act.5















昨日あんなに遊んだのに、わいわい遊んでいるみんなを見ていると若いなあと思う。
あたしも十分若いんですけどね。きっとあたしは、エースさんによる心臓のダメージが
未だ残っているからちょっと疲れてます状態なんだと思うんだよね。仕方ないよね、うん。
なので、今日も今日で被写体さんたちをカシャカシャ撮ることにします。
カメラ越しには、相変わらず良い身体の被写体さんたち。海から視線を外すと、これまた
相変わらず酒を飲んでいるシャンクス。この人ほんとだめな大人だわ。だめんず!この
だめんず!ずっと酒飲んでるだけじゃないの!血液とか全部酒なんでしょ!そういうオチ
なんでしょ!知ってるんだから!あたしはこの人の将来が心配。もうおじさんだけど。
まあおじさんは放っておいて、昨日の夜にあたしの心臓に大ダメージを与えた人物なの
ですが、ルフィたちと遊んでいます。こう見ると、やっぱりお兄ちゃんなんだなあって
思う。男兄弟っていうのはああいう感じなんだあとしみじみ思う。あたしは一人っ子だから
ちょっとうらやましいなとかさ。あたしにも兄弟がいたらあんな風にわいわい楽しく
やるのかなあとかね。もし、母が再婚したら兄弟とかできるかもしれないし!…まあ
母は絶対再婚しないと思うけど。夢を捨てきれず死んでしまった父を、今でも、これから
もずっと愛しているんだろうなあってわかるから。あたしも、母みたいな恋ができるの
だろうか。さすがに父みたいに死んでしまう相手はいやだけど!なんてね。うそだよ、
お父さん。




「なに百面相してんだ」
「あ、ゾロ」




引き締まった身体に水滴を飾り、パラソルでカメラを構えていたあたしに声をかけた。
いや、ほんと良い身体だよね。ヨダレでちゃうよね。うらやましいよね。しゃぶりつき
たいよね。




「…なに見てんだ」
「あ、ごめん。相変わらず良い身体だと思ってさ。思わずしゃぶりつきたくなるよね」
「……」
「明らかに嫌そうな顔しないでくれる?冗談だから」
「冗談に見えねェから嫌なんだよ」
「失礼しちゃいますね!」




ゾロは、あたしの横に座るとペットボトルの水を飲む。口の横からこぼれた水が、とても
いやらしく見えます。おばちゃん、思わずガン見してしまいました。そして気が付いたら
カメラでカシャカシャ連写してました。職業病や!




「……」
「だからそんな嫌そうな顔しないでよ!しょうがないじゃん!ゾロがえろいから悪いんだ!」
「なんだそりゃ」
「ほんとだもん!」




眉間にしわを寄せながらも、しょうがないやつと笑うゾロは、ええ男や!と思いました。
あたしは一体誰なんだ。




「ゾロって彼女いないんだっけ?」
「あ?いねェよそんなもん」
「そんなもんって!あんた年頃の高校生でしょ」
「そういうお前もそうだろ」
「あたしの恋人はこのカメラなんだ…」
「そうか」
「うそだよ!流さないでよ!さみしいでしょ!」
「わがままなやつだな」
「ゾロがカタいんだよ!堅物!」




あたしがぎゃーぎゃー文句を言っても、さらりと流すゾロは大人なんだか、ただの堅物
なんだか、もはやよくわからん。でも、怒らないところはやっぱり大人なんだろうかね。
それにしてもゾロに彼女がいないのはもったいないよね。確かに堅物だけど、なんかさ、
守ってくれそうじゃん?ま、このご時世なにから守るんだっつー話だけど。魔物が出る
剣と魔法のファンタジー世界じゃないんだから、守るってよくわからんけど。でもほら
あるじゃん!痴漢とか!変態とか!そういう類から守ってくれそうじゃん?いや、これ
はゾロに限らず守ってほしいけどね。あ、でもあたしは自分でやれそう。やっぱりやれ
ない!そういうことする変態とか変態とか変態とかって目つきやばいもんね。らりって
るもんね。いっちゃってるもんね。どこか新しい世界に。こわい。ほんとこわい。って
あれ?なんでこんなこと考えてるんだっけ?忘れた。あ、思い出した。




「ゾロって守ってくれそうだよね」
「は?」
「新しい世界を見ている変態とかから」
「…なに言ってんだ」
「サンジとかもさ、守ってくれそう!でもサンジは世界中の女子を守りそうだからね。
 すごくめんどくさそう」
「…お前もなかなかひでェな」
「だけど本命ってなると意外と奥手になっちゃたりするのかな?どう思う?」
「どうでもいい」
「女の子には優しく!だけど、本命に本気と思われない!でもそれって自業自得じゃん?」
「あァ」
「損してる!絶対損してる!かわいそうだなあ、サンジ。女の子に優しくするのもいい
 けど、やっぱり本命がいる前ではそういうのはいけないよね!」
「…あァ」
「ルフィとかはさ、突っ走りそう!一途にそのまま突っ走ってすきだー!みたいな?」
「……」
「駆け引きとかそういうのなしに真っ直ぐアタックって感じ。いや、でもそれって結構
 いいんじゃないの?最近の男子ってなよっちいからね」
「……」
「やっぱりストレートの方がいいよね。恥ずかしいけどうれしいっていうか、うん。
 世の中の男子にも見習ってもらいたいよね、うん」
「……」
「ゾロもそう思っ…うわ!びっくりした!」




気が付いたらゾロがあたしのひざまくらで寝てた。知らんかった。ていうかあたし、今
まで独り言?どっから?どっからですか?寝てたなら寝てたって言えし!まあ、ひざに
重みがきても気が付かなかったあたしがいけないんだけどさ…。あ、写真撮っておこう。
このゾロは貴重だ!ドアップの寝姿ゾロ!…売れるな。これは売れるな!ラッキー!
カメラを下に向け、無遠慮にカシャカシャ撮るあたしと、全然起きずに人のひざまくら
でぐーすか寝るゾロ。ひざ貸してるんだからこれくらいはいいよね?
気が済むまでゾロを連写してから、海にカメラを戻す。あたしたちの中で恋愛とかそう
いう甘酸っぱいものが起こることはないので、誰もひざまくらを気にしている様子は
ない。ま、そりゃそうか。サンジは別かもしれないけど、それもまた複雑だからね。うん。
みんなのことをひたすら撮っていると、ふと、視線を感じた。カメラ越しに視線とは、
なんだろうか。カメラを覗きながら視線の主を探す。すると、ルフィたちの輪から離れた
ところで静かに立っていたエースさんだった。距離が離れているし、あたしはカメラを
構えている。だから視線が合うはずがないんだけど、合うはずがないのに、どうしてか
目が合っている気がしてならない。真っ直ぐあたしを見ている…?そんなわけ、ない
よね?気のせいだってわかってるのに、視線が外せない。思わず、カメラから視線を
外して自分の目で確かめてみる。エースさんは、もうこっちを見ていなかった。














  ***














昨日と同じく、今日も宴会だった。エースさんとは、昼から話していない。あれは気の
せいだったのだろうな、と思いつつなんだかそのせいで、エースさんと話せていないよう
な気がしてちょっぴり寂しいなと思うあたしはなんなのだろう。あたしの心が迷子状態。
静かな空間で一人で考えたいなあと思ったあたしは、盛り上がっている宴会中に、カメラ
を持って外へ出た。










「夜の海もいいなあ」




静かな波音。明るい月。都会では見られない星。ビデオには残せないけど、カメラには
この景色を残せるんだから、やっぱりカメラはいいよねって少し自慢げに思う。勝手に
自慢げに思ってるだけなんだけどさ。
静かな砂浜をさくさくと歩いて散歩しながら、夏の夜をカメラに閉じ込める。自然って
いいよね。都会の冷たいコンクリートに囲まれるよりも、自然に囲まれる方があたしは
すきだ。そんでもって、夏の夜もすき。夏の夜は、空気がすき。昼間の熱い日射しと違う
優しい空気になるから。昼の夏はすきじゃないけど、夜の夏はすき。いいよね。何事にも
二面性っていうのが存在する。夏だって暑いだけじゃない。こんな静かで、穏やかな夜
だって持っているんだから。
カメラを構えながら空を撮ったり、海を撮ったり、ふらふら歩き続けていると、どんっと
なにかにぶつかった。ありゃ、こんなところに壁がありましたっけ?とカメラから顔を
外すと、そこには、エースさんが立っていた。びっくり。




「エースさん?」
「前見て歩け。あぶねェぞ」
「あ、ごめんなさい!」
「ったく、お前はカメラのこととなるとあぶなっかしいのな」
「あはは…」




エースさんは、呆れながらも笑った。その笑顔になぜか胸がぎゅうっとなった。なんで
胸がそんな風になるのか、よくわからなかった。でも、エースさんの笑顔はすごくすき
だなあと素直にそう思った。その笑顔をずっと見ていたいと思う。そんな魅力がエース
さんにはやっぱりある。これが、エースさんをモデルに撮りたいと思わせる要因なのかな
と思ったけど、モデルとかそういう問題以前に、エースさん自身の魅力なんだろうな。
だから、あたしも笑顔を見ていたいなって思った。そしたらまた身体が勝手にエースさん
に向けてカメラを向けて、迷いなくシャッターをきっていた。




「あ、つい」
「お前なァ…ま、いいけどよ」
「すみません…」
「じゃ、今度はおれの番な」
「え?…あっ!」




昨日のようにカメラを奪われてしまった。だからあたしは撮られる側は苦手なんだって!
やめてくださいいいい!というあたしの願いというか嘆願もむなしく、エースさんは
カメラを返してくれない。背の高いエースさんにはやっぱり届かなくって、なんかもう、
あきらめた。げふ。




「ほらほら、笑え」
「笑えってそんなこと言われてもできないです!」
「いいからいいから」
「なにもよくないです…」
「うまく笑えたら褒美をやる」
「ご褒美、ですか」
「そうだ」
「うーん…ってつられないですよ!」
「はははっ!」
「もうっ!」




最初は笑顔なんてできなくて、ぎこちなく笑ってみたりした。そのたびに、エースさんに
へたくそだなァなんて笑われて、がんばって何度も笑顔を作ってみると、徐々にエース
さんにつられる形で笑えるようになった。あたしが笑顔になると、エースさんも優しい
顔で笑ってくれて、それを見てまたあたしも笑う。いつの間にか、カメラで撮られている
ことなんか忘れるくらい、心の底から笑っていた。






















もモデル、やったらどうだ?」
「あたしは撮る方がすきなんです」
「もったいねェなァ」




カメラを返してもらい、首の定位置にぶらさげる。やっぱりあたしはこの重みの方が
すきだ。モデルはあたしじゃなくてもできる。でも、カメラはあたししかできない何か
があるんだと思う。ひよっこが何を言うか!って感じだけどさ。




「あたしは、みんなの笑顔を撮る方がすきなんですよ」
「…そうか」




そうやって笑うエースさんを撮りたいって、思うんだもん。ね、こっちの方が合ってる
でしょ?あたしにしか撮れないエースさんを撮りたいんだ。
再びカメラを構えながら歩いていると、砂に足をとられ、転びそうになる。




「うわっ!」
「っと」




転びそうになったところをエースさんに抱きとめてもらった。




「あ、ありがとうございます…」
「カメラばっか見てるからだぞ。気をつけろ」
「…はい」




エースさんの腕は熱くて、たくましくて、すごくどきどきした。…っていうか、あの、
未だエースさんの腕が離れていかないのはなぜでしょう。昨日に引き続き、というか
昨日より増して心臓がぶっ壊れそうなんだけど。




「…あの、エースさん?もう、だいじょぶです」
「……」
「エースさん…?」
「……」
「っ!?」




どうしたんだろうか、と思っていた矢先、なぜか抱きしめられた。どゆこと!?状況が
把握できないですっていや、違うな。状況はわかっているよ、うん。抱きしめられている
っていうことはよくわかってるよ。そうじゃなくて、なぜエースさんに抱きしめられて
いるのかという、その、あれだよ!とりあえず心臓が死ぬ!心臓が!あたし、死んじゃう!
恥ずかしいし、熱いし、汗やばいし、心臓壊れそうだし、脳内から溶けそうです!




「…エース、さん?ど、うしたんですか?」
「…言っただろ?」
「え?」
「男には警戒心を持てって」
「あ、はい…?え?でも、これと関係あるんですか…?」
「おれも男だってことだ」
「知ってます、よ」
「…知ってても、わかってねェよ。は」
「エース、さん…?」




どうして突然そんなこと言うのか、どうしてこんなに不安な気持ちになるのか、わから
なかった。ねえ、エースさん、どうしたっていうんですか。
それからエースさんは、怖がらせて悪かったなと、笑って何事もなかったかのように
戻るかと言った。あたしはそれに従うしかなかった。
こわくなんかないよ。あたしはこわくなんかない。ただ、どうしてエースさんがそう
言ったのか知りたかっただけ。どうしてそんなつらそうな顔をしたのか知りたかった
だけだよ。ただ、それが知りたかっただけ。どうしたの、エースさん?言ってくれなきゃ
あたしはわからない。だから、教えて。知りたいから、エースさんのこと。















  沈む、




 沈む、




  沈む