目の前には人。人、人、人、人人人人。そして、魔物の残骸。
こんなにも人がいるのに生きている“人”が誰一人としていない。
血が、肉が、手が、足が、目が、頭が。こわい。こわい、こわい、こわい、よ。
たすけて。たすけてたすけてたすけて。だれか、たすけて。















   半透明 デイズ




              −4日目−












人魔戦争。気が付けば誰もいなかった。いや、人だったものはいた。あたしは、ただの一人
も生きている人を見つけることはできなかった。そんな中、あたしは、弟の身体をおぶって
歩いた。どこかを目指していたわけじゃない。そもそも目指せる場所など、もうないのだが。
とにかく、あたしは歩かなくてはならなかった。ここにいちゃダメだ。歩かなきゃ。そう思って
歩いた。
弟は死んでしまった。死んでしまった人の身体はただの抜け殻で、重くのしかかる。11歳
だったあたしにとって、7歳の弟をおぶるのは厳しかった。何度も、何度も、地面に膝をついた。
でも、たった一人の弟をこんな場所に残しておけない。例え死んでしまっていても一人には
したくなかった。せめて、明るい陽のあたる場所まで連れていきたい。こんな荒地に置いて
いきたくない。血や獣の臭い、何とも言えない淀んだ空気に満ちた殺戮現場になんか、置いて
いけるか。
無心で歩いた。足を前に出すという作業を繰り返した。前に、前に進め。早く早く早く。
気持ちばかりが急いて前に進まない。おねがいだから、早く。






ふと顔を上げると、目の前には海が広がっていた。周りを見渡せば、草木で溢れている。
さっきの地獄が嘘みたいに静かだ。静かな日常がここにはある。でも、背中に感じる重みが
現実を突きつける。あれは夢なんかじゃない。現実に起こった地獄。みんな死んでしまった。
弟だって死んでしまった。死んだら何も、残らない。…何も。
海が見渡せる小高い丘まで行き、弟をおろした。ここなら、きっと寂しくない。
地面を掘る。弟を埋めるために、掘り続けた。手で掘っていたため爪から血が出た。それでも
気にせず掘る。土をかき分け続けた。
弟が入る大きさまで掘ると、闇に支配されていた世界が明るさを取り戻し始めていた。そっと
弟を抱きあげ、ゆっくりと穴に入れる。穏やかな顔をしていた。それがまた悲しくて辛くて
苦しかった。ああ、あたしはこの瞬間独りになったのだ。
父さんと母さんの形見の指輪をチェーンに通して持っていたのだが、それを弟の首にかけて
やった。弟はまだ小さいから、父さんと母さんと一緒の方が良いだろう。そしたら寂しくない
よね?穏やかで、冷たい弟の頬を撫でた。
ゆっくりと土をかけていく。足が見えなくなり、手が見えなくなり、形見の指輪も見えなくなり、
顔も見えなくなった。最後に花を摘み、真新しい小さなお墓に供えた。
朝日が昇る。昨日の地獄は終わった。でも本当に終わったのだろうか?新しい地獄が始まった
だけじゃないの?あたしはこれから独りだ。もう、あたしを知っている人は誰もいない。
あたしのことを知る人はみんな死んでしまった。誰も、いない。






「あああぁぁあああぁぁああぁぁああああっっっ!!!!」






今まで涙一滴流れなかったのに、突然理解した孤独に頭が壊れそうになった。
こわくてこわくて、狂ってしまいそうだった。いっそ狂ってしまった方がよかったのかもしれない。
でも狂わなかった。狂えなかった。死にたくない。生きたい。そう思ったあたしがいた。本当は
このまま消えた方がいいのかもしれない。でもあたしは生にすがった。死に恐怖を抱いた。
まだあたしは人間だった。弱い弱い人間だった。




それから声が枯れるまで、声が枯れても泣き叫んだ。声にならない声で叫び続けた。
そして、あるギルドに拾われ、あたしは生き残った。貪欲に生にしがみついたのだ。




















嫌な夢だ。最近回想がてら夢を見る。今日はなかなかトラウマ的な夢を持ってきたな、おい。
戦争は多くの傷を残していく。でも自業自得なんだろう。人が力を求める限り、人が科学を
求める限り、人が生を求める限り、きっと戦いは終わらない。人魔戦争という大きな傷痕を
負ってなお、人というのは力を求める。そりゃあ始祖の隷長が怒るのも無理ない。平和主義な
つもりはないが、戦争を避ける力を人間は持っていると思う。それでも戦いを求めるのは何故
なんだろう。いや、こんなこと考えていたって仕方がない。
さ、顔洗ってごはんだごはん!もうお腹空いたわー。










「おはよーう」
「おはよう」
「んー良い匂い!お腹空いたー」
「もう少しで出来るから座って待っていろ」
「はーい」




椅子に腰かけ、シュヴァーンの背中を見つめる。あんな夢を見たからかな。シュヴァーンも
戦争に参加してたんだよね、なんて聞きたくなった。でも、聞かない。あたし自身あまり
思い出したくない。戦争に良い思いをしている人など一人としているわけがない。あの戦争
なら尚更。
あーあー。朝からこんな暗いこと考えてどうすんだってんだよ。やめやめー!今更こんなこと
考えたってどうしようもないでしょ。忘れるわけじゃない。忘れられるわけがない。だからって
考えたって良いことない。
やっとこさ、ごはんが運ばれてきておいしくいただきました。いやー、ごはんてすごいね!
暗い話も吹っ飛ばすその威力。見習いたいものですね。きっとごはんなら平和を築けるはずだ。














◇◇◇











もへあー!いつになったらこの書類は減るんだよおおおお!いつになったら普通の本サイズに
なってくれるんだよおおおお!あれ、普通の本サイズっておかしくない?むしろなくなれよ!
本のサイズを飛び越えてなくなれよ!もう、はんこは見飽きた!お前の顔は見飽きたんだよ!
という気分なんですよ。おかしいよー絶対おかしいよーこの量おかしいよー。前々から思って
たんですけどね!もしや、モンスター図鑑のようだと思っていたこの書類は…魔物だったのか!
あり得る、あり得るぞ。だからお前減らないんだなあああああ!うわあああああ!




「おい、静かにしろ」
「あ、すいません」




途中から口に出てたようです。恥ずかしい!乙女がこんなおかしなこと言うなんて…!
はっずかしーい☆ことこの上ない!うん、まあそんなわけで静かに作業を続けることにします。
がんばるぞーい!ひゃっふー!














◇◇◇











うん、がんばろうと思ったんだ。確かに思ったんだよ。でもさ、はんこ押し続けたらまた
ゲシュタルト崩壊が起こるじゃん?そうしたらもうわけわかんなくなって、思わず乾いた笑い
が漏れちゃうじゃん?まあ同じ動作を長時間やり続けると頭がおかしくなるってことです。おわり。
いやいや、こんなんじゃ終われないよ!このままじゃ終われない!とかもうダメだあああ。
意味わかんないことになってるよ。がんばってあたし、がんばれ!あたしまだやれる!





「はい?」
「ちょっと資料室に行って来てくれないか」
「資料室?そんなもんあるんだ」
「ああ、今手が離せないから頼む」
「うん、わかったー。でも資料室とかってあたしが入っていいの?資料室っていうくらいだから
 やっぱ一般人とかが入っちゃいけない場所でしょ?」
「誰かに情報流すのか?」
「いや、流したくても流せないし。嫌味か、嫌味なのか、そうなのか」
「だったら特に問題無い。必要な資料の番号をここに書いておくから頼む」
「はいはーい」




シュヴァーンから紙を受け取り、いってきまーすと部屋を出る。が、すぐ重大なことを思い出し
再び部屋に戻る。きゃっちあんどりりーす。




「…資料室ってどこ?」
「……」


















◇◇◇











ちゃんと場所を確認してから資料室へと向かう。というかあんな呆れた顔するのひどいと思う。
普通にあんたも忘れてただろうが。先に場所を言わなかったシュヴァーンが悪い。いやまあ、
気付いてよかった。気付かず歩いてたらあたしってただのアホだよね。あぶねーあぶねー。
さーさっさと行ってみよー。
で、資料室は地下にあった。資料室ですからね、大切な資料とかあるんでしょう。大切なモノは
地下にっていうのは基本中の基本ですから。それに、今帝国って次期皇帝を誰にするかで、
もめてるらしいじゃん?評議会と騎士団でエステルかヨーゼフ、じゃなかったヨーデルにするー
とかで、やんややんやですもんねえ。まあ、それで実際巻き込まれましたからね、あたしたち。
ああ、なんだかずっと昔のように感じるぜ…。でも実際ここに来てまだ4日目なんだから驚き。
思わず星喰みも引っ込んじゃうくらいびっくりだよね。ほんとに引っ込んでくれたら楽なのにね。
なんつって。とか、思わず話逸れちゃったけど、そういう後継者争いがあるから、情報ってのは
流れないように厳重に管理されてるものだと思うわけですよ。ほんとかどうかは知りませんけどね!
なんかそういう感じかなって雰囲気9割増しで言ったけどね!ほんとのことなんか一般人のあたし
が知るわけねえよ!知ってたら問題だろ!とまあそんなこんなで資料室にとうちゃーっく☆




「うおーい!広いじゃねえかよ!想像より9割9分9厘広いわ。なにそれ、現実ってこわい。
 これ今日中に見つけられるか不安っす。冷や汗やばいっす」




想像以上に広すぎ乙!あたしの任務はここにて終了!って感じにしたい。なんか違う何かが
終了しちゃいそうだよ。むしろこんな広い資料室からほんのわずかの資料を、初めて資料室に
来たあたしに探し出せと言ったシュヴァーンの気がしれないんですけどどうですか。どう思い
ますか。誰か!返事をください!まさに猫の手も借りたい!にゃんにゃーん。
とりあえず、この資料室がどんな所かということをお伝えしたいと思う。まず地下ってだけに
なんか陰気臭い。これはイメージですけどね!いやでもね、薄暗いし、地下独特の冷えた空気
というか、そういうものがありましてですね、ええ。なんか出そうでこわいんだよ。あ、でも
あたしという幽霊がいる時点でもう出てるんですけどね!うっけるー★ぶっ殺すぞ!とりあえず
ぶっ殺すぞ!こわいんだよ!幽霊でもこわいもんはこわいんだよ!中身は乙女なんだよ!こわい
に決まってんだろ!
何と言っても、この資料室の広さが異常。どんくらいかっていったら、ちょっとしたお城の
大広間的な感じ。この時点でおかしいだろって思うことを期待する。いろんな意味で終了の
お知らせです。まあ、文句言ってても仕方ないので探すことにしましょうか。
んー、何の資料を探せばいいんだよ、だいたい。えーと、あ、そっか番号で探すんだから、
内容はわかんないじゃんね!なんておバカさん!とりあえずそこら辺のを見て、どこら辺に
あるか推測することにしよう。それしか手はない、気がするんだぜ。










むむう、30分くらい探しているけどなかなか見つからない。まあこんだけ広けりゃなあ。
でもそろそろ見つかっていいと思うんだよね。ここら辺じゃね?あ、違う。ここか?うう、
違う。今度こそ!違うのかよ!妥協しろよ!お前が!資料が来い!お前が進んでこちらへ来い!
ばかが!ちくしょうコノヤロー!




ここか!ここなのか!あれから15分くらい経ったんじゃないかしら。やっとそれっぽいとこ
に来たよ。ていうかさ、すげえ奥じゃねえかよ!むかつく!最初から奥にあるよ!とかメモに
書いてくれる優しさとかは持ち合わせてないんですかシュヴァーンさんよ!ええ?コノヤローが!
…まあいい。ここはあたしが大人になろうじゃないか。見つかったんだから良いじゃないか!
終わり良ければ全て良しってことよ!あたしってばなんて大人なんでしょう!思わずおかんも
涙ちょちょぎれることでしょう。おかんは死んでいますけどね!
じゃあさっさと見つけて戻ろうかね!えーと、どれだー?あれかー?これかー?それかー?
指で番号を確認しながら探す。うん?これかな?メモに書いてある番号と資料の番号を照らし
合わす。これだ!まさに運命!いや探したけどね。結構探したけどね。うん、まあいいんだ。
見つかったんだから。見つかりさえすればいいんだよ!これで貸し出し中とかだったら棚に
しまってある資料を全部かき出していくよね。一種の荒らしですよね。でもそれくらいショック
だろうと仮定したんだよ。じゃあ用も済んだことですし、戻るとしますかねえ。
ん?んん?戻ろうと思ったけど、なんかすごい気になるモノを見つけた。たくさんの資料の中
の隙間に隠れるようにして挟まっている冊子。どうみても資料のようには見えない。背表紙にも
資料番号が書いてない。何だろ、見ていいのかな。とりあえず棚から引っ張り出してみる。
表紙には何も書いていない。もちろん裏表紙にも。何でこんなもん挟んでるんだよ。気になる
だろ。明らかに静かな主張してるよ。というわけで読んでみることにします。あたしは素直
だから誘惑には勝てないんだなー、これが。




「どれどれ?」




冊子を開くと、最初の何ページかが切り取られていた。何だこりゃ。1ページ捲ってみると
文字が書いてあった。どうやら日記のようなものらしい。




 今日、帝国最重要施設へと向かった遠征隊の全滅が報告された。化け物の
 ような魔物に皆やられたらしい。その遠征隊にはキャナリの小隊も入って
 いた。




え?“キャナリ”って…レイヴンのすきな、ひと?ということは、この遠征隊にレイヴンも
含まれていたっていうこと?ていうかこれ書いたの誰だよ。ひとまず続きを読むか。
次のページを捲る。どうやら前のページよりも日が経っているようだ。




 全滅と言われていたが、生き残りがいたらしい。シュヴァーンとかいう
 やつだ。こんなやつ、いただろうか?だが、騎士団には多くの騎士が所属
 している。知らない騎士がいて当然だ。そして俺は、このシュヴァーンだ
 ろう男を見たことがある。おそらくあいつがそうだったのだろう。何故か
 そう確信した。何故なら、その男は死んでいるかのようだったからだ。
 いや、確かに瀕死になったことは確かなのだろう。だが、その男からは生
 気が感じられなかった。生きているようには見えな<かった。それほどまで
 に恐ろしい戦争だったのだろう。


 その男を見かけたのは、偶然だ。廊下で一度すれ違った。その男は夢遊病者
 のように歩き、目は虚ろで何を見るでもなく、ただ何かに誘われるように歩
 いていた。俺は、それを見て恐ろしくなった。戦争とは人をここまで変えて
 しまうのか。人を死人のようにしてしまうのか。
 
 
 騎士団に憧れ、多くの人の役に立てることが出来るならばと入団したが、
 俺はその時、とてつもなく恐ろしい現実にぶち当たった気がした。その男を
 見て、死を間近に見た気がしたのだ。
 ――俺は死がどれ程のものなのか理解していなかった。覚悟をしていたつも
 りだったが、俺の覚悟は軽過ぎたのだ。死とはどれ程の絶望なのか、あの男
 を目の当たりにして感じた。それと同時に、俺は死ぬ覚悟がない男だとわかった。


 俺は、今日限りで騎士団をやめる。きっと俺は騎士には向いていないのだ。
 死の覚悟すら出来ない俺に騎士など、荷が重すぎる。
 俺の同期も遠征隊にいたが、死んでしまった。同期の武勇伝を胸に田舎に帰る
 ことにする。


 これを見つけ、読んだ者がいるかもしれない。俺を情けない騎士だと思うだろう。
 それでも良い。それだけ、あの戦争は恐ろしいものだったということだ。
 そして、絶望を味わった者が、死人のように存在し、我々に恐怖を抱かせる
 のかがわかった。騎士ならいずれわかるだろう。死がいかに恐ろしいものか。
 死に際に理解するということがないよう祈るばかりだ――。




シュヴァーンの、レイヴンの生き返った直後を見たのか、この人は。死人だなんて。望んでも
いない生を与えられたのだ。きっと大きな喪失感が胸にあったのだろう。大切な仲間と一緒に
逝けなかったのだから。
キャナリさんも、あの戦争で死んでしまったって言ってた。あたしだって、弟を亡くした。
でも、あたしとはまた違う絶望を味わったんだ…彼は。仲間が死んだのを見届け、自分も確か
に死んだのに、自分だけ生きてた。いや、生き返させられた。辛かっただろう。苦しかった
だろう。きっと、探していたんだ。キャナリさんを、共に戦った仲間たちを。
そう思ったらすごく胸が苦しくなった。想像は出来た。彼がどんなに苦しかったか。辛かった
か。悔しかったか。でも、あたしの想像以上に彼は苦しんだ。だから死んでいた。生きている
けど、死んでいた。今も、ここにいる彼はまだ死んでいるのかな。きっと死んでるって思って
いるんだろうなあ。前に、レイヴンが、今まで自分は死んでたから、もう一回生きるのを始めた
ところよ、なんて言っていた。今までって、いつのことだろうと思ったけど、それはあの戦争
の後からずっとだ。だから、きっとここにいるシュヴァーンはまだ死んだままなんだろう。




「そんなのって、悲しいよ」




思わず口に出していた。言葉にしないと、涙が溢れそうだった。別に涙脆いわけじゃない。
同情しやすいタイプでもない。ただ、痛いくらいわかったから。大切な人を亡くした痛み。
弟を亡くした時、あたしも死んでしまいたかった。何で、あたしは生きてるの?何で、弟なの?
何で、あたしたちなの?何度も何度もそう思った。でも、いくら考えたって、答えは見つから
ないから。それに、あたしは今生きている大切な人たちを守りたいから、だからあたしは生き
ようって思えた。だから、前向きに生きてこれた。たまに、思い出しては苦しい時もあった。
あの記憶は失くなるものじゃないから。それでも弟の分も生きなきゃって思った。
みんなと出会って、レイヴンと出会って、あたしは強く生きたいって思った。それから、
みんなと一緒にいたいと思った。ずっと、一緒にいたい。
だから、あたしは、確かにここで生きているシュヴァーンのためにしてあげなくちゃ。
今はまだ死んでたっていい。でも、あたしがここにいる間だけでも、生きたいって思って
ほしい。ただ、それだけ。


















◇◇◇











資料室から戻り、資料を渡す。




「悪いな、助かった」
「ううん、いいよ。遅くなってごめんね」
「いや、大丈夫だ。…何か変なものでも食べたのか?」
「…どういう意味?」
「変に素直だから気になっただけだ。拗ねるな」
「拗ねてねーよ!どう汲み取ったらそういう考えに至るんだよ!」
「そうか」
「そうですー!まあ、資料室が広すぎてちょっと疲れたって話だよ」
「ああ、確かに少し広いな」
「少しって。少しじゃねーだろ!どういう感覚だよ!あれか、シュヴァーンにとって小さじ
 1杯は大さじ1杯ですけどなにか?みたいなことなんだろうね!」
「小さじ1は小さじ1だ」
「たとえだよ!まじに受け止めないでくれる!?ややこしくなるから!」
「そうか、そろそろ帰るか」
「話ぶった切っちゃったよ!帰りますけどね!いつの間にやら空の色が変わってますし!」




文句を言いながらも片付けを始め、シュヴァーンと一緒に部屋を出る。他愛ない話をしながら
並んで歩いた。
外は闇に染まり始め、空には星が瞬いている。なんて穏やかなんだろう。そう思った。気持ち
が固まったからだろうか。今までもシュヴァーンのそばにいたいと思っていた。でも、ただ
それだけで、ぼんやりとしか考えていなかった。今のあたしは違う。はっきりと透き通った
意志を持っている。これだけで世界は色を変えるんだ。










家に着いてから、あたしがごはんを作り、おいしいねーなんて普通で、かけがないの時間が
流れた。お皿の片付けをしていても、お風呂に入っていても、歯磨きをしていても、すべてが
昨日と違う、そんな気がした。
こんなにも穏やかで鮮やかな世界。あたしはここに来て変わることが出来た。人として成長する
ことが出来た。あたしが死んでいるとか生きているとかそんなの関係ない。ここに存在している
限り、あたしはあたしでいられる。シュヴァーンをすきなあたしでいられる。シュヴァーンを守る
あたしでいられる。シュヴァーンを独りにしないあたしでいられる。きっと、些細なきっかけに
なれる。これからの彼のために。あたしはそのために、存在してる。




「おやすみ、シュヴァーン」
「ああ、おやすみ」











存在する理由は彼のため。
たったそれだけで良かった。それだけで、全てを受け入れることが出来る。