ちゃんはすきなひととかいるのー?」
「は?急になにさ」
「うーん、だってさエステル嬢ちゃんとか青春してるっぽいから、ちゃんはどうなのか
 と思ってさー」
「へえ、レイヴンって結構そういうの気づくタイプなんだね」
「あ、やっぱり嬢ちゃんて青年のこと、」
「ストーップ!人の恋路をとやかく言うのは野暮ってもんよ」
「粋なお嬢さんだわね」
「まあね。そういうわけで、秘密」
「えーえーえー!気になるー!そう言われると気になるー!」
「だったらおっさんはいるの?」
「もちろん世界中の俺のファンはみんな大好きよ!」
「あーそうなんですかー」
「ひどい!ちゃんと聞いてよ!」















   半透明 デイズ




              −3日目−












なんでこのタイミングでこの夢を見るんだ。そして、もはや夢というかただの回想なんです
けど。空気読みすぎだろ!うわああああ!もうあたしってほんとついてない。まあ、ある意味
シュヴァーンに憑いてるんですけどね★って誰がうまいこと言えと言った!という感じです。
いや、違くてね、そうじゃなくて!あのー、昨日のシュヴァーンとのやりとりで、うっかり
惚れてしまったというか、なんというか。まあレイヴンと結局同一人物だし、もっとすきに
なったというか?どうなんだろうか。というかさ、あたしってばこんなにギャップに弱い女子
でしたっけ?別にちょっと名前で呼ばれて、微笑まれただけじゃん。それくらいで、ねえ?
ギャップ萌えと言ってもそんな簡単に落ちるものなのか?そんなんでいいのか?それでいいのか?
ま、別にすきなひとが2人になったわけでもないからいいか。いいのか?ほんとにいいのか?
うわああああああ!もういやだああああ!わけわかんない!難しいよ!いろいろと難しいんだよ!
問題点がありすぎて整理したくない!
というわけで、とりあえず部屋から出て、顔を洗ってみる。そうじゃん。普通にあたし今日
も透けてるよ。あたしってば幽霊なんだから恋とか関係ないじゃん。そんなもん関係ない域
まで来てるよ。どうせ幽霊には恋なんて関係ないんだ!でも、この気持ちは何なんだ。確かに
そう感じてるのに。これは何だ。何で幽霊にこんな気持ちがあるんだよ。わかんないよ。
とか、そんなこと考えたって答えは出ない。ので、今日も気合い入れていこうぜ!と思いっきり
顔を叩いてみたけど、良い音がした上に痛かった。なんでこんな人間らしいんだよちくしょう。










「…おはよう」
「おはよう」




相変わらずシュヴァーンは早起きで、朝ごはんも用意してあった。ああ、あたしだけこんなに
意味のわからないことになってるのに、シュヴァーンは何一つ変わらないんだ、とか思って
ちょっと虚しくなったのは秘密。いつの時代にも惚れた方が負けっていうものがある。負けず
嫌いのあたしからしたらちょっと引っかかるけど、こればっかりはその通りだと思う。あたしが
勝手にすきで勝手に悩んでるんだからさ。なんてこった!恋ってなんて複雑なんでしょう!
何より、恋に悩んでるあたしなのに、お腹が空くのはなぜでしょう。食事が喉を通らないって
いうのに!何であたしは食べるんだ!そもそも幽霊なのに!うわあああ!ばかん。




「…いただきます」
「どうした、調子悪いのか?」
「え?あ、いや全然元気!まあ幽霊なんですけど!ただ、ごはんおいしいなあって思ってただけ」
「そうか。無理はするなよ」
「うん、ありがとう」




この無駄な優しさは何。いや、無駄ではないんですけどね。あのー、なんか今この瞬間には
無駄というか。もはや意味わかんないんですけど、とりあえずごはんはおいしいです。
そしてまだ頭ごちゃごちゃしてます。ガッデム。














◇◇◇











今日だって元気にモリモリはんこを押しますよ、あたしは。むしろはんこを押し続けたい。
無心ではんこを押し続けたい。なんだか、このモンスター図鑑というよりモンスターのような
書類に今は感謝します。さあ、かかってくるがいい!あたしはこのはんこでお前を抑えつけて
くれる!ぶははははははは!










心地よい沈黙が流れる中、あたしは、はんこを押し続けた。いや押し続けるしかないんですけど。
たまにシュヴァーンの顔をこっそり見ては頭をよぎる朝のこと。あたしがすきなのはレイヴン。
だけど、昨日のシュヴァーンを見て、確かにすきだと思った。レイヴンはシュヴァーン。
いや、でも別人のようだもんね。それでも別人のようだけど、同じ人なんだよ。はい?もう
意味分からない。どういうことですか^q^
あたしはレイヴンのおちゃらけてるけど、真面目で、仲間想いで、優しい笑顔がすき。
シュヴァーンの真面目で、無表情だけどたまに見せる感情とか、厳しいけど、なんだかんだで
お世話焼いてくれて、優しい微笑みがすき。二人とも同じ人だけど、それでも違う人のような
二人がすき。きっと全部ひっくるめてレイヴンなんだろうし、シュヴァーンなんだけど、あたし
は別々に考えちゃう。そんで、二人ともすきって考えちゃう。あたし、どうかしてるよね。
別人じゃない。同じ人。同じ人なんだから。だから、あたしはレイヴンなシュヴァーンがすきで、
シュヴァーンなレイヴンがすきなんだよ。何だそれ。難しいことになってる。わけわからん。
考えれば考えるほど深みにはまる。あたしはどうしたいの?どんな答えを出したいの?
もし仮に、この悩みに答えが出たとしても、あたしはどうにもならない。何も変わらない。
そうだよ、答えを出したって意味がないんだよ。




ど う せ 、 あ た し は 死 ん で る ん だ か ら 。




その言葉は、今のあたしにとてつもないダメージを与えた。頭を鈍器で思いっきり殴られる感触
というのはきっとこういうことを言うのだろうなあ。冷静にそう思えたのは一瞬だけで、すぐに
あたしの頭の中はぐわんぐわんと歪み、ぼやけた。




「…あたし!」
「どうした?」
「あたし、ちょっと外の空気、吸ってくる」
「おい?」




バタンと大きな音を立て、部屋を飛び出した。シュヴァーンの顔を見ることもせずに。
なんだか、頭の中がぐちゃぐちゃで、よくわからなくなった。別にこんなに悩む必要なんて
ないってわかってる。でも、急激に悲しくなった。心が勝手に悲しくなった。透けてる身体
と反して、あたしの心は濁って先が見えやしない。














◇◇◇











特にどこかへ向かうわけでもなく、ただ走った。どうせあたしが走ったって誰の目にも止まる
ことはない。あたしがどこにいようが、何をしていようが、この世界にとってあたしは無関係な
存在。干渉することも出来ない、空気のようだ。手を伸ばしたって空を切る。何にも触れない。
気づけば下町まで降りていた。下町の人とか関係なしに、あたしに気づく人は誰もいない。
ぼんやり歩いて、適当な路地に入り、そこらへんの箱に腰をかけた。ふと空を見上げると、
光の輪が今日も魔物から人を守っている。
あたしは何でここにいるのだろう。ここに来て3日目になるけど、あたしはあまりに危機感が
なさ過ぎたのではないか。たまたまシュヴァーンという話せる人がいて、ごはんも食べれて、
お風呂にだって入れて、眠ることもできて、仕事だって手伝えて、声を出すこともできて、
笑うことだってできる。でも、あたしは死んでいる。どうして?あたしは死んじゃったのに
どうしてここにいるの?あたしがここにいる意味は何?ほんとにあたしはここにいるの?
誰にも気づいてもらえないのに、触れないのに、話せないのに。ほんとはこう思っていること
すら嘘なの?ただそう思い込んでいるだけなの?ここに来て感じたすべてのことは嘘なの?
ニセモノなの?…誰か、教えてよ。何であたしはここいるの?存在してるの?教えてよ。
何もわからないよ。一つもわからない。






足元にボールが転がってきた。気づかない内に路地で子供がボールで遊んでいたようだ。
ごく自然に、あたしはそのボールを拾い上げようとした。すると、ボールを掴んだその時、
あたしの上に小さな手が重なり通り過ぎた。そして、あたしに気づかないままボールを拾い
上げ、また遊び始める。
何なんだ。何で気づかないの。何で、何で、何で。あたし、ここにいるじゃん。確かにここに
いるじゃん。どうして気づいてくれないの。ねえ?ねえってば。




「ねえってばっ!なんで返事してくれないの?あたしここにいるじゃん!息してるよ?声、
 出せてるよ?なのに、なんで気づかないの?ねえって!…ねえって、言ってるじゃん、」




遊んでいる少年の肩に触ろうとする。でも、それは叶わない。手は通り過ぎる。いくら触ろう
としても手は何にも触れることはない。




「なんでよ…!なんで触れないの!?なんで、あたしは、死んじゃったの…?」




うつむく。そこには、地面があるだけ。あたしの足は透けている。地面に染みが出来る。
一つ、二つ。あっという間に地面は水で染まり、濃くなる。それでも顔を上げられずに足元を
見つめる。辺りは雨の降る音しかしない。雨とあたしだけだ。いっそあたしだけがここに存在
すればいいのに。あたしだけでいい。誰も気づいてくれないならあたしだけでいい。雨に濡れる
ことはできるのに。生きてる人のように、濡れることができるのに。それなのに、温かい熱に
触れることはできない。…理不尽だな。なんて理不尽な身体なんだ。あたしが欲しいものは
くれない。ただ、切なさと悲しさ、冷たさしか与えてくれない。だったらもう、何もいらない。




「もう、消えたい」




そうだ、消えてしまおう。どうせ、あたしがいてもいなくても変わらない世界なんだから。
もう、消えちゃおう。あたしは死んでるんだから、早く成仏しなきゃ。ほら、早く消してよ。
あたしのこと、消しちゃってよ。誰が消してくれるの?神さま?仏さま?それとも死神?
誰でもいいから、さっさと消してよ。もうここにいる意味はないんだから。いや、きっと最初
から意味なんてなかったんだ。
こんなあたしを拾ってくれたシュヴァーンには申し訳ないけど、あたしはもう消えることに
します。短い間でしたが、ありがとうございました。お世話になりました。さよなら、世界。
雨の感触を全身で感じながら、そっと目を閉じた。















声がした。まだ、数えるくらしか呼ばれていないあたしの名前。
どうして、あんたが来るの。今お別れを言ったところなんだから来ないでよ。もう天国に行く
から。いや、地獄かな。どっちでもいいけどあたしは旅立つって決めたんだから止めないで。
さようなら。





「……」

「……」

「うるさい」
「聞こえているならさっさと返事をしろ」
「うるさい、聞こえない」
「聞こえているだろう」
「聞こえないったら聞こえない!もうほっといてよ!」
「どうした?」
「…どうしたもこうしたも消えるの。天国に行くの!もしくは、地獄に行くの!ここから、
 消えるの!」
「何故」
「もともと死んでるんだからいつ消えたっていいでしょ。さすがに、生きてる人を見てるのが
 辛くなったの。だから、消えるの。さよなら!今までお世話になりました!」
「勝手に消えるな」
「なんでよ?今、消えるって言ったでしょ。だから勝手じゃない、さよなら」
「待て」
「待てと言われて待つバカはいません。さよなら!」
「本当に消えたいのか?」
「消えたいに、決まってるじゃん」
「何故?」
「だから…!」
「明確な理由を聞いている。何か理由があるから消えるのだろう?だったら理由を言え。
 ただ消えたいではわからない」
「わかるわけ、ないじゃん。…シュヴァーンにわかるわけないじゃんっ!死んじゃってて、
 身体も透けてて、ここにちゃんといるかもわからないあたしの気持ちなんて、わかるわけ、ない」
「わかるわけないだろう」
「…っ!そうですね!わかるわけないよね!こんなこと言ったあたしがバカだった!」
「わかるわけないだろう」
「2回も言わなくて…!」
「自分の気持ちを吐き出していないお前の気持ちなんて、わかるわけないだろう」
「…どういう、意味」
「俺はお前じゃないんだ。お前の口から聞かないからには、わかるわけない。だから話せと
 言っている」
「そんな、の。…わかれよ」
「わかるか」
「……」
「とりあえず、今日はもう家に帰るぞ。風邪引く」
「あたしは死んでるから風邪引かない」
「それだけ言えれば十分だ。帰るぞ」
「…うん」




結局、あたしを引きとめるのは、シュヴァーンなんだ。
だから、弱いあたしは捨てきれずに、こんなになってもあなたの手にすがりたくなるんだろう。














◇◇◇












家に帰り、風呂に入ってこいというシュヴァーンの言葉に大人しく従った。熱いシャワーが
身体に染みた。冷えた身体がぽかぽかと温かくなる。不思議な感覚。透けているのに身体は
冷えるし、温かくもなる。
お風呂から出ると入れ替わりにシュヴァーンがお風呂に向かう。彼は律義にも、ホットミルク
を置いて行った。マメな男だ。それでも今は、そんな些細な気遣いがうれしくて、顔が自然と
ほころんだ。
思い返せば、不思議なのはシュヴァーンもそうだ。まだ、会って3日目のあたしのお世話を
こんなにしてくれるなんて。親切にも程がある。あーあ、期待させないでよ。すべてにおいて。










ホットミルクを飲みながら、ぼけーっとソファーに座っていると、シュヴァーンがお風呂から
出てきた。髪は濡れたままで、身体からはほんのりと湯気が立っていた。顔も少し、火照って
いる。かわいいなあ、とかおっさんみたいなこと思ってしまった。重症です。
なんとなく見つめていると、シュヴァーンは髪をふきながらあたしの隣に座る。ソファーが
彼の重みで沈んだ。




「……」
「……」
「ちゃんとふかないと、風邪ひくよ」
「わかってる」
「……」
「……」




おいおい、なんか喋れよ!ちょっと気まずい感じになってるじゃねえか!あたしが気まずい
からどうにかしてください。この空気ををを!いや、まあほんとはね、あたしが喋ったほうが
いいんでしょうけど。いやいや!でもこういう時って男の人が率先してどうにかしようと努める
べきであって、あたしが出しゃばるとかはやめたほうがいいかな?なーんて思ったり思わな
かったり?だけど、心配かけてしまったので、ここはやっぱりあたしが喋るべきなのかな。
うええん!もうわけわからなくなってきたよ!あれだなあれ。顔には出てないはずだが、混乱
しているのはたしかですね★とりあえず、ぐるぐるとわけわからないことをずっと思っている
わけで。どうしようかな。どうするべきですか。どうしましょうかね。うへへへ。もうどう
すんだよどうにかしろよ男だろ喋れよばかなのかコノヤロー!




「お前は」
「え」
「とりわけ秀でているところがあるわけでもない」
「…なんだって?」
「特に顔が良いというわけでもなし」
「え、なにこれ、新手のいやがらせ?」
「抜群に良いスタイルでもなし」
「ちょ、おま」
「女らしいわけでもなし」
「おいいいいい!なんなんだよさっきから!」
「だが」
「なんだちくしょうコノヤロー…」
「前向きな所はお前の良い所だ」
「は…?」
「能天気に笑っていればいい」
「能天気ってあんた」
「お前は、確かにここにいる」
「え、」
「毎日馬鹿みたいに飯を食らうお前は、確かにここにいる」
「なんだ、それ…」
「誰も気付かないとしても、俺は気付いている。だから、勝手に消えるな」
「なんか、シュヴァーンらしい慰め方だね」
「…別に」
「でも…ありがと、ね。別にさ、今まで、特に気にしてたわけじゃないんだ。なんか、急に
 怖くなっちゃってさあ。あたしらしく、ないよね。うん!もうこんなネガティブに考える
 のはやめた!あたしは、ここでできることを精一杯やる!それから、シュヴァーンの分まで
 笑顔でいる!まあ、たまにはシュヴァーンにも笑ってほしいけど?」
「…努力する」
「うん!笑顔のが、いいよ」
「……」




何だかんだで、やっぱり人っていうのはそう変わらないんだね。あたしはすきだよ。レイヴン
もシュヴァーンも。レイヴンがいるからシュヴァーンだし、シュヴァーンがいるからレイヴン
なんだ。ただ、一人の性格を分けてみているようなものだ。こんな不器用で優しい人はこの人
だけだもん。あたしは、少なくともそう思う。あたしにとってあなたは、あなただけなんだよ。
どっちもあるからすき。出来ればずっと、そばにいたい。




「あーあ」
「おい、」
「いいじゃん別に」
「、少しだけだ」
「…ありがとう」




シュヴァーンの肩に身体を預け、目を閉じる。あったかい。生きてる人っていうのはこんなにも
温かいんだね。あたしはどうなのかな?あったかい?冷たい?それとも、ぬるいとか?
何にせよ、あたしはここにいる。確かにここにいる。シュヴァーンがいて、あたしがいる。
もしも、これが幻だったとしても、今感じてる気持ちも体温も全部本物だから。それでいいよ。
今があるならそれでいい。あたしを信じてくれる人がいればそれでいい。ただ、この人のそばに
いられれば、いい。




「シュヴァーン、あったかい」
「お前もな」
「そっか、よかった」
「……」




シュヴァーンが頭を撫でる。言葉は少ないけど、些細な気遣いであたしを安心させてくれる。
あたし、今、すごい幸せかもしれない。きっとこういうのを幸せっていうんだなあ。
こうして一緒にいるだけでこんなにも幸せになれる。すきなひとの隣にいることは、こんなにも
幸せなんだ。











あたしは幸せです。
身体が透けていても心はこんなにも満たされてる。
それだけで、ここにこれてよかったと思える。
神さまの悪戯でここに来てしまったとしても、あたしは神さまに感謝する。
2度目の恋をありがとう。