になるなよ」 「わかってますよ!ちゃんとはぐれないようについていきます!どこまでもー」 という会話をしたのがつい10分ほど前のことだったような気がするんですけどね。 それなのにあたしはただ今1人でぽつーん状態ですよ。おかしいよ。どういうことなのさ。 ちゃんと後ろについていったはずなのに!でも今日はまた一段と人が多いというか。 な ん か む か つ く ★とか言ってる場合じゃないね。 だがしかし、視界に入るカップル共が邪魔で邪魔で仕方ねえぜ!どきなさーい! あたしは迷子まっしぐらなのよ!その上カップルに邪魔されるなんて…!なんてこったい! 誰かあたしを見つけてえ!って携帯があるじゃん。現代っ子! よし、とりあえずユーリ先輩に電話しよう…ん?あれ、おかしいな。携帯の様子がおかしいな。 ってこれらくらくふぉん!おばあちゃんの携帯じゃんんんんんんんん!なにこの奇跡! さて、ここで問題です。どうしてあたしがおばあちゃんの携帯を持っているのでしょうか。 だっておかしいじゃないですか。昨日までエステルの別荘にいて、その時は確かに自分の 携帯を持っていた。だけどね、これには海よりも深い理由があるのですよ。 それは!浴衣を着るのに1回お家に帰ったのです。ふつー!ふつーの理由! ま、荷物もあるしここは1回帰るわーあははとか能天気に笑っていたあの時のあたしを 鈍器で殴りたい!後悔させてやんよ!って殴りたい! そしてあたしはお家で浴衣をばっちり着付けしてもらい、これでおっけー!と思ったのです。 でもちょっぴしのんびりしたら思いのほかのんびりしすぎて時間ギリギリ!やばーいと テーブルにあった携帯をひっつかんで来たら、それらくらくふぉんやん。ボタン大きいやん。 おばあちゃあああああああああああん!!!! 「現代っ子ゆえに友人の携帯番号なんて覚えてないんだぜ…」 携帯とかそういうものに依存するからこういうことになるんだよ!仲良い人の電話番号くらい ちゃんと頭に入れておきなさいよ!そのからっぽの頭に入れときんしゃい!もう遅いけどな! さて、どうしよう。どどどどうしよう。1人で花火とか切ねえ…。でも自業自得。ばか! とりあえずさっきから人にどんどんどどすこってくらいぶつかってるので移動することにする。 なんておばかなあたしでしょう。またユーリ先輩という天使があたしを見つけてくれると いいんですけどね。そう簡単にミラクルは起きなくてよ!ちくしょうううううううう。 というわけで、土手の方まで歩いてみた。周りはカップルだヨ。カップルしか見つけられない。 こわいよこわいよ。世界が違うよ。次元すら違う気がしてきたんだぜ。誰かああああ! ドォンッ とか言ってたら始まったー!うひゃーきれいだ!だからこそより切なさ増してくんだよう! だって考えてごらんなさいよ。花火大会でおしゃれして浴衣着た女子高生が1人ぽつんと 土手で佇んでいる。切ないよ。相当切ないよ。たぶん想像より6割増しで切ないよ。 しかも周りカップルとか精神的拷問?いやがらせ?そうなの?グルなの?みんなグル? なんだかとっても切ないけど、無情にも空に咲く花火はとてもきれいなのです。 「きれいだなあ…」 「そんなさみしい顔してどったの?」 「…え」 去年の花火大会、先生の面影を追いかけた。1人でずっと走って走って。 …でも追いつけなかった。それから、ユーリ先輩に見つけてもらった。 あたしはレイヴン先生だと思って、弾かれたように顔あげた。 まるでその時のやり直しみたい。聞き慣れた、でもいつだってあたしの胸を高鳴らす声。 その声に引っ張られるように顔をあげた。 そこには…だいすきで仕方ないあの人です。でも、こんなところに先生がいるはずないのに。 どうしているの?幻?あたしがひとりぼっちでかわいそうだからこんな幻が? だって、レイヴン先生がこんなところにいるはず、ないよね? 「なんか悲しいことでもあった?」 「…せんせい?」 「ん、先生」 「どうして、いるの?」 「おっさん思ったんだけど、偶然会ったなら別に一緒に見てもいーんじゃない?花火」 「…うん、そうですね」 「ほら、きれいだよ花火」 「…うん」 「なーに泣いてるの?」 「だってえ…!」 「泣くほどうれしかったのー?先生に会えたこと」 「うん、」 「え?」 「うそだよーだ!」 「もう!…浴衣、かわいいわね」 「浴衣が?」 「浴衣を着たちゃんが!」 「えへへっ!」 覚えててくれたの?あたしが誘ったこと。先生、逃げたくせに。それでもうれしいんだけどさ。 しかも探してくれたりしたのかな?そうなの、先生? だって、先生普通にしてるけどすごい汗。確かに夏だし暑いけど、息ちょっと切れてる。 ねえ、そうなの?聞きたいけど聞いても偶然って言うんでしょ?そうなんでしょ。 どうしてだろう。あたし、わかんないよ。どうして先生がそんなにあたしを喜ばせるのか わからない。どうしてそこまでしてくれるの?あたし、期待しちゃうよ。 期待してもだめだってわかってるのに、でも期待せずにはいられないよ。どうしたらいいのさ。 あたしは、どうしたらいい?ねえ、先生。 「せんせ、きれいだね」 「そうねえ」 「ねえ、せんせい」 「うん?」 「……すき」 「え?今花火の音で、」 「…なんでもなーい」 「そ?」 すきすきすきすき!だいすきだよ、せんせい。 ねえ、せんせ。あたしたちもカップルに見えてたりするのかな。周りに溶け込んでたりする のかな? 周りにいるカップルたちは社会人のようで、女の子は浴衣、男の人はスーツが多い。 女の子はしっかりおしゃれして、男の人は仕事帰りでスーツのまま。彼女のためにそのまま 来てくれたんだね。だってみんなしあわせそう。 …この時ほど、早く大人になりたいと思ったことはない。あたしがもし、先生と同じくらい だったならば、堂々と先生を誘って一緒に花火大会に行けるのに。いつだってどこへだって。 なのに、どうしてあたしは高校生なの?どうして先生は先生なの? みんなと同じように恋してるだけなのに。相手がたまたま先生だったってだけで。 それなのに、こうやって花火大会1つ素直に行けないんだね。 今この瞬間はすごくしあわせ。でもいつまでもこの時間が続くなんて思ってない。 そんなこと、わかってる。それでも甘い甘い夢を見ていたくなる。ずっと甘さに浸っていたい。 隣を見上げると、先生がいる。花火の光を受けてなんだかすごく、きれい。 ずっと見ていたい、先生だけ。胸がきゅってなる。 先生はあたしのことどう思ってる?最近はなんだか先生と一緒にいる時間が多くて、先生との 距離が縮まってるって勝手に思ってるから、だからすごく気になる。 すこしでもあたしのことを気にしてほしいよ。あたしだけを見ていてほしいよ。 …欲張りな乙女だこと。だめだなあ。 「さて、じゃ花火も終わったし帰りますか!早く帰らないと道混んじゃうものね」 「ですね」 ほんとはもっとずっと一緒にいたいけど、まあ無理ですよね。そんなわがまま。 どうして恋する乙女っていうのはこんなにも欲張りで、わがままなんでしょう!困ったもんよ。 もっとずっと一緒にいたい。一緒にいるだけでいいよ。ただ隣にいるだけでいいよ。 それくらい、許してほしいよ。時間とは非情なものなんですね。 という感傷に浸りつつ、先生と花火大会の帰り道を一緒に歩くっていうのはすごく新鮮だと 思ったりしていた。こんなこと普通はないもんね。 単純なあたしはそれだけで少しの優越感と幸福感を胸に抱くのでした。ほんと単細胞。 「うわっ」 「おっと」 「はう!…あ、ありがとうせんせ」 「いえいえ。だいじょぶ?」 「はい…」 人が多いのでこれでもかっていうくらい人にどんどんどどすこぶつかった。 でも早く行かないと先生と離れちゃうと思ってカランカラン下駄を鳴らして歩く。 そしてどどすこぶつかるあたし。そんなことを繰り返してたらこけそうになって、先生に 助けてもらいました。うふふのふ。もうそれだけでどっきんどっきんばくばくな心臓です。 「ちゃん、ほい」 「はい?」 「手、貸して?」 「手?なんかくれるんですか?」 「いやーなにもあげるものないけど、おっさんの手を貸してあげよう!」 「いやあたしが貸すんですよね?」 「あ、そうだった。ま、いーからいーから!ほれ!」 「はあい」 「はぐれちゃったら大変だからね」 「うん…」 先生と手をつないでいるよ爆発しそう。手汗やばいよ。変に思われてないかな。だいじょぶ? もうどうしてこんなすごいことを簡単にしてくれるんですか、この人は! あたしの気持ちも知らないで、こんならぶイベント!心臓がついていってないよ。 顔に熱が集まるのはきっと、暑さのせいだけじゃないんだろうな。 先生の手、意外と大きい。大人の人の手だ。それにごつごつしてて、男の人って感じ。 先生をちらっと見ると、なんか余計にどきどきした。 ほんとにあたしってば先生と手つないでるんだって、なる。あたしの手を、先生が握ってる。 先生を見上げると、いつもと変わらない顔。なにを考えてるんだろ。 あたしと手をつないでること、どう思ってるんだろ。姪っ子と手つないでるくらいの感覚? もう、自分の心臓と手に感じる体温しか、わからない。 ◆◆ 「結局お家まで送ってもらってすみませんでした」 「いいのよ。というか女の子に1人で帰れって言う方がどーなのって話でしょ」 「あは、そうですね」 「じゃあまた新学期にね」 「…はい。せんせい、」 「ん?」 「ありがとうございました。…おやすみなさい」 「どういたしまして!おやすみ」 先生の背中が見えなくなるまでずっと見ていた。角を曲がる瞬間、先生はこっちを向いて 笑って手を振った。それがうれしくて、ぶんぶんと手を振った。子どもみたいに。 花火会場から人の多い場所を抜けても、先生は手をずっとつないでいてくれた。 気まぐれか、それともただ単に忘れていたからか。それでも、うれしかった。 自分の家に着いてしまうのがすごく残念だった。先生と手を離さなくちゃいけないし、 先生と新学期まで会えない。それに、先生との時間が終わっちゃう。 でも家には着いちゃうものなんです。仕方ないことなんだけどさ。 あたしの恋は報われるんですかね。どうしたらいいのかな。もうそればっか。どうしたら。 あたしがなにをすれば、報われるのだろう。 汗とコロンが混ざったあなたの匂いが、今も忘れられない。 |