質屋










19











三田事変。それは、先輩と仲良くしていることにぷんすかした少女が起こした事変である。
それは突然のことでした。何の前触れもなく、雨の日に、しかも土砂降りの日に起こったのだ。
結論から言うと、あたし、が殴られました。いや叩かれました?
とりあえず平手をいただきました。ついでにほっぺに傷を一つ残していきました。消毒したよ。
もう、女の顔を傷つけるとは何事か!むしろあたしがぷんすかだっつの!
さてさて、その後どうなったか気になりますよね。実は、なにもないのです。だからこわい。
嵐の前の静けさなんですかね。なにもないといいけどね。
とりあえず、自分の身の振り方というかなんというか、それを考えてみようかなあと。
というか考えました。そしてやっぱりあたしは間違ってないと気がつきました。ね!
だっておかしいですもん!あたしは武力に屈しないことをここに宣言するう!
というわけで、あの日の翌日、先生との会話へ続く。








「先生、白衣洗って返しますね。あ、ちゃんとクリーニングですからね!」
「別にいいわよーそんな気をつかわなくても。それより風邪は引いてないわね?」
「引いてないんですよね、これが。なんかこう切ないなにかがあるっちゃああるんですけど」
「そんなことないわよ!風邪引かなくてよかった」
「先生も風邪とか引いてないですか?ちょっと濡れちゃってましたもんね」
「あれくらい全然よ。びしょびしょのちゃんに比べたら」
「まあ確かにびっしょびしょでしたもんねーあはは」
「あはは、じゃないでしょ!もう、心配させないでよ」
「はあい、ごめんなさい。それからありがとうです」
「いえいえ!融通の利かない生徒をもつと大変よう」
「ほんとですねえ」
ちゃんのことだからね!」
「あ、そうでしたか」




ほんと自分でもびっくりです。風邪を引かないことにね!逆になんで!?なんで引かないの!?
あんなびっしょびしょなのになぜ風邪を引かない!どうしてだ!
先生のことで悩んで知恵熱は出せるくせに、風邪というベタな方では熱出せませんてか。
そういうこと?規約とかあるの?ねえねえどうなの!
と言っても仕方ないね。風邪引かなくてよかったじゃん、納得はしてないけどな。
にしても、白衣をかぶって走るあたしはさぞかし怪しかったでしょうな。というか視線を感じた。
しっかり怪しいという気持ちがこもった視線をキャッチしましたよ。
父さん!妖気です!みたいな感じでキャッチしました。まあ雨なので髪は立ちませんでしたが。
そんな視線をキャッチしながらもあたしはしあわせでした。だって、先生のやさしさをこの身に
感じたんですもの!しかと味わったでござる。白衣を。変態か!




そういえば、先生はあの時のことを聞かなかった。
ほんとは誰かといて、その誰かとあまりよくない状況だったってわかっていたと思う。
だって、先生だもの。それでも先生は聞かなかった。
あたしが、あの日頑なな態度をとったからだろうか。でも、触れてこなくてよかった。
それも、先生のやさしさなの?





























誰がなにもないって?嵐来るの早くねえか。おいおい。忘れた頃にこいよ、せめて!





?どうしたんです?」
「いんやー、眠いなあと思ったところ」
「また夜更かししたんです?」
「ま、そんなところ!乙女の夜は長くてよ」




ごまかせた?あぶねーあぶねー。露骨に顔で表現しちゃったよ。エステルがちょっぴり疎い子で
よかったです、ありがとう。
で、下駄箱に入ってたよ!呼び出しメモが!こわい!こわくねえよ。全然こわくねえよ。
強がってみた。うそです、こわくないもん。むしろ朝からテンション下げてくれてありがとう。
最近テンション上がりすぎてだめだなあって思ってたとこ。これで抑制できます。うそだよ!
とりあえず放課後ちょいと料理してきますかね。ははん。























増えてるー!人が増えてるー!1人増えてるー!三田さんの隣に女の子が増えてるー!
呼び出しされた場所は屋上。そしてドアを開けると、三田さんとその隣に小柄な女の子が
1人追加されていた。あたし追加してないです。間違いです。クーリングオフ!




「ええと、三田さん、とどなたでしょう?」
「私ツバキと同じクラスのモニカです」
「モニカさん、ですか。どうして人が増えてるのでしょうか…」
「この子はユーリ先輩が好きなの」
「あ、なるほど。で、その今日は何用でしょう?」
「先輩たちと話すのをやめてもらいたいの」
「だから無理なんですって!それに急にそうなったら怪しさMAXもいいとこですよ!」
「じゃあ、嫌われて」
「そんな器用なことできませんて!」
「だったらさんがどうにかしてよ」
「どうにか!?なにを!?」
「わたしたちが先輩と仲良くなる方法考えてよ」
「あ、そういうこと。えー、と言われましてもー…」




このお嬢さんはどうも無茶ぶりスキルが高いようで、あたし困っちゃいます。
仲良くなる方法ってなんだYO!デートできるよう仕組んでとかそういうこと?無理!
そんなことできない!別に先輩とデートしてほしくないからとかじゃなくて、バレると思う。
フレン先輩はともかく、ユーリ先輩は勘がいいからたぶんバレる。そして、断られる。
そういうのは自分で言えよってタイプな気がするからです!知らんけど!
とにかく、そんなあからさまな仕組みじゃあすぐ失敗ですよ。もう知らん!無理言わないで!
だって話しかけなきゃはじまらないじゃん!




「先輩たちに話しかけたらどうでしょう」
「それができたらこんなこと言わないんだけど」
「ですよねー!じゃなくて、そのー、朝のあいさつからはじめるってのはどうですか?
 先輩たちなら絶対あいさつ返してくれると思います、はい」
「でもそんな急に言ったら変に思われない?」
「じゃあ、あたしにおはよーって話しかけーの、その流れで先輩おはようございます!って
 言ったらどうでしょう」
さんを使うってこと?」
「使うって、まあそうですね、この際思いっきり使ってやってください」




それであたしが解放されると言うのなら、いくらでもつかってやってくださいいい!
ほんとおねがいします、これで許して。




「モニカ、どうする?」
「…私、それでやってみたい。少しでもユーリ先輩と話せるなら!」
「はい、じゃあそういうことで!あたしとあなた方はお友だちです!なのであたしのことは
 と呼んでくださいまし!なのであたしも、ツバキちゃんとモニカちゃんと呼ばせて
 いただきます!いいですか?」
「…うん、よろしく」
「ありがとう、さん」
「いえ!それでは詳しいことはまた連絡するので、この際携帯番号やら教えてください」




こうしてなぜか、呼び出しした子と呼び出された子の不思議な番号交換がはじまりました。
まあ何度も言うけど解放されるならあたしはおーるおっけーです。
それに、三田さんも悪い子じゃないと思うんだよね。ほんとはただ純粋にすきなひとと仲良く
なりたくて、でも勇気がなくて。それって、みんな同じだから。すきなひとと仲良くしてる
女の子がいたらやきもち焼いちゃうもんね。だから、がんばってほしい。こんなことしないで
すむように。一歩を踏み出してほしい。ただ、それだけ。
あたしなんか、先生に恋してるんだからね!先輩なんてすぐどうにかなるよ!知らんけど。





























作戦が実行される日が来ました。自然な流れでこう、ね!
ま、先輩たちは絶対あいさつ返してくれると思うよ。それをどうにかするかあなた次第!
結局自分次第なんだよ。だからあたしは背中を押すくらいしかできないってわけさ。
がんばって、2人とも。




「おはよう、エステルー!それから先輩方」
「おはようございます、
「オレらをまとめんなよ」
「おはよう、
「だって、めんどくさいんですもん」
「最近より生意気になったな」
「照れますな」
「褒めてねえよ」
「なん…だと?」
「いやいや」




さあ、来い!やるんだ恋する乙女たち!そろそろ合流するはずだ!
とりあえず話しかけろ!あたしに!それからの先輩たちだぞ。がんばれ!あたしのために。
むしろあたしのためにがんばって。あたしの未来のために。




、おはよう」
「おはよう、ちゃん」
「おはよーツバキちゃん、モニカちゃーん!」
「(よし今だ!今よ今!)」
「…フレン先輩も、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「ユーリ先輩!おはようございます」
「おう」
「それじゃ、またね」
「うん、またねー!」




やった!やったよ!いえい!ユーリ先輩もっと愛想よくしろってのよ!でもいいか。
2人ともすごいうれしそうな顔してた。よかったね。うん、よかったよかった。
最初の一歩を踏み出せさえすれば、自信もつくよ、きっと。自分にもできるんだって。ね!
というわけであたしの任務は終了です。おつかれっす。




その後の話をすると、下駄箱にまた紙が入ってたんです。まさかの展開にあたしびっくり
あなたもびっくり状態で、とりあえず紙を広げてみたら、




  今日は、ありがとう。これからは自分で努力する。
  あの時は殴って、ごめん。それから、これからも友だちでいてくれるとうれしいかも。
                                         
                                      ツバキ       




だってさ!ツバキちゃんも素直じゃないんだからねー!どっかのフェロモン大魔王と同じだね。
ちなみにモニカちゃんからも、ありがとうっていうのとこれからも友だちでいてねという内容の
メールがきた。モニカちゃんのが素直でした。
そんなわけで初めての出会いがあんなんでしたけど、友だちが増えました。
恋する乙女に悪い子なんていないんだよ。ただ、前が見えなくなるだけさ。それだけ。





























「先生、これ遅くなりました」
「ん?ああ、白衣ね」
「そです。あと、これ」
「なあに?あ!紅茶マフィン?」
「今日のは、ほうじ茶バージョンです」
「おお!くれるの?」
「はい!ささやかなお礼です」
「そんな大したことじゃないのに悪いわね、ありがと!」
「どういたしまして!」




晴れやかな気分でありんす。三田事変は無事解決したし。これで心配はないね!たぶん。
これからまた新たな刺客が襲いかかってくるかもわからないけどねえ。がんば。




「もうすぐ夏休みですね」
「そうねえ。期末どうだった?」
「相変わらずのフレン先輩でしたけど、なんか慣れました」
「ついに慣れちゃったのね」
「さすがにねえ…」
「遠い目をしないで!こっちが切なくなるわよ」
「うふふ」




フレン先輩攻略もそろそろ考えねば。反逆のだよ。待ってろよ!生徒会長!
あー、にしても暑い。夏はなんでこう暑いんですかね。いやだわー。
でももうすぐ夏休み、そして臨海学校。噂の沖縄旅行だよ!先生もいるよ!いえーい!




「臨海学校ですね」
「突然すぎる発言ね」
「心の中ではつながってるんです、主語述語」
「聞こえないからね」
「そうなの!?」
「いやいやいや」
「たのしみですねー海」
「そうねえ、女子高生の水着が」
「……」
「あたたたた!足踏んでる!足踏んでるよちゃん!」
「たのしみですねー海」
「そうね!青春ね!きれいな海たのしみ!」
「おっけー」
「許しもらえた!」




楽しみだなあ、先生がいる臨海学校!去年もいたけど、ほら担任とかじゃなかったし。
そもそもまだすきじゃなかったし。うん。いやでもどっかしら気になってはいたかな。うん。
あ、でも先輩たちいないんだった。残念だ。でも楽しみだ。この葛藤、大変!
レイヴン先生と一緒はうれしい。だけど、先輩たちがいないのはさみしい。
これを足して2で割ると、沖縄たのしもうってなりました。どうしてだ!よくわかんない!
もはやなにがしたいのかもわからないし、足して2で割れない!これが正解。
とにかく!今年はちゃんと前もって支度して、遅刻しそう!このばか!ってならないように
気をつけよう。ね。スローガンは、先生と青春を!これにしようっと。




「先生遅刻しないでくださいよ」
ちゃんこそ」
「遅刻したら笑えませんよ」
「遅刻しないわよ!むしろ気合いを入れて軽やかに登場よ」
「登場?搭乗?」
「どっちも!」
「ふうん、がんばれ先生」
「興味なさげ!あ、当日点呼はちゃんがやるのよ」
「なんでーめんどくさーい」
「学級委員でしょ!」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「忘れてたー!あと小野ちゃんにも言っとい」
「やだ!」
「いやいや言っと」
「やだ!」
「言っ」
「やだ!」
「どんだけ!せめて最後まで言わせて!…じゃあちゃん1人でやってもらうもーん」
「いやだよ」
「そこ急に冷静にならないで!」




沖縄を夢見て夏休みにまっしぐら!

















あの夕日をもう一度。




















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