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秘 色
あれから、なんだか疲れてしまった。
あんなに賑やかだった学園祭も、片付けてしまえば何もなかったかのように戻ってしまう。
こうやって時間は流れていくのだなあ。
最近、自分が無理しているんだなあって思う。自分で言うなよって話なんだけど。
でもほんとなのよーう。顔がさ、すごい疲れる。筋肉を無理やり動かしているっていうか。
笑ってるのに、全然おもしろくなくて、笑えてるかすごい心配になる。あたし、だいじょうぶ?
そうそう、こんなに疲れてるのに、それでも先生に会うためにあの場所へ行くあたしってな
かなか根性あると思うんだよね。というよりただのばかなのかしら。
やっぱりすきだから、できるだけ一緒にいる時間が欲しい。たとえ、何とも思われてなくても。
あーあ。こんな感傷に浸ってる場合じゃないし。次は期末だよ期末。こんな気分で期末とか!
あたしの気持ちを配慮してくれないんですね、ばかばかばあか!
◆
「やっと終わった…期末」
「今回はちょっと大変でしたよね。学園祭の後で」
「そうだねーっていうかなんでまたフレン先輩の鬼指導が入ったのか理解できません。
そして恒例行事になりそうであたしとっても不安!」
「そうですねえ。なんだか勉強教えている時のフレンは生き生きしていますもんね」
「うわあ…悪趣味」
心配だった期末もなんとかクリアです。
なんてったってフレン先輩の鬼指導再びですから!いやー相変わらず地獄のようだったね!
こんなに早くまた見ることになるとは思わなかったぜ。っていうかもう見たくないヨ。
「そういえば、今月はクリスマスですね」
「あーそうだねえ。どうでもいい!」
「え、じゃあクリスマスパーティー出ないんですか?」
「はい?パーティー?なにそれ」
「この学校では毎年クリスマスパーティーをするんですよ。普段は使われない講堂がある
んですけど、そこで行われるんです。大きなクリスマスツリーとか料理とかすごいんで
すよ」
「へえ!そんなのあるんだー。楽しそうだねえ。ってそれタダ?」
「ふふっ、もちろん学校側の催しなのでタダですよ!」
「おおう、よかったー!だったらもちろん参加するよう!」
「パーティーは男子は燕尾服、女子はドレスなんですけど、よかったらわたしの家にある
ドレス着ませんか?」
「え、いいの?それすんごいありがたい!っていうか普通にドレス持ってないしね」
「はい!じゃあ今度の日曜日家に来てください」
「おっけー!楽しみ!」
クリスマスパーティーか。タダなら行くけどさ。おいしい料理もあるなら行くけどさ。
先生は、来るのかな。
…なんでもかんでもすーぐ先生に結びつけるんじゃないよ!あたしのばか。
◆
「いらっしゃい、」
「やっぱりリムジンは慣れないぜ…慣れたらたぶん負けなんだと思うけど」
「さ、上がってください」
「お邪魔しまーす」
エステルのお家は何度見てもすごい。というか何度体験してもすごいというか?うん。
いろいろすごいよね。相変わらず!
というわけで、いつものようにびくびくしながらエステルの後についていった。そんなあた
しはまるで子犬のようだぜ。くーん。
「ここです」
「ここですか、ってなにが?」
「見ればわかりますよ」
と言ってエステルが開けた部屋は、なんとドレスがいぱーい。あらやだこわい。すごくた
くさんのドレスありすぎてあたしとってもこわわわわわ。
「ええええ!これ、全部ドレス?」
「そうですよ」
「そうですか。いやなんかこう、すごいね」
「さ、選んでください!」
「おっけー★って選べるかい!どれがなにがあれですか」
「なんでもいいですよ!気に入ったのがあればどんどん試着しましょう!」
「なんかエステル楽しそうですね…」
いつもより生き生きしているエステルさん。あたしはよりガクブルになりました。
金持ちってすげー!っていうかどれ選べばいいかわからないいいいい。もうどしたらいいの!
◆
「つ、疲れた…」
「!これなんかどうです?これ!」
「もういいよおおお!あれでいい、あれで!」
「えええ、これも似合うと思うんですけどねえ」
「いやあれでいいから!むしろあれがいいです、あれ!」
「そうですか?まあがあれがいいって言うならあれにしましょう」
かれこれ3時間はエステルの着せ替え人形になっていたよ、あたし。疲れた。まじで。
悩んでいたあたしにエステルがこれなんかどうですー?と言ったのが始まりです。それか
ら次々にこれはこれは攻撃であたしの装備は全部ぶっ壊れました。もう裸状態。初期防御
力でメラゾーマ喰らった気分。連発だよ連発。死んでるよ。もはや死んでるよ。
で、さっきからあれあれ言ってたんですが、たくさんある中でなんとなく気に入ったのが
ありまして、それを候補に挙げてたんですねえ。他はもうエステルがこれこれ押しでわけ
わかんない状態です、ええ。
ちなみにあたしが選んだのは、チューブトップになっているドレスです。腰の後ろの部分
にはリボンがついててアクセントになってるよ!そんでサテン生地。とてもシンプルです。
色は赤っぽいオレンジ。でもそんな濃くなくていい感じ。
あと、スカート丈は膝上くらいかな。で、まあオーガンジーが2層ついててちょっとかわ
いい感じでもあるよ。肩丸出しだけど。これだいじょぶ?あたしでだいじょぶ?
「じゃあ、当日はうちでドレスアップして一緒に行きましょう!もちろんメイクもして」
「は、はいいい」
完全にエステルにおされてるぜえ。まあそういうこともたまにはあるよね、うん。
当日が楽しみだー。先生…いや先生とかどうでもいいし!ふんだ!
◆
「まじか」
信じられない。あたし、とっても信じられない。信じられなさ過ぎてもう、なんかびっく
りだよとにかく!
今日は、クリスマス。そうです。クリスマスです。エステルと約束をしていたクリスマス
ですよ。今日はエステルのお家に行って、メイクしてドレスアップしていつもよりもかわ
いいちゃんに変身のつもりだったんです。そりゃあ行く気満々だったよ。
だけど、だけど!なんとびっくり熱出た。熱!熱だよ熱!ばかなの?そうかも。
とりあえずエステルに連絡しなくちゃ。
電話電話ー。あったあった。エステルのエはどこだエ。ぷるるるるー。
『はい』
「やあ、エステル」
『?どうしたんです?』
「いやほんと申し訳ないんだけどさ、熱が出てしまいまして今日のパーティー行けそうも
ないんだーごめんね」
『熱!?だいじょうぶなんですか?いくつあるんです?ちゃんと寝てますか?』
「あはは、だいじょぶだいじょぶ!とりあえずエステルは楽しんできてよ、ね!」
『わかりました、今から行きます』
「うん、そういうことだからー…今なんて?」
『今からの家に行きます!栄養のあるもの持って行きますから!』
「いやいや来なくていいから!普通にパーティー楽しんできてよ!」
『が来ないんじゃ行く意味ないです!』
「エステル…」
『だから、の熱が早く下がるようお手伝いさせてください』
「…うん、ありがとう」
『じゃあ、わたしが行くまでちゃんと寝ててくださいね!』
「はあい」
なんて良い子なんだろうね、エステルは!もう、ほんとおばちゃん涙がちょちょぎれちゃう。
ていうかうちおばあちゃんいるし看病の方はだいじょうぶなんだけどね。
いやでもエステルが来てくれるのはうれしいし、元気出るわ!
たぶん、熱も最近気張りすぎたからなんだろうなあ。先生の前では強く元気でありたいか
ら、だからついついがんばっちゃうんだよねえ。あたしってば健気!
ほんと、ばかみたいに健気だよ。
◆
「…あれ、あたし寝てた!?」
「ぐっすりでしたよ」
「エステル!うわあ、ごめん!うっかりすっかり寝てたよ!」
「いいんですよ!病人なんですから、寝て当然です!というか寝てなきゃだめです」
「あは、確かに!」
「お土産にいろいろ持って来たんでけど、それはおばあちゃんに渡しましたからあとで食
べてください」
「うん、ありがとー!」
「お水飲みますか?」
「うん」
なんかエステルお母さんみたい。というかお姉ちゃん?病気の時は人が恋しくなるってい
うのはほんとだな。エステルが来てくれてよかった。
こんなお世話焼いてくれるお姉ちゃんがほしかったー!なぜあたしは一人っ子!
「」
「ん?」
「最近、無理してますよね?」
「え?」
「もしかして、熱もそのせいじゃないんですか?」
「…そう、かも」
「なにがあったのか話してくれませんか?」
そうだよね、エステルには話してもいいよね。別に一人で抱え込む必要なんて、ないんじゃない?
こんなに真剣にあたしを心配してくれる人なんて、そうそういないよ。
中学の時は、親友どころかちゃんとした友だちもいなかった。中学生なんてまだまだ子ど
もで、簡単に人を傷つけることができる。ただ、それに巻き込まれただけのこと。
と、過去の話は別にしなくてもいいよね。
「うん、なんかさ、疲れちゃって」
「……」
「あたし、先生が、レイヴン先生がすきなんだ」
エステルの目を見て言った。あたしは、悲しいくらい、先生がすきだって気持ちをわかって
ほしいから。
「先生に恋なんて、叶わないだろうってくらいわかってる。でもね、すきなんだ。もう、
どうしようもないくらい、すきなんだ」
「……」
「それで、まあいろいろ考えてたら疲れちゃってさあ。でも、先生の前ではね、元気でい
たいんだ。明るくて、元気な強い女の子でいたい」
「……」
「無理してまで強くなくていいのにね、ばかみたい」
「そんなことないです」
「え?」
今まで黙って聞いてたエステルが口を開いた。そして、あたしの手を包んで、力強く握って
くれた。
「ばかみたいなんて、そんなことないです!」
「エステル…」
「がそんな苦しかったなんて、それに気づけなかったわたしが一番ばかです」
「そんなこと、」
「、わたしにできることがあったら言ってください。話ならいくらでも聞きます。
それでの気持ちが軽くなら、いつまでだって聞きます」
「うん、」
「わたしは、先生のことをすきながだいすきです!でも、ずっと強くなくていいん
ですよ?弱音を吐いたっていいんです。誰だってずっと強くあろうとしたら疲れちゃい
ます。だから、いいんですよ。泣いたっていいんです。その時は、わたしがずっとそば
にいますから」
「うん、…うん」
「もし誰かが、を傷つけるならわたしがやっつけてあげます!守ってあげます、」
「…っありがとう」
「一人で抱え込まないで、いつでも話してください。わたしも、明るくて元気なが
だいすきです。でも、弱いだってすきなんですよ?」
「うんっ…!」
エステルは泣いてるあたしを抱きしめてくれた。
どうしてもっと早く言わなかったんだろう。いつだってエステルはあたしのことを見てて
くれたのに。あたしは自分しか見えてなかったんだ。
先生のことだけじゃない、周りのことさえちゃんと見えてなかった。見えなくなってた。
ごめんね、エステル。ありがとう。
あたしは一人じゃないんだから、抱え込まなくていいんだ。つらかったらつらいって言って
いいんだ。悲しいなら悲しいっていいんだ。
先生を、すきでいていいんだ。
エステルはいつまでもあたしを抱きしめ、背中を叩いていてくれた。
気がつけば、外は暗くなっていた。どれくらい、こうしていたんだろう。なんかごめん。
「ごめん、エステル。こんな時間まで」
「いいんですよ。すきでここにいるんですから謝るのはなしですよ?」
「うん、ありがと」
「少し元気になったみたいでよかったです」
「エステルのおかげで元気になった!でも今日のパーティー残念だったね」
「来年がありますから。来年こそは一緒にきれいになって参加しましょう?」
「うん!今から楽しみだね」
「はい!」
体調もよくなったので、帰るエステルを玄関まで送った。
「今日はほんとにありがと!おかげですっきりした!」
「どういたしまして!…いつでも飛んでいきますから、一人で悩んじゃだめですよ?」
「わかってますとも!なんかエステルはほんとに飛んできそうだよね。自家用ジェットとかで」
「そうですね、必要とあらば」
「まじだった!」
「ふふっ」
「あははっ」
「それじゃあ、また!」
「おう!もう冬休みだけど遊ぼうね!」
「もちろんです!では、お邪魔しました!」
「ばいばーい!」
あー、なんかほんとすっきりしたかも。
やっぱり誰かに話すと違うなあ。うん。これでまたがんばれそうだ!がんばれあたし!
ブブブブブ。うおう!なんだよびっくりした。携帯だた。
メールだ。誰かしら。ん?おおお。ユーリ先輩だ。
「なんだかんだ言って先輩もあたしのことすきなんだからなーもう!」
とにやにやしながらメールチェック。なになに。
『熱出たんだってな。お前も風邪引けるんだな』
ってどういう意味!風邪引けるんだなって誰でもその才能は持ってるんじゃないかな!
いやまあ才能とかじゃないけどね。うん。免疫ね。とりあえず続きを読んでみるかの。
『とりあえずフレンも心配してたし、早く治せよ。あと、なんでか知らんけどおっさんが
心配してたぞ。お前いつの間に仲良くなったんだ?まあ別にいいけど。
なんか無駄におろおろしてた。そういうことだからさっさと寝て元気になれよ。
お前はそれしか取り柄がないんだから。じゃ。』
この照れ屋さん!あまのじゃく代表!素直に心配だったと言えばいいのに!もうかわいい
男よの!うふふふ。
というか、先生も心配してくれたんだ。なんか、うれしいな。
悪いことばっかりじゃあないんだね、人生っていうのは!悲しいこともあればうれしいこ
とだってちゃんとあるんだね。うん。
そうとう単純なあたし。いやこういうのは素直っていうんだな!
さあて、早く寝て元気になろうっと。
強くなったり弱くなったり、恋には波があるものです。