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父は写真家だった。
彼の写真は目に強烈に焼きつく。そしていつまでも焼きついたそれが消えることはない。


父は夢に生きた。
いつまでも子どものように、写真を撮り続けた。だからこそ、あんなにも心震わす写真が
撮れたのだろう。


父は死んだ。
彼は最後まで写真を撮り続けた。落ちる飛行機の中で。
事故。飛行機事故。世界を飛び回る子どものような彼の命を奪ったのは鉄の塊だった。
一人で死んでしまった。あたしと母を残して一人で逝ってしまった。


父の記憶はない。
あたしが5歳くらいの時、夢を捨てられず世界へと飛び立った。
彼の写真をはじめて見たのは10歳の時。一枚だけ、母は彼の写真を持っていた。
衝撃。きっと生涯忘れることのない衝撃だろう。その写真はあたしたちの写真だった。
小さいあたしと、笑う母。なぜだか、涙が止まらなかった。
だって、そこには愛があったから。彼のあたしたちへの愛がこんなにも鮮やかな写真
を写し出したのだ。
正直、10歳までは彼に捨てられたのだと思った。母に彼のことを聞くと、困った顔
で笑うから。
でも違う。彼は家族を愛していたけど夢も捨てられなかった。母はきっとそんな彼を
愛していたんだ。そしてあたしも、その写真を見て気づいた。彼に愛されていた。
あたしは彼の声を知らない。ぬくもりも知らない。それでも、写真に写った彼の笑顔を
見ると、なぜだか彼の声もぬくもりもわかった気がした。
きっと、覚えていないが確かにある彼の記憶があたしに訴えかけるのだろう。
そしてあたしは決意する。あたしも彼と同じ道に行こう。








「お母さん、あたし写真家になる」
「そう」
「止めないの?」
「止められないわよ。だって、今のあなた、お父さんと同じ眼をしているもの」
「…そっか」
「でも、一つだけ条件がある」
「なに?」
「写真家になるにはアシスタントから下積みをしなきゃいけないでしょ?」
「うん」
「だけどアシスタントの仕事を探すのは高校生からにしてね」
「どうして?」
「それまではあなた自身で写真を学ばなきゃ。誰かに学ぶ前に自分だけの写真を覚えて」
「わかった」
「まあ、そもそも中学生をアシスタントとして雇うところなんてないっていうのも
 あるけれど」
「たしかに」
「高校生もそうそうとらないと思うけど、がんばって土下座しなさい」
「土下座はなんか違くない?」
「熱意を伝える?みたいな?」
「それが正解だよお母さん」
「あらそう」




父に似ている、そう言われたことがうれしいと思った。
あたしにも、彼のような写真が撮れるだろうか。心を震わす写真を。














  ***














「おははー!」
「なんか今日ご機嫌ねえ、
「そうなのそうなのそうなんだよ!聞いてくれるかい、ナミさんやい!」
「いや遠慮しとくわ」
「なぜだ…!」
「冗談よ。それで?何かあるの?」
「うんうん!実はね、今日あたしもついにモデルさんを撮れることになったのだよ!」
「本当?よかったじゃない!あんたずっとパシリだったもんね」
「パシリじゃないよアシスタントだよ!」
「雑用?」
「むむ、違いねえぜ…」




賑やかなオレンジ色の髪を持つ友人はナミ。中学からの付き合いで、あたしが写真家
を目指していることも知っている。たまに毒を吐くこともあるけど、結局はいつも話を
聞いてくれる良き友なのである。お金には厳しいけどね。
あたしは高校生になってからすぐにアシスタント募集のところを探し、片っ端から
あたってみたものの、どこも、高校生はねえ…ですって。そういうの、実に面白くない。
偏見だ偏見。
そんなあたしのためにナミもいろいろ探してくれたものの、やっぱり受け入れてくれる
ところはなかった。それでもあきらめられなくて毎日毎日探していた。
そして転機は突然やってくる。というか意図的に?
母が父と友人だった写真家を紹介してくれた。どうやら母は最初からこの友人に頼んで
いたらしいが、あたしの本気を試すためよとかいう理由で当たって砕け続けたあたしを
なまぬるい目で見守っていた。とんだドSやないかい。まあいいけどね。
そういうわけで、父の友人の写真家、シャンクスのところに無事弟子入りしたわけです。
シャンクスは印象的な赤い髪を持つ、気さくなおっさんだった。最初はこのおっさん、
ほんとにだいじょぶなのか…と半信半疑だったが、シャンクスがカメラを構えた時は
身体が震えた。感動、したっていうのかな。カメラを覗きこむ眼は鋭く、何も逃さない
獣みたいだった。でもすごく魅力的で、彼の写真も彼の個性を引き出していると思った。
余談だが、写真家の中ではとても有名で赤髪って呼ばれてるんだって。
そんな彼に弟子入りして早1年半。高校2年生になったあたしもやっとこさモデルさん
を撮らせていただくことになりました。
やっとだぜーと本音を漏らしたら、シャンクスは、お前は異例の出世だぞーと言っていた。
普通はアシスタントがこんな早く撮らせてもらうことはないんだって。ラッキーだ。
と言っても、雑誌に使われる写真はシャンクスが撮る。撮らせてもらえるっていうのは
まあ本物のモデルさんを撮らせてもらえるっていう意味であって、あたしの写真が雑誌
とかに使われるとかではない。でもモデルさんを撮れるだけでテンション滝登りです。
なんでも、そのモデルさんはシャンクスの知り合いらしくて、それで撮らせてもらえる
らしい。感謝感謝ですね。
で、その日が今日というわけで朝からもう興奮して仕方がない。早く撮りたい。




「どんな人なんだろうなあ、モデルさん」
「やっぱり綺麗な人とかなんじゃない?」
「そっか!そうだよねえ…きっと顔とか米粒のように小さくて足とかパキッて折れる
 くらい細くて目なんか顔からはみ出てるよというほど大きいんだろうなあ」
「なんか、気持ち悪い」
「目を逸らして気持ち悪いとか言わないで!」
「ま、なにはともあれよかったじゃないの」
「うん!たのしみだなあーはーはー!」




顔が緩みっぱなしでどうしましょ!もうこの高鳴る胸を抑えられない!という感じ。
と、ここで廊下がなにやらとっても騒がしい。




「腹減ったー!!!」
「ルフィ元気だねえ」
「おう!、そのからあげくれ!」
「なんでだよ!誰がやるか!購買行ってきたんでしょ、自分の食べなよ」
「こんなんじゃ足りねェよ」
「知らないよそんなのー。サンジに分けてもらえば?」
「そりゃねェよ、ちゃん。こいつに食われたらおれのがなくなっちまう」
「まあたしかに。じゃあサンジが毎日ルフィのためにお弁当作ってくるっていうのはどう?」
「野郎に毎朝作るって…あ、でもちゃんとナミさんのためならいくらでも作るぜ?」
「やったー!ほんとに作ってもらいたい!ね、ナミ」
「そうね、食費浮くし」
「そっちか」
「ずりー!おれにも作ってくれよサンジー」
「レディだけに決まってんだろ」




いつも元気いっぱいのルフィ。彼の笑顔は太陽みたいで、いつか写真を撮りたいって
思ってる。お遊びでならいくらでも撮ったことあるけどね。本気でいつか撮りたい。
ルフィの左目の下には傷がある。どうやってそんな傷ができたんだか知らないけど、
それも彼のチャームポイントみたいだなあって思う。
女の子にはすんごいやさしい料理上手のサンジ。かわいい女の子の前ではばかみたい
な顔になるけどいつもはかっこいい。金髪がまた似合うんだなあ。なんかずるい。
いつだってスマートな彼も撮りたい。というか友だちみんな撮ります、ええ。














  ***














「おはようございまーす」
「おう、来たか」
「そりゃあ来ますよ!今日はモデルさんを撮れるんですから!ていうか無遅刻無欠席
 ですけどあたし」
「まあそうだな。えらいえらい!」
「セクハラです!」
「お前も手厳しくなってきたな…」




ただのセクハラのおっさんに見えるこの赤髪はいつもこんな感じ。
でも腕は確かだし、やさしく、時には厳しく指導してくれる先生である。
お父さんというのはこういうものなのかもしれないと思った。シャンクスが父はいやだけど。




「それで、今日のモデルさんはどんな人なんですか?」
「んー、まあ見ればわかる」
「そりゃそうかもしれないですけど、知り合いなんですよね?」
「おう」
「ふうん。まあいいや。お楽しみは後にとっておきます」
「それがいい」
「それがいいって教える気なかったくせに…」
「拗ねるな拗ねるな!」
「拗ねてないです!もう、早く準備してくださいよー」
「おうよ」




このおっさんほんとにわかってんのかと呆れるがこれもいつものことなので慣れるしかない。
人っていつかは慣れるものです。そういうものです。
はじめてシャンクスに会った時も第一声が酒買って来てくれ、だったし。
高校生に酒買わせるってだめな大人代表じゃねえか…!と思った。もちろん断った。
というか制服で来てるのに酒買えるわけねえよ!というツッコミをさせていただいた。
そんなことを回想しながら撮影の準備を進める。
基本シャンクスはスタッフを呼ばない。モデルとシャンクスとあたし。静かな空間で
撮るのが彼のスタイルだ。
あたしはシャンクスが撮っている姿がすきだ。見ていると時間はあっという間で、
もう終わりかといつも寂しくなる。それくらい彼の撮る姿は魅力的だ。
いつか被写体にカメラを向けるシャンクスを撮りたいと密かに思っている。




「早く撮りたいなあ」
、来たぞ」
「え?誰が?」
「誰がってモデルだよモデル」
「あ、モデルさんね。どこにですか?」
「お前の後ろ」
「は?」




お前の後ろとかホラーじゃないんだからそういう言い方しないでほしいわあ。
でも言われた通り後ろを振り返ると壁があった。いや壁じゃないんだけどね。
とりあえずでかい人が立っていた。思わず見上げるとくせっ毛の黒い髪と深い黒の眼が
見えた。そしてひるむあたし。女の人じゃなかった…!




「よう、エース」
「おう」
「えと、はじめまして!シャンクスの弟子のです!」
「おう、よろしく。おれはエースだ」
「はい!」
「はは、元気なやつだな」
「だろー。女子高生だぞ女子高生」
「セクハラとかしてないだろうな」
「するか!どいつこもこいつも失礼なやつだなァ」
「あはは」
「ま、よろしく頼むわ」
「こちらこそです!」




笑った顔がすごく少年みたいですてきだと思った。
背がすごい高くて、体つきも良く、ちょっぴりこわそうだなって思ったけど、やさしい
人だろうなって感じた。彼の顔にあるそばかすがやんちゃな少年を思わせる。
笑顔も少年みたいで、そのギャップがたまらんです。女子はギャップに弱いもの。
このモデルさんもシャンクスの技にはまってしまったのかな。
カメラを覗きこむシャンクスの眼はすごくいい。どきどきするし、わくわくする。
シャンクスはモデルさんをその気にさせるのがうまい。
別にグラビアモデルを撮るカメラマンみたいに、かわいいねーとか言うわけじゃない。
シャンクスはその眼だけでモデルさんをも魅了し、その気にさせてしまう。
それが彼のほんとにすごいところだと思う。だからきっと良い被写体にもなるぜ。
さて、そろそろはじまる。魅惑の撮影会が。




















こんなの、見たことない。それがまずはじめに思ったこと。
だいたいのモデルさんはシャンクスの眼に引き込まれて、世界にどっぷり浸かる。
でもエースさんは違う。彼もまた獣だった。これは獣と獣のぶつかり合いだ。
ぞくぞくした。あたしも早く彼を撮りたい。この獣を手懐けたい。できるだろうか。
あたしにこの獣をコントロールできるだろうか。武者震いした。
エースさんはどこかの専属モデルとかではなく、気まぐれにやるらしい。彼っぽいけど。
でも彼を撮るカメラマンはみんな魅了されてしまうんだろうな。
それはなんとなくわかる。




「さて、。おれはもういいからお前が撮れ」
「え!いいんですか?」
「約束だったろ」
「は、はい!」




きたー!ついにあたしの番がきたー!




「エースさん、よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしくな」




よし。せっかくモデルさんを撮らせてもらえるんだから、気合いを入れていかなきゃ。
緊張と撮れる喜びで震える手に、自分で呆れながら自前のカメラを取り出した。
このカメラは父の形見であたしの相棒。アシスタントとしてはじめて仕事に行く日に
母がこれをくれた。お父さんが大事にしてたカメラを今度はが引き継いでねと、
渡してくれたのだ。その時の母はすごくうれしそうで、あたしまでうれしくなった。




「それじゃあはじめますね」
「ああ」




深呼吸してからカメラを構え、覗きこんだ。
後から聞いた話だが、この時のあたしは笑っていたらしい。自分では自覚がなかった
けれど、シャンクスがそう言った。それから、お前はやっぱりあいつの子だな、だってさ。
確かに自覚はなかったのだが、気分が高揚していたのは自分でもわかっていた。
撮るのが楽しくて楽しくて仕方がなかったのだから。
そして何より、エースさんが素晴らしい被写体であったからこそこう思えたのかもしれない。
シャンクスが彼を撮っていた時も獣のようだって思っていたけど、実際自分がこの獣と
向き合うとまた違った。あたしはまるでライオンに狙われた小鹿のような気分。
まだまだあたしは猛獣にはなれないらしい。
あ、そうだ。あたしが一番感動したのは、彼自身の魅力。最初に挨拶した時は人懐っこい
笑顔で、まるで少年だなあと思っていたのに、カメラ越しの彼は少年なんかじゃない。
大人の男の人だった。とにかく色気がすごい。ただの色気じゃなくて、ちょっと危ない色気。
大人の人なのに大人よりも少し若い独特の色気。無意識だったが、思わず唇を舐めた。
あらやだ、あたしも結構な女子高生だなあとか思ったりした。
彼の前ではただの女子高生カメラマンのあたしも、一人の女になる気がした。
そして彼の深い黒の眼があたしを捉えて離さないのだ。彼のすべてがほんとに獣。
ああ、もう逃げられない。そう思った。














  ***














無事終わった撮影。あたしはまだあの時の高揚感に浸っていた。いや、浸っていたかった。
そんなほわほわした気分も聞き慣れたシャンクスの声によって現実に引き戻される。




「どうだった?初めての撮影は」
「…最高でした」
「だよなァ!くせになるからやめられねェんだ、おれも」
「その気持ち今ならわかる気がします」
「初めてのモデルがあいつでよかったな」
「え?」
「エースは小遣い稼ぎにモデルの仕事をやるくらいだから滅多に撮れねェんだよ」
「へえ」
「でもあいつを撮りたいやつはたくさんいてなァ。一度撮るとやみつきになるらしい」
「なるほどーでもわかるかも」
「お前は運がいいな」
「そうですね!すごい、撮っててわくわくどきどきでしたよ」
「ほー。あいつの魅力がわかるみたいだな」
「獣みたいで、少しだけ食べられちゃいそうでした」
「ははっ!そうかもな。お前なんか一口でバクリだな」
「うるさいです!」
「ま、あいつを魅了するくらいの腕前になれよ」
「もちろんです」




挑戦的な笑みをシャンクスに返してやった。
正直、あたしがエースさんに魅了されちゃったって感じなんだけどね。
また、彼の写真撮りたいな。





















  少女 VS