05
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始
マリハ、
橙
「準備はおっけーかい」
「おっけーです」
「よっしゃ、じゃあ気合いを入れていきますか!」
臨海学校という名の沖縄旅行2日目。
本日我らはエメラルドグリーンの海へと出陣いたします。
というわけで、今日は夕飯までフリーな日です。なんてすてきな学校行事!全身全霊で
学校に感謝いたします。
感謝しつつ、もう海で泳ぐことしか考えてないあたしたちは、起きてから朝ご飯を即行
食べ、てきぱき支度をするのでした。そして、時は満ちた!準備おっけーです。
行ってきます!ひゃっほい!
「これが、沖縄の海ですねええええええ!」
「近くで見た方がきれいですね!」
「砂浜も真っ白できれいだね!」
「はい!」
「よし!エステル!さっそく泳ごうか!あ、準備体操をしてからね」
「はい!」
きちんと準備体操してから、今度こそ出陣です!きれいな海があたしたちを待っている
んだぜ!
「準備体操もばっちりだね」
「はい!」
「よっしゃ、脱ぐか」
「脱ぎますか」
「……」
「……」
「エステルから脱いで」
「いえ、からどうぞ」
「いやいや」
「いえいえ」
「「……」」
「…一緒に脱ごうか」
「…そうですね」
なんか照れ合ったあたしたちは一緒に上着を脱ぐことにした。いや、だってさ、なんか
恥ずかしいじゃん?なんだかんだで!スタイルいいわけでもなしに。
まあここまで来て脱がないなんてばかよね、ばか!据え膳食わぬは男の恥みたいな話で
すよね!ちがうか。
「「いっせーの!」」
バッ!とすばらしい効果音つきでついに女子たちのベールがはずされましたー!
「おお!エステルかわいい!」
「こそかわいいです!」
エステルは黒のドット柄の白い水着のビキニで、下はひらひらのスカートになっていた。
しかも腰にワンポイントでリボンがついててかわいい。胸元にはラインでピンクのレー
スがついててこれまたエステルらしい。
ちなみにあたしは青のグラデーションで、胸元が大きなリボンのようになっているチュー
ブトップ。下はパレオ付き!いえい!短めのパレオだからスカートにも見えるんだぜ。
「エステルっぽくていいね」
「もその色すごく似合ってます」
「えへへ」
「ふふっ」
「じゃあお披露目すんだし海入ろう!」
「はい!」
仲良く晴天の下にあるエメラルドグリーンの海に走った。
「おー!冷たーい!気持ちー!」
「冷たいですねー!あ、!下見てください!」
「ん?おお!魚がいっぱいいるー!」
「小さくてかわいいですね!あのお魚はすごいきれいです!」
「うわあほんとだー!」
さすが沖縄の海ですね!なんときれいなことでしょう。魚を見てるとなんか微笑んじゃ
うわ。ニモのようだね、ニモ!カクレクマノミだっけ?のほほんしちゃうね!たのしーい!
◆
「あはー疲れた!お腹空いた!」
「朝からずっと遊びっぱなしですもんね!そろそろお昼ご飯食べましょうか?」
「うん、そうしよう!もうお腹と背中がくっついちゃうよーう」
「海の家で何か買いましょうか」
「そうだね」
やっぱり海といったらやきそば?あとフランクフルトとか?あ、ラムネとかもあったり
するのかな?とにかくお腹空いたからいっぱい食べようーっと思ったけど、食べすぎた
らお腹出ちゃうじゃん。お腹出たら致命的なんですけど。水着着てるのにお腹出たら終
わってるんですけど女子としてえええええ!…控えめにしよう、うん。
「お。お前らこんなとこにいたのか」
「え?あ、ユーリ先輩!」
「フレンもいたんですね!」
「はい。エステリー…エステル、さん達もこれからお昼ですか?」
「朝から飛ばし過ぎてお腹ぺこぺこなんですよね」
「オレらもちょうど昼食べに行くんだけど、お前らも来るか?」
「いいんですか!エステル、一緒に行こう!」
「はい!」
というわけで先輩たちとお昼ご飯を一緒に食べることになりました!やったぜ!
ていうか先輩たちかっこよすぎるんですけどおおおお!なんか鼻血出そう。これ出てな
いよね。出てたらあたし本格的に変態じゃねーか。
いやでも鼻血出てもおかしくない色気を出してるんですけどユーリ先輩いいいいい!
ポニーテールとかありがとうなんですけど!俺得!むしろ全俺が得している!おそるべ
し。女子は一網打尽だな。うん。フレン先輩はやっぱり眩しい!さわやかなかっこよさ
を見事に演出しているぜ。あれはまさに好青年代表だね。さわやかなタイプをご所望の
方は、フレン先輩を。大人の色気を堪能されたい方はユーリ先輩をお選びください。み
たいな。ちなみにあたしは、フェロモン先輩で。
「何食う?」
「やっぱりやきそばとフランクフルトを!あ、でも焼きとうもろこしも食べたいし、焼
きイカも食べたいなあ。デザートはやっぱりかき氷!あれ、でもスイカとかあったり
して?そしたらスイカもありだなあ。うーん」
「お前どんだけ食う気だ」
「うへ!?いやいや冗談ですよーう!こんな乙女がそんなやきそばやら焼きイカやら頬
張るわけないでしょう!」
「え、食べるのかと思ってわたし買っちゃいました」
「よし、責任持っていただくとしよう」
「……」
そんなこんなでやきそばやら焼きイカやらを買って、海の家の中にあるテーブルで食べ
ることにした。あ、でもさすがにスイカは買ってない。
「いただきまーす!おいひい!」
「いただきます!うん、おいしいです!」
「どれどれ。おお、うまいな」
「焼きイカも結構おいしいよ」
「フレン先輩と焼きイカってなんか似合わない…」
「確かに」
「僕だって焼きイカくらい食べるよ」
「でもエステルは意外と焼きイカが似合う」
「いわゆるギャップってやつだな。お嬢様に焼きイカ、なかなかだな」
「頼むから変なこと言わないでくれよ…」
「別に変なことじゃないですよーう。意外とフレン先輩もツボなんじゃないですか?」
「へえ。フレンにそんな趣味があったとはな」
「ユーリ!!」
「ふふっ!とユーリは良いコンビですね!」
「エステリーゼ様まで…」
「エステル、です!」
「あ、す、すみません」
「踏んだり蹴ったりですね、フレン先輩」
「…おかげさまでね」
◆
「じゃあ腹ごしらえも済んだことだし、一勝負やりますか!」
「おう」
「え?何を勝負するんです?」
「海っていったらあれでしょーあれ!」
「あれしかないよな、あれ」
「あれってなんです?フレンはわかります?」
「いえ、僕にもわからないです…。2人共、何をする気なんだい?」
「「ビーチバレー」」
「ですよねえ」
「だよなあ」
「本当にこの2人揃うとやっかいだな…」
「その気持ち、わたしも少しわかる気がします…」
「ほらほらー、2人は反対側のコートに行って!」
「え?チームもう決まってるのかい?」
「そりゃそうだ。お前はエステルの護衛だろ」
「それは今関係ないだろう」
「関係ありありですよ!その名も、姫と騎士チーム。どんどんぱふぱふ」
「オレたちは、先輩後輩悪友チーム。どんどんぱふぱふ」
「「……」」
「はーい、きびきび動いてー」
エステルとフレン先輩は、とまどいながらもあたしとユーリ先輩が砂浜に引いたコー
トに向かった。
いやー、おもしろいですね、実に!自慢じゃないけど、運動は割と出来る方なのでや
るからには全力で勝ちにいくぜい。うふふふふ。
「じゃあサーブじゃんけんしますか」
「ユーリ先輩任せた!」
「おう、任された」
「フレン、お願いします!」
「了解です」
「「じゃーんけーんぽんっ!」」
「よっしゃー!」
「さすがユーリ先輩!」
「すみません、エステルさん…」
「しょうがないですよ!気を取り直してがんばりましょう!」
「じゃ、オレら先攻で」
「望むところだ。エステルさん、無理しなくて大丈夫ですからね」
「王子だよ!あの人騎士っていうか王子のようですよ先輩!」
「じゃあオレは悪者の魔王か?」
「それもイイ!」
「なんなんだお前は…。まあいい、行くぞ!」
「来いっ!」
何これ何これ!なんだか胸がどきどきしちゃう展開いいいいい!興奮冷めやらぬわたし
ですけどこれだいじょうぶ?教育的指導とかそっちの方だいじょうぶ!?
もうさわやか王子とフェロモン魔王の対決とか最高でえす!
◆
「いやー!楽しかったね!」
「そうですね…」
ビーチバレーは先輩後輩悪友チームが勝ちました!うちらが本気出しまくりでフレン先
輩とエステルは引いてました!ぷぷぷ。
でもさ、勝負といったら本気でやるのが礼儀っていうかさ、うん。そう思うんだよね。
やりきった、後悔はしてない。という感じです。
そんでまあ、ビーチバレーを何回かやって普通に先輩たちと目一杯遊んで、ホテルなう。
まだ元気が余っているあたしとは違ってエステルはお疲れの様子。さっきからベッドに
倒れ込んだままだよう。
シャワー浴びてすっきりしたら眠くなっちゃったのかしら?ドライヤーで髪乾かしてる
と眠くなるもんね!これあたしだけか?
さて、どうしようかなあ。まだ夕飯まで時間あるし。散歩でもしてこようかなあ。エス
テルは疲れたからたぶん行かないだろうなあ。あはは。
「エステルー、あたしちょっと散歩行ってくるけどエステルは、」
「行かないです…」
「ですよね!まああたしが帰ってくるまでゆっくり休んでなー。じゃあ行ってくるねー」
「いってらっしゃーい…」
声に生気が感じられないエステルを残してあたしは散歩に行くぜ。止めるなよ!
ま、止める力もなさそうだけどね!がんばれエステル!生きろ!行ってきまーす!
ホテルから海は徒歩で行ける距離。あ、でも塩害とかはだいじょうぶみたいですよ!
ここで塩害って、おま、雰囲気壊すなよって台詞だなあ。いやでも一応きれいなホテル
だし誤解があったらあれかなあと思って、なんとかかんとか。
とりあえずそんなことは置いといて、砂浜を歩いてるあたしです。昼の海とは違って夕
方の海もきれいです。違う見え方するというかなんというか。ろまんてぃっくーな感じ。
これをすきな人と見れたらしあわせです、ってか。爆発しろリア充!なんてな。9割方
本気だけど。
とかまあでも一人で見るにはもったいない気がするんだもん。海がオレンジ色できらき
ら光ってる。
というわけで近くにあった流木に座ってみる。こういう景色は見飽きないもんですね。
都会のごちゃごちゃした街はすぐに飽きちゃうのにね。飽きるというか無機質、な気
がしちゃう。
にしてもこう海といったらつい加山雄三唄いたくなるよね。
「うーみよー。おれのーうーみよー!」
「女子高生が加山雄三ってどうなのよ」
「え」
「お隣失礼しまーす。どっこいしょ」
あまりに自然にツッコミ入れて隣に座ったおっさんをガン見。あたしいっつもこの人の
ことガン見してる気がする。って、そうじゃなくて。なんでこの人がナチュラルに話し
かけてきてるのかって話だよ!
ていうか、あの、いつもの白衣と違ってラフな格好がかっこよく見えるんですけど。
これは沖縄効果?夕日効果?とりあえずこれは気のせいだ。たぶん。
「レイヴン、先生?」
「うん?」
「なんでいるの?」
「散歩よ散歩!いやー夕日がきれいだったからさ、せっかくなので海岸で見ようかなあ
って思って歩いてたら、女子高生が加山雄三唄ってるからびっくりしたわよ」
「……」
「おもしろい女子高生ねえ、と思ったらなんと!ちゃんだったのです!びっくり
びっくり」
「……」
なんなの!なんなんですか!このおっさん!ちくしょー!
といろいろわけわかんなくて立ち上がり、波打ち際まで走ってみた。
「ちょ、ちゃん?なんで急に走り出してんのー?足濡れちゃうよー足ー!」
とか言いながら先生がついてきた。
でもあたしは構わず足首まで海に入った。ちなみにサンダルだからおーるおっけー。ホ
テルに帰ったら足洗うけどね。きっとベタベタだろうけどね。
足に波が当たる。そして、思いっきり息を吸い込んだ。
「無視したくせにいいいいいいいいい!!」
「え、ええ?」
「空港で無視したくせに何もなかったかのように話かけてくるとか意味わかんないんで
すけどー!どんな神経してんだハゲー!」
「ハゲてないでしょ!ふさふさでしょ!むしろ長い方でしょこれ!」
「大人ってずるいんですねー!」
「いや、なんか、ご、ごめんね?」
「しかも気にしてたのはあたしだけみたいですよー!うわあい!滑稽だよー!あたしっ
てばとっても滑稽でかわいそうな子だよーう!」
「違う違う違う!そんなことないよー!おっさんもほんとはどうしようか悩んでたんだ
よー!違うんだよー!」
あたしの叫びに対して後ろで返事をしていた先生は、ついに隣で一緒に海に叫び始めた。
これってすごい変な人たちだよね。でもそれどころじゃなかったあたしでした。
「全然違くないしー!正解だしー!ニューヨークに行っちゃうくらい正解だしー!うそ
つきは針1万本飲めばいいよー!」
「1万本とか増やし過ぎだからね!というかそもそも嘘じゃないからねー!そんなんじゃ
まだまだニューヨークに行きたいかー!の時点だからね!」
「どこがですか!」
「全部よ!」
「こっちが全部ですよ!」
「いやいやこっちがだし!」
「こっちです!」
「こっちだもん!」
「こっち!」
「こっち!」
もはや海を無視して向かい合い叫ぶ人たち。お互いがムキになって論点がずれるってい
うね。こっちこっちってどっちだよ!というツッコミが欲しいくらいこっちって言って
たと思う。
「こっち!」
「こっち!」
「こっち!」
「…空港で、」
「こっ…!え?」
「ほんとは普通に話しかけようとしたんだけど、でもやっぱり接点ないのに知ってるっ
ておかしいと思って」
「、」
「いくらでも言い訳できたのに、なんか思いつかなくて、つい初対面のフリしちゃって」
「あ、」
「ごめんね?」
頭におかれた手が、なんだか初めて会った時のことを思い出させた。それから、あの時、
先生の目は海を彷彿させると思ったこと。それからそれから、初めて秘密の花園で会っ
た時の帰り際に感じた胸のざわつきを、今、また感じた。
先生の目が夕日を映してすごくきれいで、先生の顔がすごくやさしくて、先生の手から
先生の体温が伝わってきて、なんだか、眩暈がした。
何かを言いたいのに、先生を見つめることしかできなくて、先生から目を離せなくて。
自分の顔がなぜだか熱くなるのを感じた。
「せんせ、」
「もし、こんなおっさんと誤解されちゃったりしたら大変だもんね。それに、まあやっ
ぱりあの場所は秘密にしておきたいし。でもそれが変にちゃんを悩ませちゃっ
たみたいで悪かったわね」
「…いえ、」
「さて、じゃあ仲直り?もできたことだし、そろそろホテルに戻りましょ!ご飯だよー
ご飯!」
「…はい!」
少し前を歩く先生は今日は何がでるのかなあとか、お腹空いたねえとか喋っている。そ
れになんとなく返事をしながら、夕日に染まった海を振り返る。
海は、相変わらず静かで、穏やかだった。前に向き直り、先生の背中を見つめた。これ
はただの夕日マジックだ。そうじゃなかったら、こんなに、どきどきするはずない。
夕日マジックに魅せられたのは、秘密の高鳴り。