♭04
モビー・ディックに乗ってから早1週間。
この1週間で気がついたことがある。それは、意外とすることがないということ。
もう1つは、エースとずっと一緒にいることがなくなったということ。
意外とすることがないっていうのは、まさにその言葉通りのことで、別段しなくてはならない
こともなく、のんびり毎日を過ごしている今日この頃。
海賊船に乗ると、スリル満点で毎日が大変なのよー楽しいけどねえ、あはははは。とかそういう
ものを想像していただけあって、平和なんだなと面食らったというか。
エースとずっと一緒にいることがなくなったことに関しても、まあその言葉通りなのです。
モビー・ディックに来る前は、エースと2人だけだったし、それはそれで大変だったけど、
充実していてとても楽しかった。島に寄る度に買い物に行ったり、海軍と鉢合わせして、追いかけ
回されたり、とにかくエースと1日中一緒にいた。
でもここに来てからは、エースと部屋が隣だからってなにかあるわけでもなく、ご飯を食べる時
とか、みんなと話している時にふらっと現れたエースも混ざって笑い合うとか、そういうことしか
交流がなくなったというか。
こう思うのはどうなのかって話なのだが、正直、エースと2人で生活していたあの頃の方が
あたしにとっては特別だったように思えて仕方がないのだ。
エースは、あたしを海へ連れ出してくれたし、海の楽しさや大変さを教えてくれて、結果、
この船に導いてくれた。なんだか、エースはあたしをここに連れて来るために現れた案内人の
ようで、終点まで送ったからそれじゃあねってなってないですか最近、って思う。
だから、勝手に1人で寂しくなって、甲板に寝そべっているエースを見つけて蹴りを入れてやった。
こう思っているのはどうせあたしだけで、それがまた寂しくてばかみたいで悔しかった。
なので、もう1回蹴りを入れておいた。
「…ばか」
「ぐっ」
「ー今の結構いいとこ入ったんじゃねェかー」
「もう1回入れようかな」
「いや、やめてあげて」
「ちぇ」
蹴りを見ていた仲間がやめてあげてーって言うから3回目の蹴りはやめといてあげた。
エースへの慈悲である。明日もここで寝っ転がってたら今度は3回目も入れてやるから。ばか。
蹴られても寝ているエースを尻目に、あたしは中に入ることにした。
なんかもう、あれだ。うん。決めた。あたし決めた。することないから仕事探す。この船で。
きっと敵襲とかもあるのだろう。でも、あたしが出る幕はないだろうから、他にできることを
探そうと思う。だって、暇だし。体がなまって腐っちゃうよ。
◇◇◇
あれから船の中をあちこち歩き回り、仕事を少しずつ探すようになった。
ちょっとした手伝いとか、そういう小さなことでも、できることならなんでもやった。
おかげで、あたしにはお手伝い屋さんみたいな肩書きが定着した。
ちょっと手を借りたい時とかに、をぜひって感じで売りこんでいったら、受け入れて
もらえたので、最近は毎日が楽しい。
まあ相変わらずエースとはそんなに一緒にいることがないし、寝っ転がってるのを見たら、
軽く蹴りを入れているけど。そんなことでも、エースと接点がほしいなんて、どうかしているよ。
とかなんとかで、仲間とはすっかり仲良くなったのでエースなんか別にいいんだもん。知らん。
あたしだってみんなと仲良くできるんだから。ばかエース。
心に不満を抱きながら、今日はコックの手伝いをしている。そろそろご飯の時間なので、ちょっと
忙しくなる。どうせエースは食べながら寝るんでしょ。だからあたしのことなんか目に入らない。
ふんっだ!せっせと仕事してやる!このばか!
「ー!これ、運んでくれるかー?」
「はーい!」
出来上がった料理を食堂に運んで行った。
そこにはもうたくさんの仲間が待機していた。お腹空かせてるんだねえ。なにもしなくても
お腹は減るんだから不思議だよね、人間って。
「お、うまそうだなァ!」
「ストーップ!つまみぐいはだめ!」
「ちぇ!は厳しいよなァ!」
「当然です。まだまだ料理はたくさんあるんだから、おとなしく待っててください」
「わかったよー」
お腹を空かせているみんなのために、せっせと料理を運んだ。
すべての料理を運び終わり、みんなが一斉に食べだした。いつ見てもすごいなあと思う迫力。
なんでそんながっつくんだか。落ち着いて食べなよねーと思いつつ、顔はついついほころんでしまう。
みんなのこういうところは、少年みたいでギャップがあるといつも思う。
「、お前もこっち来い」
「マルコ」
「早くしねェとなくなっちまうよい」
「確かに。いただきまーす」
「そういや、エースはどうしたんだよい」
「さあ?どうせまた外で寝てんじゃないの。だとしても匂いにつられて飛んでくるよ」
「最近エースに厳しいよなァ、」
「べっつにい」
マルコの隣に座って、ハイペースでなくなる料理をさっさととりわけ食べはじめた。
エースに厳しい、か。こりゃただのやつあたりだな。だってさ、悔しいんだもん。あたしばっかり。
こういうところは、あたしはまだまだひねくれてるよね。しょうがないか。
マルコと最近のことを話しながら食べていると、空いていた隣にどかっとエースが座った。
ちらっとエースを見ると、少し機嫌が悪そうだった。早く来なかった自分が悪いんでしょ。
機嫌悪くなるくらいなら早く食べに来ればよかったのに。
エースと一緒にいれなくて寂しいと思う反面、いざエースと一緒にいるとなると素直になれない
あたしは、彼を無視してマルコとのお喋りに夢中になった。とは言っても意識はエースに偏りがち。
「それでさ、やっとお皿洗えるようになったんだよ」
「進歩したじゃねェかよい。コックの聖地だって言われて厨房に入れてもらえなかったからなァ」
「ねー。いやー、地味に続けててよかったよ。でね、今度お菓子作るの手伝ってもらうんだー」
「そりゃよかったな」
「うん!作ったらマルコにもあげるね」
「楽しみだよい」
「…おい」
「そういえばさ、」
「おいっ!」
「なに?エース」
「なんで起こしに来なかったんだよ」
「なんであたしが起こさないといけないのよ」
「いつも起こしてくれてんだろ」
「いつも起こすとは限りませんけど」
「なに突っかかってんだ」
「そりゃあんたでしょ」
「お前だろ」
「エースの方でしょ。まあもういいけどさ、今度からちゃんと自分で起きなよ。じゃね」
「おい、」
「ごちそうさま」
「!」
「なんか怒らせることでもしたのかよい」
「…わかんねェ」
ばかエース。いや、違うか。ばかなのは、あたしだ。
頭冷やせよ、自分。こんなんじゃ、だめだ。あー…素直になりたい。
◇◇◇
素直ってなんだっけ。あたし、ここに来る前はどうやってエースと話してたっけ。
見失っている気がする。見えない。いや、これは最初から変わらないか。あたしはいつだって
エースのことがわからない。きっとエースもあたしのことは、わからない。
あれからさらにエースとの距離が離れてしまったように感じる。だからといってあたしに
できることなどなく、顔に笑みをはりつけせっせと働く毎日だ。
どうしてこうなった。切実に思う。
「はーあ」
「さっさと仲直りしちまえ」
「…マルコ」
「エースの奴も最近ふて寝ばっかだよい」
「ふうん」
「見てる方がひやひやする。早いところ謝って」
「そういうんじゃないんだもん」
「なに?」
「これはあたし自身の問題っていうかさ、このもやもやしたものをどうにかしない限り、
謝ったってまたああいう風になるよ。たぶん」
エースは悪くない。あたしがただ、駄々っ子のようになっているだけで。
いい加減、やめた方がいいってわかってる。こんなの気にしたってどうしようもないってわかってる。
それなのに、あたしの自分勝手なこの気持ちが暴れ出す。持て余しているというか。
ほんと、どうしたらいいんだろう。
「はっきり言っちまえばいいじゃねェかよい」
「なにを?」
「エースが好きーとか」
「あーなるほど…?え!?」
「もしくは」
「ちょ、え!?マルコ!!」
「なんだよい」
「誰が誰をすきだって言ったよ!」
「がエー」
「ええええええい!!」
「ふがふが」
とんでもないことを言いだしたマルコの口を必死に塞ぐなう。ばっかやろうが!
とりあえず誰にも聞かれてないか周りを確認し、マルコを甲板の端っこまで引っ張った。
「いや、ほんとさ、なに言ってくれちゃってんの」
「ほんとのことだろい」
「しょ、証拠あんの!」
「の挙動」
「なんと…ってそんなわかりやすいの、あたし」
「いや、おれはお前らの近くにいたからわかっただけだよい」
「ああ、そう…。だ、誰にも言わないでよ!特にエース!」
「本人に言うわけないだろい」
「だよね…エースと違ってマルコは空気読めるもんね」
「ま、がんばれよい」
「応援しないで解決策をくださいよ」
「とりあえず、エースに優しくしたらいいんじゃねェのか」
「まあそれを言ったら終わりっていうか、うん」
「がんばれ」
「がんばれないよー」
エースに優しくって、それができたら苦労してないよ。
せめてここに来る前の自分に戻れたらいいのに。それもうまくいかない。もう、最低。
あからさまに落ち込みはじめたあたしをなぐさめるかのように、マルコに頭をなでられた。
なぐさめはいいから解決策をくれ。同情するなら策をくれ!
「おい、なにしてんだ」
「はい?」
どこか怒りを含んだ声が聞こえたかと思えば、後ろにエースが立っていた。まじか。
まさか今の話聞かれてたりしないよね?したりしないよね?いやまさかそんなわけないよね?
1人で冷や汗だらだらしていると、マルコになぜか肩を抱かれた。おいおいどうしたマルコよ。
状況が読めなくてマルコと肩に置かれた手を交互に見た。マルコはなんか楽しそう。
そしてエースはなんかこわい。ていうか、あたしを置いて行くんじゃないよ。
「なにしてんだ」
「別に、と仲良くやってるだけだろい」
「肩抱く必要ねェだろ」
「いいじゃねェか、なァ」
「え、ああ、うん」
「うなずいてんじゃねェ」
「ええ?なんでそんなことあんたに」
「エース隊長ーーーーーーーーー!!!!」
「え?なになに?」
「…あいつが帰って来たのか」
「うおっ!?」
急にどっからか声が聞こえたかと思ったら、目の前にいたエースが消えた。
消えた?んなわけあるかってんだよ。と思ったら倒れてた。あろうことか女の子に押し倒されて。
どういうこと?意味わかんないだけど。誰ですか。どなたですか。どちくしょう。
「マルコ!」
「お、おう」
「…誰、あの子」
「あァ、あいつはエースんとこの部下でアオイってんだよい」
「…ふうん」
部下ねえ。やたら仲が良ろしいことで。ええ、そうですか。ああ、そうですか。
別に、あたしは関係ないからいいんですけどね!!
なんか腹が煮えくりかえるっていうのはこういうことを言うのかな、どうなのかな、知るか!
とりあえず、エースの胸板ににゃんにゃんしている女子を見ているのはやっぱり至極不愉快なので、
あたしは部屋に帰るとする。あばよ!ずっとそうしてろ!ばかが!
マルコの腕を引っ張って、船内に戻った。後ろでなんか誰かが言っているような気もしたが、
総スルーでいかせていただく。
まずは、マルコにじっくりその女子について話してもらうことにする。