act.6 「温泉?」 「はい。この近くに天然温泉があるんです。せっかくだからみなさんで行きませんか?」 「いいわね、温泉!海もいいけど、やっぱり女は温泉よね」 「それどういう意味?」 「あんたは黙ってればいーの」 「ひどいよ!ナミってばあたしの扱いひどいよ!」 「いいから!あんたも温泉入って女を磨きなさい」 「…うん」 「それじゃあ、今日の夜行きましょう」 「たのしみだーい!」 「わかりやすいわね、本当に…」 きっかけは温泉。ビビが、そういえば近くに知り合いが温泉宿をやっていて、という話 をした。当然、みんなくいついた。そりゃあ、あたしだって入りたいよ。というか、 入りますけど。ナミなんか美肌に磨きをかけるぜという気合がこちらにも届く勢いだし、 ビビはみなさんと温泉うれしいですってにこにこ。男子は男子で風呂だー!ってよく わかりもしないで、ただ楽しそうだからって騒いでいる。まあわかってないのはルフィ くらいだけど。シャンクスも温泉で飲む酒がうまいんだとか、だめ親父発言に磨きをか けている。あ、サンジはやましい考えがそりゃもう露骨に顔に出て、ちょっと引いた。 それを見たウソップがツッコミを入れていたけど、もう収拾がつかない状態になってた。 もうほっといて全然おっけーだと思う。 で、問題というか勝手にあたしが気にしているだけなんだけど、エースさん。エースさん は、騒いでいるルフィに、迷惑にならない程度にしろよ、とお兄さんをやっていた。 つまり、まあ、普通なんですよね。いや、別に普通じゃなくなることがあったわけじゃ ないようなあるような?よくわからないんですけど…。うん。少なくとも、やっぱり あたしは気にしちゃうんですけども。それってやっぱりあたしが気にしすぎなだけなん ですかね。うーん、なんかすごく複雑な気分であることは違いない。とにもかくにも、 エースさんに、きらわれたくないなあ。 *** 夜までは変わらず海で遊ぶ。あたしはやっぱりパラソルの庇護のもと、カメラを構えて みんなを撮る。カメラで撮るのはすきなのに、なんでかシャッターをきる指が進まない。 そして、なんとなく視線で追ってしまうのは、エースさん。 「…やっぱりわからない」 「なにがだ?」 「うわっ!…シャンクス、急に声をかけないでください」 「なにを悩んでるんだ、?」 「酒臭い」 「気にすんな!で、言ってみろ。なに悩んでるんだ?」 「…別に悩んでなんか」 「顔に悩んでますって書いてあるぞー」 「……」 「ほらほら!師匠に言ってみ!」 師匠って、まあたしかにカメラの師匠ではあるけど、人生の師匠ってなると…こう、 頼りたくない気持ちが心の底からくるんだけどね。とりあえず言ってみるか?あ、もち ろんエースさんがどうでこうでーとかそんな詳細は話さないけど。 「あたしって、警戒心ないように見えます?」 「が?」 「そうです」 「んー、おれには警戒心あるな」 「そりゃ隙あらばセクハラしようとするからですよ」 「ありゃセクハラじゃなくてスキンシップ!」 「ふうん」 「信用してねェな…」 「で、まあシャンクスは置いといてですよ!」 「おう…」 「しょんぼりしないでください、めんどくさいから」 砂浜にのの字を書き始めたシャンクス。いじけるな、おっさんが。 「それで?どうしたんだよ」 「うん…だから、まあシャンクス以外にはこう、警戒心ないのかなって」 「まァ、おれはカメラ持つやつは、警戒心持たないやつの方がいいと思うけどな」 「そうなの?」 「こっちが警戒心丸出しじゃ、撮られる側も緊張しっぱなしだろ?」 「たしかにそうですね」 「だから、ま、いいんじゃねェか?」 「ですか…」 なんとなく納得いったようないかないような微妙な気分。カメラを持つ人間としては、 きっと良いことなんだろうなあと思った。でも、それでいいのかな、どうなのかって 気になった。あ、そっか。カメラ持つ時も持たない時もずっとあはんってぼんやりして いるからいけないのかな。難しいのね、世の中って。うむ。 「あァ、でもな」 「はい?」 「お前を気にする男としては、警戒心は持ってほしいのかもしれねェな」 「どういう意味?」 「だーからー!好きな女が警戒心ゼロで色んな男と仲良くしてるのは、おもしろく ねェって話だ。たとえ、そいつがカメラを生業としていようといまいとな。ま、 男っちゅーのは、そういう勝手な生き物なんだよ」 「なるほど…?ん?すきな女?」 「好きじゃなかったらそんなやきもきしねェだろー」 「…そうなんだ」 「なんだ?お前にもやっとそういうのが…?」 「……」 「顔真っ赤だぞ?」 「換えのフィルム持ってくる!」 「あ、おい!」 逃げるように海から離れた。とりあえず一人別荘に戻って、落ち着く。 シャンクスの言っていた言葉を思い出して、また顔が熱くなるのを感じた。 「すきな女って…いやいやいやいや」 すきな女っていうか、エースさんはそういうつもりで言ったんじゃなくて、きっと、 あまりにあたしがぼけぼけしいから注意してくれたんだよ。そうだ!きっとそうだよ! あたしの将来のためにわざわざ言ってくれたんだよ!それ以外、あるわけ…ないもん。 自分の中で言い訳を繰り返してはいるものの、シャンクスが言っていた通りだったら いいのにな、なんて思って、また一人で頭をぶんぶん振る。ばかなことを考えている。 だけど、もしも、エースさんにすきになってもらったらすごくしあわせなんだろうな、 ってくらいは考えてもいいよね。 *** 「温泉だー!」 「静かにしなさい」 「ごみん」 やっぱり温泉ってなると、めちゃくちゃテンションあがるね!身体の心から温まりたい ものですね。うんうん。一人騒いでたら、ナミに注意されたけど、顔のにやにやは止め られないです。どきどきわくわくが止まらない! 「あ、女将さんに呼ばれたので、ちょっと行ってきますね」 「いってらっしゃーい」 「よかったら先に温泉入っててください」 「ういー」 ビビは、宿の奥にぱたぱたと走っていった。 「ナミちゃん、どうするよ」 「あんた先入ってれば?」 「なにそれ冷たいいいいい」 「ビビ一人にするのもあれでしょ」 「あたしは一人でもいいの!?」 「うん」 「ええええええ」 「冗談よ」 「冗談に聞こえなかった…」 「ま、5分くらい経っても戻ってこなかったら、すぐ行くから」 「わかったー。早く来てね!」 「はいはい」 ちょっとさみしくなりながらも先に温泉へ向かった。ちゃんと女湯と確認してからね。 ここで男湯入ったら、あたしただのばかだよね。まあそんなどじっこじゃないけどさ。 ていうか、男子は温泉宿ついて早々卓球しに行くとかどんだけわんぱくなんでしょうね。 さすが遊び盛り?あたしは文化系だからちょっと無理ぽ。 さーて、お風呂入ろうっと。 「うわー!温泉だー!広い!しかも露天風呂!最高だね」 まさかの露天風呂にテンションMAXです。あ、カメラ持ってくればよかった!さすが にお風呂だからって持ってこなかったけど、露天風呂なら持ってきた方がよかったな。 ま、いいか。今は温泉を楽しもうっと。手ぬぐいを頭にのせて、温泉につかる。 「うー、きくう」 なんかおじさんみたいな声だしちゃった。おじさんっていうとシャンクスしか出ないから こわい。シャンクスになるとかいやだー。ま、そんなことは置いといて、温泉の奥まで じゃぶじゃぶ進み、岩に背中を預ける。すべすべした岩なので背中を置いても痛くない。 これも温泉効果ですか?あなたも長くつかってたらすべすべになったのかい。なんてね。 よっかかった岩は、あたしの姿をすっぽり隠してくれるので、入口からは誰もいないよう に見えるだろう。これでナミとビビをびっくりさせてやるんだ。むふふ。後でめちゃく ちゃ怒られそうだけどね。やんちゃしてなんぼですよ。 すると、タイミングよく、ガラッと扉が開く音が聞こえた。足音からしてどうやら一人 らしい。じゃあナミが先に来たのかな?とか思っているうちにじゃぶじゃぶ入ってきた。 近くにきたかな?というところで、岩陰からばっと出た。 「わっ!」 「うわっ!」 「あはは、びっくりし…」 「え、お前、…」 「……」 「……」 「…わあああっ!?」 「な!?お前!?なんでここにいるんだ!?」 ありえないありえないありえない…!これは夢だ絶対夢だ夢だ夢じゃないわけがない。 そうじゃなかったらなんなの?え?これが現実?いや超気のせいですから。ありえない ですから。こういう現実受け付けてないですから。帰ってくださいほんと空気読んで。 だっておかしいでしょ。なんでエースさんがいるの意味わからないから。ここ女湯だから。 ナミだって。あたしの見間違いだって。絶対そうだって。うん、湯煙でよくわからなかった だけだな。きっとそうだ。ちゃんと確かめよう。 深呼吸して、岩陰からこっそり向こうをのぞいてみた。 「……」 「……」 なるほど、エースさんだ。ばかかっ!!!!!!!! やばくなあい?これってやばくなあい?絶対やばいんじゃなあい?だれか!だれか!! 岩陰の向こうには、水も滴る良い男がいました。死ぬ!色んな意味で死ぬ!どうする!? 海で見た時よりもなんか色気があるように思うんですけど?どゆこと?それって何効果? 温泉効果?お湯に身体がちょっと火照っているよ効果?何それ誰得?俺得?そゆこと? どうすんの?とりあえずどうすんの?心臓に負担がかかりすぎて死にそうですけど!? とにかく、この状況を打開するため、エースさんに話しかけてみることにする。 「…あ、の」 「…おう」 「エース、さん…ですよね?」 「あァ」 「なんでここにいるんですか…?」 「そりゃ、こっちの台詞だ」 「…どゆこと?」 「ここは男湯だ」 「そんなわけ!」 「おまっ!こっち出てくるな!見えるだろ!」 「うわあ!…す、すみません」 あぶないあぶない、思わず身体が前のめりになっちゃった。でも照れたエースさんを 無性にカメラで撮りたかった。この状況でよくそんなこと言えるな、あたし。 「…で、その、あたしがここに入る前はちゃんと女湯だったんです」 「おれが入る時は男湯になってたぞ」 「なんでだろ?」 「…そういえば、17時から女湯と男湯が入れ替えって書いてあった」 「え!?うそ!?」 「お前…、確認しないで入ったのか?」 「はい…」 「…はあ。とにかく、おれがあっち向いてる間に早く出て…」 「風呂だーっ!!」 「えっ!?」 「いいから隠れろ!」 「はひっ!?」 どどどどどうすんのよ!?っていうかどういう状況!?よくわかんないけど状況が悪化 したっぽいことはなんとなくわかるんですけどね★もうやだ!もういやだ!! とにかく今は息を潜めていよよよよう! 「おーっ!すげェぞ!外だ!」 「へェ、いい風呂だな」 「レディたちと一緒がよかった…」 「無理に決まってんだろ!」 「さぞかし酒がうまいんだろうなァ」 なるほど男子諸君が勢ぞろいですネ^q^もうしんでもいいかな こういう場合どうしたらいいの?覚悟を決めて全裸でここを駆け抜ければいいの?それ とも、実は男なんだよ、おれ★って言いながら溶け込む?もしくは男子全員殴り殺して 何事もなかったように出ればいい?やばい、肩までお湯につかっているせいで普通より ものぼせるまでのタイムリミットが…!すでに正常な判断ができなくなってきております! もうやだしぬ!ゆでられる!とける!ぐふう。 「…」 「…はい」 みんなに聞こえないようにエースさんが小声で話しかけてきた。そして、さりげなく岩陰 に近寄り、あたしが見えないようにガードを堅くしてくれた。 「なんとかしてここから出してやるから、もうしばらく辛抱しろ」 「…はい」 「絶対大丈夫だからな」 「エースさん…。あの、」 「ん?」 「ありがとう、ございます」 「…おう」 がんばる。あたし、がんばります!エースさんがなんとかしてくれようとしてるんだから、 あたしもちょっとくらい熱いのを我慢しなくちゃ。 いや、人間の限界を越えそうだからもう無理です。ほんと無理。長いよ、さすがに長い。 もう無理ですってエースさんんんんん!ていうか、男子共は何やってんのよ!?ばか!? いつ出るんだよ!かれこれ30分は経ってるんですけど!男子はふつう5分10分で出るもん って相場が決まってるでしょ!何女子みたいに長風呂してんのよ!意味わかんない! 人が死んでもいいのか!?か弱い乙女が死んでもいいのか!?心痛まないわけ!?それ でも人間!?血も涙もないのねほんとに!もう死ぬよ!そろそろ死ぬよ!肌がふやけて 一皮むけちゃうよ!違う意味で! 「エ、エースさ…」 「あともうちょっとだから!」 「いや、も…むり」 「…っ!?」 バシャーンッ☆と良い音を立ててお湯に身体が沈んで、ついでにあたしの意識も沈む。 「なんだ?今の音?」 「エース?どうした?」 「え…!?ちゃん!?」 「は!?」 「おー?なんだがついに男湯に潜り込んだか?あっはっはっ!」 「うるせェ!誰もこっち見るんじゃねェ!」 すっかり真っ赤になって意識のないを抱えて、ものすごい形相で風呂を後にした エース。の方をちょっとでも見ようならば、人一人死んでもおかしくないほどの 睨みをきかせたらしい。ちなみに、ウソップはそれを目の当たりにしてちょっとちびった。 とかなんとか、そんなことがあったとさ。 沸騰 する 感情 |