♭07








「どおりゃっ!!」




バキッと大きな音が鳴り、太い木にくくりつけられたサンドバックが木ごと折れる。
力ある限り、サンドバックを蹴り飛ばした。実はこれ、毎日の日課だったりする。
長い付き合いのサンドさんとその仲間たち(木)は折れてしまいました。今までありがとう。
おかげさまであたしの脚力も随分鍛えられたもんよ。島にいた時もヒゾンの実のなる木を蹴って
鍛えてたし、今じゃそんじゃそこらの海兵にゃ負けないです。たぶんきっと。
それから、ストレス解消にもなるので健康の秘訣でもある。




「人を殺せそうな蹴りだな、
「まあそのつもりですから」
「え、なんでそこでおれを見るんだよい…」
「いえ、別にい?」
「……」
「そんで、なんか用ですかい」
「あァ、実はな近く喧嘩があるかもしれん」
「喧嘩?」
「最近ここらをうろうろしている奴がいるんだよい」
「へえ。白ひげの船だってわかって喧嘩売ろうとしてるんだ」
「新米だろうな」
「ふうん」
「新米にしちゃでかい図体と大所帯構えてるがな」
「そうなんだ。めんどくさそうだね」
「変に自信がついちまってるんだろい」
「喧嘩売られたら買うの?」
「売られたら買うしかねェよい」
「大変だね、海賊って」




そういう潔いところが海賊の良いところだと思うけどね。
白黒はっきりしてて良いんじゃない?優柔不断になられても困るけどね。うん、めっちゃ困る。




「あたしも戦っていいよね」
「そうだな。けど、どっかの誰かさんは反対しそうだ」
「ああ、エース?」
「あいつはお前が怪我するようなことは快く思ってないだろい」
「うーん、でもあたしも戦うよ。邪魔にならない程度に」
「そうかよい」
「うん。エースはきっとあたしを守ってくれるだろうけど、そしたらエースは誰が守るの?」
「エースは強いぞ」
「知ってるよ。でも同じ人間だもん。だから、エースがあたしを守るなら、あたしはエースを守る」
「…そうか」




だって、エースは島を出る時に言ってくれた。お前もおれを守れって、言ってくれたから。
あたしはエースが戦うならエースを守る。弱いあたしは邪魔かもしれない。でも、守りたい。
女だってやるときゃやるんだから。














  ◇◇◇














さん!」
「うん?」




呼ばれて後ろを振り向けば、にこにこ笑っているエース、がいたらよかったけど違う人だった。
あれ、こんな人いたっけ?みたいな人。あたしと同じくらいの少年というか青年というか。
明るい金髪を室内だというのに輝かせて笑っている少年だか青年だか微妙な位置の人は、キラキラ
した目でこっちを見ている。いや、だから誰だって。




「あの、どちらさま?」
「あ、つい最近入った新入りのノウェです!」
「そうですか…。それで、なにか用でしょうか?」




ノウェだかノウエだかしらないけど、一体あたしに何の用だと言うのだ。すげえ笑顔なのが
こわい。なんかこわい。




「今日、朝さんの蹴りを見てすごいかっこいいって思ったんです!女の人なのに、あんな
 重い蹴りできるなんて尊敬します!しかもエースさんともあんなに仲良しでうらやましいです!」
「あ、ああそりゃどうも…」
「はい!おれ、さんみたいになれるようにがんばります!それでは!」
「え、さよならー…」




あたしみたいになりたいと言うのか、あの少年だか以下略の人は。
まあ、そう言われて悪い気はしないよね。というかちょっぴりうれしかったりする。
こんなあたしでも、誰かの目標になることができるんだ。怪しんでごめんね、ノウエくん。
あ、ノウェだった。ごめん、ノウェくん。そしてありがとう。あたしはもっと強くなってみせる。
だから、応援よろしくおねがいします。いや、応援とかは別に違うか。同じ家族だもんね。
いやーうれしいなあ。あはは。




「よう、
「あ、エース!ちょっと聞いておくれよー!」
「なんだ?良いことでもあったか?」
「そうなんだよ!なんかね、新入りのノウエじゃなかった、ノウェくんて子がね、あたしみたいに
 なりたいって言ってくれたんだよ!」
「へェ」
「いやあ、あんなキラキラした笑顔でほめられるとうれしいよねえ。あたしもノウェくんに
 抜かされないようにがんばんなきゃね!」
「おう」
「あれ、どうしたの?もっとよかったなあとか言ってくださいな」
「よかったな」
「笑顔で言ってよ!真顔で言わないでよ!」
「あァ、悪ィ。なんか調子悪い」
「え、うそ、ほんと?だいじょぶ?」
「おれ、部屋戻るな」
「うん…ほんとに平気?」
「おう。じゃ、またな」




どうしたんだろ、エース。なんか拾って食べたとか?
お腹壊したとか?あとでお腹に良いものでも作って持って行こうかな。心配だ。




















エースの部屋になんか持って行こうと思ってたけど、誰も腹壊したとは言ってないじゃんと
後で気がついたのでやっぱり静かに寝かせておいた方がいいか、いやでもなあ。とかさっきから
ずっとその繰り返しで、自分の部屋でめっちゃうろうろしていた。隣にはたぶん、エースが
寝ているはずだ。別に心配だからって手ぶらで行ってもいいんだけどさあ、そこまで簡単に素直には
なれないんだよ。あーなんてめんどくさい性格なんだ、あたしは!
よし、やっぱり行こう。心配なんだから行けばいいじゃん!決めた、行く!隣の部屋に!
自分で言うのもあれだけど、これ大げさだよね。




「うわっ!」
「きゃっ!」




気合いを入れて自分の部屋を出ようと扉を開けたら、誰かが立っていて思わず声が出た。
相手も声を出した。ていうかアオイだった。




「アオイ?」
「ごめん、びっくりさせて!まあ自分もびっくりしたんだけどさ、あは」
「あたしも声出しちゃったよ」
「あはは」
「で、どしたの?なんか用だった?」
「あ、うん。…ちょっと話、いい?」
「うん?いいよ」




せっかくエースの部屋に行く気になったものの、なにやらいつもと様子が違うアオイを見たら
すっかり行く気失せてしまいました。
アオイをイスに座らせ、あたしはベッドに腰掛けた。




「どしたの、急に」
「うん。実はさ、わたし…エース隊長に告白しようかと思って」
「そっかあ…え!?」
「やっぱりには言っておこうと思ってさ」
「そ、そっか」
「抜け駆けだーって怒る?」
「怒るわけないよ。だって、アオイもそう思うまで色々悩んだりしたんでしょ?」
「…うん」
「じゃあ、応援するよ。ま、ライバルなのに応援っておかしいかもしんないけど、やっぱり
 応援したくなるよね」
…」
「がんばれ、アオイ」
「…ありがとう、。ああ、わたしが大好き」
「ちょっとちょっと、エースに告白する前にあたし告白してどうすんの」
「あははっ!でも、が好きなのも本当のことだから」
「あたしだって、アオイが好きだよ」
「ありがとう。…行ってくる!」
「うん」




笑顔でアオイを見送った。
まさか自分が今さっき行こうとしていた部屋にライバルの彼女が告白しに行こうとは。
なんかもう、あたしってだめだ。これでアオイとエースがくっついたらどうすんの、あたしは。
とりあえずマルコをタコ殴りする。うそ、蹴る。めっちゃ蹴る!ちくしょう。














  ◇◇◇














あれから不思議なことにエースもアオイも見かけない。愛の駆け落ちとかしてたらどうしよう。
そんなことあったらマルコを海に落とす。絶対落とす。そしてあたしは助けない。




「どこに消えたんだ、あの2人は…!」
「おれは普通に見る」
「うっそ!あれ、それってあたしが避けられているとかいう寂しい事実?」
「ノーコメントで」
「それって肯定しているもんじゃんんんん!」
「なんかあったのかよい」
「いや、ないような気がする?あ、でもアオイの方はあったかもわからない」
「まあ、平気だろい」
「証拠あんの!」
「証拠ってお前…」
「敵襲だァァアーーーーー!!!」
「空気読まねえ敵襲だな!」




よく見れば近くに大きな船が見えた。まあモビー・ディックにはかなわないと思いますけど。
でも、ほんとに白ひげに喧嘩売る人っていたんだね。それにびっくりした。
絶対勝てないと思う、彼ら。どんなに強くても勝てないよ、白ひげには。あたしくらいなら
倒せちゃうかもしれないけど。別にやられるつもりはないけどね、あたし。
そんなこと言ってる間に敵船が接近からの白兵戦。いやだー乗り込んできたー。
しかもたくさんいる。これ絶対数でどうにかしようとしてるよ。おおう、こっち向かってきた。
ロケットキーック。ジャンプして敵の顔に蹴りを入れてやったら首がいってしまわれた。ごめん。
まわりを見ると続々と敵が乗り込んでこんでいる。しかし、それを軽くあしらう仲間たち。
敵に同情すら覚えるやられ具合。どんまい。喧嘩売るとこ間違ってるよ、まじで。帰りなさい。
あ、エース発見。よかった、元気に敵をぶっ飛ばしているよ。アオイも敵をぶっ飛ばしてた。
2人共元気でよかった。これで安心してあたしも蹴りを炸裂できるよーあはは。
にしても、多いな。蹴っても蹴っても次から次へと湧いてくるんですけど。




「もう!どんだけいるんだよー!あきらめてよ早くー」
「うわあっ!」
「うわあ?あ、ノウェくん!」




おいおいおい!うわあってあんたどんだけ!がんばれよ!
でもすごい押されているのであたしも加勢に入る。心配で見てられないよ!




「どりゃっ!ノウェくん、だいじょぶ?」
さん!ごめんなさい、おれ…」
「いやいや、最初はそんなもんだって。あたしも最初は右往左往してたもん」
「はい…」
「少しずつ強くなればいいんだよ。まだまだこれからだって」
「はい、すみません。ありがとうございます!」
「ん!じゃあ、さっさと片付けよう」
「はい!」




あたしも島を出たばっかの時はエースの後ろでこそこそしてたもんよ。
最初は誰でも失敗の1つや2つするもんだと思う。きっと、ノウェくんも強くなる。あたしよりも。
あたしは離れたところで戦っているエースを見て、あの背中をずっと守れればいいのにと思った。
いつまでもあたしだけがエースを守りたい。そのためには、もっと強くならなきゃ。
確実に減っていく敵を追い込むように蹴散らしていく。ふと、視線を前にずらすと遠くで戦って
いたエースと一瞬だけ目が合った。それだけでも、なんだかあたしは強くなれる気がする。
その時、ノウェくんの後ろに敵が振りかぶっているのが見えた。だが、彼は気づいていない。
助けなきゃと思った時には、すでに無意識に体が前に出ていた。




「あぶない…!」
「えっ…!?」

























「エース隊長!」
「アオイ?どうした」
が…!」
「…なんかあったのか?」
「怪我して…あ、エース隊長っ!」
のことになるとあいつはああだな」
「マルコさん…」
「お前も大変だな」
「いえ、もう振られましたから」
「…そうか、お疲れさん」
「本当ですよ」
「ま、あとはあいつら次第だろい」
「ですね」




さっきまでの熱気が嘘のような甲板で、そんなやりとりがあった。














  ◇◇◇














っ!」
「え?あ、エース」
「お前、怪我したって…だいじょぶなのか!?」
「なにそんな慌ててんの?かすり傷だよかすり傷。ほれ」




ものすごい剣幕で医務室に飛び込んできたエースに少々驚きながらも、腕の包帯を見せた。
いや、ほんとにかすり傷なんだよ。傷もちゃんと消えるって言ってたし。
エースはそれを確認すると、ほっとしたような顔をした。意外と心配性なんだなあ。




「ったく、心配させんじゃねェよ」
「あはは、ごめんね。ありがとう、心配してくれて」
「別に」
「素直じゃないんだからーエースは」
「あの!」
「うん?誰だこいつ」
「ノウェくんだよノウェくん。この前話したじゃん」
「あァ、そういえば」
「あの、すみませんでした!」
「え?なに謝ってんの?」
「おれをかばってさんが怪我をして…本当にすみません!」
「それ、さっき聞いたし、別にノウェくんのせいじゃないって言ったじゃん。ね?」
「でも…」
「いいの!ほらほら、あたしは平気だから!ま、今度なんかお礼とかしてくれてもいいよ?」
「…はい!」
「ここはもう平気だから戻っていいよ」
「すみません、ありがとうございました!失礼します!」
「うん」




途中不安そうな彼を安心させるように笑った。もう、気にしすぎだよね。あたしは全然平気なのに。
ドクターはさっき部屋を出て行ってしまったので、自然とエースと2人きりになった。
あらためてエースを見ると、すんごい眉間に皺が寄ってた。一体なにがあった!




「エース?どうしたの?もしかして、どっか怪我してんの?」
「…違ェ」
「じゃあどしたの?顔こわいけど。あ、怒ってんの?怪我したこと」
「違ェ」
「じゃあなによー」
「知らねェ」
「え?知らないって、なにそれ…ってエース!」




出て行ってしまった。最近おかしいよね、この人!絶対おかしいよ。
もしかしてやっぱりアオイとなんかあったのか!?にしても気分屋のように変動するよね。
せっかくまた普通に話せたと思ったのに。わけわからん!














  ◇◇◇














夜、宴が行われた。
当然の勝利ではあったものの、海賊というのは何かにつけて宴をしたがるものだ。
ちなみに、エースの機嫌は相変わらずです。まあ遠くから見ると、そんな機嫌悪そうにも見えないの
だが、たまにあたしと目が合うと急にふてくされた顔をする。なぜだ。
あたしなにもしてないのに。なにもしてないのになんでそんな態度とられなきゃいけなの?
ちょっと腹立ったので、マルコやノウェくんに愚痴をこぼして、逆に笑い飛ばしてやった。はん。




「エースってば扱い難しいんだけど、マルコさん」
「いや、わかりやすいだろい」
「ええーうっそだー」
もエースも鈍いからじゃねェのかよい」
「ちょっと!あたしとエースを一緒にしないでよね!」
「あだっ!殴るこたァねェだろい…」
「ふんだっ」




わけわかんねえってんだよ、このやろー。
なにが気に食わないのか、そういうのを言ってくれないとわかるわけないじゃん。
一方的に怒られても困る。どうしたらいいかわかんないっつーの!ばかばかばかエース!
























宴の後って少し寂しくなる。あんなに騒がしかったのに、今はそれが嘘のように静かだし。
嫌いじゃないけどね。喧騒も、静かな時間も。
気になるのは、エースのことだけさ。アオイは告白したんだろか。エースはそれに対して
どうしたのだろうか。どんな気持ちを抱いたのだろうか。
欄干に手を滑らせながら、船首の方へ向かって歩いた。そこには、見慣れた背中があった。




「エース」
「……」




エースは、呼ばれてこちらを向いたが、なにも言わずにまた静かに海を見つめた。
いい加減この微妙な距離をどうにかしたいもんですわ。色々はっきりさせようよ、エース。




「ねえ、なに怒ってんの?最近おかしいよ」
「…怒ってねェよ」
「怒ってんじゃん」
「怒ってねェよ!!」
「じゃあこっち向きなよ」
「……」
「顔、こわいんだけど」
「いつも通りだ」
「どこが。あのさ、あたしなんかした?なにかしたのなら謝る。だからもう怒らないでよ」
「なにもしてねェよ」
「じゃあなんで怒ってんの!意味もなく怒られても困る」
「……」
「だんまりやめてよ。はっきり言って」




あたしの気持ちもわかれってのよ。ほんと、乙女心がわかんないやつ。
背の高いエースを見上げ、彼の黒い双眸を見つめた。




「へらへらしてんじゃねェよ」
「は?へらへらなんていつしたよ。ていうかいつもへらへらしてんのあんたでしょ」
「おれ以外の前でへらへらすんな」
「無理言わないでよ。なんでそんなことエースに言われなきゃなんないの」
「うるせェ!へらへらすんな!」
「だからそれはあんただっつってんでしょ!」
「そんなかわいい顔を他の男の前ですんなっつってんだ!」
「え」
「お前はおれの前だけで笑ってりゃいいんだ」
「エース?あんた、なに言ってんの…」




どうしたの、この人。なんか、とんでもないこと言ってるような気がする。
いまいち状況を把握しきれていないあたしの腕を、エースは相変わらず熱い手で握った。
でも、いつものような力強さはなく、どこか縋るように頼りない。




「他の男に触らすんじゃねェよ…」
「エース、」
「おれ以外に触るな」
「…エース」
「おれ以外、見るな」
「エース!」
「…なんだよ」




視線をずらし続けたエースを無理やりこっちに向かせる。
期待に胸が高鳴る。彼は、あたしの欲しい言葉をくれるのだろうか。自然と手が汗ばむ。




「…ねえ、エース。それをはっきり言葉にしてよ」
「してんじゃねェか」
「そうじゃなくて、他にあるでしょわかりやすいやつ」
「知らねェ」
「うそつけ!言いなさいよ、はっきりくっきり今すぐ!」
「……」
「早く、言ってよ。ばーか!いくじなし!エースの」
「好きだ」
「……」
が好きだ!だから、もうおれのそばにずっといろ!」
「…最初っから早くそれを言ってよ、ばあか!あたしもだいすき!」




うれしくて涙が出た。それを隠すように、エースに抱きついた。エースは優しく受け止めた。
夢みたい。ねえ、これは夢じゃないよね?あたしは、ずっとエースがすきだったんだよ。




「エースはあたしになんでもくれる」
「それはお前だろ」
「エースが、あたしをここまで連れて来てくれた。エースが、あたしに家族をくれた。
 エースがあたしにエースをくれた」
「違ェよ。がおれにくれたんだ、お前自身を」
「逆だし」
「お前が逆なんだよ」
「まあどっちでもいいけど」
「おれはお前のもんだし、お前はおれのもんでいいんじゃねェのか」
「うん」
「絶対誰にも渡さねェ」
「あたしだって、誰にも渡さない」




お互い見つめあってにやりと笑った。
なんて欲張りなんだろうね、あたしたちは。それくらいがちょうどいいかもしれないけどさ。
そして、どちらともなく唇を寄せ合った。唇も、やっぱり熱いんだね。
























あの日から、すべてがはじまった。
この広い海と空の下でエースに出会えたことが、あたしにとってのすべてだと思う。
真っ黒の双眸とくせっ毛の黒い髪、誇りを背負った背中、きみを幼くさせるそばかす、
全部が愛おしい。
太陽がよく似合うエース、その笑顔をいつまでも見られるように守ってみせるよ。
どこまでも続く海と空がある限り。