♭01
「そういえばさー、エースってなんで燃えるの?」
「あー悪魔の実の能力だ」
「悪魔の実?なにそれまずそう」
「あァ、まずかった」
「ふうん。じゃなくてさ、悪魔の実ってなに?」
「んー?まァ、それを喰うといろんな能力が手に入るってやつ」
「へー。だから燃えるのかー。エース無敵だね」
「そのかわり、だ」
「なに?」
「一生カナヅチになる」
「あらまあ、とんだ弱点じゃないかい」
「海に落ちなきゃ平気さ」
「じゃあ、あたしは悪魔の実食べないようにしなきゃね」
「なんでだ?」
「だってエースが海に落ちたらあたしが助けないとだめじゃん」
「ははっ、そりゃありがてェな」
「感謝しなよ」
「おー」
小さな島から飛び出して数ヶ月。いまだエースと2人で海を放浪中。
数ヶ月でどれだけの世界を見ただろうか。あたしは、あらためてこの世界が大きくて、今まで
どれだけ知らないことがたくさんあったのかと実感した。
どれもこれも、それはそれは新鮮で、輝いて見えた。こんなにも世界はあたしを楽しませてくれる。
エースと一緒に島を出れてよかった。それはほんとに、いつもいつでも思っていることだ。
きっとエースがイサナ島に来なければ、今のあたしはここにいないし、この世界をこんなに知る
ことはできなかった。
「もっと蹴りを鍛えようかな」
「こないだ、海軍を軽ーくぶっ飛ばしてただろ」
「だって下っ端だったし、あれくらいなら誰だって軽く飛ばせるよ」
「いやいや…。だいたい、これ以上鍛えてお前どうする気だよ」
「うーん、海でも生きていける…女の子?」
「だったらもう充分だろ」
「そうかなあ」
そりゃあ島を出た時よりは鍛えられたと思う。だけど、これからも海を渡っていくとなると、
まだまだあたしは弱いわけで。いや別にすごい強くなりたいわけじゃないけど。
でも、エースの足手まといになるのだけはいやだ。だからエースの足手まといにならない程度に、
そして雑魚はあたしが一掃できるくらいになりたいと思うわけで。
どうせ、鍛え過ぎたってエースよりは強くならないし。だったら多少は役に立つくらい力をつけた
方がいいと思うんだよねえ。筋肉もりもりにはなりたくないけどね。あたしも女性ですから。
にしても、エースにとってあたしってなんなのでしょうね。
潮風に吹かれ、遠く海の先を見るエースをこっそり見つめながら、そんなことを考えた。
エースはあたしにこの世界を見せてやりたいって言ってくれた。それは、なぜなのか。
よく考えたらあたしはその理由を知らない。最近は海の生活にも慣れてきたし、頭に余裕が出て
きたのか、そんなことを考えるようになった。
あたしはと言うと、まあこれはいわゆる1つの恋というものなのだろうか。エースに対してそんな
感情を持っていたりするわけである。恋って言ってもはじめてなので、ほんとにこれが恋なのかー
というのはよくわからない。だけど、エースはあたしにとって1番大切な人だから。
それゆえ、これは恋なのだろうと推測する。とか普通恋をするとこんな冷静ではいられないのかな。
かれこれ数ヶ月もエースと2人で生活している。これって一般常識から考えたらちょっとやばくない?
やばいというか、そうだな。同じ屋根の下で男女がうんぬん。ほとんど空の下なんだけどね。
いやー、でも別にやましいことはしていない。なんであたしがやましいことするんですかこのやろう。
とりあえず、エースがあたしに手を出す気配はない。出しそうな気配があっても困るけど。
まあ、島に着いた時に女の人を買ってなきゃの話ですけど?男の人って大変らしいじゃん。
だからそういうことがあったりしてもおかしくないと思うんだよね。あれ、でもそれって腹立つ。
あたしは別にエースの女じゃないんだから、そういうことに関して文句は言えませんけどね!
複雑だし腹立つし悲しいけど。仕方ないさ、ほんとにあったとしても。
だからこそあたしは思うのだ。エースにとって、あたしって一体なんなのでしょうか。
「考えても答えは出ないけどさあ」
「ん?」
「なんでもないし」
「そうか?お、島見えてきたぞ」
「おー」
「なんだ元気ねェな」
「べっつにい」
「腹減ってんのか」
「エースと一緒にしないでよ。女の子は繊細な生き物なのさ…」
「ふうん。大変なんだな」
「ああそうだよ大変だよデリカシーない男といると特にね!!」
「それっておれのことか?」
「さあどうでしょうね!」
「なーに怒ってんだ」
「うるさいさっさと舵取れちくしょう」
「結局怒ってんじゃねェか」
怒ってない。ただ、エースにとっての自分の意味を考えて、勝手に不安になっただけ。
あたしにとってのエースは大切な人に変わりはないのにね。ああ、世の中とは複雑なんだなあ。
さっきよりも近くなったまだ見ぬ島を見て、あたしはこれからの未来を思った。
◇◇◇
「うわあ、これおいしいね!」
「あァ」
「こんな食材見たことないわあ。世界は広いんだねえ」
「……」
「うおい!寝てるんじゃないよ!起きろばか!」
「はっ!また寝ちまった」
「そうですね。その瞬間を見ていましたからわかっていますよ。そしてこれ見てこれ」
「うん?」
「この服に!たった今!あなたが!この料理の!汁を!飛ばしたんです!」
「悪ィ」
「心がこもってない」
「悪かったって」
「ばかやろうこのやろう君の誠意を見せたまえ!」
「なにすりゃいいんだ」
「買い物に付き合って」
「なんの」
「洋服の」
「えー選ぶの遅ェからやだ」
「ふざけんな!あんたのせいでこの服が汚れたんだから付き合いなさい」
「わーっかったよ」
「よし、じゃあさっそく行こう!」
「へいへい…」
やっと年頃の娘っ子として、あたしも人並みにおしゃれに慣れてきた。
島に寄ればいやがるエースを引き連れ必ず買い物に向かう。外を出て思ったことだが、それぞれの
島で流行っている服は違うし、それを見るのは楽しい。まあ基本はラフな格好なんだけど。
動きづらい格好で海軍とか他の海賊に会って絡まれたら、それこそ足手まといになる。
別に動きづらいような洋服がすきというわけでもないので、満足しています。
よく好んで着ているのは、Tワンピだったりする。それにショートパンツを履いて、ショートブーツ
とか。ブーツはもちろんエースがくれたやつ。他にもエンジニアブーツとか履いてる。
これで蹴りいれたらすごく痛いと思うんだよね。それが狙いってのもあったりなかったり。
それに、一応すきなひと?といるんだからおしゃれくらいしなきゃです。あ、ちゃんと髪の手入れも
していますよ。今ではキューティクルが輝きを放っているようないないような。そんな感じ。
◇◇◇
少し年季の入った街を、エースと2人で歩き回った。すでにエースの腕には荷物がいっぱいだ。
だからと言ってここで勘違いをされては困るので、補足を入れたいと思う。
エースが両腕に抱えているたくさんの荷物は、あたしの洋服だけではない。航海に足りなくなった
物も仕入れているというわけだ。そんなたくさんの洋服あっても困るだけだし、ちょっとずつ
良い物だけを買うのがまた楽しいんだなあ、これが。
そういうわけで、今は一通り買い物も終わったので、さー休憩でもしましょうかねというところ。
この街はのどかで、なんだか安心する街だ。なんだろうね、懐かしい気すらする。
と、ちょうど良い店を見つけたのでそこに入って一服することにした。
「あー腕だりィ」
「これくらいで、へばるなへばるな」
「お前なァ、これ結構重いんだぞ?」
「それが男の仕事ってもんよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんです」
ふと、いつまでこの時間が続くのだろうかと思った。
同じ話を引っ張ってきて申し訳ない。常に考えていることだけど、今は特にそれを考えなくては、
とか思った。別に考えなくてはいけないとかではないのだが。
というか、いつまで放浪を続けるつもりなのだろうか。エースも、いつかは白ひげの船に戻る。
戻る、んだよね?そしたらあたしってどうすればいいんだろう。適当にどっか島に降ろされるのか。
じゃ、またどっかで会おうな!とか言いそうじゃね?こいつなら言いそうじゃね?
どっかでどこだよ。まあ、こればっかりはエースの様子を窺うしかないでしょうねえ。
「エースって女の子買ったことあるの」
「は!?」
「女の子買ったことあるの」
「おま、なに言ってんだ急に」
「買ったことあるの」
「ねェよ!!」
「ないんだ。じゃあナンパしてお持ち帰りしたことあるの」
「ねェよ!!」
「ナンパはしたことあるでしょ」
「…ある」
「あるんだ」
「それくらいはな」
「ふうん」
突然だけど、気になっていた話をふってみた。やっぱりこれも聞いてみないとね。
女の子は買ったことないんだね。意外。もしかしたらうそついてたりしてね。別にいいけどさ。
お持ち帰りしたこともないんだね。むしろ持って帰られたことあったりしてね。知らんけど。
ナンパはあるんだね。男だもんね。それくらいしてくもらわないと逆にあれだよね。なにかが。
結局聞いてみたものの、なんか胸クソ悪い気もする。これはあたしが悪いと思うけど。
男なんだからしょうがないと思うべきだ。うん。
「」
「なに?」
「そろそろ戻るか」
「そうだね、荷物もたくさんあるし」
「そっちじゃねェよ」
「は?」
「モビー・ディックにだよ」
「なにそれ」
「白ひげの船だ」
「白ひげ…」
「いい加減戻らないとな」
「そっか、」
「お前も準備しとけよ」
「準備って、あたしどうすればいいの」
「どうすればって、荷物整理しとけってことだよ」
「あたし、どこで降りればいいの?」
「そんなのモビー・ディックに決まってんだろ」
「え?あたしも乗っていいの?」
「当たり前ェだろ。今さらなんでお前を置いてくんだよ。そしたら連れだした意味ねェだろ?」
「…うん、そうだね。ありがと、エース」
「なんの礼だかさっぱりわかんねェよ」
「あたしが言いたかっただけだよ」
あたしも連れて行ってくれるんだ。エースが今までいた船に。
そこには白ひげがいて、エースの仲間の海賊がいる。今からどきどきしてきた。
でも、こんな普通のあたしがいてもだいじょぶなのか。相手はやっぱり海賊だし、どこの馬の骨か
わからない娘なんか連れてこられても困るよね。だからと言って今さらエースと離れたくないし。
こうなったら当たって砕けるか。そうなのか。
いや、エースは優しい海賊なんだから、そのエースの仲間もきっと優しいはずだ。
と信じることにする。だいじょぶだと思うんだけどね。ま、会ってみればわかるさ。
「だいじょぶかなあ」
「心配すんな。を家族として受け入れてくれるさ」
「うん」
「お前はおれを信じてればいいさ」
「わかった。楽しみにしてる」
「おう」
海にはたくさん出会いがあるんだなあとしみじみ思う。
こうしてあたしは、小さなの不安と大きな期待を抱きながら、広い海を渡るのだ。