偶然
運命
論
前篇
このままだと死んでしまう。
3日前までは、きっとそのうちどうにかなるぜ★というテキトーな気持ちで
いたが、さすがにそろそろやばいんじゃないかと思い始めた。
なにがやばいのかと言いますと、無職で金もない社会のゴミになってしまっ
たあたしです。なにそれヒドイ。ドイヒー。
社会のゴミだなんてひどいよ!無一文で無職なあたしでも一生懸命生きてる
よ!とかなんとか、思っていても、なかなか職は見つからないものです。
どうせニートだよ。ニートピアという理想郷からやってきた妖精さんだよ。
だからなんだというのだ!妖精さんだぞ!ちくせう。
マルクト帝国の首都、グランコクマまでよっこいせと重い体を引きずってき
たものの、成果は得られずって感じです。まだ20代なのに…死ぬのか。
しょんぼりしながら、ベンチに座る。思わずどっこいしょって出たのはきっ
と気のせい。
「さてまあ、どうしたものか」
職って言っても、別に特別なにかができるわけでもない。
生まれながらにして才能があって、その才能を持て余しているの!だからあ
たしの才能を使ってやって!と言えるものがあれば、そう苦労もしなかった。
平々凡々なあたしには、せいぜい書類整理とかいわゆるデスクワークしかで
きないのだが、拾ってやるよ!という心の広い会社はないのかね。
「きみきみ」
「は?」
「きみでしょ、応募したの」
「応募?」
「またまたー。ま、話は歩きながらね」
「え、あ、はい」
突然現れた謎の男に声をかけられ、応募がどうのこうのでなぜか急かされる
あたし。何気なくついて行ってしまったけども、これってやばいんじゃない?
気がついたら売られてるとかそういうオチはいやだよ。そういうのコワイよ。
あたしなんか売っても全然お金にならないよ。だから売るのはやめて!
隣で歩いている男の話す内容が全然頭に入りません!コワイ!
***
「えーと、つまり、軍が人手不足だから秘書として入るってことですか?」
「なに今さら言ってるんだ。応募してきたんだろ?」
「え、まあ、はい」
「じゃあ、こっちの部屋で待っていてくれ」
「はあ……」
応募ってなんすか、応募って。
ていうか、気がついたら軍本部に来てるんですけどコワイ。実験体とかにな
るんですか死ぬんですか生きたい。
秘書とかなんすか。デスクワークですか、わあい★バカヤロー!だからあれ
ほど知らない人にはついて行くなってお母さん何度も何度も……!
とりあえず気持ちを落ち着かせるために深呼吸してみる。でも全然混乱は消
えません。誰か、パナシーアボトルで完全回復をさせてくれ。
「貴女ですか、新しい秘書というのは」
「ははははい! そうですワタシがニートです!」
「なるほど、人選を間違えましたね」
「あ、すみません混乱していただけですぐ治りますので見捨てないでくださ
いおねがいします」
「……ですが、妙ですね」
「みょみょ妙とは……?」
「私が目を通した履歴書にある顔と随分、違うように見えるのですが」
「あーはいはいなるほどそういうこともありますよねえ、人生って!」
「それで、どちらさまです?」
「いや、あの、スミマセン……」
これってあたしが悪いのかい!?
でも、目の前に立つ長身の軍人さん、長髪眼鏡野郎ですね、笑っているのに
とてもこわいのでおとなしく事情を話すことにしたYO!これでだめだった
ら連れてきた男を地獄の果てまで追いかけて復讐します。
「なるほど。つまり、勘違いで連れてこられたというわけですか」
「そうですね……はい」
「ふむ、困りましたねえ」
「まったくもってその通りです」
事情を話しても怒られなくてよかった。
そりゃそうだよね!だってあたしは勘違いされて連れてこられただけだもん
ね!あたしは悪くないよね!途中で言えなかったあたしもきっと悪くないは
ずだよね!
「そういえば、貴女も職がないとか」
「そうですね、ニートってやつですね、そろそろ生きるのが限界のニートで
すね。はい」
「じゃあこうしましょう」
「どうしましょう?」
「面倒なので貴女を雇うことにします」
「なるほ……え!?」
「貴女は職に困っている。私は人手不足で困っている。お互いの為になると
思いませんか?」
「すばらしいアイディアだと思います、はい」
「それでは交渉成立ということで」
「こちらこそよろしくおねがいします! でも、ほんとにだいじょぶなんです
か? あたしの素性とかよくわからないのに、決めちゃって」
「犯罪歴でもあるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないですけど」
「でしたら大丈夫でしょう。まあ、貴女がよっぽど使えないとなるとこちら
も困るのですが」
「秘書ってやったことないですけど、研究者とか軍人になるわけじゃないの
でだいじょぶです! 思う存分使ってください!」
「そうですか、ではお望み通り思う存分使うことにしましょう」
「え、あ、はい」
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです?」
思う存分使いましょうって言った時の笑顔に、なぜか悪寒が走ったんですけ
ど、気のせいだよね。気のせいだよね!?あたし、選択間違った?
***
「うああああ、腕痛いよおおおおお」
「はいはい、文句を言うなら手を動かしてくださいねー」
「鬼ー! 鬼畜ー! 眼鏡ー! その名も鬼畜眼鏡ー!」
「?」
「そんな笑顔で見ないでください死にたくなりますコワイ」
「でしたら早く片付けてくださいね」
「あい……」
ひょんなことから軍人さんの秘書となったちゃんです。
幸か不幸か、あたしの上司となった人は、マルクト帝国軍第三師団師団長の
ジェイド・カーティス大佐です。どこに幸の要素があるのか自分でもよくわ
からないでござる。ネクロマンサーとか言われちゃってるらしいですよ!
なんだよネクロマンサーって!何者だよ!アラサーの仲間?あれ、それなら
全然いいわ。というか、大佐ってアラサー?それともアラフォー?よくわか
らないです。でもそんなくだらないこと言ったら実験体にされそうでコワイ
です。黙っておきます!
「おー、! 今日もジェイドにこき使われてるなあ!」
「あ、陛下だ。こんにちはー」
「うんうん、今日もかわいいな! よし、デートするか!」
「いや、間に合ってます」
「そんなところもかわいいぞー!」
「ちょ、頭ぐりぐりしないでくださいよー」
さぼり癖のあるピオニー陛下の乱入にも慣れてきた今日この頃。
まさかあたしも陛下とこうしてじゃれあう日が来るとは知らなかったです。
まあ、楽しいんですけどね!
でも、陛下がさぼりにきた後は、大佐が笑顔で追い払う。
「陛下。に構ってないでご自分の公務に戻ってください」
「いやだ!」
「陛下……」
「あ、じゃあ休憩入れましょう! で、休憩が終わったら陛下もちゃんと公務
に戻るというのは?」
「さすが! どうだ、俺と結婚するか?」
「ちょ、近いですってば陛下!」
陛下の可愛がっているブウサギのようにめでられるあたしです。乙女としては
とても複雑です。
というか、休憩はどうなったんだ休憩は。ついでに言うと黙ってしまった大佐
の様子が気になってしまって仕方がないです。こわいよこわい。
陛下から逃れるために奮闘している間に、部屋をノックする音が聞こえた。大
佐が返事をし、中に入ってきたのは、たぶん軍人さん。どうやら陛下を迎えに
来たらしい。
「陛下を回収してください」
「はい。陛下、公務に戻りますよ」
「待て! 俺はまだ休憩してないぞ!」
「今十分したでしょう」
「とお茶してないぞ! これからが本番だぞ!」
「陛下、お茶はまた今度★」
「ー……!」
「フェードアウトした」
「まったく、陛下には困ったものですねえ」
とか言って、大佐も実はこういうのすきなくせに!といつも心の中で思ってい
る。口にしたらあたしの命が危ないよ。
「じゃあ、続きやっちゃいましょうか」
「いえ、せっかくですから休憩しましょう」
「え、いいんですか?」
「たまにご褒美をあげなくてはね」
「アメとムチってやつですか……」
「嫌いじゃないでしょう?」
「ええ、そうですね!」
なるほど、調教するのが上手らしいですね、おほほほ。最初はどうなることや
らと思っていたけど、こうやって仕事をもらえたことは幸運中の幸運だし、大
佐も鬼だけどたまに優しい。なんだかんだで、気をつかってくれるので、良い
職場に会えたなあと思う今日この頃です。
よっこいしょっと、お茶の用意をするため、立ち上がる。
棚にあるお茶っ葉を出そうとふんふん!と奮闘するあたしは滑稽だったろう。
その証拠に、後ろから押し殺したような笑いが聞こえてきています。慣れてる
けどね!ふんだっ!
「あたしだってこれくらいすぐとれるんですからね! 160センチをばかにしな
いでくださいよね!」
「おやおや、私は何も言っていませんよ」
「笑ってるくせによく言いますよ! ふんっ!」
「見てて飽きませんねえ、は」
いつものからかう声とは違って、少し優しい声で言うもんだから柄にもなく照
れてしまった。きっと、耳が真っ赤になってるんだろうなあ。大佐が後ろにい
てよかったなあ。なんて思って、やっとお茶に指が届いた。
あ、やっととれるよちくしょうめ。散々あたしを笑いものにしてくれたこの恨
み!晴らしてくれようぞ!
最大出力爪先立ち!今ならバレリーナになれちゃうぞ!とうっ!
「取れたー……あ!?」
「おっと」
「へあっ!」
「もっと、色気のある声を出したらどうです?」
「そう言われましても……」
ありがちな展開で、後ろに見事に倒れるあたしを抱きとめてくれた大佐。
今度からはもっと爪先立ちの練習をしておかなきゃな……。なんつって。
「ケガはないですか?」
「あ、はい。ありがとうございます、そしてすみません」
「いいえ? 役得ですよ」
「なに言ってんですか! ていうか、大佐もそういうこと言うんですね」
「男ですからねえ」
「そ、そうですか」
「はい」
ふふっと笑う声が頭の上からしてるのはよくわかる。大佐がしゃべる度に声の
振動があたしに伝わる。なにこれ、とても恥ずかしいんですけど。
大佐のつけているだろうコロンがふわっと香ってどきどきします。
大佐の実はがっしりしていた腕に抱かれてどきどきします。
大佐のさらさらの髪が頬をかすめてどきどきします。
大佐の体温を感じて、どきどきします。
――大佐のすべてに、どきどきします。
その瞬間に、かあっと顔が熱くなるのを感じた。さらに、変な汗が出てきて、
心臓がばっくんばっくんとまさに爆音。いひゃああああ!もうだめだ!
「あのあの! もう、だいじょぶなんで、離してくださいいいいっ!」
「なに焦ってるんです」
「べ、別に焦ってなんかないんですからね!」
「突然キャラを変えないでください」
「いいからもう離してくださいよおっ! うおおおお!」
「それは残念」
いよいよ心臓壊れますっていう時にやっと解放されました。自由だー!これが
自由だああああ!うおおおおお!
くすくすと笑っている大佐からバッと離れ、見られないようにさっさとお茶を
淹れることにする。もういやだ!恥ずかしくてもういやだ!
って、なんであたしはこんなに乙女やってるんだ?
「、茶菓子も用意してくださいね」
「今切らしてるんですけど」
「でしたら買ってきてください」
「今お茶淹れてるんですけど」
「淹れ終わったら買ってきてください」
「鬼?」
「おごってあげますから」
「ちぇ」
お小遣いを握らされて、笑顔で見送られるあたし。
あれ、さっきのトキメキらしきものは気のせい?気のせいなの?人生ってそう
いうもん?
ニートピアの妖精さんは、マルクト軍本部で今日も元気に働いてます。