ペット











偶然運命   後篇












目を覚ますと、そこは真っ暗でした。
少しカビ臭いような気がする。それよりも、頭をちょっと動かすだけで激痛
が走るんですけど。なにがあったんだっけ、あたし。
顔の左側にパリパリした感触。なんだろう?と思ったけど、すぐに自分の血
が固まったものか、と気がつく。変に冷静な自分がこわい。
あたしは一体どうしてここにいるんだろうと記憶を呼び覚ます。頭を使う度
に痛みが走る。




(――そうだ、ブレアさんと話してて、それで……)




陛下に気分転換してきたらいいって言われて、たまたまブレアさんに会って
仕事の話になって。
そうか、あたしが大佐の元で働くことになったあの日、ほんとはブレアさん
が大佐の秘書として働くはずだった。でもそれは、ブレアさんの所属してい
た組織の命で、潜入することが目的だった。きっと、うまく馴染めたところ
で陛下を殺す気だったんだ。
だけど、その計画をあたしが崩してしまった。偶然にも。結果、ブレアさん
は組織に失敗したことで消されることになる。
――自分の命を危険にさらすことになったあたしを道連れにして。
あたし、死んじゃうのかな。大佐に会えないまま死んじゃうのかな。まだ一
緒にいたかったよ。こき使われてもいいよ。そばにいたかったよ。




「目が覚めたみたいね」
「……ブレア、さん」
「安心して? まだ殺さないから」
「ここは、どこ」
「グランコクマの外れの廃墟。誰も気付くことのない場所よ」
「……どうして、こんな」
「どうして? どうせ、もう殺される。でも一人で死ぬのはいや。だったら、
 わたしの運命を狂わせたあんたも殺してやるのよ」
「ブレア、さん。まだ、あきらめないで」
「あきらめるもなにも……もう無駄なのよなにもかも」
「そんな……」




――あたしのせい?
あたしがブレアさんをここまで追い詰めちゃったの?あたしが、大佐の元で
しあわせだって思っている間に、ブレアさんは殺される恐怖に襲われてたの?
だったら、あたしはここで死ぬ運命なのかもしれない。
欲を言えば、大佐にもう一度会いたかった、かな。




「……こんなこと、言うのってどうかと思うんですけど」
「……」
「どうせ死ぬなら、これくらい許してくださいね」
「……」
「あたしが、あの日たまたまあそこにいたことで、結果、ブレアさんの命を
 危険にさらすことになったのは、ほんとに、」
「もういいわよ」
「……あたしは、あの時間違えられてよかったって思います」
「……」
「――だって、大佐や陛下に会えたから。普通に生きていたら接点のない2
 人に会うことができたから」




この事態を引き起こしたのは、あの勘違いだけど、でもあたしは大佐や陛下
との出会いを後悔なんかしない。これで死ぬってなっても、あたしは後悔な
んかしない。
大佐に会えて、大佐に恋をしてよかった。すきになれてよかった。




「それに、あたしがここにいることで、陛下の命が、助かったって思うと、
 うれしいんです」
「……」
「あんなに、良い人が死んでいいわけがないから」
「……自分が死ぬのは良いっていうの」
「良いわけ、ないです」
「だったら」
「でも、陛下が死ぬくらいなら、あたしが死にます。あたしでいいなら、
 あたしが死にますから」
「そんなの……わたしが死んだら次が来るわ。ずっと命を狙われ続けるのよ」
「だいじょぶ、ですよ。だって、大佐がいるから、きっと陛下を守ってくれ
 ます」
「……」




あー、だめだ。頭痛いし寒いし、もうだめかもしれないわ。
殺される前に死んじゃうかもしれないなあ。まあいいさ。大佐と陛下が生き
ていれば、あたしはいいよ。
やば、眠い。これって死への一歩ってやつですか。やばいなあ。
ブレアさんごめんなさい、あたし殺される前に死にそうだあ。




「ブレアさ、ん……ごめ、んなさい……もう、死ぬかも」
「――それは困りますねえ」
「誰っ!?」
「私ですか? そこのお嬢さんの上司ですよ」
「……たいさ?」
、何死にそうになってるんです」
「たいさぁ……」




大佐だ。あたしのだいすきな大佐がいるよ。嘘みたい。夢かもしれない。
でも、あたしを抱きかかえる腕は確かに大佐のもので、ふわっと香るのは大
佐のコロン。




「その女を連れて行きなさい」
「はっ!」




指揮する大佐もかっこいいです。
生きててよかった。あたし生きてるよね?これでもう死ぬとかないよね。




「……大佐、あたし、生きてます?」
「こんなところで死なれては困りますよ」
「大佐に、また会えて、よかった」
「良い子で待っていなさいって言ったはずなんですがねえ」
「ごめんなさい……」
「――貴女が無事でよかった」
「大佐……?」
「今は、寝ていなさい」
「……はい」




優しく笑った大佐は現実だったか夢だったか、今となってはもうよくわから
ないけど、優しくあたしを呼ぶ声はたぶん夢じゃないと思う。










                ***










次に目を覚ましたのは、見たことのない天井がある部屋。
ここはどこですか。とりあえず、よく寝たような気がする。
むくっと起き上がって、辺りを見回したが、どこかよくわからないけど見た
ことがあるようなないような。




「ようやくお目覚めですか、お姫様」
「は?」
「何日寝れば済むんです」
「あ、大佐……」
「あ、じゃありませんよ」
「え、あ、すみません? ちがうか、おはようございます?」
「今はお昼です。それに、あれから3日は経ちました」
「3日!?」
「とんだお寝坊さんですねえ、まったく」
「それはどうもご心配おかけしました?」




いやあ、どうりでよく寝たわけだ。3日も寝りゃあね。
そっかそっかあ。でもほんとに死ぬかと思ったよねえ。生きててよかった!




「そういえば、ブレアさんは……どうなったんですか」
「牢に入れることで保護しています」
「ってことは、生きてるんですね?」
「自分が死にかけたというのに、他人の心配ですか?」
「そりゃあ……もとはと言えばあたしが悪かったような気がしますし」
は何も悪くありませんよ」
「いや、でも」
「そもそも、彼女がスパイであることは、わかっていたんですよ」
「え」
「わざとこちらにおびき寄せ、組織もろとも拘束しようとしていたんです」
「あらー……そうでしたか」




びっくりした。知ってたんだ。じゃあ、なんであたしが雇われたんですかね。




「なぜ、自分が雇われたんだ、ですか?」
「え、あたし今口に出してました?」
の顔を見ていればなんとなくわかります」
「顔に出るタイプだったのか、あたし……」
「と言っても、それは偶然なんですがね」
「はい?」
「貴女が雇われたのは本当に偶然、というわけです」
「えええ!?」
「面白そうだったから雇ってみたんですが、正解でしたね」
「おもしろそうだったって……」




あたしはあんまり関係なかったー!実は昔会っていてそれで、とかそういう
展開があるのかと思ったら何もなかったー!
別にいいけどさ。ちょっとさみしいだけさ。ちょっとだけだよちょっとだけ。




「あ、もしかしてあたしってばクビになったりしちゃうんですかね……?」
「なぜです?」
「いや、なんか、偶然の産物ですし、もう組織の方も片付きそうだからいー
 らね★とかそういうあれなのかと」
「残念ですが、貴女をクビにする予定はありませんよ」
「いえ、別に残念とか思ってないですし! むしろありがたいです!」




これで安心!もしこれでクビですから、ケガが治ったらばいばいきーん!っ
てなったらどうしようかと思った。
また大佐と一緒に働けるんだ。そばにいられるんだ。ふへへ。




「なにニヤニヤしてるんです」
「いえ、なんでもないです!」
「そんなに私と一緒にいられることがうれしいんですか?」
「はい! ……じゃねえ! いや、今のは間違えましたすみません調子に乗り
 ました」
「間違えたんですか? それは残念」
「え? それって、どゆこと……」
「私は、と一緒にいられてうれしいですよ」
「あ、え? あたしも、うれしいです……けど」




ベッドサイドに座る大佐。大佐の重みでベッドが沈む。
というか、その、なんでそんなに見つめてきてくるのでしょうか?心なしか
さっきから近くない?なんか近くない?




「あの、大佐……?」
「――が行方不明と聞いて、心臓がどうにかなると思いましたよ」
「え……?」
「目を離すとどこかに消えてしまいそうで、気が気じゃないですよ、こっちは」
「それは、すみません?」
「正直、未だに“死”というものを理解できません」
「……」
「ですが、が血を流して倒れているのを見て、頭が真っ白になりました」
「大佐……」
「これが、“死”に対する感情なのか、と思いました」
「……あたし、死んでません」
「冗談ですよ」
「はい?」
「これが“死”か、なんてそんなこと考えている余裕はありませんでした」
「それは、つまり?」
を失いたくないと思うほど、大切に思っているということです」




大佐が柄にもなく真顔でそんなこと言うもんだから、一気に顔が熱くなるの
を感じた。だって、そんな気配とか全然見せなかったじゃないの。
いやでも、その、うれしいっていうかうれしいっていうかうれしいっていう
か。あたしも大佐を失いたくないし、大切だもん。




「……大佐」
「なんですか?」
「あたしのこと、すきですか……?」
はどうなんです?」
「ずるいです。ちゃんと言ってください!」
の方こそ言ってないじゃないですか」
「こういうのは男の人から言うもんですよ! ……それに、大佐ってばそうい
 う感じの雰囲気一切なかったじゃないですか」
「おやおや、そう思われていたとは心外ですね」
「だから! 先に、言ってほしいんです」
「私に言わせようとするとは、悪い子ですねえ……は」
「いじわるな大佐には言われたくないです」
「好きですよ」
「え!?」
「自分で言わせておいてその反応とは傷つきますね」




そう言うと、大佐の頭があたしの肩にぽすんと着地。
こんな大佐を見たことなくて、いつもよりも心臓がうるさく騒いでいる。




「――それで、はどうなんですか」
「あたしは……あたしも、大佐がすきです」
「素直な子は好きですよ」
「……そりゃ、どうも」




大佐が笑うと振動が伝わる。すごく恥ずかしいんですけどね、これ。
カチャっという音が聞こえたと思うと、大佐が顔上げていた。そこには、い
つもの眼鏡がなかった。
眼鏡を外すと、大佐ってもっと若くなるんだなあ。かっこいいなあ。




「大佐、かっこいいですね」
「ジェイドって呼んでください」
「え?」
「早く」
「え、あの、近い」
「早く、呼んでください」




近い近い近い近い!赤い眼を細めている大佐がえろすぎて鼻血出そう。
ていうか近距離しすぎてどうにかなりそう。鼻くっついてんじゃないですか、
これって。あの、恥ずかしいんですけど……。




、早く呼んでください」
「えええ……ていうか、近いんですけど」
「それの何が問題なんです?」
「いや、別に、あの」
「早くしてください。さっきから待っているんですよ」
「わ、わかりましたよ!」
「はい、どうぞ」
「……ジェ」
「……」
「……ジェイ、ド」
「良い子ですね」
「……んっ!」




待ってましたと言わんばかりに、喰らいついてくる大佐もといジェイドの唇。
冷たいのかなあなんて思っていたジェイドの唇は、人間らしくあたたかかっ
た。それから、すごくやわらかかった。
ジェイドの良い匂いとか、髪が頬に当たってこそばゆいとか、いろいろ思っ
てはすぐに頭から抜けていく。
唯一わかるのは、あたしはとてもしあわせだってこと。




「……ジェイド」
「なんですか?」
「えろい」
「ほめ言葉として受け取っておきましょう」
「むー」
「では、もう一回」
「ちょ、ちょっ!」




  バンッ!!!




ーっ!!」
「うわあっ!」
「え」




陛下が部屋に飛び込んできたのに驚いて、思わずジェイドをドンッと押して
しまった。なので、見事にジェイドはベッドから落ちました。




「ん? ジェイド、お前なに床に転がってるんだ」
「……」
「へ、陛下ってば驚かさないでくださいよお!」
「心配したんだぞ、! お前が目を覚まさないっていうから夜も眠れず
 だな……」
「あはははー」
「陛下」
「どうした、ジェイド」
「しばらく私の執務室には来ないでください。絶対に」
「なに怒ってるんだ」
「まあまあ、落ち着いてください2人とも」
、陛下は私たちにとって最大のお邪魔虫だということをわかってい
 るんですか?」
「お邪魔虫とは失礼なやつだな!」
「さあ、早く出て行ってください。ほらほら」
「ちょ、おい、ジェイド! 押すな、こら!」
「仲良いですねえ、2人ともーははは」




おしくらまんじゅうのように争っているジェイドと陛下を見て、やっぱり
あたしはしあわせだなあとつくづく思うのでした。























ニートピアの妖精さんは、マルクト軍本部でしあわせな毎日を過ごしています。