♭05
「で?あのアオイって子とエースはどんな関係なんですかね。マルコさんやい」
エースと新登場した女の子の再会シーンとかどうでもいいですから。実に不愉快ですから。
ですので、マルコを連れて、あの場を脱出した。いやほんと実に不愉快だよね。どうしてだろうね。
知るかちくしょうこのやろう。
「あいつは違う用事で出てたんだが、ちょうど帰って来たみたいだな」
「そうですか。ああそうですか」
「さっきも言ったが、エースの部下でな、ずいぶん慕ってるみたいだよい」
「ほー。誰が、誰を?」
「アオイがエースをだな」
「ああそう。彼氏か?彼女か?そうなのか?え?」
「い、いや、ただアオイがエースを気に入っているってだけだ」
「へえ。まあ、別に?エースとか?どうでもいいんですけどね!」
「気にしてんじゃねェかよい…」
「は?」
「なんでもないです」
部下、ね。まあちらっと見たけど、かわいかったです。正直、かわいかったです。
それがまた悔しいっていうか切ないっていうか、むかつく?なんつって。
しかもエースの隊の部下だなんてさ、ずるい。ずるいというか、うらやましいよね。
ああ、ほんとタイミング悪いと思う。どうしてエースとの関係が微妙な時に帰ってくるのさ。
あちらのお嬢さんからしたら、知らない女が船に乗ってる状態なんだろうけど。お互いさまだ。
どうしましょ。あたしはどうしたらいいんでしょうか。
「あたし、どうしたらいい?マルコー」
「そう心配しなくたって大丈夫だよい」
「なんでマルコがそんな自信持ってるのかわかんない」
「第三者だからこそ、わかることがあるんだよい」
「そういうもんなのかって、なにがわかるの?なにがわかってるのマルコは!」
「え、それは、まあ、あれだよい」
「どれだよい」
「い、言えねェ」
「な ん で よ ?」
「それをおれが言っちまったら、面白くねェだろい」
「面白さとか求めてないから。全然求めてないから」
「そんなことより、とりあえずエースと仲直りした方がいいんじゃねェのかよい」
「そんなことって言われたことにカチンときたけど、まあいいや。あたしもそっちのが大事だし」
「エースのやつも案外単純だから、さっさと謝っちまえばいいさ」
「あれ、そもそもあたし謝らなきゃいけないこと、したっけ?」
「そういやそうだな。ま、仲良くなってこいってことでいいだろい」
「うーん、わかった」
確かにエースとの関係はぎくしゃくしてるけど、別に謝ることとか特別してないと思うんだよね。
あたしの態度に関してはちょっと謝らなきゃいけないとこもあったかもしれないけどさ。
でも基本、別にケンカしたわけでもないし。あらためて考えるとすごく不思議ですね。
まあいっか。エースと前みたいになればいいってわけだし。
自分、簡単に言ってるけど、それが難しいんだよね。がんばれ、あたし。
◇◇◇
エースの部下、アオイ。
見た目は小柄で、女からみても守ってあげたくなるような素敵女子。明るく、社交的。
だが、その身に似合わず大きなハンマーで敵をなぎ倒す力の持ち主。そのギャップに男は落ちる。
明るい栗色の毛は軽くウェーブがかかっており、長さは肩ライン。力強い眼はスカイブルー。
そして、エースにべったり率150%超え。もう敗北感しか感じませんけど。
マルコと別れた後、自分でアオイさんについて情報収集をはじめた。意外と簡単に集まったので
ラッキーだった。彼女がエースにべったりなのは周知のことらしく、それもまたカチンときた。
それに、エースにべったりなのは、自分の目でも確認している。ちょいちょい目撃するたびに
いちゃいちゃしやがってよ。ケンカ売ってんの?売られてんの?あたし買うべきなの?
ま、どうせ買ってもあたしが負けるんでしょ。だって、あたしはつい最近までただの一般人でしたもの。
そりゃあ腕力では勝てないかもですけど、エースを大事に想う気持ちは負けてないっつんだよ。
はあ。とは言ってもどうやってエースとのぎくしゃくを修復すればいいんだろうか。
アオイさんのことを調べても、まずエースのことをどうにかしないとはじまらないっていうか、
スタートダッシュ負けまくってるっていうか、もう負けてるっていうか…。
どうしてこうネガティブになるかなあ。もうやるっきゃないでしょ、あたし。
とりあえず、エースをどうにかしてから、アオイさんのことを考えましょう。そうしよう。
「お、ー」
「はい?」
「なに辛気臭ェ顔してんだー?今日の夜は宴だぞー」
「宴?なんでです?」
「アオイが帰って来たからな」
「あーなるほど」
「ま、お前もエースをとられてあれかもしんねェけど、がんばれよ!」
「なに言っちゃってんですかサッチさん、殺しますよ」
「こえーこと言うな!ま、このことは内緒にしておくからよ!ちなみにおれは派だ!」
「トッテモウレシイデスー。ハハハ」
「見事な棒読みだな、おい」
「ていうか、なんでマルコにもサッチさんにもバレてんですかね」
「そりゃ、わかるだろ」
「わかりやすい?」
「わかりやすいってか、勘?」
「サッチさん勘鈍そうなのに」
「ひでェな!まァ、なんつーか、お前を見てるとなんとなくわかる」
「それわかりやすいんじゃん!」
「でもみんながみんな、わかるわけじゃねェと思うけどな」
「ふうん?」
「とりあえず、内緒にしとくからがんばれよ!」
「はあい」
やっぱりわかりやすいんじゃないか。顔に出やすいのかな。どうしましょ。隠せ隠せ。どうやって?
マルコにもサッチさんにもバレるなんて。でも他の人にはバレてないのかな。よくわからん。
これからはもっとわかりにくいようにしよう。遠くからエースを観察するとか。なにそれ気持ち悪。
にしても、宴かあ。どうせまたアオイさんはエースにべったべたなんだろうな。
はあ。ため息しか出ないわ。でも、この機会にアオイさんのことを詳しく調査だ。あくまで冷静に。
夜に備えて部屋で休憩しよう。色々考えてたら頭が疲れた。知恵熱出たらどうしてくれんだ。
あー、眠い。おやすみ。ちくしょい。
◇◇◇
宴ってすごいと思う。まだ海賊になりたてのあたしは、宴の経験は少ないから余計にそう思う。
馬鹿騒ぎっていうのはこういうのを言うんだろうなって感じ。酒を水のように飲み、食べ物を
ブラックホールの如く吸い込むその食欲。男と海賊が合わさるととんでもないな。
あたしもお酒を水のように飲めるけどね。飲めることが判明しちゃったけどね。でもそんないらん。
水分ばっかとってもお腹たっぷたぷだし。トイレめっちゃ近くなるし。節度を持って宴に臨む。
さて、ここで今回のメインである話に持っていきたいと思う。まあ彼女なんですけど、彼女。
アオイさんです。彼女は、すでにエースの隣に陣取ってきゃっきゃ言ってるんですよね。
それをちょっと離れたところで、マルコと話しながら観察してます。観察っていうか偵察?
「あんなべたべたする必要あるのかな」
「あァ、アオイは他の奴にもそうなんだよい」
「でもエースには1番べたべたするんでしょ?」
「…まァ」
「だろうね、そうだろうね。あたしにだってね、彼女がエースにホの字だってくらいわかるよ」
「イライラすんなって」
「してないし。全然してないし。むしろ気分良いし」
「嘘つけ…」
くそう。エースとの関係修復作戦が一向に進まない。アオイさん、邪魔です。一瞬でもいいから
エースを貸してくれよまじで。頼むよまじで。そんなくっつかれてたら隙がねえよ。チャンスくれよ。
もうやっていける自信ないよ。へこむわ。
気分が地面にまっしぐらなあたしは、思わずジョッキ片手にテーブルにでこをついた。
自分の足しか見えないよ。当たり前だけど。ああ、チャンスよやってこい。
「あなたが、?」
「…え?」
かわいい声がしたので、顔を上げると、例の彼女がいた。噂のアオイさん。
エースじゃなくてアオイさんが来ちゃったんですけど。チェンジでおねがいします。
なんでこっち来たんだ?さっき、彼女とエースがいた場所を見てみたら、そこにはエースがいなかった。
大方、エースがどっか行ったのでその合間にこっち来たんだろうと予測するでござる。
あたしってなんでこう、悲しい役割なんだろうね。
「はじめまして!わたし、アオイです」
「あ、どうも…です」
「女の子が増えてうれしい!やっぱり女の子っていいよね!」
「はあ…」
「女の子にしか言えないこともあるだろうから、なんでも相談してね?」
「ありがとう、ございます」
「そんなかたくならないでいいよ!わたしのことは、アオイって呼んで?わたしもって
呼ぶからさ」
「う、うん。よろしく」
「うん、よろしく!」
めっちゃ良い子やないか。敵視していた自分がとっても痛い。痛くてごめんなさい。
あたしはとっても悪い子です。自分のことしか考えられないなんてさ、最低すぎるよね。へこむ。
やっぱりへこむぜ、ちくしょう。彼女が良い子だから余計にへこむ。ずーん。
「あ、エース隊長戻って来た!じゃ、またね!」
「え、ああ、うん」
わかりやす。とってもわかりやす。正直すぎるぞ、彼女。
エースが帰って来たから自分も戻るって…わかりやすすぎて逆に尊敬するわ。しないけど。
ちょっと、切なくなったので、夜風に当たりに行かせてください。
「マルコ、あたしちょっと外出てくる」
「あいよ」
いや、ほんと潔いよね彼女。もう打開策を考えなきゃいかんよ、まじで。うおう。
大騒ぎの宴の中で、1人こっそり外へ向かった。
「……」
「エース隊長?どこ行くんですか?」
「便所」
「今さっき行ったじゃないですか!」
「別にいいだろ、じゃな」
「あっ!…あの子のとこに行くの?」
◇◇◇
打開策ってなんだ打開策って。これっぽっちも浮かばない。
あーあ、全部が全部うまくいくことってないんだなあ。ここに来る前はもっとうまくやれてたのに。
どうしたもんかね。うまく、できないよ。
「」
「…エース?」
「まだ怒ってんのか?」
「…怒ってないよ」
すごく久しぶりに話した気分。実際はそうじゃなんだけど。でも2人で話したのは久しぶり。
「おれは、お前とケンカみたくなるのはいやだ」
「…うん」
「なにか怒ってんなら謝る。だから、笑え」
「笑えって…」
「には笑ってる顔のが似合う」
「そう、かな」
「おう。だから、笑えよ」
笑えって急に言われても笑えないし。それに、そんな真顔で見られても笑えないし。
笑わせる気ないじゃん、エース。でも、これでぎくしゃくが解消されるなら笑ってやろうかな。
いや、やっぱり急には笑えないです。
「…戻りてェか?」
「……」
「後悔、してるか?」
「後悔はしてない。でも、少し前に戻りたいかも」
「お前がそう言うなら戻してやりたい。けど、おれはお前を帰したくない」
「え、帰すってどこに?」
「故郷に帰りてェんだろ?」
「いや、別に帰りたくないけど」
「は?今戻りたいって言っただろ」
「それは故郷にって意味じゃなくて、2人で旅してた時にって意味で…」
そこまで言って思わず自分の口をふさいだ。ばかかあたしは。なに言ってんだ、このばか。
2人で旅してた時に戻りたいとか、そんなこと言ってどうするよ。恥ずかしいこと言うなよ。
それにせっかくここに連れてきてくれたエースに失礼じゃん。あほ!
「あ、エース、あの、それはそういう意味じゃな」
「なんでそう思うんだ?」
「え?」
「なんで2人で旅してた時にって思うんだ?」
なんでってそこでそれを聞く?聞いちゃうの?だめでしょ、聞くなよ恥ずかしい。言わせるなよ。
でも、思いのほかエースが真剣な目で見るもんだから、もうどうにでもなれって思った。
「だって、その時はエースともっと話せたし、もっと一緒にいられたし、いつもそばにエースが、
いた、し…」
「……」
「だから、あの…うん、そんな感じで、ごめ」
「」
「は、はい」
「だったら毎日話そう」
「ええ?」
「前みたいに一緒に話して、一緒にいよう。そしたら寂しくないだろ?」
「べ、別に寂しいとかそういうんじゃ」
「おれは寂しい」
「…え」
「お前と距離が出来て、寂しい」
「うん、あたしも…寂しい、かも」
「よし、じゃあ決まりな!お前もマルコとばっか話してねェでおれんとこ来いよな」
「エースだって!…まあいいや」
「なんだよ」
「なんでもないよ」
「言えよ」
「いいじゃん、なんでも!あたしは今エースといられるからなんでもいいよ」
「…なんだそれ」
今だけなら素直になれる気がしたよ。
なんだかんだで優しくこっちを見るエースが愛おしくて仕方がないよ。きみが大切だよ。
アオイについてはまた後日考えるけど、今はエースとまた一緒にいられる喜びに浸っていたい。
あたしはいつだって、エースのことを考えてるんだから。ずっとずっと一緒にいたいんだよ。
いつか、もっとちゃんとした言葉にできたらいいんだけれど。