「空が赤いよ」
そう言ったお前の横顔が忘れられない。
「」
「あれ、ユーリ。どしたの」
「どしたのじゃねーだろ。お前どこまで行ってんだよ」
「水汲みに行っただけじゃん」
「すぐそこに川があっただろ。なんでその先の湖まで行ってんだよ」
「いやなんとなく?」
「なんとなくで行くな」
「あはは、ごめんごめん!だってさ、すごいきれいな湖なんだよ」
「ふうん」
「興味にないの?」
「ねーな」
「あらやだ残念」
そう言って笑ったお前の目に、どんな風にその湖が映ったのか知りたいと思った。
力が抜けたように笑うお前の笑顔が好きだと、そう思うようになったのはいつからだろうか。
その細い腕のどこにそんな力があるんだと思うくらい、お前は大きな刀を振るう。
その姿が胸に響くようになったのはいつからだろうか。
オレを呼ぶその声が心地良いと思うようになったのはいつからだろうか。
涙を堪えて下唇を噛むお前の横顔を夜思い出すようになったのはいつからだろうか。
怒ったように心配するお前にもっとその顔をさせたいと思うようになったのはいつからだろうか。
この長い旅の中で、オレの中にお前は住みついた。
いつだって真っ先に考えるのはお前のことだし、お前をいつも見てた。
お前が誰を見ているかはわからないが、誰を見ててもお前を奪ってやろうといつも考える。
お前がオレをおかしくする。
「ねえユーリ、せっかくだから湖行ってみようよ」
「なんでだよ」
「そろそろ夕日がきれいな時間だし、さっきよりもっときれいかも!」
「あー行くんだったらさっさとしろ」
「え、行ってくれるの?」
「行かなくてもいいなら行かない」
「行く行く!早く行こう!」
「走るな、こけるぞ」
「子どもじゃないんだから転ばないよ!」
子どもじゃないと言うその顔が無邪気で、少女のようだった。
子どもから大人になる少女の顔だった。お前はいくつも顔を持っていると思った。
オレの手を引っ張る手は、赤ん坊みたいに柔らかくて、力を入れたら折れてしまいそうだ。
だから、優しく握った。
ひらけた湖の水面に夕日が反射してきらきらしていた。
こっそり横を見ると、お前の目がきらきらしていて、眩暈を覚える。
「うわあ、きれいだねえ」
「ああ」
「ねえユーリ」
「ん?」
「来てよかったでしょ?」
「…そうだな」
「よかった!」
「なにが」
「ユーリに喜んでもらって」
「ふうん」
「このツンデレー!」
こんなにお前が好きなのにお前を前にすると素直になれないなんて、子どものようだ。
オレは、お前に関しては欲張りでわがままな子どもだ。
そのくらいに、お前が欲しくて欲しくて仕方がない。早く奪ってやりたい。
夕日が傾き、空が赤くなる。澄んだ青空は時間と共に赤く変化する。
今日は晴れていたから、余計に太陽が眩しく、空を一層赤く染めていた。
「空が赤いよ」
そう言ったお前の横顔はずっと忘れられないと思った。忘れることは、ない。
今まで見たどんな時よりも綺麗だと思った。まるでお前じゃないみたいに。
無意識に喉が鳴った。声なんて出ない。出るわけない。だから、体を動かしてお前をつかまえる。
もう、たくさん待った。だからそろそろつかまえてもいいだろう?
少し微笑んで自身を赤く染めたお前を思いっきり抱きしめてやった。
「…ユーリ?」
「オレのものになっちまえよ」
「え?」
「お前が、好きなんだよ」
「ええ!?うそ、え!?ユーリ、あたしのことすきなの…?」
「そうだよ、好きだよ。早くオレのものになれよばか」
「ばかってあなた!いや、でも、あの、うれしい…よ?」
「じゃあもうオレのってことでいいのか?」
「オレのってストレートすぎて恥ずかしい!…でもまあうん、い、いいんじゃない、かな」
「やっとつかまえた」
「ユーリ、」
息も声も魂すら食い潰す勢いでキスしてやった。
お前はオレの息を吸って生きればいい。オレの声を聞いて生きればいい。
オレの魂に従って生きればいい。お前をずっと離さない。
お前が死んで、オレが死んで、世界が消えてしまっても、ずっとオレのものだ。
赤い空に包まれて、この激情に終止符を打つ。
そして新たな激情を胸に、お前を奪い続けるよ。
鎮火不可の激情