一.



(ゆめゆめ、忘れるはずがない)










「レーイーヴーンー! おりゃ!」
「どわっ!」
「今日もやっぱりだいすきだー! うおー!」
「ちょ、ちゃん! 苦しい!というか、みんな見てるから!」
「オレたちは気にしてないから、どうぞ続けて」
「青年……! タ ス ケ テ !」
「無理」
「レイヴンすきいいいいい!」
「ぐるじい」
、そろそろ解放してやらないと、おっさん死ぬぞ」
「おっと、いけねー!」
「し、しぬかと思った……」




どうも、レイヴンだいすきちゃんです。
朝からこんな元気な娘っ子がいるのかい!?いるんだよ!それがあたしだよ!とか、よ
くわからないテンションで入ってみました。
なんかさ、毎朝レイヴンに抱きつかないと一日がはじまらないような気がしちゃってね。
そんで、ついつい力を込めてしまうのだよ。
危うく、レイヴンの腰を再起不能にさせるところだったよ。なにそれやらしい!なにが。
そんなわけで、仲間である35歳独身、博愛主義者のレイヴンに恋をしている乙女です。
はじめて会った時から決めてました!ていうのは、うそです!最初はユーリにゾッコン
でした。てへ!それが乙女っちゅーものだと思います。かしこみ。
自分でもテンション高いなと思ってるあたしは、21歳の若人です。レイヴンがよく言
う若人ってやつです。ユーリくんとは同い年なので、悪友のような存在になってます。
あたしは、ユーリに比べたらあんまり大人ではない。なんでかなあ、大人ってコワイよ
ね。だから大人になんかなりたくないのさ。ピーターパン症候群かしら。




「そういえば、ユーリくん」
「なんだ?」
「今日ってどこに行くんだっけ」
「お前なあ……昨日、散々説明しただろうが」
「だってしょうがないじゃん! レイヴンがすきすぎて忘れちゃったよ!」
「どゆこと!? っていうか、おっさんのせいなの!?」
「ノードポリカっつたろ」
「はうあ! ノードポリカでなにすんだっけ?」
「闘技場でのイベントの手伝いに呼ばれてんだろ」
「あーはいはい、そうでした……」
「なにガッカリしてんだよ」
「べつにい」




ノードポリカだって。そうか、ノードポリカね。うん、そういえばそんな話してたわ。
うっかり忘れた自分がすごいと思う。これもレイヴンへの愛ゆえかしら。
なんだかとっても気が乗らないので、ノードポリカに着くまで、ふて寝する。









◇◇◇








ほんとにテンション下がるう。
不本意なまま、ノードポリカについてしまった。着いてすぐに、ナッツさんの所に話を
聞きに行き、宿へと行く。
イベントとは、闘技場を使ってお祭り騒ぎ的なアレらしいよ。よくわからんけど。
とりあえず、闘技場をいつもと違う使い方をするというわけだ。そんで、闘技場の宣伝
を狙うとかで、世界中に呼びかけてんだってさ。ま、いいんじゃないの。
あたしは、あんまり良くないけど。


みんなは、すでにお祭りムードの街を散策しに行った。
どうにも気が乗らないので、宿で一人うだうだすることにした。ここがノードポリカで
さえしなければ、レイヴンを誘ってデートだるんるん!ってなったはずなのに。ちくせう。




「ないわー」




萎える。すごく萎える。とても萎える。もう、ほんと萎える。
ベッドの上でゴロゴロしていると、ノックが聞こえた。あらやだ、宿の人?
重い身体を引きずってドアを開ける。




「え、レイヴン!?」
「よ!」
「どしたの?」
「入ってもいいかしら?」
「どぞどぞ!」
「おじゃましまーす」




まさかのレイヴンにテンションが急上昇。そんなあたしってすごく単純だと思う。
世界の難しいことも、全部あたしのように単純明快だったらいいのに。なんて、自分を
卑下するあたしもどうかしてる。
レイヴンはベッドに腰掛け、これ食べる?と、懐から甘いものを出してきた。
自分は甘いものだめなのに、あたしのために買ってきてくれるとか……天使か!くそう!
変にテンションが上がりっぱなしなので、とりあえず、お茶入れるね!とわっふいした。




「おいしいね!」
「そりゃ、よかった」
「レイヴンは食べない?」
「おっさんは甘いもの苦手だからね」
「でも、あたしのために買ってきてくれたんだ」
「だって、ちゃん元気なかったから」
「うわあああああ! すきだあああああああ!」
「ぐえっ」
「あ、ごめん」




優しさの塊レイヴンに、うれしすぎて思わず抱きついたら、みぞおちに頭突きした形に
なってしまった。うっかりうっかり。
レイヴンの腰に抱きついて、匂いをすんすん嗅いでいたらちょっと落ち着いた。変態だ。




「……レイヴン」
「ん?」
「膝枕して」
「え」
「膝枕してえええ」
「いや、男の、ましてやおっさんの膝枕って」
「あたしはおっさんの膝枕いいのー!」
「そこは、レイヴンの膝枕がいいの☆って言って……! おっさんて、自分で言ったけど
 おっさんて……」
「じゃあレイヴンの膝枕がいい!」
「じゃあって……! まあいいけど! しょーがないわね! はい、どーぞ」
「うわあい!」




レイヴンの膝枕だ!レイヴンの匂いだ!はふん。




「さすがにカタイね」
「そりゃあね」
「でも、レイヴンの匂いがするから落ち着く」
「気に入ってもらえてなによりだわ」




穏やかな時間です。
こんな時間がずっとずっと続けばいいのに。ずっとレイヴンに甘えていたい。




ちゃん」
「んー?」
「なにかあったの?」
「なんでー?」
「いつもだったら、その、デートしよー! って言うじゃない? それに、今はここもお
 祭りムードで散策しがいがあるわけだし」
「レイヴンもいつもだったら世界中から集まる女の人に声かけまくりだよね」
「そうそう! って、いや、ちがくてね」
「ふふふ」
「……イヤだったら話さなくてもいいのよ?」
「イヤじゃないよ」




イヤじゃない。
――別に、気分が乗らないだけ、なんて言い訳する自分はイヤ。
ここがノードポリカじゃなくて、他の街だったら。絶対にレイヴンとデートしてる。
色んな女の人に声をかけるレイヴンの耳を引っ張って、連れまわすのだ。
ノードポリカでさえ、なければ。




「ここってさ」
「うん?」
「ノードポリカって、あたしが生まれたトコなのさ」
「そうだったの」
「別に、イヤなことがあったわけじゃないんだけど」
「うん」
「……親に会うのがイヤなの」
「ご両親?」
「――特に、母親には会いたくない」
「なにか、あったの?」




なにか、あったわけじゃない。違うな。あたしにとっては、なにかあったんだ。
母親にとっては、どうでもいいことだったんだろうなあ。
――母親は、女ではあったけど母親にはなれなかった。ただの女であり続けた。
あんな、女にはなりたくないもんです。




「……ちゃん?」
「ん? ああ、いや、母親とは名ばかりだなあと思いだしただけ」
「そっか」
「うん」
「……外には出たくない?」
「どして?」
「せっかくのお祭りなわけだし、デートに行きたいなあと思って」
「なんだって!? ……レイヴンから言うとは、珍しいコワイ」
「コワイって、あのね……」
「でもレイヴンが誘ってくれたなら、デートに行かないわけにゃいかねえですよ!」
「無理しなくてもいいのよ?」
「ばかやろう! 乙女ゴコロがわからんのか!」
「すみませんんんん!」
「よっしゃ、デートだ! 行くぞ! レイヴン!」
「はいはい!」




現金なやつだと思われるかもしれないけども、今のあたしにとって、レイヴンはあたし
のすべてなのだ。なによりも、誰よりも優先すべき人。
というか、レイヴンから誘ってくれたんだから行かなきゃ損損★
おっしゃ!気合を入れてれっつらごー!









◇◇◇








「お祭りってイイネ!」
「活気があるわよね」
「うんうん。あ、あれとかおいしそー!」
「げっ! ちょー甘そう……」
「いいじゃん、食べるのはあたしなんだから」
「でも匂いがすごいもん」
「鼻つまんでればいいじゃないか」
「ひどい!」




レイヴンが嫌がるのもかまわず、甘そうなお菓子を買った。ぐふふ。
隣を歩くレイヴンは必死に鼻をつまんでいる。ぷふー!かわいいじゃねえかコノヤロウ!




「口から絶対甘い匂い入ってきてる! 今、手を放したらおっさん確実に死ぬ!」
「劇薬みたいな言い方しないでよー」
「劇薬みたいな色してるけどね!」
「そうかなあ。ユーリだったら喜びそうだけど」
「それで喜ぶのは、たぶんちゃんと青年だけだと思う……」
「そんなにか」




うん、意外とおいしかった。
レイヴンは相変わらず鼻をつまんで匂いがなくなるのを待っている。
なんだか、悪いことをした気分だ。




「ごめんよレイヴン!」
「いいわよ、ちゃんが元気になってくれるならそれで!」
「レイヴン……! すきだああああああ!」
「うわっと!」




なんて優しいんだ!
胸キュンでうっかり死んでしまいそうになったあたしは、レイヴンの腕にしがみつき、
ぐりぐりと顔を押し付けた。
レイヴンの匂いがするです!幸せであります!




ちゃんてば! む、むね当たってるわよ!」
「照れてるうううう! ぶふぉお!」
「笑ってないで! もうちょっと、その、ね!」
「やだやだレイヴンすきだあああ!」
「もー、この甘えたさんめ」
「ふふふ」




甘えたいお年頃なんだ。いつまでも、レイヴンに甘え隊なのさ!隊長だよ、あたし。
だってさ、子どものようにしてれば、レイヴンもあたしのこと、あいしてくれるよね?
あたしは、子どもでいた方がいいんだよね?かわいい娘のようにしていたら、いいんだ
よね?
――そうじゃないと、“わるいこ”なんだよね?








「――?」








雑踏の中から、懐かしい声が聞こえた。
――うるさい。なにが?雑踏が?それとも、あたしの心臓?
楽しい気分が嘘のようにさっと消えた。寒い。寒いはずがないのに。どうして、寒いの?
心臓に流れる血が凍ってしまったかのようだ。それと共に、あたしの身体が止まる。
だめだよ、止まったらだめ。つかまっちゃうよ。歩いて。振り向いちゃだめ。早く、歩
いて。雑踏に消えてしまおう。ほら、おねがいだから。




ちゃん? どうしたの?」
「……」
ちゃん?」
「ごめ、ん。早く、行こう」
「気分でも悪いの? 少し休もうか?」
「ちが――」




ちがうよ、ちがうんだよ。早くここから逃げたいの。




「やっぱりだ」
「あ……」
ちゃんの、知り合い?」
「大きくなったなあ、
「……おとうさん」
「え?」




レイヴン、おねがいだから、あたしを連れ去ってよ。
優しい顔を携えたその男は、かつての父親だった。
――あたしの、お義父さん。初恋の、人。でも、結局は、母親のモノだった人。




「エル? もう、急に走り出さないでよ」
「ああ、ごめんごめん。ほら、ユリコ。だよ」
「え? って……」
「……」
「――あんた、生きてたの」
「……ッ!」
「また、私たちの前に現れるなんて、信じられない」
「……あたしだって、別に、会いたくなんかなかった」
「だったら、さっさと消えて」
「言われなくとも、そうする。行こう、レイヴン」




――嫌な気分。吐きそう。キモチワルイ。
早く立ち去りたくて、こんなところをずっと見られたくなくて、レイヴンの腕を引っ張
った。こんな情けないあたし、レイヴンに見せたくない。きらわれたくない。




「――ちょっと待って。あなた、この娘の恋人?」
「レイヴン、気にしなくていいから。早くいこ」
「あんたには聞いてないわよ。ねえ、どうなの?」
ちゃんは、俺の大事な仲間よ」
「ふふっ、そう。仲間、ねえ」
「……」
「――。やっぱりあんたは、誰にも愛されない。あんたみたいな女、誰も愛した
 くないのよ」
「……うるさいッ!」
「おー、こわ」
「あ、ちゃん!」




















レイヴンをその場に置いて、雑踏の中に飛び込んだ。
――ただ、悔しくて、惨めで、苦しくて、絶望すら感じた。
もう会いたくない。会わないって思ってたのに。どうして、こう人生っていうのはうま
くいかないの?
やっぱり、あたしは、誰にも愛されないの?どうせ、捨てられるの?そういう運命なの?
結局は、子どものままでいても、大人になっても、あたしは誰にも――――?






(今日は、最高に厄日だ)






暗くて、何も見えない。壊れてしまいそうだ。
あたしが行く道は、真っ暗の中、ぼんやりとした光がぽつんとあるだけ。