♭06
エースと話すのは楽しい。そばにいるとどきどきして、すごくうれしい。離れると素直になれない
のに、近くにいると素直になれる。それはきっと、エースがすごく大切だからだと思う。
あの宴以来、以前のようにエースと一緒にいれるし、話すようになった。まるで、前の生活に
戻ったようで、毎日が楽しいのだが、1つ違うことがある。それは、もう1人ついてきてるって
こと。お察しの通り、その1人とはアオイのことなのだが。
まあ別に、彼女が1人いたところで、エースと一緒にいる時間があるならいいかなあと思って
いたのだが、最近はちょっと違和感が大きくなってきた。だってさ、やっぱりエースにべたつく
んですもん!それ必要?人と話す時にべたつくの必要?ねえねえ必要なの?どうなの?
教えてマルコさーん!
「新たな問題が浮上しましたマルコ隊長」
「おおー…」
「エースとの仲は修復されたと思うんだけど、もう1つの問題がやっかいなんですけど」
「おおー…」
「どうしたらいいんですかね、あたし」
「さっさとエースに言ったらいいんじゃねェのかよい」
「言えるかってんだよ!」
「じゃあアオイを牽制するとかか?」
「牽制ってなにすればいいの?」
「あたしのエースに手を出すな!とか」
「言えるか!だいたいエースは別にあたしのじゃないしい…」
「…おれにはわからん!」
「あ!マルコ!…逃げやがった」
逃げることないじゃないか。しょうがない。やっぱり自分で考えるしかないか。
エースに直接告白的なあれを言うのは、度胸がないから無理だし、でもそのままにしたらアオイに
とられちゃうかもしれないし。
さてまあ、どうしたもんか。直接彼女にぶつかりに行きますか。ああ、でも女の子って男の人の
ことになるとこわいからなあ。ぶつかる前に砕けそうになってどうするんだ。
とりあえず部屋に戻って考えよう。
◇◇◇
コンコン。
コンコン?狐?フォックスですか?あれ、こんな人里に紛れこんだら狩られてしまうぞ。
狐さんだって生きてるんだから、早く見つからないうちに帰りなさい。森に帰りなさーい。
「?いる?」
「…はっ!います!」
「入っていい?」
「ど、どうぞ!」
なにが狐だよ。すっかりぐっすり寝ていたよ、あたし。せっかくこれからのことについて考えて
いたっていうのに。ていうか、向こうから来ちゃったよ。
「急にごめんね、今大丈夫だった?」
「あ、うん。全然平気」
彼女はイスに腰掛けると、真剣な顔でこちらを向いた。なんだかこわいんですけど。
何言われるんですかね。とりあえず、お手柔らかにおねがいします。
「あのさ、エース隊長のこと助けてくれたんだってね」
「え、ああ、まあ偶然だけどね」
「そっか、ありがとうね」
「え?」
「エース隊長を助けてくれて、ありがとう」
「いえいえ、別にそんなお礼を言われることじゃあ…。それに、あたしもエースに助けてもらったし」
「そうなんだ?」
「うん。エースのおかげで、海に出れたし、この船にも来れた」
「そっかあ…」
なんでエースを助けたことでアオイにお礼言われなきゃいけないんですかね。それってすごく
もやもや感を胸に投げつけられた気分なんですけどね。もやっとボールだよ。ささってるよ。
「それでさ、ってエース隊長のこと、好きなの?」
「すきって…」
「1人の男の人としてって意味」
「ああ、そういう意味ですか…」
「ちなみに、わたしは好きだよ。エース隊長のこと」
「そ、そうなんだ」
「はどうなの?」
「どうなのって、まあ…すき、かな」
そんな問い詰められても困るわー。ほんと困る。だからと言ってはぐらかし続けたとしても、
彼女は納得しないだろう。あたし自身、それじゃあいかんと思ったわけだ。
いつかは必ずぶつかるだろうし、だったらいっそ今正直にエースがすきですよーと言った方が
得策なんじゃないかなあと思いました。
あとは、彼女の出方次第です。それによってあたしもどうするか覚悟せにゃ。
「そっか」
「はい…」
「…わたし」
「はい?」
「わたし、負けないから」
「ええ?」
「正々堂々勝負しよう、」
「えええ?」
「わたしは本気でエース隊長が好きなんだよ。だから渡したくない」
「……」
「もわたしに遠慮とかしないで」
「…わかった」
「お互いがんばろう」
「うん」
「じゃあ、急にごめんね。またね!」
「うん」
それだけ言うと、彼女は去って行った。これでもう、あたしも腹をくくらなければならないって
いうことですよね。いいきっかけだったかもしれない。
アオイはやっぱり良い子だった。少々、エースに対するスキンシップは過剰な気もするが、
正々堂々勝負を持ちかけてくれるところが、良い子すぎるだろう。
あたしもがんばらなきゃ。あたしも、アオイも、エースが大切な気持ちはかわらない。
だったら、どっちがエースを振り向かせても、悔いはないと思う。
よし、気合い入れてがんばろう。あたしもアオイには負けてられないからね。
でも、あんなスキンシップ激しい人に対抗する術とかなにも思い浮かばないんだけど。やべえ。
これはまた、マルコに頼るか…。あ、でもさっきマルコに逃げられたんだった!
それって自分でどうにかしろっていう神の思し召しでしょうか。自力でれっつらごー。いえーい。
◇◇◇
進歩がない。全然進歩がない。猿だって今頃火を使うことを覚えているよ。
それなのに、あたしときたら全然進歩していない。これっぽっちも進歩していない。
かろうじて後ろに行かないよう足を踏ん張っているけれども。
進歩どころかその場に踏みとどまっているのがギリギリのあたしに比べて、アオイは、めまぐるしい
進歩を遂げていると言っても過言ではない。いや、それほどめまぐるしくはないかな。
今までの彼女は、エースにべたべたしてやたら蕩けているように見えたが、最近では奉仕という
ものを覚えたらしい。べたべたするだけでなく、エースのためにあれやこれやと一生懸命なのだ。
あたしが見た一例としては、彼女はエースのために料理を作っていた。コックを押しのけて。
それってすごいと思う。もはや誰の目から見てもエースにべた惚れなのはわかるだろう。
前の時点でもよくわかると思うけどね。今の彼女の尽くし具合と言ったら、尊敬すらします。
そしてあたしは負けてるのか?と自問自答している今日この頃でありんす。
あたしは毎日、ただエースとお喋りしている程度で、なにかしようなにかしようと考えれば考える
ほど、先が見えなくなって、結局なにもしていない。不動明王とはあたしのことよ。
困った困った困ったさん。誰かあたしに良い策をください。負けない策をください。ここまで
来て負けてられないんですって。負けたくないんですよ、ちくしょう。
「どうしたらええんや…」
「いや、お前誰だよ」
「あたしだよ、このやろー」
「なんかあったのか?」
「ありありだよ…」
主に貴様のせいでな!と言ってやりたいこの鈍ちんやろうにな。
だいたい誰のせいであたしがこんなに悩んでいると思っているのだろうね、このおばかさんは。
ため息ぽろり。これはあたしとアオイとの聖なる戦いなのだ。それをある意味張本人である
このおばかさんを巻き込むわけにはいかない。もはや可愛さ余って憎さ100倍というか100万倍。
「まだなんか悩みあんのか?」
「そうだね、人生なんて悩みで溢れかえっていると思うよ」
「ほんとにお前どうしたんだよ」
「最近頭を酷使しすぎて疲れたんだよ…ただそれだけさ」
ほんとに疲れた。そろそろ知恵熱くらい出ても良いんじゃないかなって思う。
エースのベッドに腰掛けていたあたしは、そのまま上半身をベッドにぼふんと倒れた。
ああ、エースの匂いがする。やだ、あたしってば変態っぽい。そんなんじゃないんだよ。
エースの太陽みたいな匂いが心地良いってだけで、あたしは別に変態とかじゃないんだよ。たぶん。
はあ、このまま寝てしまおうか。エースの部屋だけど。目を閉じても部屋の明かりがわかる。
しばらく目を閉じ、ほんとに寝てやろうかと思った時、ふと暗くなった。
なんだろうと思って目を開けると、エースがこちらをのぞきこんでいた。ちょ、見んなし。
だからと言って起き上がる力はなかった。
「なに、エース」
「疲れてんなら、寝ちまえ」
エースはあたしの目の上に掌をかざした、というかのせた。熱い。エースはやっぱり熱い。
その熱さが、今は心地良い。目の疲れをとるっていうか。うん、最高です。
「なんか、気持ち良い」
「そうか」
「うん…寝ちゃいそう」
「寝てもいいぞ」
「うーん…」
「寝ろ」
「…うん」
エースがそう言うと、まるで魔法のように眠気が一気に襲ってきた。
あたしはさ、やっぱりこういう時間がすきだよ。なんだか、アオイとの勝負がばからしく思えた。
だって、勝負なんかしなくてもエースのそばにいれるんだから。なにも考えずそばにいられる方が
あたしはよっぽどしあわせなんじゃないかと思う。そんなことしなくたって、近くにいられれば、
しあわせじゃん。こんな疲れるくらいなら、勝負なんかしなくていいよ。
彼女にエースをとられるのは嫌だよ。でも、あほみたいに無理するのも、嫌だ。
わがままだなあ。全部を手に入れようだなんて、わがままだよ。この傲慢少女め。
たまに、こうしてエースとあたししかいない世界を作れれば、それでもいいかなって思うけどね。
◇◇◇
心地良い眠りからすっと目覚める。目を開けると、相変わらず天井が見えた。それから、エースの
匂いが。どのくらい寝たんだろうなあ。思わずぐっすりと寝てしまったよ。いやだわあ。
エースはどこに行ったのかしらと首を横にずらすとエースがいた。もう発見したんだぜ。
って、ええええええええええええ!?と、大きな声が出そうになったけど、それは自分の心に
押さえておきました。あぶないあぶない。
で、なんでこの人も寝てるの?普通に横でぐっすり寝てるよ。おいおいおい。お前も寝るんかい。
とりあえず、まあ寝顔をじっくり見ておくとする。じーっ。
あたしとエースの間はわずか数センチ。後ろから誰かに押されたら勢いでちゅーでもしてしまいそう。
後ろからっておかしいけどね。あたしも寝っ転がってんだから。後ろってどこだよみたいな。
にしても、かわいい寝顔ですね。おとなしいエースも良いと思う。
顔に散らばったそばかすと無防備さがエースをより幼くさせる。かわいいなあ。
思わず微笑んでしまう。そんなきみを見てると、守ってあげたくなる。かわいいエース。
どんなエースもだいすきだ。
すーすーと寝息を立てているエースをにまにましながら見ているあたしは相当怪しいと思う。
こんなところを誰かに見られたら大変よね。この変態!ってなるかもしれ「おい、エース」ないよね?
「え」
「あ」
ちょ、空気読めよマルコおおおおおおおおお!!!
見られたというショックと邪魔されたという苛立ちがあいまって、ゆらりと立ちあがった。
「……」
「いや、その、わざとじゃないんだよい!」
「は?なにが?なんのこと?なになに?え?」
「だから、おれはなにも見て…」
「は?は?意味わかんないし。ちょっと一緒に来て。地獄の入口まで」
「え、いや、え?おれはなにも見て」
「いいから来て。ほらほら、早く来てよ来いよマルコさんよ」
「わかりました…」
エースを起こさないように、マルコの首根っこを掴み、引きずるようにして外へ出た。
その後、心をバッキバキに折られたマルコがいたとかいないとか。