不動産










07来い乞い恋い







すきな人ができました。たぶん。
しかも、フェロモン代表ユーリ先輩でもなく、さわやか代表フレン先輩でもなく、よりに
もよっておっさん教師代表レイヴン先生をすきになるなんて。
いやでもまだわからない。これがほんとに恋なのか、まだ確証があるわけでじゃあない。
別に認めたくないってわけじゃないんだけど、ほら、よく先生相手に恋をしたような気に
なって、実は憧れでしたやっほーい!っていうパターンとかあるじゃない?そういう可能
性だって十二分にあると思うんです、はい。



――思えば、この時のあたしはただ逃げたかっただけなのかもしれない。先生をすきになっ
たってつらいだけだ、そんな予感がしていたからだろうか。
今引き返せばまだ間に合う。今ならまだ。でも、頭の中では先生と過ごした秘密の花園が、
巡っていた。だって、もう、すきになってたんだもん。





























夏休み終了のお知らせ。
長いと思っていた夏休みもあっという間に過ぎてしまった。再び学校が始まる。
この夏、自分の中で大きな変化があった気がしてならない。なんでかっていうのは、まあ
名前を言ってはいけないあの人みたいな感じの人のせい?
とにかく、その変化がちょっとこわい。悪いことじゃあないのに、なんかこわい。という
か悪いことじゃないよね?…あーあ!それすらも、危ういんだなあ。
ま、そんなことを言ってても仕方ないもんなあ。学校行けばきっとわかるよ、うん。
会えば、きっとわかる。




「おばあちゃん、行ってくるね!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
「はあい!」












夏休みが始まる前と同じように駅に向かい、電車に乗る。見慣れた景色を目で追う。
学校の最寄り駅で降りる。同じ制服を着ている人がどっと増える。
みんな、久しぶりだねー、夏休みなにしてたー?なんて話をしながら歩いている。
それをBGMにしながら歩く。歩く。歩く。学校が近付くにつれて鼓動が主張してくる。
どくんどくん。もし、先生に会ったらどうしようか。いや、どうなるんだろうか。あたし
は何を思うんだろうか。確かめたい。知りたい。




!」
「ん?エステル!おはよう」
「もう足大丈夫なんですか?もう痛くないですか?」
「あはは、とっくに治ってるよ。エステルは心配症だなあ!」
「心配するに決まってます!あの時が急に走り出して、わたし、」
「あああ!泣かないでええ!」
「泣いてません!また、あんなことしたら本気で怒りますからね!絶交ですよ!」
「ごめんごめん!もうしない!ていうかあの時もすでに本気で怒ってたような、」
「なにか?」
「いえ、なにも!」




エステルに若干説教をいただきながら教室まで一緒に行った。
幸か不幸か、先生には会わなかった。でも幸の方ですかね!だってエステルの前で挙動不審
とかなった日にゃどうしたらいいかわかりませんものね。うん。別に放課後会えるんだから。
会えるよね、あの場所で。
ってあれ?ていうか始業式で会うんじゃない?まあ話はできないかもしれないけど、見るこ
とくらいできるよね。うわあ、どきどきじゃねえか!深呼吸しておこう。すーはーすーはー。













ドン・ホワイトホース校長が夏休みは楽しかったかー今日から2学期だから勉強それなり
にやれよー、みたいなことを言っている中、あたしは全力でがっかりしていた。いやがっ
かりというより全力で呆れていた。
あのおっさん、あろうことか始業式参加してねえよ!いやいやいや!まじか!まじでか!
確かに入学式とかも出てなかったものね!まあそれはあたしもですけど。でも1回じゃん?
先生は確実に常習犯だよ。絶対そうだよ。ほんとになんか脱力しました。ばあか。




「どうしたんですか?
「え?何が?」
「眉間に皺、寄ってますよ」
「うっそ。あらやだ」
「何かあったんです?」
「いんやー、そういうわけじゃないんだけどさあ。なんだかなあ」
「もし悩み事があるなら言ってくださいね?話だけでも聞きますから」
「ありがとう、エステル。今はまだ言えないけど、そのうちいろいろ話すね」
「はい、待ってますね」
「うん」




いい友達を持ちましたよ、あたし。まあ始業式にそんな真面目な話するんじゃないよって
感じだけどね。でもまあ一応小声でお送りましたので許してください。
しょうがない。放課後まで待つとしましょうかねえ。うわあ、どきどきの時間が長くなっ
ちゃったよ。どっきどっき。




























胸の高鳴り最高潮!いえい!やばい、なんかやばい。変に緊張して口から心臓というかあ
らゆる内臓が飛び出そう。それってとってもグロテスクだね!ていうかB級ホラー?
とかどうでもいい。ほんとどうでもいい。でもくだらないこと考えないとほんとに内臓出
そう。うおお。
リラックスだよ、リラックス!がんばれあたし!
あーもう、そもそもあたしは何をがんばろうとしてるんだっけ?わけわかんなくなってき
たよ。とりあえずがんばればいいのか?それで満足かちくしょう!




、今日よかったら家に遊びに来ませんか?」
「あーっとごめん!今日はちょっと用事あるんだ。また今度遊びに行ってもいい?」
「そうですか、わかりました!また誘いますからその時はぜひ遊びに来てくださいね!」
「うん、ありがとう!じゃあまた明日!」
「また明日!」




がんばれーがんばれーがんばれーあたしー。あたしならできる。きっとできる!きっとで
きる、というか別に何もしなくていいんだよね。ただ先生に会って自分はどう思うんだろ
うかという確認をすればいいんだから。落ち着け。会っても自然にしておくんだ。
というわけで、いつもより早足で秘密の花園に向かった。

























「…いない」




まだ先生は来ていないようだった。あたしが先か。うん、気長に待つとしようか。
そういえば、なんだかんだここに来るのも久しぶりだなあ。夏休みは来れなかったし、
1ヶ月ぶりかあ。ここも少し秋に向かってるって感じするなあ。
秋になったら紅葉するんだろうか。それもいいなあ。ちょっと楽しみかも。あ、でも冬っ
てここ寒そう。来るけどさ。来るけど寒いよね。冬はカイロたくさん持ってこよう。それ
から水筒に温かい紅茶でも入れてこようかな。なにそれおしゃれ。これからのことを考え
るだけですごくわくわくする。どうしてかな、不思議。




「うふふ」
「なになに、ご機嫌ね」




一人でにやにやしてるところに後ろから突然声。先生だ。先生はいっつも突然声かけるか
ら困る。別に、いやじゃないけどさあ。




「先生、始業式いなかったでしょ」
「そそそんなわけないでしょ!ちゃんと背筋伸ばして立ってましたよ!」
「ふーーーーーーん」
「ほ、ほんとだもん」
「ふーーーーーーん」
「……」
「ふーーーーーーん」
「起きられなかったんですううう!ごめんなさいい!」
「先生なのに起きられなかったっていいんですかー?」
「今後気をつけるので許して下さいしょぼーん」
「今のしょぼんで誠意が地面にめり込むほど減少しました」
「うっそ!」




およよー!とかわけわかんないこと言いながらあわあわしてる先生、ちょっとかわいいか
も。なんてな。




「というか、先生、久しぶり」
「お、そういえばそうねえ、沖縄以来?」
「ですねえ」
「夏休みどうだったよー?やっぱり青春したの?青春!」
「そうですねえ、まあまあ青春しましたかねえ」
「あらやだ!これだから若人は!で、どんな青春?」
「興味津津だなおっさん」
「なんかちゃん物言いがユーリに似てきてる!やだこわい!ちゃん毒されちゃ
 だめよ!」
「別に毒されてないですよーだ!まあ、青春といってもエステルとプール行ったり、ショッ
 ピングしたり、宿題したりですよう」
「なあんだ、つまんないのー」
「先生が何を期待してるんですかー」
「べっつにい」




なーんか思っていたより全然自然に話せている自分にびっくりです。逆にあの緊張を返せっ
て気分。
先生っていつも変わらないよね。いつも、おちゃらけてさあ。真面目になれるのかな。とか
思いました。




「そういえばこないだの花火見た?」
「え?」
「ほら、夏休みが終わる直前の」
「ああ、見ましたよ」
「きれいだったわよねえ」
「先生も、見たんですか?」
「うん、見た見たー」
「へえ」




『先生も、あそこに来てたんですか』って聞けたらいいのに。でも、こわい。やっぱりそ
れはこわい。もしも、先生が見に来てたとしたら、それは誰と?先生は誰と見に行ってた
の?すきな人?恋人?そんなの、こわくて聞けないよ。




「せっかくだから近くまで見に行ったのよ」
「、へえ」
「そしたらすんごい人でさー、おっさんへとへとよ」
「すごい人混みでしたもん、ね」
「ねえ!ってちゃんも来てたんだ?」
「はい、エステルと」




他2名と一緒に。




「そかそかー。俺なんかおっさん同士よおっさん同士」
「おっさん同士?」
「そ。学生時代のやつと一緒に行ったんだけどさ、なにが楽しくておっさんと花火見な
 きゃいけないんだっての」
「自分もおっさんですよ」
「まま、そうなんだけどね!花火っていったらやっぱり女の子と見たいわよねえ。もち
 ろん浴衣ね浴衣!そんで、女の子の下駄の鼻緒が切れちゃって、おんぶしてあげる!
 いいね!ベタな感じがいい!」
「……」




ん?なんか知ってるぞ、似たようなシチュエーション。だけど先生が言っているような
甘さは一切なかったんですけど。むしろ気まずい沈黙だったよ。ていうかそもそもその
状態にさせたのはこの人のせいなんだけど。むう。




「ねーねー、ちゃんも浴衣とか着たりしたの?」
「着ましたよー」
「おお!いいねいいね!どんな浴衣着たの?」
「露草色の生地に、朝顔のです」
「ほうほう!ちゃん、寒色系似合いそうだもんね。いいわねえ。見たかったなー
 おっさん」




よく言うよ。こっちは髪ぐしゃぐしゃにして、下駄で靴ずれしてまであんたを追いかけ
たっていうのに。まあそんなこと先生は知らないから仕方ないけどさ。
ほんと、裏事情を知らない人はのんきだこと!ぷんすか。
もういいけどさ!先生が女の人と一緒じゃなかったってだけで良しとしようかな!




「あははっ」
「え、なに急に。どしたの、変な物食べた?」
「食べてないですけど!うれしいことがあったんですー」
「なになに?うれしいことって?」
「秘密ー!」
「ええ!なんかずるい!おっさんにも教えて!」
「だめー」
「教えて教えてー!」
「だめだめー」
「けちー!ちゃんのいじわる!」
「別にけちでいいですよー」
「うー、なんか悔しい!教えてえ!」
「やだ」




確かに叶わない恋かもしれないし、つらくて悲しいだけかもしれない。
でも今は、先生と一緒にいられる時間がすごくうれしくて、たのしい。それは紛れもない
事実だってわかったから。だったら、あたしは少しでも先生のそばにいられるようにがん
ばる。今はそれでいい。




「じゃあ、あたし帰りますねー!」
「ええ!?こんなすごい気になってるのに放置?放置プレイなの!?生殺しだ生殺しいい」
「さよならーまた明日ー!」
「ひどいやひどいや!」




鞄を掴み、わめく先生を無視して走る。
いつかは先生にこの気持ちを伝える時が来るのかな。その時あたしはどんな気持ちでいる
のかな。これからあたしは、どんな未来を掴むのかな。
秘密の花園の出入り口まで走り、後ろを振り返る。先生はいじけた子どものような顔をし
てこっちを見ている。
先生がすきだ。やっぱり先生がすき。その気持ちを受け入れると、不思議と荷が下りた気
分。すごく、清々しい。ねえ、先生、あたしは先生がすきなんだよ。




「せんせー!」
「なあにー?」




もしこの先つらいことがあって、悲しくて、切なくて、笑えないことがあるかもしれない。
だから今はおもいっきり笑ってやるんだ。




「いーっだ!」
「……!」




先生に、いーって顔して、笑ってやった。そうしたら、少しびっくりした顔してた。それ
を見てまたにやにやしながらあたしは走って帰った。
見てろよ先生!あたしは絶対、どんなことがあってもあきらめないんだから。














「…あの子、あんなにかわいかったっけ?」












恋よ来い。彼の人よ、恋を求めて。