act.7 間違って男湯に入ってしまったあたしは、男子共が運悪く入ってきてしまったため、 出るに出られずのぼせてばったり倒れました。エースさんにうまくその場から逃がして もらえそうだったのに、それを待てずにあたしの身体が限界を迎えました。申し訳ない。 そんで、お湯に身体が沈むと共に、意識も沈んだあたしが次に目を覚ましたのは、見知 らぬ部屋でした。ここはどこ?わかりませんとなったのですが、実は、温泉宿の空き部屋 に運ばれたらしいです。ものすごい形相のエースさんが、ゆでだこになったあたしを抱 えてきたらしい。これはナミ談。で、連れ帰るのもあれなんで、とりあえずは今夜 ここにぽいしていこう!それがいいね!ってなったらしいですね。あれ、それってすごく さみしくないですか?という話です。なんかこれ後日談的な流れだけど、この間には ちょっとした話があるんですね。それを少しだけお話しようと思います。 *** 「あ、れ?」 真っ暗な部屋に、時計のカチカチという音だけが響いていた。頭が少しぼーっとする。 なんだっけ、なにがあったんだっけ?がんばって記憶を手繰り寄せると、そういえば、 お風呂で熱さに耐えきれず、ぼちゃんってなったことを思い出した。なるほどね。 それで、ここはどこかしら。ビビの別荘じゃないみたいだし。というか、みんなは? もしかして一人?あたし一人だったりするのかい?それってとてもとてもさみしいよ。 「…起きたのか?」 「だれ…?」 だれ?と聞いたものの、心地の良い低い声は、この2、3日であたしの心臓に負担をかけ 続けたエースさんだとわかった。どうしてエースさんがいるんだろうか。 「…おれ。エース」 「エース、さん…、ここは?」 「あー、温泉宿だ」 「え?どうして、ですか?」 「お前が倒れたから、女将が部屋を貸してくれたんだ」 「なるほど。って、みんなは?」 「帰った」 「かえ…?」 「あァ。そんな大人数残るわけにもいかないだろ」 「はあ…って、ええ!?じゃ、じゃあ、ここにいるのはエースさんだけ、ですか?」 「そうだな」 なんだってえええええい!まさかそんなことがあるんですか!?なんでナミとかビビ じゃなくてエースさんが?めちゃくちゃ迷惑かけてますやん!最悪じゃん。あたしって 最悪じゃん。なんで迷惑しかかけられないの、あたしは。 「エースさん、ほんとにごめんなさいっ!」 「なんで謝ってんだ?」 「だって、エースさんに迷惑かけた、ですもん」 「迷惑なんて思ってねェよ」 「でも、」 「おれがいいって言ってんだからいいんだよ」 「…ありがとう、ございます」 「おれの方こそ悪かったな」 「なんでエースさんが謝るんですか?」 「もっと早くお前を連れ出せてたら、倒れなかっただろ」 「いいんです!…それより、いろいろ、なんか、その」 「ん?」 「たくさんごめんなさいと、たくさんありがとうございます」 「ははっ!どーいたしまして」 小さなランプの灯りしかなかったけど、暖かみのあるオレンジのランプの色がエースさん を照らして、どきどきした。その上、すごく優しく笑うもんだから余計にどきどきした。 「。水、飲むか?」 「あ、はい。ありがとうございます」 水を飲んだら、さっきより頭がはっきりしたように思う。そういえば、今思ったけど、 エースさんはあたしが起きるまでずっと起きてたのかな。 「エースさん、ずっとここにいてくれたんですか?」 「あァ」 「なんか、ほんとにありがとうございます」 「お前はさっきからお礼言ってばっかだなァ」 「だって、ほんとに感謝してるんです!」 「ははっ!そうか」 「そうです!」 「ま、今は寝とけ?」 「…エースさんは?」 「おれはお前が寝たら寝る」 「そうですか」 あれ、なんだろ。少しさみしいな、とか思っちゃう自分がいる。どうした自分。優しい 顔で見つめてくるエースさんを離しがたいっていう気持ち。別にあたしのエースさんじゃ ないのに。そんなの変なのに。なんかもう、あたし変。すっごく、変だ。 「じゃ、おれは隣の部屋で寝るから。おやすみ」 「あ、」 「どうした?」 「いえ、あの、えっと」 「?」 「…なんでもないです」 「……」 「エースさん?」 「……」 「変なこと言ってごめんなさい。あの」 「ここにいる」 「え?」 「が眠るまでここにいる」 「え、でも」 「いやか?」 「いやじゃ、ないです」 「じゃ、寝な」 「…はい」 あたしが名残惜しそうな顔をしたからだろうか。一度立ちかけたのを元に戻し、あぐらを かいてまた座った。そしてエースさんは、あたしの目に大きくて熱い手のひらを乗せた。 どうしてエースさんの手はこんなに熱いんだろう。でも、すごく気持ちがいいなあ。 「…ふふふっ」 「なに笑ってんだ?」 「なんでも、ないです」 「変なやつだなァ」 エースさんの手で彼の顔は見えないけれど、あの優しい顔で笑っているんだろうなあと 思った。ああ、あたし、エースさんのこと、 「…き、かも」 「?」 「……」 「寝言か?」 「……」 「かわいいやつ。…おやすみ」 エースさんの熱い手に誘われて、夢の世界へ旅立った。いつまでも、エースさんの手が そこにあった気がした。 *** 最終日はなんだかあっさりした流れだった。朝起きたらエースさんはいなかった。 代わりにナミがあたしの布団をひっぺがした。エースさんはナミが温泉宿に来たと同時に 別荘の方へ帰ったらしい。あたしも、身なりを整え別荘に帰った。そんで、ちょこっと 海で遊んでお家へ帰った。昨日の夜がまるで夢のようだったので、一人だけぽわぽわ した。でも、これでエースさんと毎日会うことがなくなるのかなって思ったらすごく 寂しくて、解散するとき、思わずエースさんを呼び止めた。幸い、みんなそれぞれで 話をしていたのであやしまれることはなかった。 「エースさん!」 「ん??」 「あの、先日はどうもお世話になりました」 「あははっ!急にどうした?」 「えっと、その…」 「うん?」 「これからも…、その、会ってくれますか?」 「え?」 「いやその、あれです!あれあれ!これからも仲良くしてくれますかって意味で! 変な意味はないんです、変な意味は!」 「ばか、当たり前だろ」 「え…ほんと、ですか?」 「こんなことでうそついてどーすんだ」 「あは、たしかに」 「こっちこそよろしくな」 「…はい!」 エースさんは、あたしの頭をぽんと軽くたたくとルフィを呼び、そのまま車に乗り込んだ。 他の男子もそれにならって帰って行った。あたしの胸はいっぱいだった。 これはもう、完全にエースさんのことすきになっちゃったなあ、と苦笑しながらも、 なぜかすごくうれしかった。 *** 夏休みはあっという間に過ぎていった。もちろん、エースさんとも夏休みを過ごした。 大学の夏休みは高校よりもはるかに長いらしいので、お前が休みのうちに行きたいところ に行くか、と笑って言っていたエースさん。その言葉通り、色んなところに遊びに連れ てってもらった。ま、二人でってことはなかったけど、二人きりになれた時もあったし、 良しとしよう。とかえらそうなこと言ってごめん。やっぱり、あたしは浮かれているん だろうな。恋って、自覚したら本格的にスタートするものなんだと身を持って知った。 「いよいよ本格的に良い感じよね」 「なにが?」 「わかってるくせに。しらじらしい」 「ほんとにわからないってのよ」 「だーかーらー、ルフィのお兄さん!」 「エースさん?」 「遊びに行っちゃあ、二人でいちゃいちゃしてねー」 「してないよ!いちゃいちゃなんて、ばか!」 「あーあー、どっかにいい男いないかなー」 「ちょっとー話聞いてよナミちゃーん」 夏休みも残りわずかになったある日、まだまだ夏の日差しが元気に騒ぐ中、公園の日陰 でコンビニのアイスを頬張るあたしたち。庶民ってのはコンビニのアイスで十分なのよ。 ナミは庶民でもランク上のハーゲンダッツを頬張り、あたしは庶民の絶対的支持を得て いるガリガリくんを頬張る。ああ、暑い。 「カメラに夢中のあんたも、ついに男に夢中になったか」 「語弊がある言い方しないでよ」 「ま、気持ちはわかるけどね」 「だからー」 「で?本当のところどうなの?」 「…なにが」 「お兄さんのこと好きなんでしょ?聞かなくてもわかるけど」 「じゃあ聞かなくてもいいじゃん」 「いいから早く言いなさいよ」 「……」 「ほら」 「…すきだよ」 「私に告白しないでよ」 「言わせたのそっちでしょー!?理不尽!」 「あーじゃあさっさと告白しちゃいなさいよ」 「投げやりか!」 ナミは自分で話を振っといて、めんどくさいとでも言うような顔でさっさと告白しろー と言ってくる。ばか言うんじゃないよ。そんなの、無理に決まってますわい。 それに、あたしの恋人はカメラだしい。 「真面目な話、私は脈ありだと思うけどね」 「うっそだあ」 「嫌だったら、誰よりも先にのところに行かないんじゃない?毎度毎度見てる こっちが恥ずかしいわ」 「妹みたいに思ってるだけかもしれないし」 「めんどくさいわねー」 「めんどくさい言われた…」 「いいからさっさといけ!」 「やだ!」 「いきなさいよ!」 「やだよ!こわい!」 しばらく二人でぎゃーぎゃー騒いでいたが、夏の暑さに負けてすぐにおとなしくなった。 終わる 夏 と 始まる 恋 |