トラック買取










01スプリングマカロン






17歳。
メイド喫茶では永遠の17歳でーす、というのを売りにしている。なぜ17歳なのか。
響きが良いからか、ラッキーセブンだからか、ちょうど良い年齢だからか。
メイド喫茶でメイドをしている人は17歳に余程良い思い出でもあったのか。
だが、実際17歳とはどうなのか。
現在進行形で17歳のあたしは、早くこの年齢を抜け出したい。一刻も早く。20歳を
越えた人は戻りたいと思うかもしれない。だけど、思い出してほしい。17歳とはいか
に不安定な年頃か、ということを。
大人でもない、子供でもない、中途半端な位置に立つ自分。どちらにもなりきれないあ
たしたちは、一体どこに立っているのだ。
大人になろうと背伸びをすれば上から押さえられ、子供になろうとすれば下から押し上げ
られる。一体あたしたちに何を求めているのか。どこにいればいいのだ。
あたしは、どこにいるのだろうか。














今から一年前の春、あたしは高校生になった。すべてが新しい場所へと飛び込む期待と
不安を胸に始業式に臨んだ。
が、最初からあたしはやってしまった。昔からちょっと時間にルーズなところがあった
と思っていたが、まさかこんな大事な日に遅刻しようとは。自分の締りのない性格に辟
易したのは言うまでもない。ある意味ナイスタイミングですね、ばかやろうが。





CMばりにウイダーinゼリーをものすごい吸引力で胃に流し込みながらひたすら駅ま
で全力疾走。
せっかくの卸したての制服がぐしゃぐしゃだよ。髪だって手櫛で梳かしただけだし、化
粧だってナチュラルすぎるし、なかなか最悪なシチュエーションですね。ガッデム。
電車にギリギリ滑りこむ。本来はこんなことしちゃいけないんですからね。良い子は滑
りこみ乗車もとい駆け込み乗車はだめだぜ。
通勤、通学の時間帯とうまくずれてしまったおかげで電車は空いていた。身だしなみを
整えながら席に座る。




私立St.ヴェスペリア学園高等部。これからあたしが通う学校だ。もともとエスカレー
ター式の学校なのだが、あたしは高校からだ。中学は地元の公立に通っていた。まあ別
に地元の高校に入るのでもよかったのだが、いろいろあってこの学校を受験した。
なんか随分学校きれいだし、ぱっと見金持ちが通いそうなイメージがあるんだけど実際
どうなのかなあ。とにかくあたしが入れたんだからなんでもいっか。
それにしても最初から遅刻はないよなあ。入学式遅刻とかすでに幸先不安なことになっ
てるよ。うわあ、これからはほんとに気をつけよう。
一息つき、車内を見回してみると、ナナメ前に三十路は越えているっぽい、だらけたお
っさんが座っていた。なんかあたしよりこの人の将来が不安だぜ。そのおっさんは、髪
を後ろに適当に結び、無精髭の生えた、見るからに胡散臭いおっさんだった。これ、大
丈夫?仕事あるの?失礼だとわかりつつ、足を組み、腕組をし、目を閉じているおっさ
んを凝視した。
だいたいこんな時間、9時半を回っているこの時間に通勤ですか。まあ人のことを言え
ないんですけどね、あたし!そんなこんなで怪しみつつじっくり人間観察をしてみた。
まあ顔は悪くないね。胡散臭い雰囲気ではあるけど、顔は整ってる方だ。普通すぎてむ
しろ一般人Aなあたしが言うのもなんですけどね。うるせえ。
この人どこまで行くのかな。別に関係ないけどさあ。なんか気になるんだもん。このお
っさん。ひたすら凝視する時間が過ぎ、気付けば降りる駅だった。慌ててカバンを掴み
降りる。するとあたしの後ろに人の気配。






「若人がおっさんを凝視しなーいの」
「…え?」






急に声をかけられ驚いて後ろに顔を向けると、ゆるく着こなしていたYシャツとネクタ
イが見え、視線をあげるとさっきまであたしが凝視していたおっさんがいた。
目を見開きただおっさんを見つめた。おっさんも眠そうな目であたしを見ていた。胡散
臭い風貌とはまるで似つかないきれいな目をしていた。海のような色だ。
動けないあたしを余所に、おっさんは顔を上げ、通り過ぎると同時にあたしの頭に手を
ポンと乗せ、行ってしまった。
おい、それって何気にセクハラだぞ、おっさん。





あれからぼーっと突っ立っていたあたしは、すぐに意識を取り戻し急いで学校へと向か
った。変なおっさんのおかげで微妙に時間ロスしたが、とりあえず走りまくったおかげ
で思ったより早く学校に着いた。
学校に到着して、掲示板に直行。自分のクラスを確認し、こっそり合流作戦を開始した。
と言ってもまあ、時間的にそろそろ式も終わるだろうと言うことで、講堂から出てきた
人の流れに乗ろうというわけです。これが一番安全な作戦だと思うのだよ。うむ。
お、出てきた出てきた!よっし、この流れにさりげなーく混ざるぞ。
今だ!ふんふーん。よし。鼻歌混じりでいけたぞ。カバン持ってるところがちょっと怪
しいけど、これくらいは許してください。





なんとか教室まで流れに乗れたあたしです。やりました。人の流れ最高。
さて、何気に教室入るの初めてなんだぜ、るんるんるん!
黒板に貼ってあった座席表で自分の席を確認し、席に着く。なんかどきどきしてきたぞ
コノヤロー。挙動不審にキョロキョロと周りを見渡す。




「あの、」
「はい?」




声を掛けられ、右隣りを見るとこれまたかわいらしいお嬢さんがこっちを見て微笑んで
いました。あら眩しい。なんだか眩しいよ!ていうか見るからに良いとこのお嬢様な空
気が流れてますよ!庶民のあたしはとってもどきどきしています。




「初めまして、わたしエステリーゼと申します。あなたのお名前は?」
「あ、どうも初めまして。あたしはと申しますです。どうぞよろしくおねがいいた
 したく候」




やべえ。動揺しすぎてなんか日本語おかしい。おかしいよ。むしろちょっと武士だよ。
落ち着けよ。お嬢に押されるな!庶民の意地を見せろ!




と呼んでも?」
「ええ、どうぞどうぞ!お好きに呼んでくださいませ」
「それじゃあわたしのことはエステルと呼んでください」
「おっけーおっけー!これからよろしく」
「こちらこそ!」





あらやだ良い子!頬笑みが眩しいぜ!ていうか友達第一号だよ!うれし恥ずかし第一号!
やっほい!思わずにやにやしちゃった。




「ねね、うちらのクラスの担任ってどんな人なんだろうね?」
「そうですね、始業式で紹介してたどなたかなんでしょうけど、さっぱり見当つきませ
 んね」
「あ、ああ、ほんとにね!」





おうふ。始業式出てねえよ!出れなかったよ!おかげでどんな先生がいるかすら知らね
えよ!変に冷や汗かいたよ!




「あ、でも一人来ていない先生がいましたよね?」
「え、ええ?そうだっけ?眠かったからあんま覚えてないやー!あはは!」
「ふふっ、ったら。確か、物理の先生だったと思うんですけど、案外その人かも
 しれませんね」
「式に出ない先生なんているんだねえ。ある意味良い度胸してるよね」





自分のことを棚に上げるとはこのことを言うのだよ!覚えておきな!あたしがな!とい
うのは冗談で、普通先生で始業式出ないとかありか?まあ生徒は尚更無しな気がします
けどそれは今置いておこう、うん。
しっかりしてそうな学校なのに結構適当な先生もいるのね。でもちょっと親近感わくか
も。ほら、あたしも遅刻した身だしね!仲間意識?それもどうなんだって話だけどね。
物理の先生かあ。どんな人なんだろう。





 ガラッ





教室のドアが開いた。担任の先生が入ってくる。どきどき。わくわく。てかてか。




「はーい、ホームルーム始めます!」





おお、きれいな先生だ!やったね!なんか得した気分になるぜ。いえい!
入ってきた先生は、黒過ぎない髪を長く伸ばし、意志の強そうな目をしたスタイルがナ
イスなボディの女性でした。




「今日からこのクラスの担任になるキャナリです。新しい生活で色々不安もあると思い
 ますが、楽しい一年間にしましょう!もしも悩みがあるなら一人で抱え込まずに友達
 や家族に相談すること!でも、友達にも家族にも言えないって時は、いつでも私の所
 に来てください。とにかく一人で悩まないこと!」





ちょ、良い人すぎるよこの先生。あたし感動しました。感動をありがとうですよ。
始業式に遅刻するような先生が担任じゃなくてよかった。まじでよかった。あたしもこ
の先生の期待に応えられるよう遅刻には気をつけよう。うん。
そんなこんなで、キャナリ先生のHRを大人しく聞いて、今日は解散になった。




「エステル、よかったら一緒に帰らない?」
「ごめんなさい。今日はちょっと約束があって…」
「そうなんだ、じゃあまた今度一緒に帰ろう?」
「はい!もちろんです!それでは、また明日!」
「うん、ばいばーい」





エステルを見送って一息つく。もしかして彼氏とかかな。かわいいもんね。いやでもああ
いうお嬢さんは奥手そうだから彼氏とかはいなさそう。ま、どうでもいいか!
じゃああたしも帰るとしよう。あ、せっかくだから学校を探索しながら帰ろうかしら。







一通り学園内を見て周り、最後に校舎裏の木々の先にあった小さな庭っぽいとこに来てみ
た。そこはあんまり人が来ない穴場のような感じがある。いただきました。ちゃん
がいただきましたよ完全に!ありがとう。



校舎裏から少し木々を歩くと、古いアーチが現れ、この庭へと道を示している。古いアー
チには花や蔦が絡まり、時代を感じさせる。だが、アーチは朽ちも錆びもせず、庭へと案
内し続けている。
アーチを抜けると、小さな庭が広がる。木々の間にぽっかりと庭がくり抜かれている印象
だ。庭の真ん中には、直径1mほどの円状の泉。シンプルな装飾のされた縁に囲まれた泉
だ。整備されていないだろうこの場所に不似合いなほど、透き通った泉だ。覗いてみると、
あたしの興味津津といった顔が映る。そして、なんとも不思議な碧い色の水。
透き通った泉の底には、彫刻。壊れた彫刻が大小いくつもあった。誰がこんなもの沈めた
んだ、不届きものめが。ていうか深くね?この泉深くね?この中になんか落としたら、あ
なたが落したのは銀の以下略。みたいなこと起こりそうだよ。落ちないように気をつけよ
う、ほんとに。
泉から石畳が広がる。アーチから向かって右に洋風の小さな東屋。屋根はドーム状になっ
ていて、中にはアンティークのテーブルとイスが二脚。イスはテーブルを挟み向かい合っ
ている。ドームを支える柱に、蔦が伸びている。ところどころ花も絡み、自然のアートだ。
なにこれ、素敵すぎる。ツボすぎます。よし、ここを秘密の花園と名付けよう。ありきた
りだし恥ずかしい気もするけど、秘密の花園にするったらする!いやっほい!
とりあえず座ってみようか、うん。よいしょ。よかった。まだまだ使えるね、このイスも
テーブルも。今度エステルを連れてこようか、とか思いながら天井を見上げると、ドーム
の中心には小さなステンドガラスがはめられいた。日光を浴び、キラキラと色を映し出す。
きれいだ。




「春だなあ」





思わず呟いた。心地良い気候と、静かな空間にすっかりはまってしまった。ここほんと良
い。ここを作った誰か、ありがとう!あたしがありがたくいただきます。
それにしても気持ちいいなあ。眠くなってくるよ。いや、寝ないけど。さすがに帰るし。




「いやでももう少しここにいようかなあ」
「あれ、」
「は?」





あたしではない声がして目を開けると、見たことある人が。いや、というか、




「え、ええ!?あんた、朝のおっさん!」
「ん?ああ、電車でおっさんを凝視してた若人か」
「なんでここにいるの!?ここ高校ですけど、不法侵入ですよ?」
「おいおい!何か勘違いしてるみたいだけど、俺はここの教師よ?」
「はい?」
「物理の先生よ、先生」
「物理?先生?うそ?」
「うそついてどうすんのよ!どんだけ疑ってるのよ、お嬢さん」
「だって胡散臭い」
「まあそれは否定しないけどねえ」





とか言いながら胡散臭い、自称物理の先生はあたしの向かいのイスに腰掛けた。怪しい。




「こらこら、そんな眼で見ないの。にしても、ここが見つかってしまうとはねえ、しかも
 新入生に」
「ここは渡さん!」
「いやいや、こちらこそ渡さん!でもまあ、俺様大人だからね、独り占めはやめとくわ。
 というわけで、お名前は?」
「……」
「まだ疑ってるのね…。俺は正真正銘ここの学校の物理教諭、レイヴンよ」
「レイヴン、せんせい?」
「そそ、レイヴン先生。で、そちらのお名前は?」
「…、です」
ちゃんね」
「…先生がそんな馴れ馴れしくていいんですか?」
「いーの!じゃ、この場所は俺とちゃんの秘密の場所ね」
「はい?」
「俺とちゃんの二人だけの秘密!なんだかどきどきしちゃうわね!」
「はあ…そうですね」
「あからさまに嫌な顔しないで!傷つくから!ま、そういうわけで秘密にしといてくれる
 と助かるわ」
「…はい」
「よしよし!さて、じゃあちゃんはもう帰りなさい」
「ええ、」
「ええ、じゃないの!明日からいくらでも来れるんだから、ね!」
「…はあい」





カバンを掴み、立ち上がる。レイヴン先生は頬杖をついてこっちを見ている。




「それじゃあ、さようなら」
「はい、さようなら。気をつけて帰んなさいよー」
「はーい」





先生に背を向けて歩き出す。ふと足を止め、後ろを振り返る。まだこっちを見ている先生
は木漏れ日を浴びて、にこにこしている。なんだか胸がざわついた。
先生は自由な片手をひらひらさせた。それを見て、なぜか動かなかった足が動き出す。ペ
コリと一礼してその場を後にした。












春は出会いの季節。そして秘密が始まる。