偶然
運命
論
中篇
今日も元気に出勤します、ニートピアの妖精さんです。
みなさん元気ですか?あたしは毎日、鬼畜眼鏡の大佐の元でせっせと働いて
います。
出会いは偶然!ありがたい勘違いによって、ニート街道まっしぐらのあたし
が職を手に入れてもうすりーまんすが経ちました。つまり3ヶ月です。
先日、大佐にまさかのトキメキ事件が起きましたけど、気のせいですか、そ
うですかっていう感じで流れました。きっと、大佐の中ではすでに風化した
歴史の遺物のようになっているんだ。知ってる、知ってるよ!そのくらいば
かなあたしでもわかるんだからね!
「あ、そうだ。お茶菓子買って行こう」
こないだ、すげえナチュラルにパシられたので、パシられる前に買っていく!
あれ、これってすでにパシリ脳?これって洗脳されちゃってんの?うそん。
でも買っていくあたしはえらい。そうだよ、えらいじゃん!鬼畜眼鏡にも負
けず陛下のセクハラにも負けず、あたしはなんて健気なんだ!ひゃっはー!
さて、何買おうかなあ。
「うーん、これはこないだ食べたしなあ。最近蒸し暑くなってきたし、さっ
ぱりしたものにするかな」
実はこういうの嫌いじゃなかったりする。むしろすきかな。だってあたしは
乙女だもんね!ふふふ。
なんだかちょっと気分が良い。鼻歌を歌いながら選んでいると、誰かにぶつ
かってしまった。いっけね。
「あ、すみません! だいじょぶですか?」
「……はい、大丈夫です」
ちょっと俯き加減の女性だった。なんかお先真っ暗って感じの雰囲気出して
心配になってしまったあたしです。
とか思っていたら、その女性が座り込んでしまった。おおう、言ったそばか
ら人生から離脱!?
「あの、だいじょぶですか? 立てますか? とりあえず、外に出ましょう!」
「……す、みません」
「いえいえ! 困ったときはお互い様です!」
「ありがとう、ございます」
どうやら貧血を起こしたらしい女性に手を貸して、外に出る。
お店の中はちょっと暑かったし、酔っちゃったのかしらね。そういうことあ
るある。あたしは体丈夫だからないけどね……。
「これ、お水です。飲めますか?」
「は、い。ありがとうございます……」
「いえいえ!」
とりあえず、グランコクマの広場のベンチに座らせて、お水を渡した。
いやあ、朝だからかね、とても良い天気です。さわやかな風が吹いておる。
「少しは良くなりました?」
「……はい、だいぶよくなりました。色々すみません」
「いえいえ、最近気温のが安定しませんから、たぶんそれで体調崩しちゃっ
たのかもしれないですね」
「ですね、情けないです」
「女の子ですもん! そういうこともありますよ」
「ですかね?」
「です!」
さっきよりも回復した顔色。これならだいじょぶそうだな。うんうん。
「じゃあ、あたしはそろそろ行きますね!」
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして!」
「わたし!」
「はい?」
「わたし、ブレアって言います。あなたのお名前を聞いても?」
「あたしはです! またどこかで会えると良いですね!」
「ええ、そうですね。さん、ありがとうございました!」
「はい! それでは!」
ブレアさんに手を振り、その場を去る。
あ、というか冷や汗出るくらい遅刻だー☆わあい^q^
***
「おや、じゃないですか。今日はお休みなのかと思いましたよ」
「いやあ、まさか無断欠席するわけないじゃないですかあ☆」
「その割には、随分と遅れましたね」
「すみ、すすすみ、すみませんんんん!」
「さて、どうしましょうか」
「なななな!?」
「最近新しい兵器を開発中でしてね、それの実験体を探しているのですが」
「もう2度と遅刻しないですからあ! 命だけはああああああ!」
わざわざ助走をつけてスライディング土下座を見事にきめた。
摩擦でヒザとかそこらへんが痛いけど、命に比べたら全然安いものだと思い
ます!あたしはまだ生きたいよ!
「冗談です」
「うそだ!」
「心外ですねえ、そんなに信用ないですか?」
「ええ、まあ」
「勇気あるんですね、」
「ごめんなさあい★」
「それはさておき、貴女が遅刻した理由はわかっていますから、それをどう
こうしようなんて思っていませんよ」
「え?」
「貴女が具合の悪い女性を介抱していたというのは知っています」
「なんで知ってるんですか」
「を見かけたという者が、わざわざここに報告に来たのですよ」
「なんだって! その人は神か!」
「神というより、陛下ですね」
「陛下だったよ!」
まさかの陛下が救いの神だった!でも、なんで朝から陛下が街をうろついて
るんでしょうか。
「偶然にも脱走した陛下に目撃されていてよかったですね、」
「ちなみに陛下は……」
「きちんと捕まえておきました」
「ナンテコッタイ」
あたしの代わりに陛下は身代わりになったというのか……!
いや違うか。脱走した陛下がいけないのか?でも脱走しなかったらあたしの
命が危なかったわけで?うん?もうよくわからない!から、今度陛下になに
かあげよう。
「」
「はい?」
「鼻の頭、擦りむいてますよ」
「え、あ、ちょ」
「おとなしくしてください」
「は、はい……」
スライディング土下座で擦りむいてしまったらしい鼻の頭に薬をつけてくれ
るらしい大佐です。こんな時にやさしくしないでくだしあ!
というか、すごく近いんですけど。まさに目と鼻の先に大佐の見目麗しい顔
がありますです!お肌キレイです!髪がさらふわです!……眼がキレイです。
そんでもって、どきどき再来です。
「……」
「おとなしいんですね」
「そ、そりゃあ……ね」
「目が泳いでますよ」
「そんなことないですよ!」
「おや、赤くなってますよ。耳」
「べ、べべ別に! ……赤くなんて、ないんですから、ね」
「そうですか」
「……そうですよ」
「私が、」
「はい?」
「――怖くないんですか」
「は? なんで怖がらなきゃいけないんですか」
「いえ、なんとなく聞いただけです」
「なんですか、それ」
「いいえ? さ、おしまいです。もう変な土下座はしないでくださいね」
「変な土下座じゃないです! スライディング土下座です」
「そんなどや顔で言わないでもらえますか、とても腹が立ちます」
「どやどやあ」
「……さっさと仕事をしてください」
ため息を吐いた大佐に後押しされ、いつものように仕事を始める。
まだ顔が熱かったりするのは、きっと気のせいだと思いたい。
「……あたしは大佐の眼、すごくすきですけどね」
「?」
「なんでもないでーす」
少し驚いた顔をした大佐が、小さくありがとうございます、って言ったのは
気のせいじゃないと思う。
***
「ああ、言い忘れていたのですが、明日から少しここを空けます」
「え?」
「視察をしなければならない場所がありまして」
「そうなんですかー……あ、じゃああたしはいつも通りここでデスクワーク
してればいいんですか?」
「いえ、違う仕事をしてもらいます」
「なんですか? 言っておきますけど、実験体とかはNO! ですからね」
「おやおや、はそれをお望みで?」
「違いますから」
毎日会っている大佐と会わない日が来るとなると、それはそれでちょっと変
な感じだなあ。
「それで、あたしはその間なにしたらいいんですか?」
「には陛下のお守をしてもらいます」
「お守?」
「貴女も知っての通り、陛下は脱走癖があるので逃げ出さないようにお守を
してもらいたいのです」
「はあ……でも今さらな感じがするんですけど」
「まあ、いいじゃないですか」
「いいじゃないですかって言われるとそうですね、としか返せませんけど」
「そういうわけで、陛下のお守をお願いします」
「がんばります、はい」
「が私と会えなくて寂しいのもわかりますが、お土産買ってきますか
ら良い子で待っていてください」
「あーはいはいって何言ってんですか!」
「私は寂しいですよ」
「は」
「に会えない日々はとーっても寂しいです」
「あ、あたしは! 全然寂しくなんかないんですからねっ!」
「それは残念」
「お茶淹れてきます」
絶対からかわれた!その証拠に後ろでまた笑ってる!
ちくしょう!こんなにも純粋な乙女をからかうなんて大佐は悪魔だ!鬼だ!
――というか、あたしはほんとに寂しいもん。ちょっぴりだけ。
***
「はあ……」
なめらかな毛並みを撫でると、気持ちよさそうな声で鳴くブウサギ。
なんて気持ち良いのでしょう。なのに、どうしてあたしの心は沈んでいるの
でしょう。
「どうした。大きなため息なんてついて」
「仕事してください陛下」
「開口一番にそれって寂しいぞ」
「仕事してください陛下」
「、俺の話を聞いてください」
「あたしは陛下のお守をしに来ているんですよ! 仕事してください」
「でもなあ、こんな大きなため息をしているかわいい子を放ってはおけないな」
「陛下……」
「俺に惚れちゃったか?」
「いえ、それはないですから安心してください」
「もしや、ジェイドに惚れたか?」
「は!?」
「その反応は図星か……なんだよなんだよジェイドばっかり」
「誰も惚れてるなんて言ってませんからね!」
「ジェイドがいないから寂しんだろ? そのため息もジェイドのためか」
「ちがうちがう! 全然ちがいます!」
からかってくる陛下にものすごい勢いで反論してみるものの、逆効果な気が
してならないのはあたしだけだろうか。
別に大佐なんかすぎじゃないんだから!と思っているのに、なぜか動悸は激
しくなるわ、顔は熱くなるわでパニック状態。
「なんだなんだ、かわいいなあは」
「ちょっと、からかわないでくださいよ!」
「よーしよしよし」
「髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでくださいいい!」
「恋する乙女ってやつだな!」
「ちょ! ちがいます! 全然ちがいます!」
「あ、ジェイドだ」
「はっ!」
「うっそー」
「……陛下」
「、なんか目が怖いぞ」
一瞬でも陛下の嘘を信じた自分がばかだった。
その日一日は、それから陛下を無視続けた。子どもなのは陛下だもん。
***
「はあ……」
ブウサギを撫でること一週間。
未だ大佐は帰ってこない。なんだっていうの。いつ帰ってくるんですかい。
「なんだ、やっぱりジェイドがいなくて寂しいんだろう」
「仕事してください陛下」
「いい加減素直になったらどうだ? すっきりするぞー」
「にやにやしないで仕事してください陛下」
「そんなに朗報だ! 俺がジェイドとの仲を取り持ってやる」
「別にそういうんじゃないですから仕事してください陛下」
「わかった、じゃあ散歩してくるのはどうだ?」
「逃がしませんよ陛下」
「ちがうちがう! 散歩するのはだ」
「は? あたしですか?」
「たまには外の空気を吸って気分転換でもしてきたらいいだろう。その間、
ちゃんと仕事するから」
「……ほんとですか?」
「そういう目はジェイドに似てるな」
「でも……」
「俺が良いって言ってるんだ。気にするな」
「……じゃあ、少しだけ」
「おう」
「ありがとうございます、陛下」
「俺に惚れたか?」
「それはないです」
陛下にもう一度感謝を述べて、散歩に出かける。
ふざけはするけど、陛下もお人よしなんだから。そんなところがすきだけど。
「良い天気だなあ」
とても澄んだ空です。
のどかなグランコクマを散歩して、広場のベンチに腰掛ける。
大佐は元気にしているだろうか。視察って言ってたけど、ケガとかしないよ
ね?危ないこととかじゃないよね?
とは言っても、軍人なんだからいつなにがあるかわからないよね。
って、結局考えることは大佐のことなんだな、あたしってば。
まあ、確かに大佐はかっこいいと思う。陛下から聞いたけど、大佐は35歳ら
しいが、とてもじゃないけど35には見えない。最初聞いた時は、陛下がまた
からかってるのかと思った。でも、真実らしいでっせ。世の中ってわからな
いものですな。
で、頭脳明晰な上に容姿も良ければ家柄も良いときた。なにこれ、手の届か
ない人の典型じゃなあい☆きゃっふー!
最初から叶わないこ…いや、恋とかしてないし。すきじゃないし。別にそう
いうんじゃないし。勘違いしないでよね!
なんか自分で言い訳し続けててあほらしくなってきた。だって、大佐に惚れ
るわけないっていう完全否定なんてあたしにはとってもじゃないけどできな
いもん。むしろ、惚れる要素しか見つからないんですけど。
いつもは鬼畜眼鏡で、笑顔で仕事を押し付けるけど、ほんとはちゃんとあた
しのことを見ていてくれてて、休憩の時は目いっぱい甘やかしてくれるし、
最初の頃に比べて優しい笑顔とか見せてくれちゃったりして。
仕事が遅くなると、ちゃっかり家まで送ってくれて、優しくしてくれて。
そんで、勘違いしちゃいそうな事とか言ったりして、惚れないわけないじゃ
ないですか。
――恋、しちゃってるんですけど。
「認めるから、早く帰ってきてくださいよ……」
恋してるよ。すきだよ。寂しいよ。だから早く帰ってきてよ。甘やかしてよ。
あたしのことすきじゃなくてもいいから、かまってほしいよ。
「……さん?」
「え? ……あ、ブレアさん?」
「はい、お久しぶりですね」
「ほんとですねえ! 今日は元気そうで良かったです」
「その節はお世話になりました」
「いえいえ!」
「今日はどうしたんですか? お散歩かなにかですか?」
「え、ああ、そうなんです」
「隣に座っても?」
「どうぞどうぞ」
すっかり元気になったブレアさんとまったり談笑タイム。
「こんな良い天気だと仕事なんかどうでもよくなりますよねえ」
「ふふ、そうですねえ」
「でも職がないのは困るんですけどね」
「ですね。さんはどんなお仕事をしてるんですか?」
「あたしは今軍の方で秘書をやらさせていただいてるんです」
「へえ、秘書ですか」
「毎日毎日大佐にこきを使われて……いやまあ、楽しいんですけどね」
「大佐って……もしかしてジェイド・カーティス大佐ですか?」
「そうですそうです、やっぱり有名なんですねえ。大佐は」
「そう、なんですか」
有名な大佐になぜかしょんぼりしてしまったちゃんです。
あたしみたいな元ニートピアのアイドルはふさわしくないんだろうなあ。
「……あなただったんですね」
「え? なにがですか?」
「わたしの、仕事を奪ったのはあなたなんですね」
「え……?」
すっと立ったブレアさんは、ぞっとするような眼であたしを見下ろした。
まるで人が変わってしまったブレアさんになにがなんだかわからない。どう
してそんな眼をしているのでしょうか。
混乱しているあたしの腕を痛いくらいの力で引っ張るブレアさんに、引きず
られるように路地裏に連れて行かれた。
広場の明るさとは打って変わった路地裏の、じめじめとした空気に震えが止
まらない。どうしてあたしはこんなことになっているのでしょう。
「ブレアさん……?」
「……」
「あの、ブレアさ……いっ!」
振り払うように路地裏にたたきつけられた。
あたしと同じような体格のブレアさんにどうしてこんな力があるとか、どう
して一言もしゃべらないのだろうとか、不安要素がいっぱいで、あたしは無
性に大佐に会いたくなった。
「……あんたのせいで、わたしの人生無茶苦茶よ」
「ブレア、さん?」
「本当はわたしがジェイド・カーティスの秘書として潜り込むはずだった」
「もぐり、こむ……?」
「ゆくゆくは、現皇帝のピオニー・ウパラ・マルクト九世を暗殺し、組織の
信頼を取り戻せるはずだった」
「暗殺って……」
「あんたのせいでおしまいよ! わたしは、殺されるのよっ! ……それなの
にあんたはのうのうと生きるっていうの?」
「え、あ、ブレアさ……」
「うるさいっ!!」
「いっ……!」
完全に我を忘れたブレアさんは手をつけられない状態。ブレアさんに伸ばし
た手は払われ、なぜかそのまま殴られた。痛いです。
だいたい組織ってなに。暗殺ってなに。それってつまりスパイ的なあれって
ことですか?
そんな話を聞いてしまったら黙っていられないですけど、あたしにはどうす
ることもできないのが事実。これっぽっちも大佐の役に立たないあたし。
情けなくて涙が出る。
「……ブレアさん、ごめんなさい。あたしのせいで、なんか、その」
「うるさいっ! もう、なにもかも遅いのよ……! でも、わたし一人で死ぬ
のはごめんよ……」
「――え?」
「あんたも道連れにしてやる」
そう聞こえたのが最後、頭に強い衝撃がきたと思った次の瞬間には真っ暗に
なっていた。
大佐、今どこにいるの?