「雨だよエステル」 「雨ですね」 「エステルは雨すきかい?」 「雨はきらいじゃないですけど、湿気はあまりすきじゃないです」 「あーわかる。人生の4割強は湿気で悩んでる」 「でもこうずっと雨が続くとなんだかやる気も出ませんね」 「ほんとにねえ」 すっかり梅雨の季節です。梅雨が過ぎれば夏が来ます。ハロー夏。あ、まだだった。 梅雨ってさ、人からやる気を奪っていくよね、まじで。というか湿気?湿気がね、だめよね。 体の力と共に奪っていくもんで、まあ動く気になれないことなれないこと。 北海道にでも行こうかな。あそこは梅雨がないと聞いたよ。なんてすばらしいんでしょうね! あーもう!湿気うざい!湿気のせいで髪がはねる!うねる!うわああああ! そういえば、中間試験終わりました。 そして先生にキャナリ先生のことをつい聞いちゃった次の日。大変でした。それはもう大変よ。 ユーリ先輩が案の定怒っていましたYO!めっちゃこわかったー★ いやほんと、今までにない怒りをにじませてというか溢れさせてがくがく揺さぶってきた。 そしてフレン先輩の鬼加減を言いながらつらかったんだぞコノヤロー!ってなって、むしろ かわいそうなことをしたなあと思いました!ははは!まあその日からあたしも泣きを見ることに なったのですが。いやーつらかったね。でもここまできたら慣れる。うん、慣れた。 それもまた切ないね。ついに慣れちゃったよ。いやでもこれが新たな突破口となることだろう! 今までの分きっちりフレン先輩に返したいと思います。ユーリ先輩のためにも!たのしみー。 「夏来たらどうしちゃう?エステルー」 「そうですねえ、臨海学校がありますね」 「そういえばそうだったねえ。あ、今年は先生が担任だからうはうはだね!ひゃっほい!」 「よかったですね、」 「でも先輩たちがいないのはちょっと残念だねえ。夏休みもきっと夏期講習で忙しいだろうな」 「ですねえ…、あ!」 「え?」 「夏休み、わたしの家の別荘に行きませんか?」 「別荘!あんた家が城なんだから別荘なんていらないでしょ!ってでもいいね、行きたい!」 「じゃあユーリたちも呼んでお泊り会をしましょう!」 「いえーい!去年行った花火大会もまたみんなで行こーよ!」 「そうですね!」 「あーたのしみ!先輩たち来れるといいね!…そこに先生もいたらいいのになあ」 「呼んでみたらどうです?」 「いやいやいやさすがに無理だよう…先生だもん」 「とりあえず聞いてみたらいいんじゃないですか?わたしはおっけーですよ!」 「ほんと?…じゃあ誘ってみようかなあ。無理度120%超だけど」 先生誘ったら来てくれるかな。でもさすがに無理だよね。いやいやわかんないよ、うん。 きっと奇跡が起こるはず!むしろ起これ。起こるがいいさ。 …無理だろ。普通に考えて無理だろ。来る理由がわかんないっていうか意味わからんし。 さすがのあたしもどう考えても無理にしか思えねええええ。 ◆◆ 「お久しぶりー先生」 「いや、毎日会ってるでしょ!というかさっきも帰りのHRで会ったでしょ!」 「あれ、そうだったっけ?」 「ちょ、その年でもうボケたの!?」 やばい、想像以上に自分緊張してるわ。なんでこんな緊張してるのかしら。わけわかめ。 がんばれあたし。どうせ断られるんだからぱぱっと言ってぱぱっと断られてしまえよ! 「最近雨ばっかですねえ」 「そうねえ、もうやる気を奪われっぱなしよ」 「先生にもやる気って存在したんですね」 「絶滅しそうだったけどね」 「もう絶滅してんじゃないですか」 「そうかも」 「先生夏休みなにしてるんですか」 「もう夏休みの話ー?まだ夏休みには遠いわよ」 「希望を持たせてくださいよ」 「なるほどね。先生は夏休みも仕事よう。大人って大変よ」 「ふうん。でもずっと仕事じゃないですよね」 「まあそうね」 「じゃあ花火大会の時とかひましてます?」 「ひまってねえ。まあ休みっちゃあ休みね」 「じゃあ花火大会一緒に行きましょうよー」 「ええ?こんなおっさんと行ってもたのしくないでしょうよ」 「だって先生とあたしは仲良いんですよね?」 「うんまあ…そうだけど」 「じゃあ、行きましょ?」 「いやーそういうわけにもー…」 揺れている。確実に揺れている!と思ったけど違うな、揺れてるんじゃないな。そうじゃないわ。 これは揺れているんでなく、どうやって断ろうか悩んでるだけだ。傷つけないように断る方法を 考えている。ではなかろうか。 最近するどくなってきたなあ、あたし。それがまたちょっと悲しいんだかうれしいんだか。 だけど引けないんです。あたしだって、子どもみたいに先生を困らせるのは気が引けるけど。 それでも、一緒に行きたーいんですヨ! 「どしてだめなんです?エステルもユーリ先輩もフレン先輩もいるんですよ?」 「でもほらー、特定の生徒とだけ仲良くはできないっていうかなんというか?」 「ってことは、ここにいることもアウトなんじゃね?」 「そこをつつかれると痛いというかなんというか?」 「じゃあもうここは使えないってことですか?」 「いやそういうわけじゃあないけどお…」 「ここはいいけど花火大会はアウトなの?」 「えーあーうー?」 「そういうことですか?」 「むー」 「せんせーい」 「うー…とりあえず花火大会は一緒に行けないのよっ!ごめんんんん!」 「あっ!逃げた!」 まさかの逃げられた。逃亡されてしまった。レイヴン先生も意外と早く走れるんだねーははは。 こらこら、感心してる場合じゃなくてよ!でも逃げられてしまったら致し方あるまい。 もとから期待していたわけでもないし、ここはあきらめよう。ものすんごーく、残念だけどね。 「というか普通走って逃げるかって話だよね。あーあ」 ◆◆ あたしの心もザーザー降りです。この空のように…ってばかやろー!雨降りすぎなんだよ! なんだよこの雨。ふざけてんのか、コラ。朝めっちゃ晴れてただろうが。なのにこの雨です。 ばかか、そうなのか。猫かぶっていやがったな、このお空。 信じられないよ!あたしもう誰も信じられないよ!お天気お姉さんなんか特に信じられないよ! と思いました。 この前のレイヴン先生逃亡事件後、あたしと先生に特別かわったことはありませんでした。 まあそうね、次の日はさすがにちょっときょどってたけど、それくらいです。あたしスルーしたので。 それで、話を戻しますが、この雨どうにかしてくださいまーじーで!傘がないよう傘が! 今日に限ってエステルは用事があるからお先にって車でぶーん。あたしは教室で音楽雑誌の JAPANを読んでいた。じゃぱーん!郷ひろみじゃないよ、ひろみ郷じゃないよ。 それにこんな雨の中秘密の花園行く気にもなれないってか傘ないし。行きたくても行けないよ。 たぶん先生もいないんじゃないかな、さすがに。 あーあ、こんな時、誰かあたしの肩をトントンして、 俺の傘に入ってけよ。送る。 っていうすばらしい殿方が現れないものかね。自分、マンガの見過ぎ★ いたいよいたいよ!自分がいたいよ!いたすぎてもうだめあたしだめええええ!!とんとん。 ん?とんとん?まさかの俺の傘入ってけ!? 「さん?」 「はい!…ってどなたでしょう?」 「わたしは隣のクラスの三田ツバキ。ちょっと来てくれる?」 「三田、さんですか。あ、え?来てってどこへでしょうか?」 「こっち」 「こっちってそっち外…」 「いいから来て」 「はいいい」 あれれ、らぶイベントかと思いきや、なにこのやばそうな雰囲気。 そして彼女三田さんは、傘を持っているのにあたしは持っていない。 だがしかし!非情にもこのザーザー降りの中いいから来いとおっしゃる!こわい!女はこわい! 容赦なしですね、お嬢さん。っていうかこれ、呼び出しじゃね?ま じ か こ わ い 。 やってまいりました土砂降りの雨の中の校舎裏。暗いし冷えるしこわい。 すでにあたしってばびしょびしょ。しかも夏服なのでシャツ透けてるよ。らぶイベントには もってこいの状況だよ。シャツが透けてキャミソールが見えてるよ。ユニクロだよ。 なのに目の前にいるのは目がギンギンに冷えたお嬢さん。この時期は意外と冷えるのよ。 あたしってば結構寒いんですけどね、いいんです。別にいいんです。 「あの、それであたしに何の用なんでしょうか?」 「さん、先輩と仲良いよね」 「え、先輩?ユーリ先輩とフレン先輩のこと、ですかね」 「フレン先輩」 「あ、フレン先輩ですか…」 というかなんでこんな上目線から見られなきゃいけないんですかね。あたしだってびびってる だけじゃないんだからね!ぷんぷん! しかもユーリ先輩じゃなくてフレン先輩かよ!あたしだったら断然ユーリ先輩だし。 いや今はあたしの好みは関係ないね、うん。 「あのお嬢様はフレン先輩がボディーガードしてるみたいだし仕方ないけど、どうしてさんが フレン先輩と仲良いの?」 「いやあの、フレン先輩と仲良いっていうかユーリ先輩の方と仲良いっていうか」 「さんはさ、知ってるの?」 「なにを、ですか?」 「ユーリ先輩とかフレン先輩が好きなのに、話しかけることもできない子のこと」 「あ、はい…」 「それなのにさんはたまたま運が良かったからってあんなに仲良くして、あの2人のことが 好きな子に悪いと思わないの?」 「え、でもあたしは普通にこう、友だちというかそういう感覚で仲良くしてもらっているというか。 別に優越感に浸っているーとかそういうんじゃないから、その」 「それでも良い気持ちではいられないよね、こっちとしては」 「そうですね…」 やべ、押されてる。あたし押されてる!がんばって!あたし悪いことしてないよ!たぶん。 普通に仲良くしてるだけだもん。お兄ちゃん的な。そう!お兄ちゃんよお兄ちゃん! 「ユーリ先輩はあの、お兄ちゃんみたいな感じで、フレン先輩は勉強を教えてくれる人というか。 だからその、すきとかそういうんじゃないですから安心してください」 「好きじゃないっていうなら、もう話したりしないで」 「えええ!…でもそれはできないです」 「どうして?」 「友だちなのに話さないでって言われる筋合いない、です」 「は?」 「だって、三田さんももし友だちと次から話しちゃだめって言われたらいやですよね?」 「それは、」 「あたしも同じだよ。ユーリ先輩もフレン先輩もあたしにとって、大切な友だちっていうか そういう感じなんです。だから、それはできない」 「……」 「そりゃ、あたしもすきなひといるし恋してる子の気持ちもわかる。けど、やっぱり友だちを やめることはできないよ。ごめんね、三田さん」 すっかりだんまりになってしまった三田さん。ここにずっといても風邪引くだけだな、おい。 主にあたしが。 まあほんと申し訳ないけど大切な先輩たちと縁切れみたいなこと言われて黙って、はいって 言うほどあたしは弱くないんだよ。 恋する乙女の気持ちもわかるけどね、そりゃあ。 「それじゃあ、あたし…」 「…なにそれ」 「え?」 「なにそれ、何様?あんたは良い立場にいるからそんなことが言えるんだよ」 「え、立場ってそういう話じゃ」 「ほんっとむかつく。たまたま運が良かっただけのくせに」 「まあ確かにそうかもしれないですけど…そんなむかつくことしてますか、あたし」 「全部がむかつく!あんたなんか、あのエステルって子がいなかったらただの一般人 なんだからね!」 「今も昔も一般人ですけど、」 「うるさい!」 「うわっ…!」 パァン 炸裂!乙女の平手!殴られた!なんか知らないけど殴られた!なんであたしがこんな目に あってるんだよ! しかも爪が当たって頬切れたー!痛い!ばか!爪は切っておきなさい!衛生上のあれで! っていうか生活検査にひっかかるぞ! 「いたた、」 「もう、2度と近寄らないでよね」 「だからそれは無理だって言ってるでしょ」 「このっ…!」 「また!?」 また殴るのかい!いやーやめてええええ!これ以上あたしの肌を傷つけるのはやめて! 「そこでなにしてるの?」 「…っ!」 「あ、逃げた!」 ちくしょう!どいつこいつも逃げやがって!ってあたしも逃げようっと。 こんな微妙なところ誰かに見られるとか勘弁だぜ。っていうかあたし濡れ鼠ですもん! 恥ずかしいわーん。 しかもユニクロのキャミが透けて見えてるよ、せくしー! というわけで、あたしも三田さんの後を追う形で退散なんやで★きらりーん 「え、ちゃん?」 「はい?」 つい名前に呼ばれて振り返っちゃったよ。このおばか! ってあらやだ、レイヴン先生だ。 「先生?」 「そうよってなにしてんの!びしょびしょじゃない!それに頬切れてるし…、なにがあったの?」 「いや別になんでもないですよ。ちょっと雨のシャワーにあたっていただけで」 「うそつきなさい!」 びしょびしょのあたしを見て先生はすっごいびっくりしたようです。慌てて傘をあたしの方に 傾け、傘に入れてくれようとした。 だめだよ、先生が濡れちゃう。あたしはここまで濡れたからもう逆に濡れていたいよ。ねー。 「ほら!風邪引いちゃうからこっちおいで!」 「だいじょぶですから」 「なにがだいじょぶなの!?」 「とにかく、だいじょぶなんです!」 「…さっきここにいた子となにかあったの?」 「いえ、ありません」 「…ちゃん」 「ほんとに、なにもありませんから」 「どうしてそんな、」 「ここまで濡れちゃったからだいじょぶです、走って帰りますね。さよなら先生!」 さっさとおさらばだ!こんなびしょびしょでせくしーなあたしをいつまでも見せるわけには いかないんだぜ。っていうか、いろいろ突っ込まれると困るからなんですけどね!いえい! まあ別に、呼び出しされたーこわーい!とか思ってないし。いや三田さんはこわかったけどね。 その、なんだろ。三田さんに手を出されたから仕返ししてやる!とか、これからいじめられる! とか、こんなこと誰にも言えない!とかそういう風には思わないというか。 これはあたしが起こした問題だし、そもそもこれくらいじゃへこたれないってことよ。 意外と強い子に育ってますよ、海外にいる両親たちよ。みたいな。 というわけですので、あらためてさらばだ!ぐいっ。 …っと思ったんだよ、うん。今良い感じでまとまったところだよ!先生腕掴むなよ! 今そんなんされてもあたし困るだけー! 「先生、離してくださいな」 「風邪引いちゃうでしょ、こっちおいで」 「だいじょぶですって。それに先生が濡れちゃうよ。っていうか腕濡れてる」 「そんなのいいから、おいで」 「いやだいじょぶです!離してください、先生」 「…どうしてもそのまま帰るって言うの?」 「そうです」 「じゃあ傘だけでも持っていきなさい」 「いらないです、先生が風邪引いちゃうから。それに今さらですしね!」 「だったら、ちょっとこれ持ってて」 「え、はい」 傘持たされた。先生が濡れちゃうといけないので先生を傘で保護!良い子だ、あたし。 っていうかこれでまさか傘持たせて逃亡とかないだろうな!? と思ったもののそうではないらしく、先生はいつも着ている白衣を脱ぎはじめた。おおい! そんな、あたしを喜ばせてどうするつもりだ!こらこら、あたしってば自重しろ。 先生の色の濃いシャツに雨があたり、シャツをもっと濃く染めた。 そして、先生は脱いだ白衣をあたしの頭にかぶせた。 「先生?これ…」 「気休めにはなるでしょ」 「でも、」 「強情なお嬢さん、これくらいは許してもらえませんかね?」 「いえ、ありがとうございます!それじゃあ、先生また明日!」 「帰ったらすぐにお風呂入んなさい」 「はい!さよならー!」 「…ん、さようなら」 先生の白衣をかぶって雨の中を走る。先生の体温が残ってて、あったかい。 それに、先生の匂いがする。とかなんとかね、うふふ。 でも、先生ちょっと怒った顔してた。いつもより真面目な雰囲気だったし。 心配してくれた?そうなのかな。っていうか強情すぎだろこのおばかさん!って感じ? あとこれだけは言わせてください。ちょっと髪に雨がかかった先生はかっこよかったです。 さて、とりあえず三田事変をどうにかしとかないとねえ。めんどくせ。 「…どうしてあの子はあんなに強いのかね、」 少女の強さは、一人の男の心を動かす。 |