♭02








エースの突然の提案により、あたしたちは白ひげ海賊団の船、モビー・ディック号へ向かう
ことになった。
あたしは海賊事情をよく知らないので、どうして白ひげの船の場所がわかるのかは知らない。
でもわかるらしいから、世の中って便利なものに溢れているのだなあと感心したものだ。
そんなわけで、エースの指示に従い船を動かし、ようやく目的の船の近くまで来た。
そしてあたしの緊張は限界地点をすでに越えまくって、もはや生きているのかもわからん。
だって、あの白ひげだよ!?いや、エースに会うまではよく知らなかったんだけどね。うん。
海に出てからは、白ひげの噂も聞いて、ほんとにすごい人なんだなあと思ったくらいだから、
やっぱり心配だ。そんなすごい人の船にあたしなんかが乗っていいんだろうか。
そもそも乗せてもらえるのだろか。どうなの。どうなのよ!




「ほんとにだいじょぶなの、エース」
「なにがだ?」
「なにがじゃないよ!あたしが白ひげの船に乗ってもだいじょぶなのかって確認してんの!」
「だいじょぶだって。お前そんなくだらない心配するなよ」
「あんたより繊細にできてるから心配しちゃうの!」

「なに」
「お前はおれを信じてればいいんだ」
「…おう」




そんな言い方ってずるいと思う。この男に、真剣な目でおれを信じろって言われて信じないって
言うやつがいるなら見てみたい。少なくともあたしは、重力に逆らえずに首を縦に振ってしまう。
現にうなずきましたけどね。
それに、エースが言うんだからきっとだいじょぶなんだと思う。緊張はするけどね。














  ◇◇◇














見えてきた。噂のモビー・ディック号が見えてきました。でかいこわいでかい。
あたしが今乗っている船の何倍あるのか、皆目見当つきませぬ。モビー・ディックという名の
通り、それは大きな大きなクジラのようだ。こんな大きな船、はじめて見た。




「大きいね…」
「ははっ、はじめて見たらそう思うよな」
「はじめて見なくてもそう思うけどね」
「そうか?」
「うん、まあ普通はそうだと思うけど」
「ふうん?」
「で、これからどうするの」
「あーおれがちょっくら先に顔出すから、お前ここで待ってろ」
「え?ちょ、エース!」




あたしが戸惑いの声を上げようとも、エースはさっさとモビー・ディックに乗り込んだ。
おいおい。あたしどうすんだよ。エースは軽く船に乗れるかもしれないけど、あたしは違うぞ。
そんな軽快なジャンプができるわけでもなし、炎になれるわけでもなし、そもそも度胸がない。
とりあえず、今の自分にはなにもできることはないので、静かにこの小さな船で待機することに
する。エースは今頃、仲間と楽しく会話でもしているんでしょうかね。
お前どこ行ってたんだよー!とか、めっちゃ久しぶりじゃーん!とか、帰ってくんの遅ェよ!とか
そんな話をしているんだろうか。そんであたしの存在をうっかり忘れるとかそういうオチ?
そうなの?そういうことなの?気がつけばあたしは大きな海で放浪して餓死パターンですか。
いやだ!そんなのいやだ!あたしはまだまだ生きていたい!から早く迎えに来なさいよ!




「おーい!!」
「お?」
「行くぞ」
「え?もう?心の準備的なあれはないの、準備運動的なあれええええええ!?」
「ちゃんとつかまっておけよ」
「話をきけえええええええ!!!」




あたしはエースに攫われる運命なのかしら。響きだけで考えるとすてきな話ですね。
どこかのお姫様を海賊が攫っちゃうとか、そんなおとぎ話は探せばいくらでも出てきそうだ。
そんな冷静に考えているようだけど、体はかっちかちになっています。今下を見たら気絶する。
一般人にはもっとやさしくしなさいよね!
エースに運ばれてついにモビー・ディック号に到着しました。なんとなくエースの胸板しか
見れていないあたし。後ろからものすごく視線を感じるような気もするけど、なんか見れない。
冷や汗だけがだらだら流れるような感覚です。




「エース!その子がお前の恋人かー?」
「ったく、急にいなくなったかと思ったら女の子連れて帰ってくるんだもんなー」
「ちゃっかりしてるよなーエースはー!」
「確かになァ!あはははっ!」




あはははじゃないし。笑えないし、見れないし、恋人じゃないし。
でも、1つだけ確かなことがある。こわくない、ということ。確かに彼らは海賊だし、一般的な
イメージとしてはあまりよろしくない。だけど、彼らからは温かみを感じるのだ。
まあ、まだ見れてないんですけどね、あたし。がんばれ、あたし。とりあえずエース助けろ。




「エエエエエエエエース、だいじょぶ?あたしこれだいじょぶ?」
「ん?なに固まってんだよ。ほら、あっち向けって」
「ひいっ!」




エースに助けを求めたのが間違いだったかな。うん、それがそもそも間違いだったかな。
あたしはさ、だいじょぶだから深呼吸でもして、お前のペースでいけばいいよとか言ってくれるかな
と期待してエースに助けを求めたんだよね。でもそれ間違いだよね、絶対間違った選択だよね。
エースに強引に体を反転させられた。効果音は、ぐりん。
目の前にはたくさんの海賊がいました。とりあえず歓迎ムードだったのでほっとした。
そして奥にはとても大きな人が座っていた。離れているのにここまで届く迫力。あれが、白ひげ。
半ば放心状態で白ひげを見ていたが、白ひげの目は優しさに満ちていた。
なんだか、懐かしさを感じた。これが、家族っていうやつなのでしょうか。




「ほら、
「あ、う、うん。…です。よろしくおねがいします!」




エースにうながされ、とりあえずあいさつをしてみた。
その瞬間周りの人たちが一斉に歓声をあげて、すんごい盛り上がった。なんかごめん。
みなさま、うおー!エースが女の子連れてきたー!本当に女の子連れてきたー!みたいな
テンションです。どうしましょう。あたしはそんな騒がれるような人じゃないというのに、
この大騒ぎ。やべえ。顔がへんに引きつって動揺していると、横のエースが動いた。




「オヤジ、今帰った。こいつ、ってんだ。なァ、この船に乗せてもいいか?」
「グララララッ!いっちょまえに女を連れて帰ってきやがって」
「エース、あたしこれだいじょぶなの?」
って言ったな」
「はいっ!」
「エースが世話んなったな。お前もおれの娘になるか?」
「え、娘…いいんです、か?あたしが、家族になっても…」
「お前ェがいいならいいんじゃねェか?なァ、息子達!」
「おおおおーーーーー!!!」




この世にこんなにうれしいことがあるのだろうか。
小さい頃に失った家族を、こうやってまた手に入れることができるなんて、そんなこと。




「エース、あたし、」
「今日からお前もおれの家族だ」
「…うん!あの、白ひげさん、」
「おいおいー!オヤジはもうお前のオヤジなんだぞー!そんな他人行儀はなしだなしー!」
「そうだぞー!お前の父ちゃんなんだぞー!」
「え、あ、はい」




周りからオヤジなんだぞーという声が次々と上がる。
そうか、もうあたしのお父さんなんだ。あれ、でもこれってオヤジって呼んでいいのかな。
なんて呼べばいいか悩んでいる時、周りの海賊(もう家族か?)から、今度は小声で耳打ちされた。




「パパって呼んでみ、パパって」
「ええ!?」
「いいからいいから」
「いや、でも」
「ほらほら、パパだよパパ!」




パパってあんた!完全に面白がって言っているだろ貴様!名も知らぬ貴様!
あたしにほんとの父ちゃんがいてもパパって言うことは絶対ないから!それなのに言えというのか!
だいだい白ひげはパパってガラじゃないでしょ!無茶言わないでよ!
にも関わらず、パパと呼べという声が増える一方。まあ小声だけど。もはやこれ聞こえてんじゃないの?
ああーどうしろっての!でももう、なんでもいいや…。




「え、ええと、これからよろしくおねがいします…パパ!」
「本当に言ったァーーーーーー!!!!」
「……」
「怒ったか?さすがにオヤジ怒ったか?だからやめろって言ったのに!」
「やべえよまじやべえよ」
「オヤジ?」
「…悪かねェなァ!」
「オヤジが照れてるーーーーーー!!!!」
「よかったなー!」




何か知らないけど盛り上がってるう。
一瞬冷や汗かいたけど、みんな楽しそうだし、なんだかんだでいいかなって感じ。
みんなが笑って、固まっていたあたしもつられるように、自然と笑ってしまった。楽しい。
ここにいるだけで、すごく楽しい。胸があつくなるような懐かしさになんでか涙が出そうになる。




「…エース、ありがとう」
「なんだよ急に」
「ここに来れてよかった」
「…そうか」
「うん」




エースは、そっとあたしの頭に手を置き、ぽんぽんした。
ここに来れたのは、全部エースに会ってからなんだと思うと、世の中うまくできてるなあとか
思ってみたりする。そんなうまくできた世の中でよかったとも思うんだけれどね。
周りの歓声を聞きながら真っ青な空を見上げた。あらためて、あたしは今日からここで生きて行くのだ
と思った。どきどきするし、わくわくするし、ちょっと不安でもある。
でも1番に思うことは、これからもエースと一緒にいられるんだなあってこと。
隣で笑っているエースを見て、できることなら、ずっとずっと一緒にいたいと思った。
ちなみに、白ひげのことはパパではなくオヤジって呼びますのでご安心を。
新たな生活に胸を躍らせ、笑う今日。