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「降ろしてよ」
「いやだ」
「離してよ」
「いやだ」
「見ないでよ」
「いやだ」




すべての要求を無視された。この男はほんとに勝手だと思う。
どうして?どうしてあたしをつかまえようとするの。あたしはもうつかまっているのに。
つかまってくれないのはあんたの方でしょ。あたしも、いい加減つかまらない男にかまいたくない。
もう離して。あたしをあんたから解放させてよ。















この男、ポートガス・D・エースは、あたしを片腕で持ち上げ、どこかへ連行しようとする。
どこかと言っても、ここは船の上なので、行く場所は限られてくるだろう。
食堂で仲間と楽しく談笑していたあたしを、突然あらわれたエースはあたしを持ち上げ連行。
仲間たちは、どうしたどうしたと騒いだが、それも一瞬のことで、再び談笑。薄情なやつらめ。
そしてエースは嫌がるあたしを持ったままどこかへ向かっている。未だ不明。
食堂を出た後は、しばらく抵抗していた。冒頭のように、降ろせやら、離せやら、見るなと抗議した。
しかしそれらはすべていやだの一言で退けられた。この男は一体なにが目的なのだろうか。
この行動も彼の心境もすべてが謎だった。いつだって、エースの心は読めないのだ。




「ねえ、どこ行くの」
「……」
「聞いてるの」
「……」
「エース」
「うるせェ」
「意味わかんない」
「黙ってろ」
「なに怒ってんだか」




ほんと、意味わからない。どうして怒ってるの。なんで黙ってるの。
あたしがなにかした?むしろあたしが今なにかされそうだ。こわいこわい。どうする気なんだか。
そもそも、エースがこうしてあたしに干渉することすら珍しい。
あたしはエースよりも後に白ひげ海賊団に来た。年が近いことから、仲良くなれると思っていた。
人懐っこい笑顔で誰もを魅了し、強い正義感で誰よりも仲間を大切にする。それがエースだ。
でも、彼にも例外があるらしい。あたしには人懐っこい笑顔も仲間に見せる優しさもくれない。
彼はいつもあたしを感情のない眼で見ていた。視線が合うとすぐになにもなかったかのように振る舞う。
誰かと談笑していても、あたしと目が合うとすっと表情が消えた。はて、嫌われることでもしたか?
記憶を巡らせてみても、なにせ最初から彼はああだったので、そもそも接点がなかった。
だったら、なぜあたしだけにそんな態度をとるのだろうか。まったくもって意味不明。
あたしは、彼とまともに話したことがない。それにも関わらず、冷たい態度をとるエースに魅かれている。
接点のないあたしにも、彼の魅力は効果があるらしい。もちろん初めからそうだったわけではない。
視線が合えば表情を消し、あたしをことごとく無視した彼に、不満を持っていた。
そりゃあそうだろう。初めからあんな態度をとられて、なにそれ素敵っていう馬鹿な女はそういない。
なんて失礼なやつだ、と思っていた。いくらあたしが女で後輩だからと言ってそれはどうなのかと。
だが、それは間違いで、他の女で後輩の者にはみんなと同じ態度をとっていた。
そこで気がついた。ああ、これはあたしだけなのかと。少なからずショックを受けた。
なぜあたしだけ。気に障ることをしただろうか。いや、していない。その繰り返しだった。
最終的にはエースを観察することに至る。どんなことにも観察というのは必要だ。
彼はやはり、あたし以外の仲間には同じ態度をとった。ナースにもだ。こりゃひどい話だ。
嫌な奴だと思っていたが、良い奴だと思った。仲間のためにいつも無理をした。逃げることはしない。
落ち込んでいる仲間がいたら励ます。相手はたちまち元気になる。彼は、そういう力があった。
遠いところから見ていたあたしにも、彼の魅力は十分わかった。そして、自然と惹かれた。
ある時、マルコに相談をした。




「ねえ、マルコ」
「なんだよい」
「あたし、エースに嫌われてるよね」
「そんなこと」
「あるんだよ。だって、あたし、エースに笑いかけられたことない」
「たまたまだろい」
「違うよ。これは意思表示だよ。お前とは仲良くならないって。どうしてかな」
「本人に聞いてみた方が早いだろい」
「それができたらマルコなんかに話してないよ」
「マルコなんかって…」
「解決法をください」
「んー…」
「あ、」
「どうしたよい」
「こっち、見てる」
「誰が?」
「エース」
「話かけろよい」
「だってあっち見たら逸らされるもん」
「んー…」
「もしかして、マルコと話してるのがまたエースを怒らせる原因なのかも」
「なんでそうなるんだよい」
「よし、マルコ離れてください」
「お前…」
「いたいいたいって!」




マルコに頭をぐりぐり押された。その時、エースの視線が一層厳しくなったように思う。
見たわけではない。でも感じたのだ。エースが睨んでいる。怒ってる。
マルコと仲良くされるのが気に食わないのだろう。じゃああたしは一体誰と仲良くすればいいんだ。
これをマルコに話してもどうせ解決しないのでやめよう。と、この時は思った。
結局エースはあたしが白ひげ海賊団に仲間入りしたこと、そのものが気に食わないのだと思う。
ああ、これぞ八方塞がりってやつ?でも、ここを出て行くのは嫌なのでひっそり生きることにする。
そういえば、つい最近こんなこともあった。
あたしも一応女子なので、ナースの子たちと恋愛話で盛り上がっていたのだ。まああたしは聞き役だが。
ナースは、みんな色っぽくて美人で、経験豊富だ。彼女たちは、仲間の誰々と付き合っていると
盛り上がり、あたしはすごいなあと感心させられた。まさかあいつと付き合っていたとは!など、
発見がいろいろあった。そんな彼女たちの話題がエースの話に移ったのだ。




「彼は本当良い男よね」
「私もそう思うわ。一度でいいから抱いてもらいたいわね」
「やだ、キャシーったら」
「でも彼って、私達ナースに一度も手を出してないわよね」
「そう言われればそうよね」
「絶対誰か誘惑してるはずなのに」
「相当辛抱強いのかしら」
「それとも男の方が好きだったり?」
「まっさかあ!」
「だけど最近の彼本当に魅力的よね」
「それ、わかるわ。なんだか色気があるわよね。あれはきっと恋ね」
「そうね、恋よ」
「だって、憂いに満ちた目をしているもの。そんな彼も素敵だけど」
「相手は誰なのかしらねえ」




恋。エースは恋をしているのか。なんてことだろうか。
あたしはエースに嫌われている上に、まともに話したこともないと言うのに、もう失恋。
儚い恋だった。なんて悲しい結末なんだろうか。せめてちゃんと話したかった。
一度でいいから、彼の笑顔をあたしだけに見せてもらいたかった。それだけでも、見たかった。
そんなことを思っていた。そしてそれは訪れることはないだろう。
どうして今あたしがエースに連行されているのかはわからない。でも、きっと終止符を打つんだ。
もうこの船を降りろとか、お前なんか仲間じゃないって言われるんだ。ひどい話。
ここで、やっと歩いていたエースが止まった。一体どこへ連れて来たのだろう。周りを見回した。
どっかの船室の前らしいと思っていたら、エースはそこに入った。中に入るとあたしを投げた。
来るであろう衝撃に備えたが、それはとても柔らかかった。ベッドに投げられたらしい。
そういえば、微かにエースの匂いがする。もしや。ここはエースの部屋なのだろか。
ランプ一つしかついていない暗い部屋だ。とりあえず、あたしの前に立っているエースを見上げた。
ちょうど逆光になって、エースの顔がよく見えない。ちょっとこわい。




「エース?」
「……」
「ねえ、どうしたの。ここ、エースの部屋?なんでここに連れてきたの?」
「……」
「黙ってたらわかんないよ。ねえ、エース」
「うるせェっ!!」
「え、」
「お前、なんなんだよ」
「なに、が?」
「お前見てると、いらいらする」
「……」




面と向かって言われるとさすがにショックだった。そんなこと、わざわざ言わないでよ。
いらいらするなら、どうしてここに連れてきたの。殺す気?それともフルぼっこ?もう好きにしてよ。




「じゃあ、帰る」
「待てよ」
「なに?意味わかんない。あたしのこと嫌いなら帰らせてよ。話しかけないでよ。触らないでよ!」
「いやだ」
「もうなんなの!?あたし見てるといらいらするんでしょ?だったらもうほっといてよ!」
「いやだ」
「…っ!!意味わかんない!!」
「おれだってわかんねェよ!!」
「なにがよ!」
「お前が、おれをおかしくするんだ」
「あたしはなにもしてない」
「お前が近くにいるだけでおれはおかしくなりそうだ…!誰かとしゃべってる時も、戦ってる時も、
 笑ってる時も、いつも、いつも!」
「だったら、あたしはどうすればいいの?死んだらいいの?」
「そんなこと言うんじゃねェ!」
「…じゃあどうしてほしいの?あたしに」
「おれは、」




自分でも混乱しているらしいエースは、床に膝をつき、ベッドに腰掛けたあたしに手を伸ばしてきた。
その手は震えていた。まるでなにかに怯えるように、それでも手を伸ばす。
あたしは、エースの手にそっと触れた。その瞬間力強い腕に抱きしめられていた。エースの腕に。
エースの体は熱かった。これもメラメラの実のせい?それともエース自身の熱なんだろうか。
彼は、息がつまりそうなほど強く強く抱きしめた。苦しい。骨が軋んでいるような気がする。
だけど、あたしは離してとは、言いたくなかったし、言えなかった。かわりに、熱い背中に手をまわした。
その時、エースの体が一瞬だけ、震えた気がした。




「エース」
「…おれは、」
「うん」
「お前が、欲しかったんだ」
「…うん」
「でもこわかった」
「うん」
「お前の声を聞いたら、お前の体に触れたら、お前の目を見たら、おれはお前を壊しちまいそうだった。
 だから、こわかったんだ。でも、日に日にそれが強くなったんだ」
「うん」
「お前を見なければ、話さなければ、触れなければ大丈夫だと思ってた」
「うん」
「でもそれは違ェ。むしろ、お前が他のやつと話す時、お前も、仲間も殺しちまいそうだった」
「うん」
「…おれはもう、耐えられねェ」
「うん、」
「なァ、おれはどうしたらいいんだ」
「……」
…」




エースは、まるで小さな子どものようにあたしに縋ってきた。なにかを恐れるように。
彼は、あたしを愛していた。狂気にも似た愛を抱いていた。そして理解した。
今までの彼の態度はすべてその愛ゆえだった。愛しすぎて、どうしたらいいかわからなかった。
そんなにもあたしのことを想っていてくれて、うれしい。と思うあたしもどうかしている。




「エース」
「……」




エースの顔を両手で包み、顔をこちらに向けさせた。
彼は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。そんなエースがどうしようもなく愛おしいと思った。
泣きだしてしまいそうな顔をしているのに、彼の眼はギラギラと輝いていて、獣のようだ。
あたしを喰わんばかりの獣の眼。それすら、愛を感じた。




「だったら、エースのものにしてよ」
「……」
「あたしをエースのものにして。壊したっていい。奪ったって、食べたって、いいよ」
「…
「あたしをあいしてるんなら、エースに全部あげるよ」
「…あいして、る。欲しい。全部全部、欲しい」
「いいよ、あげる。エースに、あげる」




そう言って笑った瞬間、エースは本物の獣のように、あたしの首筋に噛みついた。
食べていいよ。壊していいよ。奪っていいよ。エースになら全部をあげるよ。どうなったってかまわない。
だって、あたしはうれしいんだよ。こんなにもエースを愛しているから、こんなに愛されててうれしい。
早くあたしを食べて。なにもかも、奪い去って。エースの一部になっても、いいよ。
獣のようにあたしを食べようと、体を弄るエースが愛おしくて仕方なかった。
歪んでたっていいよ。あたしもどうせ歪んでる。普通じゃなくたっていいんだよ。
エースがあたしを愛しているなら、それでいいよ。これが、あたしとエースの愛の形なんだから。

















の食物連鎖





(あいを食べてあいを生む)